※捏造
別に、大切だとかそういうものではない。自分さえ良ければいいのだと、そんな考えで生きてきたことを後悔したことはない。自由に伴う責任を負って、自分なりに筋を通して生きてきた。自分のために生きるということにだけは真面目に、生きてきた。だから別に賢者が大切だとか、そういうものではない。賢者と呼ばれる彼女をとその名で呼び始めたのも、ただの気まぐれだ。オズがやけに穏やかな空気で彼女の名を呼ぶから、面白くなくて張り合ったようなもので。それでもいつしかその名は唇によく馴染んでいて、ほんのりと温かい昼間の冬の空気のようにミスラを満たした。
「」
どんな時でも呼べば振り返る彼女は、まるで猫を慈しむような目でミスラを見る。北の魔法使いを相手に、大したものだが。別に嫌な気もしないが、どこか物足りないような気もする。何が足りないのかはわからないから、きっと気のせいなのだろう。
「どうしました? ミスラ」
「眠れないので、どうにかしてください」
「じゃあ、いつものところに行きましょうか」
不眠を傷にするミスラにとって、賢者の存在が便利なだけだ。賢者の力で、ミスラは眠ることができる。必要なのは賢者であって、ではない。ただ、ではない賢者の膝の上に頭を預けることなど想像もつかない。それだけだ。
「あなたのマナエリア、変えられませんか」
「どこにですか?」
「ベッドの上とか」
「それ、ミスラがベッドで寝たいだけじゃないですか」
「そうですけど?」
寝られれば贅沢を言うつもりはなかったが、のマナエリアは魔法舎にある大樹の洞だ。大柄なミスラにとっては、少し狭い。猫のように体を丸めて、小柄なの太腿に頭を預けて眠る。何となく、賢者の力の発揮しやすいであろう場所を選んでそうしているが。けれど、言うほど嫌がっているわけではない。眠れるならそれでいいというのも本心だが、あの狭い場所で秘密めいた時間を共有することの方が、賢者様賢者様と常に囲まれているを独占する時間の方が、ひとりきりで眠れない広い寝台よりはいいとは思う。他愛のないわがままを言うのは、気まぐれか。あるいは、を少しだけ困らせたいのかもしれない。どうにもミスラはこのちっぽけな存在に振り回されているから、ちょっとした仕返しを。が少しだけ困ったように笑う、その表情はおそらくミスラだけが知っている。
「私がどこでもミスラを寝かせられるようになるまで、ちょっと我慢してくださいね」
「……別に、いいですけど」
別に、ずっとこのままでもいい。の膝の上で、ぬくい空気に満たされた木の洞で。静かな木陰のざわめきに身を委ねて。ミスラのよく知る北の厳しくも美しい土地ではないけれど、あの大樹とて嫌いではない。そこにの体温があるなら、それで。言葉にして伝える気はなかったけれど、構わないと思っていた。言わなくても、きっと。猫の毛並みを楽しむようにミスラの髪を撫ぜるにはきっと伝わっているだろうと、思っていた。
200611