オルオ・ボザド2 02
討伐任務の前後は色々と忙しい
準備とか出発地点に何処を担当するかの確認
帰還してからは立体機動装置の点検と整備に団長へと提出する書類の作成
その他にも色々な雑務があり、瞬く間に数日が過ぎ去っていた
に手当を受けた傷口もすっかり塞がり、今は薬を塗る必要もなくなっている
兵長の怪我は自分よりも早く治り、今はその跡が僅かに残っている程度だった
書式に沿って書き上げた報告書を何度も見直してから団長の元へと届ける
頻繁に顔を合わせるようになったとはいえ、やはり彼の前に立つのは緊張するものだった

「では失礼します」
「ご苦労だった」

一礼してから部屋を出て静かに扉を閉める
くるりと背を向けるとほっと息をはいてから歩き出した
所用を済ませる為に書庫がある場所へと向かい扉を開ける
普段は数人の兵士や、勉強の為に訓練兵の姿があるのだが今日は誰もいないようだ
時間帯のせいだろうかと思いながら中へと入ってずらりと並ぶ本棚を見回す
あの本があるのは、確か右奥の方だったか
そう思い、いくつもある本棚の間を通り抜ける
背表紙を見ながら歩みを進め、そして一列隣に移動したところで人の姿が目に入った

「っ……」

多くの人が使えるようにと、広く取られた空間
椅子やテーブルが並ぶその場所に面した本棚に立て掛けられた梯子の上に立つのはだった
屋内だからか、フードを外していてその髪が、目が露になっている
このような姿の分隊長を見るのは初めてで、そしてその容姿に見入ってしまった
視線を逸らす事を忘れて手にした一冊の本を棚に戻すのを見ていると分隊長がこちらへと顔を向ける

「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「ハンジに頼まれて、本を返しに来たんだよ」

言いながらテーブルの方を指さされてそちらを見る
するとそこには五冊の本が積まれていた

「そんな、分隊長に本の返却をさせるなんて……」
「まあ、向こうが先輩だからね。色々と忙しいだろうし」

言いながらが梯子を下り始める
下の段に靴底が触れ、体重を移動させようとして微かにだが息をのむような音が聞こえた
すぐにもう一方の足を下ろすが、位置が悪かったのか踵が段を踏み外す
それを見るのと同時にオルオは咄嗟に梯子の下に駆け寄ると落ちてくるその体を抱き止めた

「っ――」
「あっ――ご、ごめんね、ありがとう」

衝撃に備えて足を踏ん張ったが、予想以上にの体は軽い
触れる体も細く、左腕で腰を抱え、右手は胸に触れていて――その右手の奇妙な感触に思わず眉を寄せた
胸は鍛えていれば硬くはなるが、こんな風にはならないだろう
それに硬いのは薬指と小指が触れる場所だけで、他の三本の指は柔らかい人体に触れていると分かった
何か胸部に巻いているのか――と思いながら分隊長の体をそっと下ろす
床に足が触れるとがこちらを振り返って困ったように眉を寄せた

「本当にごめんね」
「いえ、お怪我は……」
「大丈夫だよ」
「……足首、痛めてるスよね?」
「っ……よく分かったね」
「そう思っただけです。右足に体重を掛けて、すぐに左足を下ろそうとして……」
「うん……治ったと思ったんだけど、もう少し固定が必要だったかな」

そう言い、ゆっくりと右に体重を傾けて痛そうな顔をする分隊長
オルオは側にある椅子の背もたれを引くとそこにを座らせた

「え、あの……?」
「俺がやりますから」

テーブルに置かれた本を手に取り、背表紙の下に書かれた番号を見て書棚に近付く
そう数も多くない為にすぐに終わらせるとエルドに頼まれていた本を一冊手に持っての元へと戻った
右の膝を伸ばし、その先で足首を伸ばしたり回したり
やはり痛みがあるようで辛そうな顔をするのを見てその側へと歩み寄った

「診療所へ行きましょう」
「……君は優しいね」
「いえ、そんな……立てますか?」
「うん。ちょっと掴まらせて貰えるかな」
「どうぞ」

こちらの言葉に分隊長が立ち上がり、椅子を戻してからこちらの腕に両手で触れる
ゆっくりと歩き出し、歩調を合わせて書庫を出た
フードを被ってから外へと通じる扉を通り抜けて多くの兵士が行き交う道を歩いて――
視線が集中するのはが自分の腕にくっ付いているからだろう
そう思い、分隊長にあまり負担が掛からないように歩いた
だが書庫のある場所から診療所がある兵舎までは結構な距離がある
このまま歩かせるのは辛いのでは――と思ったところで前方から一人の兵士が駆け寄ってきた

!」
「あ、ハンジ……」

その姿を見て、が名を呟くのを聞いて思わず身構えてしまう
あの分隊長は口を開けば巨人の話ばかり
どうにかして捕獲させようとしてくるし、とても話が長いし
嫌いではないが、少しだけ苦手だ――と思っているとハンジが側に来ての顔を見るように少し上体を前へと倒した

「どうしたの?顔色が悪いよ」
「うん、ちょっと……」
「足首を痛めてるんスよ」
「足首?あぁ、この前の旧市街地の討伐の時の……全く、人の怪我にはしつこいくせに自分のことになると適当なんだから」
「……」
「そんなだからリヴァイに怒られるんだよ。自分のことも大事にしろって、言われてるじゃないか」
「まぁ、そうだけど……」
「はぁ……ありがとう、オルオ。ここからは私が連れて行くよ」
「あ、はい」
「仕事の途中だろう?私は丁度手が空いたところだから」

そう言い、ハンジがくるりとに背を向けてその場にしゃがみ込む
肩越しに分隊長を見ると笑顔で声を掛けた

「さぁ、どうぞ」
「え」
「背負っていくよ」
「……恥ずかしいから」
「じゃあ抱きかかえたほうが良い?」
「っ……背中で」

抱きかかえられるのは嫌らしい
そう思っているとがこちらの腕から手を離した

「ありがとう、リヴァイ班のエース君」
「え、エース?」
「この前の旧市街地で八体。今、二十九体だろう?」
「はい、そうですが……」
「精鋭揃いの中でも君は一番だ」

言いながらハンジの肩に手を触れ、足を踏み出す
その太ももを抱えて立ち上がった分隊長がグイッと体を上に跳ねらせてを背負い直した

「じゃあね、オルオ。……今度は巨人の捕獲に協力してくれると嬉しいなぁ」
「っ……へ、兵長の、許可が下りればお手伝いするッス」
「あ、リヴァイが絶対に承知しないのを知ってて……酷いなぁ」

笑いながらそう言うと診療所へと向かって歩き出す
その姿を見送り、愛称で呼び、呼び捨てで名を呼ぶ関係の二人を羨ましく思った
自分なんて名前でもなく「エース」だなんて不相応な呼び方で――
でも、それに恥じないように功績を上げようという気持ちにはなった
そしていつかは憧れる兵長のようになりたい
その為にも訓練を怠らずに、鍛錬を行わなければ
オルオはそう思い、エルドに渡す本を持ち直すと兵舎へと向かって歩き出した


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


休みの日であっても訓練施設で飛び回り、己の心身を鍛える兵士たち
昼食も夕食もとらず、水だけを飲んでオルオは技巧室へと向かった
立体機動装置を外すと解体して整備を始める
すり減った部品は取り替えて、動きの悪い部分は潤滑剤を付け足して――
疲れたせいか目が霞み、瞼を閉じて目頭を押さえた

「……はぁ」

もっと、強くならなければならないのに
いくら訓練をしてもそれが実戦で活かされなければ意味がない
動かない模型をいくら壊しても、本物の巨人とはやはり違うのだから
左手に部品を持ったまま暫くその状態で動きを止めた
明日に備えてさっさと立体機動装置を組み直して兵舎に戻らなければ
腹も減っているから携帯食料でも食べようか
あまり美味いものではないが――と思ったところでコト、と側で音が聞こえた
同時に紅茶の香りを感じて内心首を傾げる

「?……」

自分以外には誰も居ないと思ったのだが
そう思い顔から手を離して目を開けた
何度か瞬きをして、霞んでいないのを確認してから視線を上げる
すると正面にが立っていて、身を乗り出すようにしてこちらを見ていた

「っ、、分隊長」
「こんばんは。疲れているね」
「は、はい、朝から、ずっと訓練してたんで……」
「そう。兵長が顔を見ないって気にしていたよ」
「そうッスか……」

こちらの言葉に頷くと周囲を見回して誰かが放置していった椅子を持ってくる
対面する位置にそれを置くとそこに腰を下ろして片手に持っていた包みを開いた
カサカサと包装紙が音を立て、ふわりとパンの香りが広がる

「はい、どうぞ」

言いながら差し出されたのは紙に包まれたサンドイッチだった
兵舎で出されるような適当に作られたものではない
かと言って町で買うような物でもなく――と思っているとが微笑んで口を開く

「私が作った。まぁ、挟んだだけだけど」
「っ……い、頂きます」

持っていた部品を机に置き、腰布で手を拭ってから両手でそれを受け取った
ふと視線を落とせば先ほどから良い香りを漂わせている紅茶が入ったカップが置かれている
さっきの音はこれを置いた音だったのか
どこで用意をして来たのか――と思っているとがもう一つサンドイッチを取り出してそれに口を付けた
食べ方が上品だと思いながら自分もそれを食べる
朝に食べたきりで空腹であったという事を差し引いても美味しく感じた
何を挟んでいるのだろうと思いながら紅茶を飲む
互いに無言で半分ほど食べたところで、オルオは思い切って口を開いた

「あ、あの……」
「ん?」
「……ハンジさんと、仲が良いんスね……」
「あぁ……うん、そうだね。調査兵団に入る前から付き合いがあるから」
「えっ、そうなんスか」
「実に言い難いことだけど……兄、なんだよね」
「……は?」
「ハンジは私のお兄さんなんだよ」
「えぇ!?」

突然明かされた事に思わず大きな声を上げてしまった
そんな自分を見ては困ったように笑う

「あはは……驚いた?」
「そ、そりゃあもう……あまり、似てないし……苗字が、違いますし……っていうか、あの人、男だったんスね……」
「そうだよね。紛らわしいよね、あの顔は」

可笑しそうに笑うが、当の本人だって性別不詳なのに
笑顔は綺麗で口元に沿えた手指はほっそりとしていて――
やはり女性なのか――と思っていると紅茶を一口飲んでから言葉を続けた

「苗字が違うのは兄は父の、私が母の苗字を名乗っているから。あ、離婚したとかじゃないよ?兵団に同じ苗字がいたら面倒だからさ」
「まあ、確かに、そうですが……」
「同じ分隊長になったし、ね。おかげで色々と仕事を押し付けられて。本当に困ったお兄さんだよ」

言い終えてがカップを置くと椅子に座り直した
サンドイッチを口に寄せてふとこちらへと目が向けられる

「君も、無理なことを言われたら教えてね。ハンジ、しつこいところがあるから断るのも大変だよね」
「っ、はい」
「私が裏でしめておくから」

にこ、と微笑んで言われるがなんだかその表情は怖く感じられた
誰に対しても優しく、穏やかな性格なのだが実の兄相手になると容赦はしないらしい
そう思いながら頷くと紅茶を飲んだ
その後は時々言葉を交わしながら食べ進め、カップを空にしたところでが立ち上がる
椅子をきちんと所定の場所に戻すと二つのカップを手にこちらを見た

「じゃあ失礼するよ。邪魔しちゃってごめんね」
「邪魔だなんて。飯、食ってなかったんで助かりました」
「そう。訓練を頑張るのは良いけど、ちゃんと休んでね」

眼鏡の奥で目を細めて微笑む
その綺麗な表情に思わず見入ってしまった
高鳴る鼓動を押さえるように手が動きかけるがなんとか押さえ込み、膝の上で拳を握る
そんな自分に気付く事はなく、分隊長は靴音を響かせて技巧室を出て行った
扉が開いて、ゆっくりと閉められて
窓の向こうをその人が横切るのを待ってからいつの間にか止めてしまっていた息をはきだす

「はあ……驚いた」

ハンジが男性で、そして彼はの兄で
衝撃的な事を聞いたがこれは口外しない方が良いのだろう
話すなとは言われなかったが、今までにそんな事を話す人は誰も居なかったから
団長とか兵長は知っているのだろうが彼らがそれを口にしないのならば理由があるのだろう
オルオはそう思い、組みかけだった立体機動装置に手を触れた