BL エルヴィン・スミス 03
「いやぁ、君は美人だねぇ~。もっと顔を見せておくれよぉ~」
「おい、こいつを巨人の群れの中に捨ててきてくれ」

背後からこちらの体に腕を回し、だらしのない笑みを浮かべて抱き着いているハンジ
向かいの席に座るミケにそう声を掛けるが彼は酒と料理の混ざった匂いにでもやられているのか、無言で首を振るだけだった
分隊長への昇進祝い、という名目で開かれた酒の席
巨人との戦いはあるがたまには息抜きでこのような場が設けられていた
今回はたまたま、自分が先日分隊長になったからと上座に近い位置に座らされている
角を挟んだ場所には団長が居て、極力そちらを見ないように過ごしていた
彼のほうは席に着いてから穴が開きそうなくらいに自分の方を見ているけれど

「おい、離れろよ分隊長。ベタベタと暑苦しい」

持ってるだけで飲んでいない酒の入ったグラスを置いて体に回されているハンジの腕を引き剥がす
酔っ払いはこれだから嫌なんだと思いながら襟元の釦を一つ外した
中に着るシャツの釦も外すとその部分を摘まみ、ぱたぱたと胸元に風を送る
周囲を見回せば当初の席順はぐちゃぐちゃになり、皆が好き勝手に移動していた
まあいつもの事だが
自分は周囲が乾杯をしてから飲まずに人知れず帰るのが普通だったが今日はそうもいかなかった
目立つ席だし、一応は主役である
終わるまで帰れないのかとげんなりしながら一つのテーブルを占拠しているリヴァイ班を眺めた
オルオが兵長の隣に座って何か話をしている
リヴァイに何か言われて、頷いたり慌てて首を振ったり
聞こうと思えば声は拾えるが今日は止めておこうか
自分とは違って楽しそうだなあと思っているとコツコツと足音が近付いてきた

「やあ、本日の主役君」
「……どうも。これ、引き取ってくれるか」

腕を解いたためにハンジが席の後ろに転がっている
分隊長のそんな姿を見下ろしたナナバがふるふると首を振った

「遠慮するよ。それよりも、だね……その……」
「あれのことは知らない。俺が聞きたい」

あれ、と目の動きで団長を示すとナナバが中性的な容姿を引きつらせる
そしてさっと視線を背けると手に持っていたグラスをこちらの前に置いた

「そ、そうか……とりあえず、おめでとう」
「……なあ」
「なにかな」
「俺が酔っ払って、酩酊状態になったら帰れると思うか」
「それは、そうだね。君は酒に慣れていないだろう。酔った者を無理にこの場には居させないよ」
「……じゃあ飲むか」

そう言い、乾杯の時からずっと握っていたグラスと、ナナバが持ってきたグラスを左右の手で掴む
まずは自分の体温で温まった酒を飲み干し、そしてもう一方のグラスも空にして
酒の通り道と胃の辺りが熱くなり思わず背を丸めた

「っ……うぇっ」
ッ……驚いた、なんて飲み方をするんだ」
「はあ、なんだこれ。味なんてわからねぇな」
「もっとゆっくりと飲むものだ」
「あー……これが美味く感じるのか?美味いものじゃねぇが」
「大人とはそういうものだよ」
「俺はガキってことか……ところで団長は飲んでるのか?」
「?……飲んでいるじゃないか。もう五杯は空けていると思う」

近くに座っていて分からなかったのか、という意図を感じは首を振った

「こんなに見られてるとな……視界の端で見るのが精一杯なんだよ」
「まあ、なんか今日の団長はちょっとおかしいけど、ね……」
「これでちょっとか……」

やっぱり調査兵団には変人しかいない
立ち去るナナバを見送り、背もたれに寄り掛かり机に置いた己の両手を見る
指を組んだり解いたり
指先を合わせたり離したり
そうしている間にも体中が熱くなり、頭の芯がぼんやりとして――
首が重さを支えられずにふらふらと頭が揺れる
もう完璧に酔っ払いだ
二杯でこうなるとは、自分は存外酒に弱いらしい
これで帰れるかと後ろに転がるハンジごと椅子を下げると机に手をついてエルヴィンへと近付いた
ほんの二、三歩の距離が思いのほか遠く感じ、安定を失った足が無様にたたらを踏む

「……だんちょお……おれ、よったみたいにゃんで……かえり……」

ああ、一杯で止めておけば良かった
禄に口も回らなくなるなんて
これでは自力で部屋に戻るなんて無理ではないか
誰に頼む、ここはやはりミケか――
そう思ったのと同時に脚から力が抜けての意識は急速に遠ざかって行った




ガタン、と音が聞こえてリヴァイの手元を見ていた視線を動かす
目に入ったのはエルヴィン団長と、その腕に支えられている同期であり、この酒席の主役であるの姿だった
が前へと倒れようとしたのを立ち上がったエルヴィンが抱き止めたらしい

(は?あいつ、酒は飲まないくせに……)

いつも乾杯としてグラスを持ち上げはするが、口を付けることなくテーブルに戻していた彼
見れば座っていた席には空のグラスが二つあり、それを飲み干したのだと分かった
宴会が始まってから二時間半ほどの間、ずっと団長に見つめられるという謎の苦行に耐えていたのに
言葉を交わすこともなく、ただ見つめられて彼も限界を迎えたのだろうか
そんなことを考えているとエルヴィンが身を屈めての体を両腕で抱き抱えた
男が男の腕に抱き抱えられているという姿は滑稽ではあるが、その容姿のせいか妙に様になっている
ハイペースでグラスを空け、酔って潰れたハンジの脇を通り抜けるとコツコツとブーツの踵を鳴らしながら宴会場と化した食堂の戸口へと向かった

「皆は楽しんでくれ」

廊下の一歩手前で肩越しにそう言い置くとそのまま出て行ってしまう
オルオはそれを見送り、足音が聞こえなくなったとこで思わずペトラの顔を見た
彼女もこちらを見て、エルドとグンタも自分を見て
指先に挟んでいたつまみを皿に置くとリヴァイの方へ顔を向けた

「リヴァイ兵長、あの、が……」
「酔いつぶれたようだな」
「そうみたいなんスけどね?その……あいつ、エルヴィン団長から……」
「セクハラを受けている。確かにあいつはエルヴィンに体を触られていた」
「兵長。はどこを触られたんですか?」

ペトラが何故か目をキラキラと輝かせてそう尋ねる
今は急いでいるからそんな話はあとにして欲しい
同期の危機だというのに
彼女だってには何度も助けられているのだから
そう思っているとリヴァイが酒の代わりに飲んでいる紅茶のカップをソーサーの上へと戻した

「腰を掴まれ、腹を撫でられ、胸を揉まれ、太ももを両側から撫で上げられた」
「えぇっ、団長厭らしいっ」
「男に揉む胸はないっスよ……俺、の様子を見てきたほうが、いいっスかね……?」
「無駄だ。エルヴィンが「去れ、命令だ」と言ったらそれに従うのが兵士だ。今のエルヴィンならそう言うだろう」
「俺、には世話になって、その……」
「明日になったらのケツの心配でもしてやれ」
「~~っ、それを未然に防ぎたいんスよ!」

小声ながらにそう叫ぶと、グンタが思い切ったように口を開いた

「兵長、団長はを、その……いつから?」
「そうだな……俺が班に入れようとした時には却下された。戦力が偏るという最もな理由を付けてだが……あの時、エルヴィンの目には殺気があった」
「殺気、ですか?」
「お気に入りを取られたくねぇっていうガキのような。恐らくは訓練兵の時からだろう。あいつは目立つ奴だった」
「……そうスね。訓練兵の時からは団長に声を掛けられるのが多かったんで。……ですが、やっぱり……俺ちょっと見て――」
「オルオよ。今日の異常なエルヴィンを止められるのか」
「……無理っス」
「俺たちに出来るのはのケツの無事を祈るだけだ」
「兵長、下品スよ……」

立ち上がりかけた姿勢を戻し、オルオは溜息をもらした
酒を多く飲めば明日に響くから乾杯のグラスだけ空けて後は紅茶だけ飲んでいる
紅茶に酒のつまみという変な組み合わせだが、これがこの班の普通であった
翌日が休みであればもう少し飲むこともあるが

「はあ…………」

どうか、どうか無事でいますように
団長が彼を部屋まで送っただけで済みますように
オルオは同期の貞操の無事を祈りながら紅茶のカップを持ち上げた


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自分以外の寝息を間近に聞いて目が覚める
さら、と肌に触れるシーツと心地良く体が沈むマット
枕は固いがそれ以外は随分と上等なものだな――と思ったところでは重たい瞼を開けた
視界に一杯に見えたのは金髪を少し乱れさせて目を閉じているエルヴィンの顔
その顔が妙に近く、目だけを動かして周囲の様子を確認した
まず、自分の部屋ではない
匂いが違うし、ここは広過ぎた
更にベッドが違う
分隊長となり、一般兵よりも上等な寝具が運び込まれたがここまで良い物ではなかった
自分よりも上となると兵長と団長で、目の前にこの顔があるということはここは彼の部屋なのだろう
エルヴィンが自身の枕を使い、自分は伸ばされたその腕に頭を乗せ――腕枕というもので眠っていたようだ
通りでやたらと固いと思った
頭が痺れるのを感じながらもぞ、と動き、ふと違和感を覚える
体に触れてジャケットとトップスとシャツを脱いでいることに漸く気付いた
立体機動装置に必要なベルトも外されて――だが、下肢だけはきちんと履いている
馴染んだスラックスの感触にほっとして起き上がろうとしたところで目の前で伏せられていた瞼が開けられた

「っ……」

寝起きとは思えない眼力にびくりと肩が震える
じっと、昨日と同じように自分を見つめたエルヴィンが毛布の中から手を出してこちらの頬に触れた
随分と優しく触れて――と思った次の瞬間には顔が近付いて薄気味悪いほどの柔らかさで唇が重ねられる

「……!?」
「……おはよう、
「お……おはようございます、団長」

団長流の挨拶か
さすがは変わり者、もう二度と――二度目だが――されたくない
そう思いながらベッドを下りようとしたが腕で押さえ込まれてそれは叶わなかった

「よく眠れたか?」
「……あ、ええ……俺は、一体なぜこのような……」
「君が酔いつぶれてしまったんだ」
「それはギリギリ記憶にあります」
「寝かせる為に私がこの部屋まで連れてきた」
「じ、自分の部屋に放り込んでくれて、良かったのですがね……」

言いながらこちらの脚に絡んでくる団長の脚に体を強張らせる
筋肉の堅さが衣類越しに伝わってきてどうにも居心地が悪かった
ベッドに寝かせてくれたのは有難いが、団長の部屋よりも分隊長の部屋のほうが食堂からは近いのに
その建物前にでも投げ捨てて行ってくれたら――
そう思っているとエルヴィンの指がこちらの髪をサラサラと弄んだ


「は、はい?」
「君は、私の名を口にしたことがないな」
「……」
「いつも『団長』だ」
「団長は、団長ですので……というか、起きたいのですが」
「まだ早いが」
「湯浴みと、着替えと……それに仕事が。慣れてないんで大変なんです」

そんな話をしながら脚を抜こうとするのだが強靭な筋肉には敵わない
蹴っても良いのならば逃げられるが、団長を蹴る訳にはいかず――
両手を寝台につき、体を捻ったりして抜け出そうとしていると脇腹にエルヴィンの手が撫でるように触れた

「ぐはっ……やめてください、くすぐったい!」
「弱いのか」
「そこは、人間なら誰しも弱点になるでしょう」

そう言うと彼が目を細めて、漸く脚の力を抜いてくれる
はするりと自分の脚を引き抜くと素足で床へと下りた
周囲を見回して椅子の背もたれに掛けられた脱がされたものを見つける
団長のものと並んだそれには大きさに結構な差があった
自分の身長は175cmなのだが、やはり188cmとは違いがある
まあ、なによりも筋肉の量が違うのだが
シャツに袖を通し、トップスを着て、ベルトは着けずにブーツを履く
最後にジャケットを羽織ると扉へと向かった
ドアノブに手を触れると漸く上体を起こしたエルヴィンを振り返る

「大変な迷惑を掛けました。今後気をつけます」

そう言い、ドアを開けて廊下へと出る
部屋に帰ったら退団届でも書こうか
はそう思い、二日酔いで痛む頭に目を細めながら歩き出した