BL エルヴィン・スミス 11
「はい、。あまり食欲ないだろうけど食べないと」
「……あぁ……」

兵站拠点の設置から戻り、本格的な治療を受けて戻った自室
入院を勧められたが負傷者が多く病床の事を考え、自分も大怪我ではあるが辞退した
上限を超えて飲んだ鎮痛剤のせいで意識はどこか霞がかかったようで、頭がぼんやりとしている
それでも耐え難い痛みを感じるのだから何もする気がなく横になっていた自分に友人が食事を持って来てくれた
ベッドサイドに置かれた椅子に腰を下ろして微笑んでいるペトラ
自分膝の上に置かれたトレーの上にはスープ皿とスプーンに水の入ったコップ
それらを見つめては引きつりそうになる頬に密かに力を込めた

「お前が、作ってくれたのか」
「えぇ。料理は久々だったけど……あ、大丈夫よ。訓練兵時代よりも上達したわ」
「……そうか。頂こう」

訓練兵時代は訓練施設で野営の演習があった
その時、水の確保から限られた食材を使って調理まで全て自分たちでやれと言われてその通りにしたのだが
力仕事は男で、料理は女と誰が言い出す事もなく勝手にそうなっていた
そして、知ったのだ――ペトラの料理の腕前が壊滅的に悪いという事を
作ってくれたのだからとオルオと死にそうになりながらなんとか食べて
でもその十分後には二人揃って森へと駆けこんで吐き戻した
それ一回だけならば良かったが、何故か二回、三回と繰り返された地獄
他の同期もげっそりとして何か言いたげにしていたが、お前の作る料理は不味いと誰も指摘しなかった
だって、作った本人は「ちょっと失敗しちゃった」と言って普通に食べるし、吐く事も腹を下すこともなかったのだから
そんな相手に指摘は出来ず、一度だけふかし芋に余ったからとコショウを一瓶入れたペトラにオルオが怒鳴り散らした事があっただけだった
あの毒物のような――思い出すだけで寒気と吐き気が込み上げるような――料理よりは上達したのか
彼女が部屋に来てから漂う異臭に、とてもそうとは思えないのだが
一応は食べられる物で作っているのにどうしてこんな匂いが発生するのだろう
本音は食べたくないのだが左手でスプーンを手に取った
スープを掬うと何故か帯状に浮かぶ七色の油が見える
どこかで見た光景だと考え、技巧室で立体機動装置の解体をした時に見た事があるのを思い出した
洗浄するために部品を専用の溶液に浸す時に浮かぶ油とそっくりで――
どうやら、今日はトイレに駆け込まなければならないらしい
ペトラが部屋を後にするまで我慢できれば良いのだが
そう思いながら口元へと寄せて、拒絶する喉を何とか動かして嚥下する
あまり舌には触れないようにと思ったのだがどうしても味は感じてしまった
苦くて、酸っぱくて、辛く、奇妙な甘さがある
ざらざらとした何かが舌の上に残り、それがまた変な味がして――
こんな刺激物は怪我人には向かないのでは
そう思いながらもしゃりしゃりと音を立てる芋を食べ、ゴリゴリの食感の人参をかみ砕いて
ペトラの話に相槌を打ちながら意識を保ち、なんとか最後の一口を飲み下した

「……ありがとう、ペトラ。なにも食ってなかったから助かった」
「うふふ。早く治ると良いわね。あなたがいないと主力の一部が欠けちゃうんだから」
「あぁ……そうだな」
「じゃあ、私は行くわね。報告書を書かないと。ちゃんと薬も飲むのよ」
「あぁ」

そう言葉を返すと、彼女がトレーを持って部屋を出て行く
扉を開閉して、廊下を歩く足音が遠ざかり――その音が、建物の外へと出たところでは毛布を跳ね除けて床に足を下ろした




コツコツと靴音を響かせて廊下を進む
自分を庇い、右腕を二ヶ所、手首から先を三ヶ所骨折した
リヴァイやミケに次ぐ兵団の主力である彼は完治するまでどれだけの月日を要するだろうか
あの時、庇わずにいてくれたら自分が腕を失う程度で済んだだろうに
まあそんな事を言えば彼が怒るだろうから言えずにはいるが――
平然とした顔をしているが痛みは強いだろうと思ったところでの部屋から騒がしい声が聞こえてきた

、しっかりしろ!」
(……オルオか。見舞いに来たにしては……)

なんだか様子がおかしいし、聞こえた言葉が穏やかではない
何かあったのだろうかと歩調を早めようとしたところで目的の部屋の戸口から二人の影が出て来た
燭台を片手に持ちながらの体を支えるオルオ
その彼の肩に腕を回して掴まり、真っ青な顔をした
思わず足を止めると、こちらに気付いたオルオが焦ったように口を開いた

「団長、こいつ吐かせてきますんで!」
「吐かせて……?」
「吐けば楽になります!……ったく、なんで食ったんだよ!お前、昔からそうだよな」
「……つ、作って、くれたんだぞ……お前でも、食っただろうが……」
「そりゃあ……だがな、弱ってる時は止めておけよ……」
「うっ……オルオ、吐く……」
「っ、もう少し我慢しろ!」

焦点の合わない目をしてふらつくとそれを支えるオルオがそんな言葉を交わしながら廊下を奥へと進んでいく
その姿が角の向こうに消えるのを見送り、側に居た方が良いかと考えたが改めた
吐き戻すのに人が多くいては出るものも出ないだろう
部屋で帰りを待とうと開け放たれたままの扉から室内へと入った
だが、一歩入ったところで思わず足を止めてしまう
の部屋は普段は爽やかな、でも少し甘いシトラスの香りがしていた
だが今はなんとも言えない異臭で満たされている

「っ……!」

思わず片手で鼻と口を覆い、閉じられている窓へと向かった
簡易な鍵を開けて開け放ち、もう一つの窓も開け放ち
思わず身を乗り出して外の新鮮な空気を求めてしまう

「な、なんだ、この匂いは……」

一体この部屋で何があったのか
室内を見回すがベッドが乱れている以外に異常はない
いつも通りに余計なものが一切置かれていない、質素な、生活感のあまりない部屋だった
困惑しながらも、取り敢えず乱れたベッドの寝具を整える
緩やかな風により室内の空気が入れ替わるのを感じながら椅子に腰を下ろし、腕を組んでが戻るのを待った
蝋燭の灯りに揺れる影を見つめ、じっとしていると廊下から物音が聞こえてくる
椅子から腰を上げて戸口の方を向くと扉が開いて二人が戻ってきた
の顔色は先ほどよりは良くなっているように見える

「団長、お待たせしました。、弱ってるんで寝かせてもらえますか」
「あぁ。何があった」

オルオに掴まるを腕に抱き上げ、ベッドへと運びながらそう聞いてみた
若い分隊長はちらりとこちらに目を向け、口を開きかけたがなにも言わない
そこで彼の友人であるリヴァイ班の班員に顔を向けると彼がぽり、と頬を掻いた
リヴァイに告白を強要され、想いを告げたのと同時に襲われたというオルオ
酷い目に合ったものだと改めて感じていると彼が言い難そうに口を開いた

「あの……俺たちの同期のペトラなんスけど……」
「ああ、リヴァイ班の」
「はい、あいつの料理が壊滅的で……ほぼ毒物みたいな」
「毒物……」
、飯を食ってないでしょう。あいつ、スープかなんかを作ってきたみたいなんスけど……それを、無理に食ってしまったんです」
「……君たちは、友人思いなのだな……」
「長い付き合いなんで……言えないッスよ、不味いからいらねぇなんて……そのせいで、訓練兵時代から俺たち何度か死に掛けてます」

オルオの言葉にベッドの上のが無言で頷いた
今は話せないほどに疲れているのが分かり、彼の体に毛布を掛ける

「話は分かった。オルオ、ご苦労だった」
「いいえ……じゃあ、俺戻りますんで。、キツいだろうけど鎮痛剤だけは飲んどけよ」

彼の言葉にが毛布から左手を出して弱々しく振った
オルオが自分に一礼して部屋を出て静かに扉を閉める
エルヴィンは足音が遠ざかるのを聞きながら椅子へと腰を下ろした
生気の無い目で天井を見つめるを見て眉間を押さえる

「……早死にするぞ、……」
「……」
「喉と胃が落ち着いたら薬を。眠っていても良いぞ」

こちらの言葉に彼がすうっと目を閉じた
同時にぽろりと涙が零れ落ちて
それを親指で拭い、頭を撫でた
程なくして呼吸が寝息に代わり、余程疲れていたのだと分かる
大怪我をして、痛みで食欲がないのは分かる
怪我をしているからこそ、食べさせて回復を促したいという気持ちも分かる
苦楽を共にした同期が作ってくれたからと断れない気持ちも分かる
だが――
この部屋を異臭で満たした発生源を飲み込んでいたとは
友人思いとはいえやりすぎだろうに
エルヴィンはそう思いながら彼の頬に掛かる髪を指先で脇へと避けた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


夜中に一度鎮痛剤を飲ませた為か、翌朝に目覚めた時に痛みは普段よりは感じなかったらしい
重症の彼はやはり薬を飲んでもずっと痛みがあるようで、あまり長くは眠る事は出来ていなかった
一時間とか、三十分とか
短時間で目が覚めて痛みにずっと耐えている
今も絶え間ない痛みを感じているであろうはオルオが持ってきたスープで朝食を済ませ、大人しく本を読んでいた
長いまつ毛が影を落とし、開けた窓から流れ込む風に彼の煤色の髪がさらさらと揺れている
サインを終えた書類を重ねると席を立ってへと歩み寄った
艶のある髪に触れ、指の間をすり抜ける感触に目細める
いつまでも触っていたいと思うような綺麗な髪だった
その毛先が肌をくすぐったのか、彼がこちらを見上げるようにして首を傾ける
月の色に似た灰青の瞳と視線が合うとが僅かに目を細めた

「?……なにか」

昨日の後遺症か少し声が掠れている
エルヴィンはゆるゆると首を振ると髪を指で挟むようにして軽く持ち上げた

「髪が伸びたと思ってな」
「あぁ……そうですね。ずっと切ってないので」
「そうだったな」
「切りたいとは、思っているのですが……」

言いながら彼が指先で前髪を摘まむ
元から少し長めではあったが、もう頬を超えて顎にまで触れそうなほど伸びているその部分
後ろの方も肩を超えていて、これではその容姿も相俟ってまるで女性のようで――

「切るか」
「え?」
「俺が切ろう」
「……ガタガタにしないでくださいよ」
「努力する」

そう言うと考える仕草を見せるが了承してくれた
ならば切ろうとしたのだが、室内では切り落とした髪が散らばってしまう
汚れるのを嫌う彼の部屋では出来なかった
少し考えて、椅子を外に運び、そこにを座らせる
バスタオルを肩に掛けて、鋏と櫛を手に彼の背後に立った

「うわぁ……」
「どうした」
「なんか、項を削がれそうで……」
「髪だけだ。まあ……触れたいとは思うが」
「外ですよ」
「我慢しよう」

そんな言葉を交わしながら櫛を通し、毛先から切っていく
団長と分隊長のそんな姿は当然ながら人目を引いて、なにやら人だかりが出来てしまった
は気にせずに顔を正面に向けて目を閉じている
いや、目を閉じているという事は、人目を気にしているという事か
そう思いながらその髪を、似合うであろう長さに整えていく
後ろから横の方を切り、それから前髪を
毛先が頬をくすぐったのか、が片目を開けてこちらを見た
その視線を感じながらあまり短くしないように切る
左右のバランスを揃えると正面に立って出来栄えを確認した

「ふむ……」
「……どうなりましたか?」
「愛らしい」
「あの、意味が分かりませんが……」
「良い出来だと思う」

こちらの言葉に彼が左手で自分の頭に触れる
後頭部から側頭部へ移動し、それから前髪を指で挟むようにして下へ引いて
そして、ちらりと人だかりに目を向けるとその内の一人に声を掛けた

「分隊長」
「……なんだ」
「この髪型、どうだ」
「良いと思う」
「そうか。ありがとうございます、エルヴィン」

そう言い、立ち上がると上体を前に倒して切った髪を落とす為に髪をガシガシと掻きまわす
体を起こし、首を振ると癖のない髪はサラサラと元に戻った
その姿を女性が惚けた顔で見つめている
一部、男も見入っているのが不快に感じた
顔は覚えたから次の任務では最前線に配置してやろうか
そんな団長として相応しくない事を考えているとがバスタオルを外し、バサバサと振って切った髪を落としてからからこちらに体を向けた

「風呂に入ります」
「手伝おう。その腕では一人では無理だろう」

ざわっと周囲から声が上がり女性がきゃあきゃあとなにかを話し――
が左腕にタオルを掛け、その先の手で髪を後ろへとかき上げながら兵舎へと足を向ける

「お願いします」
「あぁ」

片手に鋏と櫛、もう一方の手に椅子を持ちその場を離れた
集まっていた部下が解散する様子はないが、気にする事も無いだろう
その内、勝手に解散して持ち場へと戻る筈
何故ミケまで混ざっていたのかは分からないが
エルヴィンはそう思いながら前を歩くの後を追った