BL エルヴィン・スミス 06
「――っていう話をしたら、凄い形相の団長に睨まれたんだが!睨まれたんだが!?」
「あの団長が表情を変えたのか。それは見たかった」
「怖かったぞ、凄く!奇行種の群れよりも怖かった!」
「それは気の毒だ、同情しよう。まぁ、俺は兵長に蹴りを入れられたがな」

まだ少し痛む尻を摩りながら目の前で喚く親友を見上げる
分隊長室だというのに遠慮など欠片もなく入って来たオルオ
机を手でバンバンと叩きながら半泣きで訴えていた彼がこちらの言葉にぴたりと動きを止めた

「リヴァイ兵長が?」
「あぁ」

嫉妬を物理的に発散させるのは止めて欲しい
オルオが欲しいのならさっさとそうしてしまえば良いのに
なんて奥手な人だと思っていると彼が机に腰を下ろして腕を組んだ

「なんでお前に蹴りを入れるんだよ」
「お前、存外鈍いぞ。兵長の努力が報われん」
「はぁ?」
「……オルオ」
「んだよ」

サインを終えた書類を重ね、ペンを置くと指を組んで彼を見上げる
甘栗色の髪と灰色の目を見ながら首を傾げた

「兵長が好きか?」
「あ?ああ、尊敬してるし、敬愛してるが」
「……人としてか」
「いや、その……それ以外の意味でも、好きだが」

視線を逸らし、頬を赤らめるのを見て込み上げる笑みを組んだ指の影に隠す
背後でカタ、と動揺したらしく足を小さく踏み外した音を聞きながらは口を開いた

「それは良かった、安心したぞ。今すぐに兵長のところに行き『オルオ・ボザドはあなたの全てを愛しています』と伝えろ。団長のように常識を置き去りにした周囲に響き渡る声量で告白をしろ。兵長は喜んでお前を抱きしめてくれるぞ」
「は!?なに言ってんだよ!確かに兵長は変わった人だけど、団長とは違って――」
「兵長、この分からず屋を連れて行ってくれ」

そう言うとオルオが訝しむような表情を浮かべる
だが自分の背後にある窓に人影が下りると驚いたように机から腰を上げた

「リヴァイ兵長っ……」
「オルオ、ついて来い。、邪魔をしたな」
「兵長、物理的に俺に当たるのはもうやめてくれ」

背を向けたままそう返すとオルオが立体機動装置のグリップを握って慌てて窓へと駆け寄っていく
二人が窓辺から何処かへと移動する音を聞き、は目を閉じた

「さて、オルオのケツは、無事でいられるのか……」

今度は自分が心配してやろうではないか
明日、顔を合わせたら思いっきりからかってやろう
はそう思いながら書類を持つと席を立った


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「……わあ」
「んだよ……」
「予想以上に激しく抱きしめられたみたいだな」
「抱きしめられたんじゃなくて……襲われたんだよ……!」
「兵長は存外手が早い。大変だったな、お前」
「体中が痛ぇ……」
「はは、幸せそうでなによりだ。うん、おめでとう?」
……!――つぅ……!」
「力を入れると響くぞ。特にケツに」
「ぐっ……」

人類最強の男は夜のほうも大変そうだ
一夜明け、オルオが休んだという話を聞いて見舞いに来れば彼はベッドに沈んでいた
俯せで、顔を半ば枕に埋めているがきちんと寝衣は身に纏っている
だがその首筋には赤い跡が幾つか見えた
まあ、それはスカーフを巻けば隠れる位置ではあるが
からかうつもりで見舞いに来たが、ほどほどにしておこうか
そう思いながら常識として持ってきた見舞いの品を側の机の上に置く

「紅茶だ。兵長と飲め」
「おう……」
「なんと言って良いのか分からんが……慣れるまでは大変だな」

そう言うとオルオが両腕を駆使して体を起こし、こちらに顔を向けた
目の下の隈が酷いなと思っていると彼がふっと短く笑う

「おい、
「ん?」
「兵長でこれだ。団長なら、どうなるんだろうな」
「?」
「小柄な兵長とは違い、大柄な団長。デカさも違うだろうが。……俺は、お前のケツの心配をし続けるぞ」
「……退団届を置いて失踪するか」
「お前を捜すのに駆り出されるだろうが。全兵団で追い回されたくなかったら大人しくしてろ」
「……俺の骨はお前を突き落とした思い出のあの川にばら撒いてくれ」
「フッ、覚えておいてやるよ」

そう言い、辛そうに再びベッドに沈む彼を見て早々に退室した
一応、人の多い職場ではあるから色々と話を聞くことはある
誰と誰が付き合っただの別れただのと
男女に限らず、圧倒的に男が多いからそちら関係も耳に入って来た
ただ聞き流していただけだが成程夜を共にすることになればあのようになるのか
団長は一緒に茶を飲めば満足するようでそのような誘いを受けたことはない
意図的に酔いつぶれた時に同じベッドで目覚めはしたが、それだけだった
年だから枯れたのか――いやまだ枯れる年ではないだろう
自分を側に置いて眺めていれば満足なのだろうか
まあそれならそれで――と思いながらは時刻を確認すると団長室へと向かった


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湯気を上げる紅茶のカップに口を付け、熱いそれを飲み下す
隣ではエルヴィンが優雅な仕草で同じように紅茶を飲んでいた
視界の端にそれを見ながらカップを置き、手を膝の上へと置く
互いに何も話さず、ただ静かに時が流れているのを実感していると不意に右手を取られた
視線を向けるとエルヴィンがこちらの手を握り、指の辺りをじっと見つめている
引いたりせずに眺めているとその目がこちらへと向けられた

「君は、ストヘス区の出身らしいな」
「あぁ……そうです」
「貴族が何故兵士に?」
「息苦しかったので。この性格なので貴族の生活が合わないんです」
「だが、仕草は貴族のものだな。君の所作は美しい」

そう言われて、そうだろうかと考える
貴族の中でも結構上の階級の家に生まれ、家令や侍女に囲まれて生活をしていた
貴族として相応しいように、父が、母が、己が恥をかかないようにと躾は厳しかったと思う
歩き方、座り方、カップの持ち方から、それを口へ寄せる動き
その全てを教え込まれた子ども時代
それが普通だと思っていたから今でも自然とそう動いてしまうのだろう

「口を開けば品のなさが出ますが」
「その差異が私には好ましい」

言いながら彼の唇が指に触れる
感じた熱と柔らかさに微かに指が震え、咄嗟に力を込めた
だが敏感な部分で触れていた彼にはそれが感じられたらしく、僅かに眉を寄せられる

「どうした」
「……くすぐったい、です」

素直にそう答えるとエルヴィンが表情を緩めてこちらの体に手を触れた
腰に腕を回され、そのままひょいと膝の上へと抱え上げられる
体勢が崩れそうになり、咄嗟に手を触れたのは彼の胸だった

「っ……」
「やはり軽いな」
「……そうですか」
「余所余所しい言葉遣いはやめてくれないか」
「……ですがね、あなたは団長なので」

今までこうして話して来たのに
無意識な話し方を変えろというのは難しいものだった
どうしたものかと思っているとエルヴィンの指がこちらの髪に触れる
癖がなく、真っ直ぐに下りているそれをサラサラと弄りながら、顔の距離が詰められて
目を伏せると労わるように、優しく唇が重ねられた
これで三度目か
二度目の時にもう嫌だと思ったが、存外悪いものではないのかも知れない
そんなことを頭の片隅で考えているとエルヴィンの手が胸に触れた
立体機動術に必要な筋肉はあるもののほぼ平坦なその部分を撫でられて顔を背けて唇を解放した

「っ、ちょ、ちょっと、なに……」
「うん?」
「いや、うん?じゃなくて、ですね……」
「俺は辛抱強く待ったほうだと思うが」
「は……?」
「告白を受けた直後に組み伏したリヴァイよりは」
「あ……はは、オルオ、哀れな奴、ですね……」

団長は親しい人の前では一人称が変わるようだ
普段は「私」なのに今は「俺」と言って――
いやいや、それよりもリヴァイはオルオに告白をさせたその場で襲ったのか
だから親友はあんなにも憔悴していたのだろう
心の準備もなく、突然だったのだから
それにしてもリヴァイはなんでそんな話をエルヴィンにしたのか――とまたしても思考が別の方向へ向いたところで団長の手がベルトやトップスの釦を外していることに気付いた

「っ!――こ、ここ、休憩室ですっ」

団長と言えど、同じ制服を毎日のように身に着けているからその指は手慣れている
淀みなく動いて腰のベルトを外した彼がシャツが開けて露になる鎖骨に唇で触れた

「リヴァイは談話室から休憩中の兵士を追い出したらしい」
「~~っ、なんで、そんな、話を、なさるのですか!」
「俺がこのようなことに疎いのでな……参考に聞いた」

聞かれて答える兵長は何を考えているのか
いや、彼にとっては惚気を話しただけという認識なのかもしれない
自分が初めてオルオをリヴァイの前に連れて来た時に、妙な視線で見ていたのを思い出す
オルオは緊張していたから覚えていないだろうが思えばあの時から――と懲りずに別のことを考えてしまい、皮膚を吸われる小さな痛みに頬が熱くなった

「あ、うぅっ……」

衣類越しに下腹部に手が触れて、スラックスの釦が外され、ファスナーを下ろされる
どうやら何を言ってもエルヴィンが手を止めることはないようだ
純粋な筋力ならば彼の方が上
だが対人戦の技術ならば自分の方が勝る
それでもやはり、彼を相手に蹴ったり殴ったりは出来ず――
はそう思い覚悟を決めると団長のジャケットを掴んで目を閉じた