かじ、とその指に軽く歯を立ててみる。眠っているは、呆れるほどに無防備だ。どうして自分を放って勝手に寝ているのだと、苛立ちが胸をよぎったから噛んでみた。オズやカインあたりが聞けば、我儘を言うなと窘められるのだろうが。
「知ったことじゃありませんよ……」
眠れないのは困るだろうと、気にかけてくれたのはだ。一度与えられた優しさを求めて、何が悪い。相手の都合も考えろと、双子あたりは言うのだろうが。それこそ、ミスラの知ったことではない。はミスラに与えてくれる。何かふわふわとして落ち着かなくて、妙に生温くて居心地が悪い。それでも手放すには惜しいと思う何かを、は持っている。欲しいと思ったときに求めることを、疑ったこともなかった。
「…………」
起こして手を握らせようかと思ったが、何となくそういう気にもならずにのベッドに潜り込む。賢者のために用意されたベッドは一人用とはいえ、大柄なミスラが潜り込んでも何とか寝苦しくはない程度の広さはあった。小さな掌を掴んで、口元に引き寄せる。かじかじと指を甘噛みして、行き場のない奇妙な感情の八つ当たりをする。皆が寝静まっている夜に、ベッドの中の世界はとミスラの小さなふたりきり、秘密めいた特別だった。
「……あは」
の間抜けな寝顔を独占しているうちにどうしてか気分が良くなって、ミスラは喉奥で笑う。小柄なにのしかかるように覆い被さると、潰された蛙のような呻き声を上げてが顔を歪めた。うっすらと瞼が開いて、ぼんやりとした瞳は焦点が合っていないもののミスラの方を向く。
「みすら……?」
またベッドを奪いに来たんですか、とむにゃむにゃした声でが尋ねる。その返事を聞くこともなく、眠いから寝かせてくださいとは呑気に瞼を下ろした。北の魔法使い、或いは体格のいい成人男性にのしかかられていても睡眠を優先できるのは、危機感がないのか豪胆なのか。いったいどんな平和ボケした世界で生きてきたんだと、ブラッドリーが呆れていたのを思い出す。けれど何となく、平和ボケしているからのしかかるミスラの存在を流したわけではないような気がした。うまくは言えないが、そこにいたのがミスラだったからこそは呑気に眠りに戻ったような、そんな気がするのだ。誰かはそれを信頼と呼ぶのだろうが、ミスラは生憎その感情の名前を知らない。また寝床を奪いに来たのかと言いつつもミスラを追い出さずに眠ったということは、ミスラがここにいるのも好きにしろということだろう。そう勝手に解釈して、にのしかかったまま目を閉じる。握ったままの手を振り払われなかったことが、どうにも愉快な気持ちだった。
200612