BL エルヴィン・スミス 05
団長自ら来ているのが大事だと思われたのか訓練施設にいた者の殆どが協力しては捕獲された
足首を掴まれ、体勢を崩した彼の背中に着地したリヴァイを始め、104期生が乗り掛かり手足を押さえ込んでいる
キース教官までもが何事かと見守る中で、エルヴィンが地面へと降り立った

「皆、ご苦労だった」
「はいっ。あの、団長。……さんは何かやってしまったんですか?」
「いや何も。彼は非常に優秀な兵士だ」
「え?」

一様にきょとんとした表情を浮かべる104期生とキースを前に、こほんとエルヴィンが小さく咳払いをする
そして多くの兵士の前に立つ時と同じように胸を張り、訓練施設に響き渡るとても良い声で発言した

「分隊長。調査兵団団長、エルヴィン・スミスは貴公に交際を申し込む!」
「――――!?」

104期生の声にならない悲鳴が、何故か聞こえたような気がする
そんな中、が手に触れる雑草を握りしめ、突っ伏した顔をゆっくりと上げた
前髪に引っかかった草を首を振って落とし、長いまつ毛に縁どられた灰青の目をエルヴィンに向ける
自分を追跡してきた者、そして自身の背を踏みつける兵長、体に乗り掛かる訓練兵と見守るキース教官
彼らの視線を一身に浴びながらは諦めた様子で声を振り絞った

「……了解した……」


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洗濯をし、きちんと畳んだジャケットとシャツにスカーフ
とオルオは互いに手に持つものを交換するとその場でそれに袖を通した
スラックスは元から同じサイズなのでそのまま使う
ジャケットには名が刺繍された紋章が着いているし、スカーフは彼にとっては大事な物だった
オルオから受け取った服を着て、ベルトを着けジャケットを羽織ったところで感じた痛みに眉を寄せる

「っ……首が痛ぇ」
「大丈夫か?」

思わず動きを止めるとスカーフを巻きながらオルオがこちらに顔を向ける
やっぱり、彼には それ ・・ が必要だなと思いながらは首を摩った

「兵長に踏みつけられたからな……容赦ねぇよ」
「逃げたい気持ちは分かるが……さすがにリヴァイ兵長もお疲れだったぞ。お前、二時間も逃げ回ったんだからな」
「……はぁ」
「まぁ……その、おめでとう?」
「めでたくねぇって!……お前の時に、同じ言葉を贈ってやるよ」
「は、俺の時?」
「はは……本当に変わり者ばかりだ」

そう言い、分からないという表情を浮かべるオルオの肩を軽く叩くとその場を離れる
気付いていないのだろうか
兵長がオルオに自身に似た服装を許しているのは彼のことを憎からず思っているということで
最近オルオに構っている時間が飛躍的に増しているのは側に居たいからだということを
昨日だって背中に蹴りかかり、こちらの項を踏みつけたのはその時間を奪われた腹いせだろうに

「存外、鈍い男だなぁ……」
「本当にね」
「ペトラ……お前は残念だったな」

漏らした独り言に応えた声
顔を向ければ壁に寄り掛かるようにして一人の女の姿があった
その表情を見て「しまったな」と思いながらも無難な言葉を返す
顔を合わせれば喧嘩が始まる二人だったが、なんとなく感じていた
この女はアイツが好きなんだろうと
いつか付き合い始めたりするのだろうかと眺めていたが、このようなことになるとは
こちらの言葉に彼女がふうと溜息をもらして空へと顔を向ける

「やっぱり、は気付いてたの」
「……あぁ」
「良いのよ、あいつが兵長のことしか見てないのは初めから知ってるし」
「兵団には男が腐るほどいるぞ。腐ってる奴もいるが」
「ふんっ。……暫く恋愛はいらないわ」
「元気出せよ。笑ってないと美人が台無しだ」
「……ふふっ、そうね。ま、これからも友人として、付き合ってくわ。もちろん、あなたともね」
「ああ、改めてよろしく。じゃあな」

こちらの言葉に頷く彼女を見て再び歩き出した
風が動くと洗われたジャケットからふわりと洗剤の香りが漂う
無意識に右の手で左の袖に触れ、ぴしっとした仕上がりに口元が緩んだ
掃除だけではなく洗濯も完璧に こな すのは兵長の側に居るからだろうか
はそう思いながら空を見上げると太陽の眩しさに目を細めた




上座に座るのは調査兵団の団長エルヴィン
その右の角を挟んで座るのは兵士長リヴァイ
そんな彼と対面する席に、オルオは促されて腰を下ろした

(なんで、俺がこんな場所に……!)

リヴァイに呼び出されてほいほいとついて来た部屋がここだった
談話室、なのだが人払いがされていて自分たち以外には誰もいない
緊張して膝の上で手を握りながら誰が淹れたのか分からない紅茶へと視線を落とした
自分にとって二人とも気軽に話せる相手ではない
何かを聞いてくれれば必要に応じて答えるが――と思っていると優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ団長が顔を向けるのが分かった

「オルオ・ボザド」
「っ、はい」
「君はの同期だな。彼について質問がある」
「確かにとは訓練兵の時から同室だったんで……他の奴よりも親しいですが……?」
「彼はどのような性格だろうか」
「性格、ですか?」
「長く見ているが良く分からない。穏やかではないが、騒がしいわけでもなく……無関心なようで、そうでもない」
「そうスね……あいつは、臆病です」
「臆病?」

巨人の討伐数を知るエルヴィンには信じられない言葉だろうか
オルオはそう思いながら膝から手を上げると紅茶のカップに両手で触れた

「人に対して、ですよ。滅多に相手のことを名前で呼ばないっスよね?俺とペトラくらいで……」
「そうだな。俺のことは兵長としか呼ばない」
「そうなんスよ。階級がある相手には、その階級で呼ぶんです。多分ですけど、親しくなれば死に別れるのが辛いから……いつも周囲から距離を取って一人でいようと、しているんだと……」
「ふむ……」

(俺、なんでこんなこと話してんだ……?)

でも、彼が臆病なのは本当だと思う
あの日、は自分のことを『怖い』と言って泣いたのだから――


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ドン、と首の下を突き飛ばされ、予想外の行動にそのまま背後へと隣のペトラと共に倒れ込んだ
ばしゃんと水音が響き、腹から下が川に浸かる
舞い上がる水飛沫を頭から浴びて硬直する自分たちを川縁に立つが見下ろした
訓練兵時代、座学も実技も首席であり憲兵団への道も選ぶことが出来た彼
だが選んだのは死亡率の高い調査兵団で、同期から変わり者と言われていた
こちらから話しかければ応じるが近寄りがたい印象を受ける
そんな相手に突然突き飛ばされ、訳が分からずに見上げていると彼がゆっくりとしゃがみ込み、両腕を膝に乗せるように伸ばして首を傾げる

「おい、気が済んだら出て来いよ」
「っ、お前、なにを――」
「誤魔化せるだろうが」

小声でそう囁き、視線を逸らす
今日が初陣で、巨人を前に恐怖で――
そんな二人に気付いた彼が同期の目に触れる前に水の中へ突き落したようだ
確かにこんなに濡れていれば川に落ちたのだと思われるだろう
水の冷たさを感じながらそう考えていると少し離れたところに一人の兵士が周囲を見回しながら走って来るのが見えた

「新兵のはいるか!」
「はい、俺です」

名を呼ばれ、ガシャと立体機動装置の音を立てながら腰を上げて兵士の方へ体を向ける
何かを話しそれから歩み寄ってきた二人へと向き直って
背筋を伸ばし、足を肩幅に開き、握った左手を背に回して右手は心臓の上に
凛とした様になる敬礼姿を背後から見つめた
団長と兵長を前に彼が話した内容までは覚えていない
ただ、自由の翼を背負ったその背中がやはり人を拒絶しているような、そんな感じがするのを見つめていただけだった
思えば今までも彼は同期とすらまともに話したことはなく――と考えていると立ち去る二人を見送ったがこちらを振り返る
未だに川の中にいる自分たちを見ると呆れたように笑い両手を差し出した
表情を緩めたことに驚いていると彼が口を開く

「オルオ。ペトラ。風邪ひくぞ」

そんな言葉を掛けられて、腕を上げて握った手は水で冷えた自分の手と同じように冷たかった




初陣を終えた新兵が、その当日に安らかに眠れる訳がない
壁外に出れば巨人がいるのは当然で、討伐の際に命を落とす兵士がいた
新兵も数人が戻らず恐らくは――
座学で学んだ弱点、模型を相手に急所を攻める動きを体に叩きこまれたが実戦では勝手が違う
アンカーの支点のない平原を馬で駆け抜けるのだから
ただ馬に乗っていれば逃げられる巨人とは違い、予測の出来ない動きをする奇行種もいる
足の動きを見てどうにか逃げきり、迫る手が体を掠めて
思い出すだけで体が震えて涙が滲んできた
ベッドの中でただ恐怖に震えていると下段から声を掛けられる

「オルオ」
「っ……」
「眠れるか?」
「いや……」
「こっち来いよ」

男同士で何を言っているのか
そうは思ったのだが、オルオはむくりと体を起こすと毛布の中から抜け出した
梯子を下り、下段を使うの傍らに立つと彼が体を壁の方に寄せてスペースを空けてくれる
毛布を捲ってそこへと潜り込むと彼がこちらの体に腕を回して抱き寄せられた

「……温かい」
「っ……
「ん?」
「お前、一人でいるのが好きなくせに……」
「そうだな。そのほうが楽だから」
「なんで……」
「……」
「お前、巨人が……怖く、なかったのか?」
「……怖いに決まってるだろ」

彼の寝衣から覗く首元を見ているとそんな言葉を返された
帰ってから知ったことだがは奇行種を誰の手も借りず、一人で複数体討伐している
新兵でありながらそんな働きを見せたからあの時、団長と兵長が話をしに来たのだろう
いや、訓練兵の時から彼は団長に声を掛けられることが多かった
既に将来を有望視されていたのだろう――と思ったところでこちらの背に触れる彼の手の違和感に気付く

(!……震えて――)

「だが」
「え?」
「俺は、お前の方が怖い」
「……俺が?」
「友人を失うのが怖い。戻らなかった奴が、お前じゃなくて良かったと、思ってる」

蝋燭の灯りのない、月明かりだけが僅かに差し込む暗い室内にの声が静かに響く
声は普段通り、高くもなく低くもない綺麗な音だった
だが手は震えていてそれを抑えるように背を抱く指に力を入れて寝衣を握られる
それからこちらの頭を抱き込むようにして腕が回されて――

「はは、これで互いに顔が見えねぇな。泣けよ、オルオ」
「っ……うっせぇ。……お前、俺のこと友達だと思ってたのかよ」
「あ?お前は友達だと思ってなかったのかよ」
「いや、思ってはいたが……」
「ずっと同室だったからな……お前くらいだよ、話してて楽しいのは」

自分はよく話す性格で、彼は声を掛ければ返答するが本を読んだり、空を眺めていたりすることが多い
同室だから毎日顔を合わせ、食事だって風呂だって、なんならトイレに行くタイミングまで同じで
そんな自分を彼も友人だと認めてくれていたのか

「おい、上見るなよ」
「……お前こそ、下見るなよ」

互いにそんなことを言いながら目尻から零れそうになる涙を拭う
頭を抱き込む手はそのままに、背に触れる手が離れて――彼が自身の顔の辺りに触れるのが分かった
感情の欠如した顔を見せながらにも人の心があるらしい
オルオはそう思いながら彼の背中側に腕を回し、寝衣を握りしめて目を閉じた