バルクヘッドの背後から現れたのはオートボットの医師
珍しい組み合わせだと思いながらも、こちらを見た青いカメラアイが驚きに見開かれるのを見つめた
「っ……、なのか?」
「……はい。お久しぶりです、ラチェット」
オートボットの医者である彼とこうして間近に顔を合わせるのはいつ以来だろうか
故郷の星ではいつも彼の側にいたのに
闇医師の兄ではなく、正規の軍医であった彼にリペアの技術を教えてもらっていた
厳しかったけれど出来るようになるまで何度も教えてくれたラチェット
昔の事を懐かしく思ったところでバルクヘッドが足を前に踏み出した
「ミコから離れろ!」
「っ……」
手出ししない、と言ってもディセプティコンでは信用されないだろう
ヤバイと距離を取ろうとしたところで聴覚センサーに届いた風切り音
そちらに意識を向けようとしたところでレーザービークが視界の端を過ぎった
自分に殴りかかろうとするバルクヘッドにブラスターを浴びせ、彼が身を守る為に僅かに後ろに引く
どうやら、またサウンドウェーブの監視を受けていたようだ
今回は助かったけれど――と思ったところでふっと目の前が陰ってガシャンッという音が響いた
同時に軽く地面が揺れて、何だとカメラアイを瞬くと見慣れた背中が間近にある
「っ、サウンドウェーブ」
驚いたと思いながら名を呼ぶと彼がこちらを背に隠すようにして身構えた
同時に珍しくアームズアップをして手首からブレードが出される
それから僅かに首を動かしてこちらに僅かに顔を向けた
「””」
「はい……?」
「”先に行け”」
言葉と同時に回路を通してどこかの座標が送り込まれる
バルクヘッドのような巨漢が相手では分が悪いからさっさと逃げろと言う事か
言葉で答えるよりもと後ろに飛ぶのと同時にトランスフォームして子どもたちの視線を受けながらその場を離れる
上空をくるりと旋回して伝えられた座標へと向かった
サウンドウェーブはと地上を見るが、バルクヘッドの足止めの為に未だにその場に留まっている
大丈夫かと心配になるけれど自分が戻っては逆に邪魔になってしまうか
彼だって長年メガトロンの側にいたのだから戦闘能力は高いのだろう
戦っている姿を一度も見た事がないから確証はもてないけれど――
はそう思いながら森の上を通り抜けると太陽の光を浴びながら目的地へと機首を向けた
暫く飛んだ場所に見えてきた湖
座標を確認し、指定された場所と一致するのを確認すると高度を下げた
同時にトランスフォームをして着地すると片手を通信回路に触れようとして――動きを止める
戦闘の邪魔をしてしまってはと思い周囲を見回して手頃な岩に腰を下ろした
ふうと排気するのと同時に肩の力を抜いて目の前の光景に視線を巡らせる
この場所は深い森に囲まれていて、風がない為か湖面は鏡のように周囲の景色を映していた
静かな場所で自分が好む景色ではあるのだが今はそれを楽しむ余裕はない
サウンドウェーブは無事だろうかとそればかり考えてしまってどうにも落ち着かなかった
立ち上がって意味もなく歩き回り、通信を入れようとしては手を止めて
今までは距離をとっていた相手だというのにどうしてこんなに心配してしまうのだろう
考えてみるが同じディセプティコンに所属するトランスフォーマーだし、主から信頼されている彼を自分の為に損傷させてしまっては――
逃げずに共に戦えば良かっただろうか
今更ながらそんな事を思い、目の前に広がる湖へとカメラアイを向けた
チリチリと騒がしいスパークを落ち着かせるように排気したところで通信回路にノイズが走る
「っ、サウンドウェーブ?」
誰からの通信かも確認せずに反射的に通信回路に指先を触れた
そして聞こえた音に今度は安堵の排気が漏れる
「”そちらへ””向かう”」
「……はい。損傷はしていませんか? 」
「”大した””事はない”」
「良かった……待っています」
自然とそんな言葉が出て自分でも驚いてしまった
でも、本心から出たのだろうと思い再び湖を見つめる
先程まではゆっくりと見る余裕がなかったのだが、湖には生物がいるようで時々素面に小さな輪が浮かび上がった
カメラアイのピントを合わせると”サカナ”という生命体が泳いでいくのが見える
日の光を浴びて、キラキラと光る”ウロコ”が綺麗だと思っていると風切り音が聞こえて顔を上げた
カメラアイに映った無人偵察機が瞬く間にこちらへと近付いてくる
その姿に視線を巡らせるが大きな損傷は見当たらなかった
ほっとしたが、トランスフォームして地上に下りた彼を見て思わずその顔に手を伸ばしてしまう
彼の顔を覆い音声を流す時に波状の線が表示されたり、情報が映し出される黒いバイザー
その中央から放射状に広がるヒビに、そっと指先を触れると小さな欠片がぱらりと剥がれ落ちた
胸に収まるレーザービークも翼の一部を失っている
火花を散らすその部分に触れると、彼がゆっくりと首を左右に振った
「”問題はない”」
「どこがです。リペアしないと……」
「”ノックアウト””別の仕事””優先”」
「私がやります」
「……」
「これでもリペアの技術はあります。……兄ほど、器用ではないですが……」
サイバトロン星でアカデミー卒業後は軍医の元で研修をしていたが正規の医師ではない
資格を取る前に戦争が始まってしまって研修も続けられず、当然ながら試験も受けられず
でもある程度の技術は身に付けたからこの程度の損傷ならば自分でもリペア出来るだろう
「レーザービークはあなたの大切な相棒でしょう?それに……バイザーもヒビが入っては視界が悪くなります」
「……”その通りだ”」
「ネメシスに戻りましょう。マイナーにグランドブリッジを開くように通信を入れます」
そう言い、通信回路に指先を触れたところでサウンドウェーブが湖の方に顔を向けた
その横顔に何気なくカメラアイを向けたところで彼が音声を発する
「””」
「はい?」
「”この場所で””お前””話したかった”」
「?……」
「”好きだろう””この””景色”」
「は、はい、よくご存知で……」
「”前”偵察””見つけた”」
「……」
「”見せたかった”」
「……ありがとうございます。その損傷を直したら……また、来ましょう」
そう声を掛けると彼がこちらに顔を向けた
それからいつもそうするように僅かに頭を上下させる
ヒビ割れたバイザー越しに、こちらの姿はどう映っているのだろうか
はそう思いながら管制室にいるマイナーに通信を入れた
グランドブリッジでネメシスへと戻り、リペア室へと向かう自分とサウンドウェーブにマイナーの視線が集中する
なぜそんなに自分たちを見ているのかと聞かなくても理由は分かっていた
自分の左手と彼の右手が繋がれた状態で歩いていては驚かれるのは当然だろう
しかも今までは言葉を交わす事も稀だった自分たちでは
でもバイザーのヒビのせいで視界が悪い彼に手を貸さない訳にもいかず
少し、恥ずかしい感じがすると思いながらリペア室に入ると台へと近付きながら口を開いた
「先にどちらを?」
「”レーザービーク”」
「では外してください」
言いながら手を離すと彼が繋いでいた右手をちらりと見てからレーザービークを胸から外して両腕に受け止めた
それをリペア台に乗せるのを見て損傷箇所を見る
右翼の端を失い、剥き出しのコードが小さな火花を散らしていた
欠けた部分は復元するしかないかと思ったところですっとその破片が差し出される
「助かります」
しっかりと回収されていたそれをサウンドウェーブから受け取ると歪みが無いかを確認した
無事な左翼と見比べて棚に置かれた工具を手にとって曲がっている部分を直す
何度も微調整して元通りの形にすると火花を散らすコードを新しいものに取り替えて、破片と繋げると接合して
それから表面を研磨すると接合した部分は見た目には分からなくなった
問題は、今までのように無事に飛んでくれるかどうかなのだけれど
大丈夫かなとレーザービークを撫でると答えるようにそれが動いた
驚いて手を離すとふわりと浮き上がって室内を飛び回る
くるくると器用に旋回してからいつも通りにサウンドウェーブの胸へと収まった
「……あの、どうでしょうか」
「”元通り”」
「良かった……では、次はあなたのバイザーを」
そう言うと彼がリペア台に上がって体を横たえた
とは言っても、中途半端な椅子のような形状だから僅かに体を起こした状態になるのだけれど
サイバトロン星では完全に横になる物でしかやった事がないなと思いながらヒビの深さを見ようとして――動きを止める
どうしようと考えているとサウンドウェーブが首を起してこちらを見た
僅かに顔を傾けるのを見ては視線を下へと落とす
「あの……すみません、リペア台が高くて……私の背だと見えないんです」
「”上に乗って””構わない”」
「……それしか、方法がないですね。失礼します」
リペアする側がされる側の体に乗るだなんて
そんなやり方聞いた事が無いと思ったが、損傷箇所を見る事が出来ないのだから仕方がないか
そう思いサウンドウェーブの脚の方へと回り込んで片手をリペア台に触れた
バランスをとりながら足を床から離して彼の体をあまり踏まないように気をつけながら上半身の方へと移動する
顔が見える位置までくると白くヒビ割れたバイザーを見ながら声を掛けた
「すみません、踏み台を用意出来れば良かったのですが……」
「”気にするな”」
「……はい。では、リペアをしますので……ヒビが結構深いですね。修復液を塗りこんでから研磨をします」
こちらの言葉にコク、と頷くのを見てリペア台を下りた
棚を見回して必要な材料を手に取るとそれを調合する
薬品はヒビの深部にまで届くように、でも緩すぎては意味が無いから適度に粘性を持たせて
微妙な加減が必要で何度もラチェットにやり直しを受けたのを懐かしく思いながらビーカーの中で揺れる液体にカメラアイを凝らした
記録にあるものと一致するとそれと工具を一つ手に取ってサウンドウェーブの側に戻る
リペア台の真横の棚にビーカーを置くと先ほどのように彼の体の上に跨るようにして上がった
修復液を手に取るとどこを見ているのか分からない情報参謀に声を掛ける
「顔は正面に向けていてください。液体が偏ってしまうとやり直しになりますから」
こちらの言葉に頷きを返すのを見てヒビ割れたバイザーの表面に手でそっと触れた
細かな破片を払い落とすとヒビの中心に薬品を垂らす
持って来た専用の器具でムラが出来ないように修復液を広げると静かに離して肩の力を抜いた
ヒビの修復方法はこれであっているはず
後は表面を研磨すれば良いだけだった
「十分ほどで安定します。それから研磨しますね」
「””」
「はい?」
「”医師として””良い腕””持っている”」
「そうですか?兄には劣ると思いますが……」
「”アイツと違って””丁寧”」
「……患者には親身に接するように伝えておきます」
こちらの言葉にサウンドウェーブが僅かに肩を揺らす
音声は聞こえなかったが、どうやら笑ったようだ
珍しいと思いながらリペア台から下りると壁際の棚から一番小さな研磨機を取り出す
きちんと動くのを確認して、それを片手に持つと棚を見回した
自分は医師ではなく偵察員として配属されているからこれらの器具に触れる事はあまりない
たまに兄に頼まれてその体を研磨する事があるくらいで
片付けが雑なノックアウトが使うものだというのに、棚の中はきちんと整頓されていた
恐らくパートナーであるブレークダウンが頑張ってくれているのだろう
手を焼かせて申し訳ないなと思いながら電源が付けられたままのパネルへとカメラアイを向けた
そこには兄に任せられた仕事の進行状況らしきものが表示されている
ずらっと並ぶそれにどれだけ溜め込んでいたのかと呆れてしまった
今後は任せられた仕事は手が空き次第終わらせるように言わなければ
そう思い、長く感じる十分を待ちながら静かに横たわるサウンドウェーブの方へとカメラアイを向けた
2024.08.25 up