BL エルヴィン・スミス 18

室内に広がる紅茶の香り
細く開けた窓から吹き込む風にゆるりと空気が動くのを感じながらはカップを持ち上げた
休憩時間にぼんやりと空を見上げて過ごすのは訓練兵時代と変わらない
流れる雲を見て、視線をカップに向けて一口飲む
良い香りだなと思っているとカチャ、と向かいに座る分隊長がソーサ―にカップを置いた

「ねぇ、
「ん?」
「君ってオルオと仲良しだよね」
「……まあ、これだけ長く側にいれば……訓練兵の時から、特別作戦班に入るまで同室だったからな」
「性格は正反対なのに。喧嘩とかしないの?」

それを聞いてカップを置くと少し動きがぎこちない右手を顎に沿える
考えて、思い返して――一つだけあったと小さく頷いた

「一回、あったくらいだ。ガキのような口喧嘩が一回」
「へぇ。何のことで?」
「エルヴィンに告白をされた日に。オルオが追われている俺の目の前で信煙弾を撃った。それで、少し喧嘩した」
「そうなんだ」

そう言い、分隊長――ハンジが再び紅茶を飲む
ここは自分の執務室兼私室なのだが、なぜこいつが寛いでいるのか
同じ兵舎にハンジの部屋もあるというのに
そう思いながら右手の指を握ったり開いたり
ささやかなリハビリをしているとハンジが机に肘をついて頬杖をついた
こちらの顔をじっと見つめると首を右へと傾ける

「あのさ」
「ん?」
「オルオのこと、好き?」
「……そうだな、好きだ」
「へぇ。まあ、そうだよね」
「オルオはよく喋るから、それを聞いてるだけで面白い。話してくれるから、俺も返事が出来る」

そう言うとハンジが頷いて視線を右へと向けた
それから再びこちらを見ると右手の指先を机に触れて指先で自身が持ってきた書類を弄る

「じゃあさ、どこまでなら出来そう?」
「どこまで?」
「一、手を繋ぐ。二、腰を抱く。三、至近距離までの接近。四、キス」

指を一本ずつ立てながらそう聞かれて首を傾げた

「……オルオと?」
「うん」
「そうだな……出来そう、というか四以外はやってるな」
「えぇっ!?」
「訓練中だったり、任務中だったり。その時に、そんな事はあったと思うが」
「……日常では?」
「……四以外はやってる」
「はは……君たちは本当に仲良しだね……」

そう言われて僅かにだが頷いて見せる
オルオに触れられるのは嫌ではないし、自分が触れても嫌がられない
友達とは、親友とはそんな相手ではないのだろうか
そう考えているとハンジが紅茶のカップを持ち上げてニッと笑った

「じゃあさ、オルオにキスしてって言われたら出来る?」
「……言わないと思うが」
「言われたら、の話だよ」
「……そうだな……してやると思う」
「え、本当に?」
「あぁ」
「じゃあさ、私には?」
「絶対にやらねぇよ」
は意地悪だねぇ」
「……」
「ねえ、オルオ。はこんな意地悪なところもあるんだよ」

と、ハンジが右へ顔を向け、静かに紅茶を飲んでいたオルオに話を振る
びくりと肩を揺らした彼がはあと息をはくとカップをソーサーに戻した

「あの……そりゃあハンジさんは先輩ですし……」
「その先輩の私がしてって言っても、駄目らしいよ?」
「……仲良くないからじゃないッスか」
「苦手だって言われてるしねぇ……オルオも私のこと苦手だろう?」
「いや、はは……その、無理なことを言うし、させようとするんで……」
「えー?私はただ、研究の為に巨人を捕獲したいだけだよ?」
「だから、それが……無理ッスよ。討伐するので精一杯なんですから」
「研究が停滞状態だよ。が復帰したら一体でも良いから捕まえたいなぁ」
「エルヴィンの許可がないと捕獲に協力はしない」

そう言うとハンジが机に凭れかかるようにして体を預け、口を尖らせた
いじけたようにカップを指先で弄りながら口を開く

がエルヴィンにお願いしてくれたら良いのに」
「しねぇよ」
「君のお願いなら聞いてくれるのになぁ……恋人特権で」
「絶対に言ってやらねぇから諦めろ」

そう言い返したところで廊下から足音が聞こえた
どうやらこの分隊長を引き取りに来てくれたようで
は内心ほっとすると右手の指を開きながら扉へと目を向けた
音が近付いて、扉の前で止まって
五秒ほど間をおいてから扉がノックされる

「入れ」

そう応じると静かに扉が開かれてモブリットが顔を覗かせた

「すみません、分隊長。こちらに……あっ、いた!」
「やぁ、モブリット」
「やぁ、じゃないですよ!なにしてるんですか」
「休憩だよ、休憩。の部屋にある紅茶が美味しくてね」
「仕事が溜まっていますよ。戻ってください」
「えぇ?」
「えぇ?じゃなくて!分隊長にもご迷惑です」
「彼だって休憩してるじゃないか。友達まで来てるんだよ?」
「だからこそ、邪魔をしないでください。忙しい合間の息抜きに乱入しちゃ駄目でしょう」
「もぉ、モブリットも意地悪なんだから」

そう言い、残った紅茶を一気に飲み干してカップを置いた
カタ、と椅子を引くと立ち上がってこちらを見下ろす

「ごちそうさま。またお邪魔させてもらうよ」
「……あぁ」

こちらの言葉にハンジがにこっと笑ってモブリットと共に部屋を出て行った
扉が閉まり、足音が遠ざかって
オルオが脱力したように机に上体を伏せて息をはく

「はぁ……なんだったんだ……」
「マッサージをしに来る。お前が来るまでしてもらってた」
「俺の休憩室に入って来るなんて……」
「休憩室にするな、俺の分隊長室だ。来客は多いぞ」
「長居する奴はいないだろうが」
「まぁ、そうだが」

オルオが来る時間帯はエルヴィンは留守にしていた
自分の怪我もそろそろ完治するから団長がこの部屋に来ることもなくなるだろう
そうなればオルオが来訪できる時間が増えるだろうか
そう思っていると彼がカップを持ち上げながらこちらに顔を向けた

「さっきの、本気か?」
「さっき?」
「俺に……キスできるのか?」
「あぁ……そうだな。出来ると思うぞ」
「お前、本当に変わり者だな」
「?……友達が、そう言うのなら……しても良いかと、思っただけだ」
「……そうか」
「逆に聞くが」
「……」
「俺がしてくれって言ったら、してくれるか?」
「……まぁ、そうだな……お前になら、出来そうだ」
「そうか」

それきり二人とも口を閉じ、静かに紅茶を飲み進める
そろそろ茶葉を買いに行かなければ無くなる頃だろうか
次の休みの日にでも町に行って――と思ったところで耳に入った音に動きを止めた
どうやら顔を見せない班員を捜しに来たようで
そう思いながら最後の紅茶を飲み干すオルオへ目を向けた
音が近付いて来るのを聞きながらカップを置いた彼に声を掛ける

「オルオ」
「ん?」
「どうやら、お前も休憩の終わりが来たようだ」
「……」
「迎えが来た。窓から」

言い終えて、一呼吸置いたところでタン、と音を立てて窓の外に人が立った
自分の上に下りる影にオルオが窓へと目を向ける

「っ、リヴァイ」

驚く彼の声を聞きながら兵長が窓の隙間に手を掛けてそれを大きく開いた
少し強い風が室内へと吹き込んで髪が揺らされる
オルオが慌てて立ち上がり、同時に立体機動装置のグリップを脇から抜いた
そんな姿を視界の端に見ながら斜めに兵長を見上げる
彼がこちらを見下ろすと口を開いた

、邪魔するぞ。……オルオ」

「はっ」
「仕事だ、来い」
「了解しました」

彼が窓へと近付くとリヴァイが飛び、それにオルオが続いて
その姿を見送ると手を伸ばして元通りに窓の隙間を細めた
一人になった部屋でふうと息をはき、立ち上がって紅茶のカップを端に寄せていたトレイに乗せる
ハンジが持ってきた書類を手元に移動して、それから二つの椅子を壁際へと寄せて
この椅子はいつの間にやらオルオが勝手に持ち込んできて、一つだったのが二つに増えていた
いつ誰が、もう一つを持って来たのかは分からない
まぁ、別に良いかと思いながらカップを下げようとトレイを持ち上げる
扉へと近付いて、肘が伸びない為に身を屈めて右手でノブを握った
上手く動かずに少し手間取りながら扉を押し開けると廊下に片足を踏み出す

分隊長」
「……あぁ、どうした」

こちらの名を呼び歩み寄って来るのは自分の部下の一人
確か新兵を卒業して二年目の自分よりも年下の女だった

「こちらの書類の確認をお願いします。カップは私が片付けますので」

そう言われて左手に持っていたトレイがそっと取られ、代わりに書類を渡される
ちらりとそれに目を向けてから部下へと視線を戻した

「あぁ、頼む」
「紅茶ならば私たちが淹れますからいつでも声を掛けてくださいね」
「……お前たち、他に仕事があるだろう」
「分隊長の身の回りのことをするのも仕事の内です。特に今は……まだ不自由なことも多いでしょうから」

彼女の視線が右腕に向くのを見て無意識に視線を落とす
この腕が元通りに動かせるようになるのはいつになるのか
そう思いながら曖昧に頷いた

「……分かった」
「なんでもお一人でなさろうとしないでください。では、失礼しますね」

年下の女に、困ったような顔で微笑まれてしまった
立ち去る背中を少しだけ見送り、部屋へと引っ込んで扉を閉める
机へと近付いて、椅子に座ると窓の方へ顔を向けた
吹き込む風が髪を揺らして通り抜けていくのを感じながら背もたれに体を預ける

「部下に、恵まれたな……」

ただの兵士だったなら、身の回りの事をしてくれる人などいなかった
自分から拒絶していた為に友人と言えるのはオルオとペトラしかいないのだから
まあ、同期だからと義理でやってくれる奴はいるとは思うが
でも分隊長になった今は声を掛ければ応じる部下が大勢いる
全てが仕事に関する事ばかりで、私用な事は命じていないが
私用な事で言ってくれというのは少し嬉しいような感じがする
はそう思いながら髪をかき上げると僅かに笑みを浮かべた

2024.10.05 up