「はっきり言います。さん、あなたは……このまま戦い続ければ、長くは生きられません。どころか、ほぼ確実に早逝されると言ってもいいでしょう」
 静まり返った部屋で、しのぶの声だけが鼓膜を揺らす。痛いほどの沈黙の中だからか、しのぶの声は室内によく通った。
「選択肢は二つです。鬼殺隊を辞めて、余生を全うするか。……命を削って、戦い続けるか」
 そう言って、しのぶは唇を引き結ぶ。常日頃の笑顔は今は鳴りを潜め、いっそ苦しげにも見える表情を浮かべている。それも、の行く末を案じてだろう。自分のことであるのに、他人事のようにはそう思った。
「あなたは、後者を選びました。──本当に、いいんですね?」
 しのぶが念を押すように、を真っ直ぐ見据えながら言う。だからは、神妙な顔で静かに頷いた。
「はい。──それがわたしの、答えです」
 そんな会話をしたことを、は思い出していた。しのぶさんの言ってたこと、疑ってはいなかったけど本当だったなぁ、なんて朦朧とする意識の中でぼんやり思う。布団の中、体はもう既に自由が利かず、否が応でも自らの死を意識させられた。
 転がり落ちるような、目まぐるしい人生だったと思う。怖いものはいっぱいあったし、痛いことだってつらいことだって苦しいことだってあった。それでも、生きてこられたのは──
「……どうした、
 いつだって、義勇がいてくれたから。ただただそれだけだった。
「ごめんなさい、ぎゆうさま」
 呂律が回らないせいで舌足らずになった声で、義勇への謝罪を口にする。
「わたし、さいごまでたたかえませんでした」
 その言葉は、の心残りを雄弁に物語っていた。寿命を削ってでも戦い続けることを選んだというのに、数ヶ月前からは病床に伏して戦うことすらまともにできなくなった。それが何より口惜しくて、は懺悔せずにはいられなかった。しかし義勇はの顔を覗き込んで、の最後の未練を断ち切るように言ったのだ。
、お前は頑張った」
 常の無表情を崩し、滅多に見せない笑顔を見せながら義勇は言う。
「よくやった。お前は、よくやった。だから、いいんだ」
 ──もう、いいんだ。
 そう言った義勇の声は震えていたし、無理やりに形づくったその笑顔はくしゃくしゃに歪んでいて。とても他人に見せられるような綺麗な表情ではなかったけれど、今にも泣きだしてしまいそうなへたくそな笑顔も、それを浮かべる義勇も愛おしくて仕方がなくて。この不器用でとても優しいひとが他の誰でもない、自分のためだけに向ける表情に、安堵と、ひとさじの優越を含んだ多幸感が胸を満たす。
(ああ、だけど)
 満たされた胸の中、ほんのわずかに生まれた蟠りには思いを馳せる。
(私を見送って、そのあと義勇さまはどうなるのだろう)
 約束された死を目の前にして、それでもは冷静だった。職業柄無残に殺されることも珍しくはない中、布団の上で安らかに死に逝けることが何よりの幸福と知っていたし、その最期を誰よりも何よりも愛する人に看取られるのなら尚更のこと。それ以上を望むのは強欲だと知りつつも、を亡くしてそれでも生きていく義勇のことを考えるとどうしようもなく切なくなるのだ。
「ぎゆう、さま」
 いつものように呼んだはずの名前は、小さく掠れて吐息に混ざり掻き消える。それでも義勇は、その小さな小さな呼び声を拾い上げて言葉を返した。
「何だ」
 言葉にしてみれば、たったの三文字。その三つの音のひとつひとつに不格好な優しさを乗せて問うた義勇に、伝えたいことも言い残したいこともたくさんあるけれど、死の足音が刻一刻と迫ってくる中もはやに残された時間は幾許もない。だから、ただ二つだけ。伝えたかった、言い残したかった数多の言葉の中からたった二つの言葉だけ、限りある時間の中で伝えようと懸命に口を動かす。
「あいして、います」
 それに続けて、掠れる喉を叱咤して、震える声を絞り出すように。目の前すらぼやけて定かではない視界の中、捉えた義勇の輪郭に向かって手を伸ばしながら最後の言葉を口にした。
「どうか、そくさい、で」
 私が、いなくても。
 言外に持たせた含みが伝わったかどうかは、義勇にしかわからないけれど。は、満足感に包まれながらゆっくりと瞼を閉ざす。義勇に向かって伸ばされた手は、結局義勇に触れる前に布団の上に落ちて力を失ったけれど。それでもに、一切の後悔はなかったのだ。
「……ああ」
 布団に投げ出されたの手を取り、義勇は自分の頬を寄せる。もう力の入ることのないその手は、弛緩してやけに重く感じる。まだ温もりを残している柔らかな手だが、じきに冷え切って硬直してしまうのだろうと悟るには十分な重みだった。
「生きていくよ」
 自分の発したその言葉を噛みしめるように、義勇は言う。
「お前が、いなくても」
 だから今だけは、まだお前といさせてくれ。
 頭の中でだけそう呟いて、義勇はの手を頬に当てる。徐々に冷たくなっていく手に体温を移すように、頬を擦り寄せる。義勇本人にも気付かぬうちに頬を伝った一筋の涙は、もう動かないの手を濡らすのであった。
 
190415
もうこれがエンディングでいいんじゃないかなって思うほどに泣きました。伝わってる、伝わってますちゃん。生きていくよお前がいなくとも。この先原作がどう進むかはわかりませんが、義勇さんとちゃんの未来に幸あれ。
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