正直なところ、兄姉が生理中のエンジュを構い倒している現状はエンカクにとっては都合のいいものだった。それが健全な構い方かどうかはさておき、だ。
「……ふッ、」
幾度目かの温くベタつく感触と、生理的な反射でビクビクと震える腰。自慰特有の匂いが、むわりと鼻腔を突いた。チッと舌打ちをして自らの浅ましさに呆れるも、欲を吐き出したはずのソレは未だに緩く芯を持って勃起する。自身の生臭い精液の匂いでは、鼻の奥に残るあの匂いを消し切れていなかった。
――ゆるして、
脳裏に思い浮かべるのは、数週間前に犯したときのエンジュの泣き顔だ。白い肌の柔らかさも、汗ばんだうなじを食んだ感触も、鮮明に思い出せる。けれど匂いだけは、今日エンジュの傍に寄ったときの経血特有のそれが思い出されて。感覚の鋭いエンカクに、あの『女』特有の鉄臭さはまるで劇毒のような刺激だ。ぐらりと、頭が殴られたように揺れた気がした。酩酊なのか飢餓なのか、焼け付くような欲求が湧き上がる『雌』の匂い。さすがに月に一度の障りで体調を崩している実の姉を強姦するほど、エンカクの人間性は腐ってはいないが。代わりにとでも言うべきか、普段はそこまでしたいとも思わない自慰で発散せざるを得ない。階下のリビングでマルクスやホムラが妹を甘やかしている間エンカクが自室に篭もるのは、概ねこの行為のためであった。一応、兄姉のように表情を緩めてエンジュを構い倒すなどごめんだという気持ちも本心ではあるのだが。
「…………」
どろりと、白濁が竿を伝う。今頃エンジュは、不快に纏わり付く液体の感触に眉を顰めているのだろうか。子宮が収縮する痛みや吐き気に苛まれ、生臭く粘度の高い血がどろどろと膣道を伝って流れ出て。不快感と気色悪さに耐えることを何日もの間強いられ、また「次」に向けて体が準備を進めることに付き合わされる。女とは、つくづく不憫な生き物だろう。子を孕んでいない時ですら、自身の意思の外にあるものに体を振り回されるのだ。常に「何か」や「誰か」に、所有され支配される生き物。ホムラに関してはまったくそうとも言えない部分も多かったが、エンカクから見れば『女』はある種の憐れみを抱かせる生き物だった。良くも悪くも、エンジュはそんな『女』の代表格である。哀れみの泥に咲いて、傲慢な手に摘み取られる弱々しい花。可哀想で、愚かで、美しい。そう在ることを、生まれたときから定められている女だった。
射精の後特有の脱力感とある種の虚しさに身を任せながら、ホムラに引っ付いて離れないエンジュの姿を脳裏に浮べる。普段のエンジュなら絶対にしない行儀の悪い格好で、べったりと姉の背中にくっついて下半身はソファに投げ出して。細くて白い脚が、妙に目についた。あの脚に、どろりとした赤い血が伝うのを想像する。それはあまりにも艶美な光景で、鼻の奥に残る匂いが想像を補強した。日頃出来のいい陶器の人形のように清廉で淑やかな姉が、濃い血の匂いと気だるげな空気を纏った女になる。魔性だと、つくづく思う。あれは決して、いつまでも兄姉の『可愛いちっちゃな妹』などではいないのだ。エンカクは、きょうだいの中で最もそれを正しく理解している血縁者だった。まだ、頭の中がぐらぐらする。煮えたぎっているのか、螺子が飛んで中身が緩んでいるのか、判別がつかなかった。
210330