「ねえねえ、ミスラ」
「なんですか」
 聞き返したけれど、いつもとまったく同じ言葉がこの女の口から出てくることはなんとなくわかっていて。うんざりした気持ちをそのまま吐き出す俺に彼女はたのしそうに笑う。それが心底イラついて、めんどうだった。
「わたしが死んだら食べてくれる?」
 顔を合わせるたびにそう訊いてきた女にうんざりしていたのはもう何百年も前からずっと。いやですよとくだらない願い事を断るのも、がそれを言い続けるからずっとずっと続いている。あたたかな春の日差しにまどろんでいても、うだる暑さの夏にイラついていても、落ち着いた秋の空気にぼんやりとしていても、身を切る冬の寒さの中で眠っていても。ところかまわず、は厄介な望みを持って現れる。
「またそれですか。いやです」
「どうして? オズのことは殺して石にしたいんでしょ? そして食べるんでしょ?」
「まあ、はい」
「じゃあ、わたしのこともそうしてよ」
「めんどうなのでいやです。それに、あなた弱いじゃないですか」
 俺は、俺より強いオズが邪魔なだけで別にあなたに興味はないんですよ。それにお願いされるとやる気がなくなる。いい加減にうざいしいっそ殺してやろうかなと思ったことも数えるのが億劫になるほどあったけれど。今日まであなたが生きているのはそういう事情なので。でもこれ、あなたが生きてる限り続くんですよね? ああ、それはめんどうだな……。俺のまったく関係のないところでなにか不幸なことがあって死なないかな……。そんなことを思いながら、のうざったるい笑顔を眺めていたのはいつだったか。いつもそんな感じだったから忘れてしまった。
 俺の目の前には石になった見慣れた女がいて、案外そういうときはあっさりくるものなんだなと他人事みたいに思った。
 彼女にどんな不幸が起こったのかはわからないし別に知りたくもないけれど、体の真ん中から下が抜け落ちたみたいにきれいさっぱりなくなっているはぽかんとまぬけな顔をしてそのまま事きれたらしい。生きていても死んでいても変わらないですね、あなたは。
 打ち捨てられた彼女をひとつ、つまんでみる。そこそこの魔力しかないはやっぱり俺の予想どおり。
「……おいしくはないですね」
 石になった女を砕いて、もうひとつその欠片を食む。がりがりと噛んで、飲み干して、ただの魔力源となったなまえを胃に収めていく。彼女が弱かったからだろうか。食べても食べても、満たされない。少しは腹の足しになるかと思ったんですが。俺の胃はおかしくなったのかもしれない。
「ほんとうに、勝手に死なないでくださいよ」
 こぼれ落ちた俺のつぶやきにこたえる声はもちろんない。それでよかった。だって、俺自身がこんな言葉をなぜ吐いたのかわからないから。
 痛いくらいの静寂の中。物言わぬ無機物に成り果てた女を噛み砕く耳障りな音だけが、俺の口で響いた。
 
210208
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