01

広いフロアにずらりと等間隔に並ぶ書棚
床から高い天井まで届くそれには数えきれない数の書物が収められていた
それらを状態良く保存する為に窓が一つもないその場所をゴロゴロと低い音を立てる台車を押しながら歩く
台車には自分の腰の高さまで本が積み上げられていた
所定の位置へと一冊ずつ戻していくのだが、膨大な数の書棚があるから結構な時間が掛かってしまう
午前中はこの作業だけで終わるだろうなと思いながら一冊の本を棚へと戻し、台車を押してさらに奥へと足を進めた
昔から歴史が好きで、本が好きで
そんな自分にはこの司書官という仕事は天職だった
古い本から新しい本まで全てが揃っているこの場所から出たくないと思ってしまうくらい
休憩時間にはこの場にあるどの本でも自由に読む事ができるし――
今日の休憩時間にはあの本を読もうかなとカメラアイに映った背表紙を見る
以前、読みたいと思ったが直前に貸し出されてしまった本
貸出期間ぎりぎりで戻ってきたと思ったらまた貸し出され、同じ事が繰り返されて三か月が過ぎようとしていた
司書官特権で今の内に手元に置いておこうとその本を引き出したところでこの場には似つかわしくない足音が聴覚センサーに触れる
走るような足音が二体分
「居ない」とか「向こうは」とかいう言葉を僅かながらに聞き取る事が出来た
その男女の声には覚えがあり、顔を上げると視線の先を二体のトランスフォーマーが横切る
やっぱり、と思ったところでその二体が引き返してきて書棚の影から顔を覗かせた

「見つけた」
「はぁ。相変わらず、迷路みたいな場所だな」
「アーシー、テイルゲイト」

一体は自分の友人で、もう一体はそのパートナーで
仕事以外でも行動を共にする二体の姿を見て先ほど棚から取った本を台車の端に置いた
迷路みたい、とは何度か言われた事がある
膨大な数の本を年代別や種類別に分け、更に後からも増えていく為に書棚ごと移動させたりするから行き止まりが多数
昨日までは通れた通路が塞がれている、なんて事もある
ここで働き始めた頃は自分も迷ってしまって仕事にならなかった
落ち込む自分を同じ司書官のオライオンが何度慰めてくれたことか
懐かしい新人時代を思い返していると彼女たちが側へと歩み寄って来る
どうやら自分に用事があるようだ――まぁ、そうでなければこんな書庫の奥まで入っては来ないか
そう思っているとアーシーがどこからか取り出した紙片をこちらへと差し出した

「見て、これ」
「?」

なんだろうとカメラアイを向けてそこに印刷されている文字列を読む
目立つ表題と日付、指定座席の表記を見てから再び彼女へと視線を戻した

「ケイオンの、剣闘士の試合……入場券、ですね」
「そうなの。人気があっていつも取れないのよね」
「そうなんですか」

競争率の高い入場券を手に入れたせいかクールな彼女が珍しく嬉しそうな表情を浮かべている
いつも見に行きたい、でもチケットが取れないと嘆いていたアーシー
やっと観戦に行けるのだと自分のように嬉しく思い彼女に声をかけた

「剣闘士の試合は人気がありますからね。……メガトロナス、でしたっけ。一番強い剣闘士」
「そうっ、そのメガトロナスも出場する優勝決定戦がある日のチケットなのよ」
「おめでとうございます、アーシー」

他の司書官からもメガトロナスが出場する日のチケットは瞬殺だと聞いていた
アーシーはそれを今回は運よく手に入れる事が出来たのだろう
自分は諍いや争い事が苦手で、それが剣闘士の試合であっても避けていた
だから出場するトランスフォーマーの名は殆ど知らないのだが、一体だけはしっかりと覚えている
ケイオンで最も強く、人気のあるメガトロナス
オライオンと同じくらい体格が大きく、そして彼らは友人関係なのだとか
そんな話を仕事の合間に聞いた事があった
友人関係ならばオライオンも試合を見た事があるのだろうか
そんな事を考えているとアーシーの指先が動いてチケットが分裂した
というか、重ねて持っていたらしく三枚のチケットがひらひらと揺らされる

「三枚あるの。も誘おうと思って」
「え?」

思ってもみない言葉にカシャリとカメラアイを瞬き、司書官の少女――は間の抜けた声を上げてしまった
それに構わずにアーシーが微笑み、こちらの肩を抱くようにして腕を回される

「私と、テイルゲイトと、あなたで」
「で、ですが、私は……」

試合とはいえ、やはりトランスフォーマー同士が争う姿を見るのは苦手で
断りたいのだが友人の好意を無碍にするのも気が引ける
どうしようと視線を彷徨わせると書棚に寄りかかって立っているテイルゲイトとカメラアイが合った
すると彼が小さく笑い、軽く首をすくめる

「偶には、さ。外に出るのも良いと思うぞ?はいつも本ばかり読んで外に出てないだろ」
「そうよ。本が好きなのは分かるけど、偶には外に出ないと錆びるわよ」
「錆び……」

そう言われて思わず己の体に視線を巡らせた
腕にも、体にも、脚にも錆びは見当たらない
というかこのような日の当たらない書庫での仕事をしているとはいえ、三か月に一度は医師のメンテナンスを受けているのだから錆びる事はないのでは
でも確かに平日も休日も本に触れるばかりだから偶には外に出なければ駄目か
競争率の高いチケットを自分にという好意も有難いものだし――

「……はい、ご一緒します」

そう言うと普段はクールなアーシーが満面の笑みを浮かべ、それを見たテイルゲイトが優し気に微笑む
ああ、やっぱり二体の邪魔になってしまうのでは――と思ったところで彼がこちらに手を伸ばして頭に触れられた
カシカシ、と音を立てて軽く撫でられ、静かに手が離される

「良し!じゃ、当日は迎えに行くからな」
「そうね。支度をして待ってて」
「もぉ、また子ども扱いですか?私、アーシーと同じ年なのに」
「ははっ、そうなんだが……どうもお前は年下に見える」
「そうなのよ。不思議だけど……守りたくなるのよね。何故かしら」
「立派な大人です。……ちゃんと、支度をして待ってます」

現地まで行けます、と言えればよかったのだがそれは難しかった
ケイオンには行った事がないから向こうの地図が全く分からない
この書庫にある地図を見れば良いのだろうけれど、実際に街に入って道を走るのは難しそうだった
アイアコンから出ない自分と仕事でケイオンに行くことのあるアーシーとテイルゲイト
彼女たちに連れて行ってもらった方が迷わずに闘技場まで辿り着けるだろう
はそう思いながら上機嫌で立ち去る二体を見送り、小さく笑みをこぼした


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


朝のニュース番組を聞き流しながら画面の片隅に表示されている時刻へカメラアイを向ける
07:02と表示されているのを見ては通信回路がある部分に手を触れようとして動きを止めた
アーシーに誘いを受けた時、迎えに来るとは言われたが時間の指定はされていない
今からでも通信を入れて聞けば良いのだろうが、外に出て待つことにした
天気が良くて、風も気持ち良さそうだし――
そう思い、窓の施錠などを確認してから玄関へと向かった
扉を開こうとしたところでその向こう側から声が聞こえてくる
もしやと思い、そっと細く押し開けるとその隙間からアーシーが顔を覗かせた

「おはよう、
「ふふっ。おはようございます、アーシー」

朝の挨拶を交わしながら扉を大きく開く
すると陰になっていた場所に立っていたテイルゲイトの姿がカメラアイに映った
顔を上げると彼がこちらを見下ろして笑みを浮かべる

「早いな、
「いつもの癖で、同じ時間に起きてしまって……おはようございます、テイルゲイト」
「おう、おはよう。少し早いと思うだろうが、行こうぜ」
「そうね。チケットが手に入らなくても大勢のトランスフォーマーが会場に来るらしいから」

チケットが無くても闘技場には大勢集まるのか
何故だろうと首を傾げるとテイルゲイトが小さく排気をして口を開いた

「試合は見れなくても、出入りする剣闘士を見たいんだろうさ。一瞬だけでも……特に今日は混むぞ。決勝戦だからな」
「そう、なんですね」
「ま、本当に一瞬しか見れないけどな。二体とも空飛んでくるから」

言いながら通りの方へと歩き出すのを見て玄関を出る
ドアのロックを確認するとアーシーと共にテイルゲイトの後を追った
広い道に出るとさっさとビークルモードへと姿を変えるのを見て自分もそれに倣う
仕事の行き帰りも、休日もロボットモードで過ごすからこの姿になるのはメンテナンスの時だけだった
多分、問題なく走れるとは思うけれど――

「じゃ、行くか。混んでなけりゃ片道二時間半だが……」
「今日は三時間掛かりそうね。ケイオンに近付けば近付くほど混んでいるだろうから」
「だな。、お前のペースに合わせるからな」
「はい。ありがとうございます」

そう返事をするが、出来る限り急いだ方が良いだろう
長く渋滞に巻き込まれてしまったら時間に間に合わなくなってしまうだろうから

(ケイオン……どんな場所なのかな)

初めて向かう場所への期待を抱きながらは二体の後を追って朝日に照らされる道を走りだした




アーシーが言う通り、最後の方で渋滞になり三時間で会場へと辿り着いて入場できたのは更にその三十分後
全席指定とはいえ、巨大な闘技場だからトランスフォーマーの数が多くて時間が掛かってしまった
自分たちが座るのは舞台のほぼ正面で、前から五列目
これはかなり良い席なのではないだろうか
幸い、自分の前には視界を遮る大柄なトランスフォーマーも居ないし――と思ったところで目の前にずいっと使い捨てのカップが差し出された

「っ、ありがとうございます、テイルゲイト」
「ここまで疲れたろ。エネルゴンの補給もしないとな」

そんな言葉と共に手に握らされるカップの中で青白く輝く液体が揺れる
一口飲んでみるととろりとして甘く、自分が好む味だった
美味しいと思っていると隣でアーシーも同じくカップを受け取って礼を言っている
もう一口飲んで、肘掛けに付いているドリンクホルダーへとカップを置いた
入場の際に渡されたプログラムを開くと内容に目を通す
試合は午前から休憩を挟んで十五時まで続くらしい
今回の優勝候補はメガトロナスで、無敗の王者と紹介されていた
強いとは聞いていたが無敗だったとはと思いながらその下のトランスフォーマーへ視線を落とす
名前を視線でなぞり、顔写真を見ようとしたところで一瞬場内にざわりと声が響き、それからしんと静まり返った
何だとプログラムから顔を上げると舞台の上に奥から歩み出てくるトランスフォーマーの姿が見える
恐らく彼が司会者で、選手の紹介と共に入場が始まるのだと分かった
今まで、テレビニュースでちらりと見るだけだった剣闘士たちだが、直にカメラアイに写すとなると何故か緊張してきてしまう
はプログラムを閉じると膝の上に置くと、静かなビーコンの声を聞きながら開いていく選手入場口の扉へと意識を向けた

2024.05.11 up