BL エルヴィン・スミス 09
壁外調査に必要な兵站拠点の設営の為、複数台の馬車を護衛する形で壁の外に出る
途中、巨大樹の森を通らなければならないのだが広大なその場所を迂回するのには時間が掛かり過ぎた
訓練兵団の中から希望した者が参加しているが、彼らを守るのも自分の任務の一つである
すぐに突っ走ってしまうというエレンがいるのが悩みの種だが――
そう思いながら手綱を握り、周囲の音を警戒する
馬の蹄の音でだいぶ分かり難くはなるが、巨人の音を聞き分ける事は出来た
ミケもいるからそうそう接近する事はないだろう
ただ、森の中は例外だが
道なんてなく、木の影に潜む巨人に警戒をしなければならなかった
自分よりも十メートルほど先を進むエルヴィンの背を見て、それから前方に見えてきた森に目を細める
ここへ来るまでは長距離索敵陣形を取っていたが、今は森を抜ける為に兵士が集結していた
遅れた者はいないようだと思っていると隣にミケが並ぶ

、音は聞こえるか」
「聞こえるが……こっちには来ない。森の中には……多くいやがるな」
「あぁ。訓練兵を守るぞ」
「了解した」

彼とそんな言葉を交わし、ちらりと背後の兵士たちを見た
リヴァイ班と、その後ろに104期の訓練兵
その周囲には調査兵が囲んだ状態で馬を走らせていた
これでも守り切れるかどうか分からない
巨人とはそれだけ危険な相手なのだから
今まで、自分が生き残って来たのが不思議なくらいに
そんな事を思いながら前方へと向き直り、森の中へと意識を向けた
鬱蒼として薄暗いその場所は視界は悪いが――

「団長、左にいます!」

こちらの言葉に彼が軽く右手を上げて応える
巨人のいる方角を伝え、森の中に入るのと同時に回避すべく手綱を操った
自分が言った方向にいた巨人が緩慢な動きでこちらに顔を向ける
それを見た訓練兵が短い悲鳴を上げるが、通常種だから馬に乗っていれば逃げられた
奇行種になると討伐しなければならないが――
あれの動きは全く予測がつかず、飛び上がって襲い掛かってきたりする
この森の中では視界が悪く、余計に警戒が必要だった
それに、木々で反響した蹄の音が巨人の足音を隠してしまう
巨人が多くいてはミケの鼻もあまり役には立たなかった
だからこの森は迅速に、最短距離を通らなければならない
聞き取れる音はエルヴィンに伝え、同時に目で確認して
後ろで喚く訓練兵の声が邪魔だ――と思ったところで前方で音が聞こえた

(っ!間に合わない――)

そう判断する前に体は動き、立体機動装置のグリップを握る
アンカーとガスを同時に使い、最大の出力で前へと飛んだ
エルヴィンの右側に生い茂る木々の影から飛び出す巨人
口を開け、団長に襲い掛かるその相手を遮るようにして右腕を伸ばした
なんとも言えない音と共にずらりと並ぶ歯に手から肩に掛けて挟まれる
握ったままのグリップが手の中で変形するのが分かった
血が飛び散り、想像以上の痛みに一瞬呼吸が止まる
それでも歯を食いしばり、左腕を大きく振って体をエルヴィンの方に向けた

「エルヴィン、指揮を執れ!南西方向は巨人が少ない!」

こちらを見上げ、目を見開いた彼に叫ぶようにそう声を掛ける
運悪く、噛み付いたのは奇行種だったようでそのまま隊列とすれ違うようにして四つん這いで疾走を始めた
皆の驚く顔が見える――と思ったところで前方から声が上がる

「進めーー!」

相変わらず覇気のあって、よく響く――綺麗な声だ
瞬く間に遠ざかる声にそんな事を思い、は自身の骨が折れる音に目を閉じた




「っ――すいません、兵長!罰は受けます!」

言い終えると鐙の上に片足を乗せて体を捻るのと同時にアンカーを撃つ
訓練兵の頭上を飛び、奇行種が向かった方角へと顔を向けた

「私も……必ず合流します!」

自分を追うようにペトラが馬を離れて後ろに続く
を咥えた奇行種が通った跡は木々の枝が折れ、地面が踏み荒らされていた
それを目印にして森の中を移動する

「クソッ、どこまで行きやがった!」
、絶対、絶対に助けるから!」

なぎ倒された細い木に、手足で荒らされた地面
時々目に付く赤は、の血か――
出血量は相当だと分かり気持ちが焦るが落ち着けと自分に言い聞かせる
周囲を見回し、前方の大樹を回り込んだところで漸くその姿を見つけた
手にぐったりとしたを持ち、今にも頭に喰いつきそうな――

「っ……!を返せえぇぇーー!」

一気に頭に血が上るが正確にアンカーを項付近に打ち込んで刃で斬りかかる
普段よりも深く入った刃は折れはしたが手ごたえはあった
巨人が膝をつき、手の力が抜けての体が地面へと落ちる
蒸気を上げて消えていく巨人の側にペトラが下りると半ば俯せになっている友人の体を抱き抱えた

!ねえ、目を開けて!」

がくがくと揺するのを見て刃を納めると慌てて自分も側へと駆け寄る
ペトラの震える腕から彼の体を受け取ると顔の辺りに手を寄せ、それから胸に耳を当てて
呼吸と鼓動がしっかりしているのを確認してほっと息をはく

「ねえ、嘘でしょ?あなたが死ぬわけないじゃない……起きて、ねえってば!」

彼の血塗れの腕を掴んで引いたり押したり
その動きを止めようとしたところで舌打ちが聞こえた

「チッ……痛ぇだろうが……触んな、ペトラ……」
「!……!」
「っ!……この、馬鹿!痛ぇって言ってるだろうが!」

感極まって抱き着くペトラの体で腕が圧迫されたらしい
左手で彼女の頭をぐいぐいと押し退けて、ようやく体が離れるとがふうと息をはいた
切れ長の瞳に涙が浮かんでいるのを眺めているとその顔がこちらに向けられる

「……助けられたな、オルオ」
「へっ、感謝しろよ」
「あぁ……だいぶ隊列と離れたか」
「行き先は分かってるんだ。追いかけるぞ」
「そうしたいところだがこの手じゃな……グリップも壊れた」

言いながら彼が右手に視線を落とした
外套から見えている手首から先は血塗れで、そこに巨人の歯が当たっていたのが分かる
動かせない様子から恐らく指を何本か折っているだろう
爪も割れていて痛々しい状態だった
握られたままのグリップも彼が言う通りに壊れている
どれだけ強い力で噛まれたのか――そう思いながら彼の手からグリップを外した

「とにかく止血だな。外套でなんとか……」

そう言うとペトラがの外套を外して歯を立て、手で引き裂いていく
簡易な包帯状にするとそれで腕の付け根を固く縛り、出血の多い手に巻き付けた
最後に余った外套で右腕を肘を曲げるようにして体に固定するとペトラが手を離す

「これで少しは楽になる?」
「あぁ、ありがとう。さて、馬は……遠いか」
「そうだな。呼んでも届かねえ」

自分たちが乗り捨てた馬も距離が遠くて指笛は届かない距離だった
仕方がないと思い、に背を向けてしゃがみ込む

「ほら、背負ってやるよ」
「……大丈夫か?男一人は重いぞ」
「前にそう言った俺を背負って飛んだ馬鹿がいたのを思い出したぜ」
「はは……そうだった。お前を背負って旧市街地を飛び回ったな」
「恩を返してやる」
「あぁ、悪いな」

そう言い、がこちらの肩に手を触れて足を移動させた
立体機動装置のグリップを握ると彼の脚を抱えて立ち上がる
背丈は彼の方が少し高く、体重は同じ
お互いに細いと言われる方だがやはり重く感じるものだった

「ペトラ、先に行け」
「分かったわ。、音が聞こえたら教えて」
「あぁ」

そんな言葉を交わして来た道を引き返すようにしてアンカーを撃った
巨人は木に登れないから移動は高い位置を
にだけ聞こえる巨人の音に警戒をしながら移動を続けた
腕が疲れて、息が上がってくるがそれでも絶対に彼を置いて行く事なんて出来ない
背後からの風に励まされるようにして次のアンカーを撃ったところで肩に触れる彼の手に力が入るのが分かった

「痛むのか?」
「少し……」
「嘘つけ」
「……かなり」
「気を失っちまえば楽なんだがな」
「お前に負担が掛かるだろうが」

そんな言葉を交わしたところでが何かに反応して顔を上げる
前方に顔を向け、じっと一点を見つめて――そして近い位置で視線を合わせた

「馬だ」
「何頭だ」
「二……三。三頭だ」
「俺たちの馬だな。お前の馬も連れてきたらしい」
「さすが私の馬だわ!賢いっ」
「はあ?俺の馬だろ」
「いやいや、俺のジョセフィーヌが一番賢いだろう」
「ジョ、ジョセフィーヌ?」
「馬の名前だ」
「……、お前の名づけのセンスが分からねぇぜ……」
「俺に言うな。兵長がそう言ったんだ」

その言葉に前方を飛ぶペトラが体勢を崩しかける
寸でのところでなんとかバランスを取ると驚いた顔でこちらを振り返った

「兵長が!?」
「……てめぇの馬だ。名前はジョセフィーヌ。せいぜい可愛がってやれ……と真面目な面で言われた」
「お前……なんで兵長そっくりな声が出るんだよ」
「特技だ」
「あははっ、良いわねそれ!その声で思いっきり褒められたいわ」
「バーカ、本物の兵長に褒められるように努力しろ」
「少しくらい良いじゃないー」

任務中だというのにそんな暢気な会話を交わしながらが示す方角から現れた馬の前へと下りる
右手が使えない彼を馬の背へと押し上げ、自分たちも騎乗した
ここから先は緊張感をもって、迅速に駆け抜けなければならない
負傷したを守りながらだが、どうにかなるだろう
馬を駆けさせ、周囲の警戒を怠らずに森の出口へと向かった
こちらに気付いた巨人が追いかけては来るが、馬の脚には敵わずに引き離せる
奇行種の姿は見えないが本隊が討伐していったのだろうか
木々が生い茂る前方が微かに明るくなってきたところでが並走する自分の方へ顔を向けた

「ところで、団長が進めって言ったのにお前たちは俺を追って来たのか?」
「あぁ……戻ったら罰は受けるさ」
「見捨てられないよ……は大事な人なんだから」
「ペトラ、そんなこと言ってると結婚できねぇぞ」
「いーのよ、私は。恋なんてしないから」
「残念だったな、ペトラ……を団長に取られて……」
「……あんたって本当に馬鹿よね!」
「はぁ?なんだよ、いきなり」

いつもの言い合いが始まると、間に挟まれたが困ったように笑う
普段からあまり表情を変えない彼の貴重なその顔を見られるのは自分とペトラくらいだろうか
の特別であるという実感を得られて、嬉しい事なのだがエルヴィン団長には申し訳なく感じた
恋人である彼にも笑顔を見せてやれば良いのに
オルオはそう思いながらペトラに言い返し、同時に噛んだ舌の痛みに口を手で覆った