BL エルヴィン・スミス 01
久々の休日は私服姿で街に出る
町人のざわめきを聞き、兵士の声を聞き――
さあ、今日はなにをして過ごそうか
目的はなく、欲しい物もない
会いたい友人は今日は仕事だという
ならば少し歩いて部屋に戻り、読書でもして過ごそうか
そうするには先ほどから耳に入る足音の持ち主からさっさと逃げなければならない
だがこの相手は存外にしつこく、逃げきるのも面倒だ
そう思いながら人が背後に立つのを音と気配で察しているとぽん、と肩に手が置かれる

「やあ、ちょうど君に会いたかったところなんだ」
「帰るところだ。じゃあな」

触れる手をぱっと払い、さっさとその場を離れた
普通はこれで相手の心情を察して追ってはこないだろう
だが、今日は相手が悪くどうしたものかと考える
人ごみに紛れようとするが追ってくる足音はしつこかった
走ろうかとも思ったが、もう一つ自分を追ってくる足音を発する人間がいるということは、撒くのは無理か
それでも振り返らずに歩いて行くが、横切る馬車に進路を妨害されたところで追跡者に回り込まれてしまった
くるりと踵を返すがそこには予想通りの大男が立っていて眉根を寄せる

「ミケの鼻は助かるよ。この辺りに君がいるっていうから捜してたんだ。それに、女性の注目を集めるから見つけやすいしね」
「余計なことしたな。俺は休みなんだ、一人にしてくれ」
「話がある」
「俺にはない」
「大事な話なんだよ。ちょっとだけ顔を貸して、ね」

言葉と同時に両肩に手を乗せられて肩越しに背後を見る
自分よりも低い位置にある目を見ると瞼を閉じて口を開いた

「……了解した。どこへ行けば良い」
「団長室だよ」
「はあ……」

一体自分になんの用があるというのだろう
青年はそう思いながら重たい足取りで街を離れるように歩き出した




見飽きた軍用施設が並ぶ通りを歩き、私服のまま団長の部屋へと向かう
自分を呼び止めた分隊長――ハンジがドアをノックするとすぐに応答があったようで扉が開けられた
促されて中に入ると机に向かって座るエルヴィンの前に立つ
背後から入ってくるのはハンジとミケ
元から部屋にいたのはエルヴィンとリヴァイ
なんだこの上官の群れはと思っているとエルヴィンが脚を組んでこちらに顔を向けた

。今日は休日だというのにすまない」
「急ぎの用があるのでしょう。どうぞ」

そうでなければ分隊長がわざわざ一般兵を捜しに来る訳がない
言葉の続きを促すとエルヴィンが頷いて口を開いた

「部隊の編成を見直したのだ。兵士の増員に伴い、もう一人分隊長が必要になった」
「……」
「その分隊長を君に任せたい」
「団長、俺では若過ぎます」

分隊長は大抵三十路を過ぎている
自分は今年十九歳になる、兵士としては若輩者だった
何度かの壁外調査を経て死なずに済んだという運の良さはあるが、それだけで分隊長が務まる訳がない
自分以外にもっと相応しい兵士がいるだろうに
そう思うのだが団長は相変わらずの無表情で口を開いた

「分隊長に年齢は関係ない。君の能力を考慮した上でだ」
「俺に、部下を持てと……」

そんなもの持ちたくない
上からの命令を聞いてそれに従っているほうが楽なのに
壁外調査の際に巨人の討伐以外で動くのは嫌だった
書類だの会議だのと色々と仕事が増えるのが目に見えている
だが、この上官の視線を一身に浴びた状態で断るというのも面倒で
どうせ、断ったところでハンジが了承するまで付き纏うのだろう
こちらが休みだと知った上で呼びに来るくらいなのだから
それを考えるとこの場で返答した方がマシだった

「……了解した」
「感謝する」

薄く笑ったエルヴィンがそう言うと組んでいた脚を下ろして立ち上がる
机を回り込んでこちらに近付くと正面に立って――何故か腰を掴まれた

「っ……は?」

突然のことに驚いて初動で反応した状態のまま固まってしまう
その間にエルヴィンの手が無遠慮に腹部や胸に触れ、太ももを撫でて

「相変わらず細いな……」
「っ、触らないでください!」

呟かれた言葉に我に帰って後ろへと体を引く
本当に、いきなり何をするのか
寒気がして思わず両手で己の腕を抱き、上下に強く摩ってしまう

「とにかく、分隊長の件は了解した。それ以外に用が無いのなら俺は帰らせてもらいます」
「……ああ、行ってくれ」

己の手を見ていたエルヴィンがこちらに顔を向けると相変わらずの無表情でそう言った
踵を返すとハンジとミケの間を通り抜けて、扉を開け放ち外へと飛び出す
そのままの勢いで青年――は与えられた自室へと向かって駆け戻って行った


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


昨日は休みだった、というのに休んだ気がしない
制服を着て、腰に立体機動装置を装備すると髪を手櫛で整えた
煤色の髪を軽く後ろへ流し、灰青の目で鏡に映る己を見る
ハンジがよく揶揄ってくるがこの顔立ちは女に人気があるそうだ――自分ではそうは思わないが
険があるとも言われるがリヴァイほどではなかった
口調は少し似ているが地下街育ちでもない
ストヘス区で生まれ育ち、貴族の生活が嫌で家出をしたただの不良だった
息苦しいあの生活よりも兵士として生きる方が自分には楽だったから
あの場所でのうのうと過ごすのが何よりも嫌で誰にも何も告げずに家を出た
あれから七年が過ぎて一度も家には帰っていないし連絡もしていない
親はもう自分が死んだものとして扱っているだろう
そう思いながらぱっと軽く肩を払って廊下へと出た
早朝の兵舎には人の姿はあまりない
静かだと思いながら階下に降りて、玄関から外へと出て
見上げる空は晴れ渡り、寒気がするほど気温が低い

「はあ……分隊長、か……」

面倒だという思いと同時にあの時の団長の理解できない行動が脳裏を過った
自分以外の手が体に触れた感触に身震いして腰に下げた立体機動装置がカタカタと音を立てる

「……はは、セクハラか?どこに訴えれば良いんだよ……」

あの時見ていたリヴァイにでも言えば良いのだろうか
目撃者なのだから覚えがない、とは彼も言わないだろう

「はーあ……ま、良いか。確かに細いのは細いし」

己の腰や脚を見てそう呟くとゆっくりと足を踏み出して歩き出した
朝に少し歩いて、訓練場を軽く飛び回るのが日課になっている
体を動かせば眠気が覚めるし、なにより気持ち良かった
今日も汗をかかない程度に飛んで食事をとろう
はそう思いながら訓練施設へと通じる道の先へ目を向けた




早朝の体操を終え、朝食を食べ、さて何をすれば良いのだろうと思っていると戸口にミケが立つのが見える
彼が僅かに頷くのを見て立ち上がると朝から騒がしい食堂の端を通り抜けて彼に歩み寄った

「部屋が用意された」
「あー……」
「そこで仕事をすることになる」
「いつから?」
「今日からだ」
「はあ」
「行くぞ」

歩き出すミケに数歩遅れて仕方がなくついていく
普段は頼まれて届け物をする時以外に出入りしない分隊長が使う部屋がある建物
そこの扉を潜ると廊下を歩いて幾つかの扉を通り過ぎた
先を歩くミケが足を止めると扉を開いてこちらを見る
そちらへと歩み寄り、室内を見回してふうと息をはく

「なんでベッドがあるんだ」
「仮眠用だ」
「……いっそのこと、ここで寝起きしたいが」
「構わない。その方が居場所を把握できる」
「で、今日は……掃除をすれば良いのか」

側にある棚の上に指先を触れ、埃が積もっているのを見ながら言うとミケが頷いた

「埃臭い」
「鼻が使い物にならなくなるぞ」

言いながら室内へと入り、正面にある窓を開ける
もう一つの窓も開けて朝日が照らす室内を見回した
自分には広すぎるが仕事部屋も兼ねているのなら丁度良いか
とにかく、今日は掃除優先で書類等が来ても後回しにしよう
はそう思い、フックに掛けられたハンガーを取ると埃を払い落とした
そこに脱いだジャケットを掛けるとポケットから布を二枚取り出す
髪を覆うように三角巾にして、もう一枚で口元を覆って
さてやるか――と振り返ったところで未だに立ったままのミケの姿が見えた

「案内どうも。……まだなにか?」
「いや……健闘を祈る」
「任せろ、兵長の部屋の掃除をしたことがある。及第点を貰える腕前だぞ」

あの潔癖症に掃除の腕を認められたのだからこの部屋くらいなんてことはない
そう思いながら掃除道具がありそうな棚を漁り、中から埃っぽいハタキ、ホウキやバケツ、雑巾を取り出した
必要最低限だがこれでどうにかなるだろう
まずは上からとハタキを手に部屋の角にある埃の積もった蜘蛛の巣を叩き壊した
ぱたぱたと埃を舞わせ、掃き掃除をして拭き掃除をして
念入りに机を磨き、椅子を拭き、窓ガラスを拭き
ベッドはフレームだけで寝具がないからどこかで手に入れなければ

「?……どこだ。技巧室、ではないな……」

まあ、あとで他の分隊長に聞いておこう
そう思いながら使い終えた雑巾をバケツへと落した
うっすらと額に浮く汗を手の甲で押さえ、ふうと息をはく
腰を伸ばしているとカツ、と音が聞こえて背後を振り返った
開け放ったままだった戸口に立つのはエルヴィンで、室内を巡った目が自分へと向けられる

「掃除を?」
「はい、埃だらけだったので」
「すまない。手配をしたかったのだが手の空いている者がいなかったのだ」
「いいえ。兵長ほどではないですが綺麗好きですので。自分でやる方が良いです」

捲っていたシャツの袖を戻しながらそう答える間にもエルヴィンが部屋へと入り、こちらへと近付いて来る
昨日の光景が脳裏を過り、は思わず窓の方へと身を引いた
幸い、立体機動装置は装備したままだからいざという時には外へと逃げられる
掃除の間、邪魔ではあったが置く場所がなくて着けたままで良かった
そう思っていると団長がこちらの肩に手を置く

「分隊長を引き受けてくれたことに感謝する。……君に憧れて調査兵団を志望する兵士が増えた」
「憧れられているのは兵長では?」
「……君は自分を過小評価している」

言いながら右手で口元を覆う布が外された

「討伐数五十三、討伐補佐数二十七」

続けて髪の生え際から指を差し入れるようにして三角巾を取り払われて
埃一つなく磨いた床にぱさりと布が落ちる音を聞きながら高い位置から下りてくる団長の顔を見つめた

「君は非常に優秀な兵士だ。調査兵団の団長として分隊長への昇進を祝おう」

言い終えて、何故か――
何故か、唇が、重ねられて――

間近に見える閉じられたエルヴィンの目には硬直した

(な……なに、この人……上官が変わり者ばっかりって、やっぱ本当なんだな?でもなんでキス?この人、昇進祝いに、キスするのか?俺、男だが……男なんだが!?)

分隊長になると団長のキスで歓迎されるのだろうか
ハンジも、ミケもこれを受けたのだろうか
混乱する頭の片隅でそんなことを考え、両手で立体機動装置のグリップを握ったままはエルヴィンが顔を離すまでその場を動くことは出来なかった