BL エルヴィン・スミス 02
休憩室に続く扉を開くと、そこには兵長と二人の分隊長の姿があった
室内を見回して彼ら以外に人がいないのを確認すると後ろ手で扉を閉める

「聞きたいことがある」
「ん?どうしたんだい?」
「団長の」
「エルヴィンの?」
「分隊長昇進への祝いはいつもああなのか」
「?」
「ああ、とは?」
。てめぇなにかされたのか」

、と愛称で呼ぶリヴァイ
彼の顔を見るとは背後の扉に寄り掛かり、腕を組んで溜息をもらした
顔を俯かせて右手の指先で唇に触れる
そのまま手の平で覆うようにして口元を隠すと目だけで兵長を見た

「キスをされたが」
「「「……」」」
「あれはなんだ。団長はあの祝福方法を好むのか?」
「「「それはない」」」

完璧に揃った兵長と二人の分隊長の声
それを聞いては瞼を伏せ、口を覆った手を上に滑らせるようにして髪を乱し、頭に触れた
がしがしと動かしながら軽く首を振り、そのまま顔を上げて三人を見る

「じゃあなんだあれは。セクハラか?昨日だって人の体に触りやがって。俺は男だが?男なんだが?」
「セクハラだろうな。てめぇ、その口調オルオに似てるぞ」
「兵長もご存じの通り俺とオルオは同期のダチなんで。話している内に似てくる。兵長、セクハラはどこへ訴えれば良い」
「知るか。俺に聞くな」
「はあ……オルオに聞くか」
「?……なぜアイツに」
「あんたの班に入ってから、パワハラで訴えてんじゃないかと」
「訴えられてはいない。俺は部下には優しいからな」
「……ま、そうだな。アイツは顔を合わせればあんたの話しかしないよ」

本当は自分がリヴァイ班へという話もあった
でもそれでは戦力が偏るからと取り消しになり、代わりに良い人物はいないかと聞かれて推薦したのがオルオ
同期の中でも特に仲の良い彼が憧れる人の元へ行けたのは喜ばしいことだった
自分には憧れの人というのがいないから、彼の気持ちは分からないが
毎日兵長兵長と後ろをついて歩いているのだろうか
容易く想像できるその姿に笑いそうになるのを堪え、は乱れた髪を整えた

「まあ、団長のことは良いとして……」
「良いのか」
「懲罰室にでも放り込んでくれるのか?」
「それはさすがに無理だよ」
「せいぜい謹慎程度だろう」
「団長が居ないと色々面倒だろ。俺が逃げてどうにかする。それよりもベッド。枠しかないんだが」
「あー、寝具ね。それは支給部に言えば届けてくれるよ」
「了解した。休憩中に邪魔したな……あまりサボるなよ」

そう言い、背を扉から離すとくるりと体を反転させる
ノブを握り扉を開けて――廊下に立つ人の胸元を見ると瞬時に踵を返した
一歩目で最高速度まで加速し、開けられている窓から外へと飛び出す
立体機動装置のグリップを握り、アンカーを撃つと巻き戻るワイヤーの力で一早くその休憩室から逃げ出した

「……自分が逃げる、か。あいつの立体機動には追い付けねぇからな」
「エルヴィン、新分隊長君にキスしたんだって?」
「駄目だぞ」
「……」

三人の言葉を受けてエルヴィンが片手を顎に沿えて軽く摩る
無表情の彼が何を思ってが消えた窓を見ているのか
ただ、その薄い青色の目が彼のことばかりを見ているのが分かり、ハンジは寒気を感じながら小さく溜息をもらした


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支給部に頼んだ寝具がその日の内に運び込まれ、兵舎にある荷物は自分で運ぶ
木箱を抱え、玄関から出ようとしたところで横から声を掛けられた

さん」
「ん?ああ、104期生か」
「はい。何をしているんですか?荷物を運んで……?」

自分に寄って来たのはいつも三人でいる104期生
エレンとミカサとアルミンは幼馴染と言うやつらしい
彼らの顔を見ながらは軽く箱を持ち上げてみせた

「引っ越しだよ」
「引っ越し……?」
「この度、めでたく昇進が決まった。分隊長だ」
「!、おめでとうございます、さん!」
「凄いですね。まだ十代なのに」
「どーも、頻繁には会えなくなるが元気でな」
「はい、さんもお元気で」
「お前、あまりその子に心配かけないように。お前は自分の体も大事にしろ。そしてお前、もう少し体力をつけるように」
「「「っ……努力します」」」

一人ずつ顔を見ながらそう言うと彼らが良い返事を返してくれた
少なからず身に覚えがあるのだろう
彼らが姿勢を正すのを見て小さく頷くと最初で最後の荷物を兵舎から運び出す
元から着替え程度しか持っていないから人の手を借りる必要もなかった
いつ死ぬか分からないのに多くのものを持っていても仕方がない
だから手元にあるのは生きるのに必要な物だけ
片付けるのに邪魔な物などは一切持たない主義だった
だから自室といえど、見た目には衣装棚とベッドに机と椅子くらいしかない
それが全てで、それだけで十分だった
友人が遊びに来る時にはいつも殺風景だと文句を言われるが――
そろそろアイツの顔でも見に行くか
はそう思いながら見た目よりも軽い箱を持って空を仰いだ


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「は?分隊長?」
「ああ……最悪だ、代わってくれ」

そう言うとスプーンでスープを掬った友人が目を細めて口を開いた

「ふざけんな。俺は兵長について行く」
「つれないな」
「大体、団長からの命令だろうが!嫌だからって代われるもんじゃねーだろ」
「……面倒なんだよ。会議とか書類とか……」
「文句言わないでやれよ。兵長だってやっておられるんだから」
「はぁ……」
、辛気臭ぇ溜息つくな」

毎日のように使う食堂のテーブルはなんとなく座る場所が決まるものだった
普段は片隅で一人で食べているが今日はリヴァイ班のテーブルに勝手に椅子を持ってきて乱入している
彼の周囲には二人の男と一人の女が座っていた
リヴァイが選出した特別作戦班――内一人は自分の推薦だが、選んだのは兵長自身である
精鋭揃いだなあと思いながらスプーンで豆を三粒掬って口へと入れた
もそもそとした触感のそれを噛んでいるとペトラが声を掛けてくる

「私たちの同期で分隊長だなんて。凄いじゃない、
「そうか?別に、大したことは……」
「お前の討伐数聞いたぞ。ミケさんの次になるんじゃないのか」
「別に……オルオだってすげーでしょ」
「馬鹿、俺はお前に比べれば少ないだろ」
「はあ……」
「名誉あることじゃないか。何が不満なんだ」
「会議、書類、セクハラ」

言いながらパンを手に取り、千切って口へと入れる
口内の水分を失う触感のそれを食べているとオルオたちが首を傾げた

、セクハラって」
「セクハラはセクハラだ。セクシュアルハラスメントの略であり、性的な嫌がらせのことを――」
「それは分かってる!誰にセクハラを受けたんだ?」
「団長に」
「は?団長が?」
「体を触られて」
「それから?」
「キスされた」

そう言い、沈黙したオルオたちの顔を見ながらパンをトレーに戻す
両手の指を顔の前で組み合わせ、そこに顎を当てると半目になると兵長に似ていると言われる目で彼を見た

「オルオよ」
「っ、兵長の真似すんな。お前、微妙に似てんだよ」
「……どういうことなんだろうな。俺は男だが?男なんだが?」
「知るかよ。エルヴィン団長って、いつも何考えてるのか……」
「いきなり現れるから朝も逃げたんだ。……ああ、兵長が休憩室でサボってたぞ」
「え、サボって?リヴァイ兵長が?」
「優雅に紅茶飲んで……俺が団長から逃げるのを涼しい顔で見送っていた。他にも分隊長が二人もいて誰も助けてくれないんだ」
「……なんか……大変だな、お前……」
「もう食欲もない。食ってくれ……」

言いながら自分の食事トレーをぐいと真ん中に押しやった
四人が顔を見合わせてから綺麗に四等分するのを見て腕を組み、背もたれに体を預ける

「良いなぁ、特別作戦班。仲良しで」
「まあ、そうかもな」
「……俺、他の分隊長と仲良くする自信ない」
「その性格じゃな」
「ちげーよ、変人ばっかだろが」
「そりゃあ、ハンジさんとミケさんはな……」
「俺までおかしくなりそう……」
、お前口調が変わってきてるぞ」

エルドにそう言われて目を彼の方に向けた

「オルオのせいだ。こいつといると昔の口調に戻るんで」
「人のせいにすんな」
「空が青いのも、兵長が俺を見捨てたのも、団長が変人なのもぜーんぶオルオのせいだ」
「だーかーらー!……ったく、初日でへこたれてんじゃねぇよ」
「……そうだな。まだ初日だったか……半年くらい経ったのかと思ってた」
、あなた疲れてるのよ」

ペトラの言葉に頷き、トレーから外して置いてあったカップを手に取る
中に残っている水を飲み干すとふうと息をはいた
少し濡れた唇を手の甲で拭うとカップをトレーの端に置く

「嫌だが戻るか。オルオ、その皿下げとけ」
「おーおー、せいぜい頑張れよ」

そんな言葉を背に聞いてひらひらと手をヒラつかせた
やっぱりアイツと話すと気を使わなくていいから気持ちが安らぐ
彼だけではなく他の三人も
オルオとペトラは同期で、エルドとグンタは年上だが話は合った
あまり人と接するのは得意ではないがあんな関係には憧れてしまう

「ま、俺には必要ないが……」

はそう呟くと少し雲が多くなってきた空を見上げて歩き出した