「杏寿郎さん」
「どうした? 
「いや……どうした、じゃなくて。どいてもらえませんかね」
 これはまずいと、は杏寿郎を押し退けようとする。けれどオメガであろうと杏寿郎は男であり、アルファであろうとは女である。よくもまあ発情期のくせにこんなに涼しい顔をしていられるものだと、は呆れ半分感心半分に杏寿郎を見上げた。
「襲い受けとか、あまり好みじゃないんですけど……」
「む? 幼馴染の危機に手を貸してくれはしないのか」
「幼馴染の範疇を超えてますよね、これ」
 むくりと勃っている股間からは目を逸らし、はできるだけ冷静でいようとする。正直なところ、とてわりと辛いのだ。発情期のオメガを前に欲情を我慢しろなどと、アルファのにとっては拷問でしかない。というか、わかっていて近付いてきているのだろう。毎度のことではあるが、もう少しこう、なんというか。情緒とかそういうものを、大切にしてくれないだろうか。杏寿郎はきっと、にも年相応の乙女心が備わっていることを想像だにしていないのだろう。そんなスポーツや稽古の感覚で、性交を求めないでほしい。あっけらかんと発情期のたびにのところにやってくる杏寿郎を、しかしは追い返すこともできずにいた。
「……抑制剤とか、飲まないんですか?」
「いや、飲んではいるのだ」
「え?」
「飲んではいるが、を前にするとどうにも抑えが効かなくなる」
「は?」
「きっと運命の番とやらなのだろう」
「いやそれなら発情期に近付かないでくださいよ」
「……運命の番と聞いて、真っ先に言うことがそれなのか?」
「他に何があるって言うんですか、うわっ」
 わかっていて近付いてくるなんて馬鹿じゃないのかと、起き上がろうとしたけれど。ぽすりと手首を掴んで押し倒されて、感情の読めない目に見下ろされる。元々は視覚から人の感情など読み取れやしないのだが、そこはそれ。ぎり、と手首を掴んだ杏寿郎の手はわかりやすく怒りを表していた。
「他に言うことは?」
「……えー、えーっと、なんでわかっててわざわざ杏寿郎さんはこちらにいらしたのですかね」
「うむ、及第点にも届かんな!」
 思わず変な敬語になってしまったが、杏寿郎はにべもなく切って捨てる。そのまま、ぐいっと口付けられて。舌を捩じ込まれればもう、なし崩しに行為が始まってしまう。オメガの誘惑、それも運命の番のフェロモンになど抗えるわけがないだろう。ぐらりと揺れた世界の中で、は杏寿郎に押し付けられた腰を抱いた。
「……いい、度胸ですよねっ、ほんとに……!」
「っあ、」
 一度行為が始まれば、攻守はあっけないほど容易に逆転する。杏寿郎をうつ伏せに押し倒したは、その膣に陰茎を押し込んで執拗に弱いところを突き上げていた。背中にぺたりと密着して、肩を撫でて耳元で囁きかける。曲がりなりにも何度も体を重ねた関係だ、弱いところなど余すところなく知っている。丁寧に開発した胎内を、陰湿に責め立てる。堪えるような喘ぎを漏らす杏寿郎を、ねちねちと焦らし続けていた。杏寿郎の陰茎は、時折耐えかねたように先走りを溢れさせている。片手で杏寿郎の陰茎を握って尿道口を指先で弄り、先走りを潤滑剤にして竿を扱く。男としての性器もオメガとしての性器もあっさり陥落してしまうくせによくもまああんなに強気に出れたものだと、にしてみれば理不尽な怒りをぶつけられた苛立ちの仕返しをしていた。
「杏寿郎さん、お腹の中もおちんちんもビクビクしてますけど……もうイッちゃいそうなんですか?」
「まだ、ッ、」
「無理しないでくださいよー……っ、ほら、こんなにぎゅーって締め付けて、」
 耳元で語りかけるたびに、杏寿郎がの陰茎をぎゅうぎゅうと締め付ける。甘えるような蠕動に、は口の端を吊り上げた。
「情けない、なんて、思ったりしませんから……我慢なんて、しなくていいんですよー?」
 ぐりぐりと、柔らかく熱いナカを擦る。一生懸命声を抑える杏寿郎は、可愛いと思える。胸の奥がぞくぞくと震えて、苛立ちも忘れて杏寿郎が愛しいと思えた。掌の中でビクビクと脈打つ陰茎も、何だか可愛らしくて。くりくりと亀頭を指先で撫でれば、腰がびくりと跳ね上がる。その拍子に自分で弱いところにの陰茎を押し当ててしまった杏寿郎は、呻き声にも似た嬌声をあげた。
「わぁ、そんなに苦しいんですか? 嫌ならやめてあげますよ?」
「……やめ、ないでくれ、」
「えー、でも杏寿郎さん、声出してくれないじゃないですか。私がこんなに、一生懸命腰を振ってるのに」
「たのむ、……」
「……仕方ないですねー」
 頼むと、その言葉が引き出せて満足した。だから、優しくしてあげよう。丁寧に、執拗に、は杏寿郎の奥を突き上げる。逞しい背中に口付けを何度も落として、背筋を指先で撫でて。亀頭を掌で包み込んで、ぐぷぐぷと粘着質に擦り上げる。杏寿郎の一番好きなところを、こつこつと叩くように突き上げて、段々間隔の短くなる喘ぎ声に目を細めた。
「あぁ……ッ!!」
 びゅくっと、元気よく杏寿郎の陰茎が精子を吐き出す。同時に、杏寿郎の胎が震えての射精を促した。呑み込むように脈打つ胎に、は腰を震わせて精液を注ぎ込んでいく。オメガの胎を精液で満たす瞬間は、アルファにしかわからない高揚だ。閨の外ではの上位者である杏寿郎がこんなに泣きそうな顔をしてに縋ることなど、誰も知らなくていい。
「……はぁ、」
 射精を終えてずるりと引き抜くと、くぷっと液体が杏寿郎の割れ目から溢れ出す。精液で濡れた自分の手のこともあるし後始末をしようと、ベッドサイドにあるはずのティッシュ箱を探しては気怠い体を起こしたけれど。
「……どこに行く」
「わっ、」
 ぐいっと、行為の直後とは思えない力強さで引き戻された。仰向けにぽすりと押し倒されたの上に、杏寿郎が覆い被さる。
「どこにも行かないですけど……」
「そうか。ならば、まだ続けていいな?」
「えっ」
 どこにそんな体力があるのか、杏寿郎はの陰茎を手にしてしごき始める。反応が悪いのを見て取ると、行為の余韻で濡れている膣に指を入れてくちゅくちゅと弄り始めた。
「あの、杏寿郎さん……わたし、疲れたんですが……」
「鍛錬が足りないな」
「二回戦はお断りだって、言ってるんですけどー?」
「そうか、なら三回戦に備えておいてくれ。今度は俺が上になろう」
「話聞いてます……? っ、うぁ、ちょっと、」
 ぐちゅりと、膣内に熱を押し込まれて。イイところを掠められて、思わず上擦った声を上げてしまう。の脚を掴んで前後に腰を動かし始めた杏寿郎に、ぼそりと「性欲魔人」と悪態を吐いた。
「発情期だからな、仕方あるまい」
「わぁ怖い、ついていけないですねー……」
「番なのだから、責任をもって付き合ってくれ」
「……三回戦は結構ですけど、杏寿郎さんが、腰振ってくださいよ……」
 本当についていけませんからね、とは呆れ半分に笑みを浮かべる。任せてくれと笑った杏寿郎に、そういえば運命の番なのだったかとはぼんやり思う。
「……あ、」
 運命だから、特別だから、可愛い反応を返してほしかったのだと、今ようやく気付いた。乙女心はどうやら、杏寿郎の方が詳しかったらしい。けれどそれを今更認めるのも何だか癪で、はぎゅっとナカを締め付ける。慌てたような杏寿郎の声に、ふふっと意地悪な笑みを浮かべた。
「乙女の体に、がっつきすぎですよー? もっと、優しくして、ください……っ」
「どの口が、言うのだろうな……!」
 行為の主導権を、易々と明け渡す気はない。射精を堪えた杏寿郎に、はとびっきりの笑みを向けた。挿入を許したからとて主導権まで譲った気はない、それはのものなのだ。熱を交わす間だけは、杏寿郎をたくさん虐めて、少し甘やかしてあげたい。ひねくれた愛情表現だけれど、それが杏寿郎となのだ。
「いい子にしてくれないとッ……あとで、こわいですからね……、」
「そうか、それは……恐ろしいな、っ」
 競うように、お互いを追い立てる。性別とバースが噛み合わないと、誰かは言うかもしれないけれど。これできっといいのだと、これもひとつの形なのだと、少なくともは、そう思っていたのだった。
 
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