「…………」
何ともまあ、気の抜ける寝顔だ。人の気も知らないで、というのは今ののような顔を言うのだろう。鼻でもつまんで起こしてやろうかと思ったが、賢者様賢者様とかまびすしい数人に知れたら面倒なので止めておく。そもそも何をしに来たのだったかと、ミスラは首を傾げた。たぶん、文句を言いに来た気がする。小さくて弱いのがきゃんきゃんうるさく突っかかってくるせいで、余計に眠れなくなっている。魔法使いの監督不行届は、賢者の責任だろう。きっと。
「……呑気なものですね」
誰もが畏怖する北の魔法使いを前にして、こうも間抜けな顔を晒して眠っていられるのはくらいのものだろう。不眠を傷とするミスラにとっては、全く羨ましい限りである。やっぱり少しくらい虐めても罰は当たらないのではないだろうか。そう思ってを見下ろすものの、やはりを害そうという気分にはならなかった。
「あなたといると、調子が狂います」
そう、少し狂わされているのだ。それはのせいだから、ミスラのせいではない。だからミスラは、のゆっくりと上下する薄い腹に頭を乗せて寝転がる。小さな呻き声が聞こえた気もしたが、きっと気のせいだろう。のおなかを枕に、目を閉じて。今日は何だか、よく眠れそうな気がする。それも結局は、「気がする」だけなのだろうが。それでも、気分は悪くない。小さなの命の音が聞こえて。呼吸が、静かに重なっていく。ミスラの気が済むまで、は彼の枕だ。目を閉じたミスラの唇は、僅かに笑みの形に緩んでいたのだった。
200410