エルヴィン・スミス2 01
開けている窓からふわりと緩やかな風が入り髪を揺らす
読んでいた本から顔を上げると顔を窓の方に向けて空を見上げた
青い空に白い雲が浮かび、黒い鳥が高い位置を飛んでいく
こんなにのんびりと過ごすのはいつ以来だろうか
最近は討伐任務に書類整理に後輩の訓練の指導で休む暇がなかった
久々に休みをもらったのだが、ずっと部屋にいるのも勿体ない
外は良い天気だからあてもなく歩くのも悪くないか
そう思い、開いたままであまり読み進められなかった本を閉じた
椅子から腰を上げるとぱっぱっとスカートを払う
髪を整えて、椅子を机の下に入れると全開になっていた窓を半分閉めた
扉へと近付き、ノブを掴んでそっと押し開ける
廊下に出ると仲間の声が聞こえて、忙しそうなのに休んでて良いのかと思ってしまった
手が足りないようならば手伝おうと思い、階段へと向かう
一階へと足を進めているとバタン、と音を立てて扉が開かれた
飛び込んできた女性がフロアを走り、階段を駆け上がろうとするのを見て声を掛ける

「ペトラ」
「あっ、
「どうしたの、そんなに慌てて」
「あの、団長の所に書類を届けに行こうとしたら、ミケさんに兵長への書類を渡されて。急ぐものだって言われて」
「そう。片方引き受けるよ」
「助かる~!」

ぱぁっと可愛らしい笑顔を浮かべた彼女がこちらへと書類を差し出した
それを受け取るとペトラがほっとしたように肩の力を抜く

「団長の方をお願いして良い?」
「了解。階段を走ると転んじゃうよ」
「うん、気を付ける」

そう言い、走らずに――でも早歩きで二階へと向かう彼女
その背中を見送ると書類を持ち直して階段を下りた
ペトラが開け放ったままの玄関から外へと出ると、こちらへと向かってくるよく知った人物を見付ける
彼が軽く手を上げるのを見て自分も同じように手を上げた
互いに歩み寄ると足を止めて視線を合わせる

「お疲れさま」
「あぁ。休みなのでなんで書類を持ってるんだよ」
「散歩のついでに届けるだけよ。オルオ、ちゃんと休んでる?」
「?」
「あなたは休みの日も自主訓練ばかり。兵長に憧れているのは分かるけど、体を休めないと」
「分かってるよ。姉ちゃん、心配し過ぎ」
「弟なんだから心配するでしょ」

そう言い、顔を背ける彼の頬をむに、と軽く摘まむと目だけがこちらに向けられた
今も時間が空いたからと訓練施設に行っていたのだろうに
本当に、いつ休んでいるのかと思いながら指を離すと肩をぽんと叩く
そのまま横を通り抜けると広場へと向かった
リヴァイ班と団長室は近い距離にあるが間に広場がある
そこには多くの兵士が行き交い、物資を運んでいたり隅の方では複数の人が筋力トレーニングに励んでいたり
相変わらずここは賑やかだなと思いながらその場を通り抜けようとした
すれ違った四、五人の兵士がちらりと自分に視線を向けたような気がする
私服姿だからだろうか――と思ったところで彼らの声が耳に入った

「ああ、あの人が――」
「そうだ」
「確かに――」
「おい、失礼だぞ!」

そんな会話がなされ、あの事かとすぐに分かった
自分とオルオが姉弟であるという事
同じ両親から生まれた正真正銘の血の繋がった姉弟なのだが、周囲には信じられないらしい
顔が似ていないから、という理由で
確かに似てはいないが髪と瞳の色は全く同じなのに
許し難いことだが、自分たち姉弟は調査兵団の七不思議とまで言われていた
リヴァイ兵長に選ばれた特別作戦班の一員だからか先ほどのようにコソコソ、ヒソヒソと仲間内で話されるだけだけど
聞いてしまうとやはりあまり良い気分はしないなと思いながら先へと進み、兵舎に入って廊下を進む
団長室の扉の前で足を止めるとブラウスの襟や、ベストを正した
ハーフアップにした髪を整え、背筋を伸ばして扉をノックしようとしたところで向こう側から勢いよく扉が開かれる
あ、と思った時にはガンッと音が響いて同時にくらりと頭が揺れて
痛みと眩暈にへなへなとその場にへたりこむと、扉の影から一人の兵士が顔を覗かせた

「あぁ、!」
「ハンジさん……扉は、ゆっくり開けて……」
「ごめんごめん、大丈夫?」
「はい……」

そう応える自分の側に分隊長――ハンジが膝を付いて肩に手を触れる
もう一方の手が頬に触れるのが分かり、顔を上げると驚いたように目が見開かれた

「あっ」
「?」
「血が……ちょっと、エルヴィン!」
「え?」

血が出たのかと思ったところで額から鼻筋にたらりと液体が流れるのが分かる
あらら、とハンカチを出そうとしたところで開かれた扉の隙間からエルヴィンが出て来た
その姿を見て慌てて立ち上がろうとするのだがハンジに押さえられてしまう

「ハンジさん、大丈夫ですから」
「何言ってるの。手当をしないと」
「とにかく、中へ」

立ち上がろうとする自分と、させまいとするハンジ
もたもたしている間にもエルヴィンが自分の横に片膝をつき、背と膝裏に腕を回されて抱き上げられてしまった
驚いて固まっているとハンジが中途半端な扉を開け、エルヴィンの腕に抱かれたまま団長室へと入ってしまう
ふわりと僅かに感じるのは団長の整髪料の香り
この部屋に入る時はいつも緊張してしまう
何年経っても慣れられないなと思っている間にも椅子に体が下ろされた
目を瞬き、慌てて立ち上がろうとするが団長の手が肩に置かれて動きを制される

。動いては駄目だ」
「はい……」

そう返事をするけれど、自分が座っているのは団長の椅子で
とても座り心地が良いのだが、部下が腰を下ろして良い物ではないだろう
に そんな事を思っているとハンジがどこからか救急箱を持って部屋へと駆けこんできた
蓋を開けてガーゼを取り出すとそれをエルヴィンへと差し出す
それを団長が当然のように受け取って血を拭ってくれた
傷口に触れると痛みを感じて思わず両手の指を膝の上で握り合わせてしまう
手当てをする為とはいえ、エルヴィンの顔が近くて、肌に彼の指先が触れて
どうにも落ち着かずに気恥ずかしさを感じて視線を机へと落した
傷口を確認して、薬が塗られてガーゼを当てられる
それを押さえるように包帯が巻かれてしまい、怪我の程度よりも大袈裟に見える形で手当てが終わった
包帯に巻き込まれた前髪をエルヴィンが指先で引き出してくれる
そこで漸く視線を上げると使い終えた物を救急箱に戻しながらハンジが口を開いた

「本当にごめん。リヴァイに謝らないと」
「自分で言いますから。ハンジさん、忙しいでしょう」
「それくらいの時間はあるよ。明日は旧市街地の討伐任務だけど……休んだ方が良いんじゃないかな」
「大丈夫ですよ。討伐出来ます」
「でも、首に痛みが出るかも知れないし」
「そうだな。、明日は討伐には出ないでくれ」
「……了解しました」

この程度の怪我で任務に出られなくなるとは
無茶をする弟の監視が出来ないではないか
でも団長の言葉には従わねばならずにそう言葉を返した
するとハンジが救急箱を片手に持ち、空いている方の手をこちらの肩に置いてエルヴィンに声を掛ける

「エルヴィン、私はを送って行くから」
「あぁ。今後は気を付けてくれ」
「了解。、行こう」
「はい。……あ、これを団長に」

ここに来た目的を忘れるところだったと膝に乗せていた書類を手に立ち上がった
差し出したそれを団長が受け取り、紙面に視線を落とす

「リヴァイからか」
「そうです」
「ご苦労だった。その服装を見ると休日だったのだろう」
「あ……はい」
「私服姿を見るのは初めてだな」
「そうですね。休みでも制服を着ているので……」

偶々なのだが、今日は私服を着ていた
理由は簡単で朝に制服を全部洗ってしまったから、なのだが
良い天気だから夕方前には全部乾いてくれるだろう
そう思っているとエルヴィンがすっと目を細めて口を開いた

「似合っている」
「っ……あ、ありがとうございます」

視線を逸らしてそう言葉を返す
髪型も普段とは違うから印象が変わったのだろうか
ただの社交辞令だと分かってはいるが嬉しいものだった
なんだか頬の辺りが熱くなり、片手を触れながらエルヴィンの側を離れる
ハンジの隣に並ぶと背に手を添えられて団長室から連れ出された
廊下に出ると、側を通りかかった兵士にハンジが声を掛けて救急箱を渡す

「元の場所に戻しておいて」
「はい」

そんなやりとりを聞いていると誰かが玄関を開けたようで風が吹き抜けた
スカートを揺らす風に僅かに上気していた頬が冷やされるのを感じてほっと息をはく
同時に肩の力を抜くとハンジがこちらの顔を覗き込むように距離を詰められた

「……なんですか」
「エルヴィンの前だと緊張するみたいだね」
「それは……団長ですから」
「付き合いも長いんだから普通にしていれば良いのに」
「無理ですよ」

そう言い、開かれたままの玄関から外へ出て顔を正面へと向ける
上官と部下なのだから礼儀と節度を持って接しなければ
団長の言葉を聞き洩らさず、その命令に忠実に
とは思うのだが、彼の前に立つとどうにも気持ちが落ち着かなくて――
尊敬と敬愛、更にいつからか抱くようになった恋愛感情が入り乱れて胸の奥がざわめいてしまう
気持ちを抑えて平静を装うのが精一杯だった
上官と部下としての距離を保たなければ
気持ちを伝えたい、なんて思うだけで行動には移せないだろうから――
と、そんな事を考えている間にも特別作戦班が使う兵舎の前へと辿り着いてしまった
ハンジが扉を開けると、丁度玄関フロアでリヴァイと弟がなにかを話していたところで
二人が同時にこちらに顔を向け、オルオが驚いたように目を見開いた
散歩、と言って出かけたのに怪我をして帰って来てはあんな表情も見せるだろう
しかも目立つ部分に、目立つ包帯が巻かれていては――

「姉ちゃん、どうしたんだよ」
「事故よ、事故」
「事故?」
「リヴァイ、オルオ。ごめん、私がやった」
「ハンジ。何をした」

オルオが側に来てこちらの額を気にするように顔が寄せられる
そんなに心配しなくても良いのに
ちょっと痛いくらいだからと思っているとハンジの手がこちらの頭に触れた

「扉を思いっきりぶつけちゃって」
「……」
「手当てはしたんだけど、明日の旧市街地の討伐は休ませて。彼女が居ないと戦力が落ちるだろうけど……」
「俺が姉ちゃんの分も討伐するッス。兵長、お願いします」
「……分かった。オルオ、討伐は無理のない程度で良い。。お前は明日、エルヴィンの手伝いに行け」
「「了解しました」」

兵長の言葉に弟と声を重ねて返答する
よりによって団長の手伝いか
気持ちとしては断りたいところだが、兵士長の命令には従わなければ
恐らく書類の整理とか配達でエルヴィンと言葉を交わす事は少ないだろう
はそう思い、心配する弟の頭に軽く手を触れると安心させるように笑って見せた