※紅明姉

 
「綺麗ですよ、姉さん」
「ありがとう、紅明。あなたがそんなお世辞を言えるようになるなんて、時の流れは早いものね」
「……お世辞などではありませんよ」
 花嫁衣裳に身を包み煌から旅立っていく姉は、美しいかんばせに柔らかい笑みを浮かべてくすくすと笑い声を上げた。
「そうね、そういうことにしておくわ。それよりあなたにはお礼を言っておかなければね」
「お礼、ですか」
「ええ、私の嫁ぐ国は涼しいところなのでしょう? 暑さが苦手な姉さんを気遣ってくれたのね、紅明は最後まで優しい弟だったわ」
「そうですか」
 楽しそうに笑う美しい姉は、紅明が何を思って彼女が嫁ぐ国を決めたのか、その本意を知らない。確かに、暑さに弱い姉を気遣ったのも事実だ。けれどそれは、あくまで姉に対する建前でしかない。
 姉の嫁ぐ国の王には、それはそれは溺愛されている寵姫がいるのだそうだ。姉は丁重に迎え入れられるだろうが、決して愛されはしないだろう。きっと高価な人形のように大切に扱われて、指一本触れられはしないのだ。
「きっと手紙を書くわ、紅明。十通に一通でいいから返事をちょうだいね」
「その信用の無さはあんまりです。姉さんからの手紙なら毎回だって返事を出しますよ」
 もっとも、姉が十通も手紙を出す前に、姉は紅明の元へと帰ってくるのだろうけれど。
 紅明が、をその国に嫁がせることを決めた最大の理由がある。次に侵攻するのがその国だからだ。姉は無傷のまま取り戻して、僅かばかりの間とはいえ姉の夫となる人間は殺す。綺麗なまま、姉は紅明の元へと帰ってくる。姉は知らぬことだと、見知らぬ異国にはしゃぐ姉を前に紅明は静かに微笑んだ。
 
160418
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