どうにも我々には本来姉上殿がいらっしゃるらしい。いや、リィンという長姉はいるのだけれどそういうことではなく。あの「大哥」としか言いようのない長兄殿よりも更に早く、この世に落っこちてしまった零番目のきょうだいが存在していたというのだ。
ニェンがその存在に気付いたのは、あの囲碁バカの傍迷惑な次兄に示唆されてのことである。引き篭もりの妹にこの話を持ちかけたときは傍迷惑という言葉の意味をわかっているのかという顔をされたが、もちろんニェンは知っている。シーが言いたいのは所謂ブーメランということであるが、本題はそこではないと豪快に無視をした傍迷惑なニェンである。兎も角ニェンやシーにはまだ見ぬ「お姉様」がいた。会ったことがないなら会いたくなるのが性というものだろう。シーもそこは否定せず、「元」長姉様のことを尋ねるのならリィンではないかと案外乗り気で提案した。なんとなく、確実に知っていそうな重岳にいきなり尋ねるのは憚られたのだ。
「それはいい判断だね。けれどまあ、姉上様について知りたがることそれ自体が、いい判断とは言えないけれど」
可愛い妹たちを煙に巻くのか、そうニェンがごねても「現」長姉はゆらゆらと尻尾を揺らして微笑むばかりだった。ただひとつ、兄上殿を怒らせたくないのならその話題を彼の前で出してくれるなと忠告めいた言葉だけ寄越された。
「兄貴が怒る? 私たちに?」
「どうして私も一緒に怒られる前提でいるのよ」
「そこはどうでもいーだろ……兄貴が! 怒る? 私たちに?」
大仰に首を捻るニェンの横で呆れながらも、シーもまた同じ疑問を抱いていた。長兄は弟妹たちに怒らない……というわけでもないが、少なくとも滅多なことで気を荒げないというのは確かだ。年少者に甘い、というのも語弊があるけれど、なんというか長く生きたモノの余裕とでも言えばよいのか。リィンにもそういうところはあるが、つまるところ赤子と本気で喧嘩をする大人などいないという、そういうことだ。小さくてやわらかいものが手足をじたばたと振り回しているのを見て、ああ可愛らしいなと微笑む。ニェンの「傍迷惑」もシーの引き篭もりようもあの兄にとっては多少手の焼けるくらいのことでしかないのだろう、怒るどころか叱る姿さえどれだけ見ただろうかと首を傾げるほどだった。
「わかった、やっぱり長姉殿なんていないんだ」
「何言ってるのよ」
「兄貴の『逆鱗』の比喩か何かなんだろ、あいつもいい加減なこと言いやがって」
「いい加減なことを言ってるのはそっちじゃない……」
とはいえリィンに釘を刺されたこともあり、シーは元の不精も相まって「もういいのではないか」という気持ちになっていた。ニェンの突飛な結論もどうでもよく、今は住処に帰りたいという気持ちの方が強くなっている。重岳が現在腰を据えているなんとかという場所のある方角から圧を感じるなど、きっと徒労の疲れからくる気のせいだ。まさか、存在しない零番目について探っただけで長兄が勘付いたなどと――
「なぁ、なーんか兄貴が怒ってる気がしねぇか?」
「そういうのは口に出さないで頂戴」
230214