――ああ可哀想、可哀想な私のお豊。お前はこの島津の家に生まれたばかりに、死ぬるために生きるのです。
 幼い頃のある日、姉だという女は豊久の前に膝を付き、たおやかな両手を豊久の両肩に乗せてそう言った。どこもかしこも細く丸く柔らかな姉に自分や父と同じ血が流れているとは俄には信じ難く、けれどこの女も肉を裂き骨を断てば傷付き、死に至ることは変わらない。むしろあまりに脆くひ弱なその体躯は、幼い豊久とて簡単に命の糸をぶつんと切ってしまえるに違いなかった。
 けれど好奇心のままに伸ばした手を握った姉の柔らかい肌の、なんと温かなことか。その手を優しく握り締めた姉の微笑みの、なんとうつくしいことか。豊久はその日初めて、庇護欲という欲求を知ったのだった。
「姉者」
 振り向いた姉は、相変わらず豊久とは似ても似つかない。繊細な美貌に、細く脆い手足。突けば壊れてしまいそうな姉は、病魔に侵されているために嫁ぐことも儘ならない。
 嗚呼、可哀想な。可哀想な、豊久の。豊久の姉に生まれたばかりに、生きるために死ぬるのだ。年々精悍な青年へと成長していく豊久と、年々病気に命を削られていく。姉の生命力を全て奪って生まれてきたのだと、口さがない者は言う。
 ――姉者、姉者が俺よりも先に死んだのなら、その心の臓を、このお豊に与えてくださらぬものか。
 或いは豊久が先に死んだのなら、この心臓を姉の胎の中へ。そんな馬鹿げた懇願をずっと隠して、豊久は生きている。
 
161217
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