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作品ID:2
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約3337文字 読了時間約2分 原稿用紙約5枚
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雪原の鮮血
作品紹介
ファンタジーです。
2005年頃、戦闘と情景描写の練習に書き上げました。
2005年頃、戦闘と情景描写の練習に書き上げました。
雪の上に滴る鮮血ほど、敵を導く道しるべに適しているものはあるだろうか。
まだ二十代前半らしきその男は、左手で腹部を抑え、右手には鈍い光を放つ背丈ほどの銅剣を引きずりながら携えている。真っ白な雪原とまるで正反対な赤い血は、彼の歩いて来た道を点々と示していた。それの源泉となっているのは他でもない彼の体。乱雑に巻かれた白い包帯もまた、溢れる鮮血によりどす黒く染まっている。
(もう……だめだ)
彼はそう呟くと、膝を折り曲げてその場に倒れ込んでしまった。そんな彼を思いやることはなく、流れる血は止まることを知らない。その場がみるみるうちに血溜まりと化す。
頬を撫でる雪の感触を感じながら、彼はゆっくりと目を閉じた。かじかむ指は既に感覚がなく、冷たいはずの雪の絨毯も、彼には包み込むような暖かさを感じさせてくれた。
(無事、逃げてくれただろうか)
薄らぐ意識の中、彼は数時間前のことを思い出す。
彼の住んでいた村は一瞬で壊滅した。“トゥルストゥイ”と呼ばれる魔獣。外見は犬に酷似している。しかしそれを犬と間違える人間はいない。大きさが違うのだ。その魔獣は、大型犬より遥か数倍の大きさで、長い体毛は寒冷地によく適している。眼光は紅に光っていて、口から飛び出している牙は何ものでも噛み砕く。
魔獣とは、人間が、絶大な力を持つ人害になる動物に付けた総称である。それは太古より存在し、長年の歴史を見れば度々の衝突はあっても、概して平和に人間と共存してきた。魔獣は山や森で、人は川や平野で。それぞれの領域を守り、他を犯すことはなかった。
彼らが人を襲うようになったのは、ほんの数百年前からである。人口の増加で、食糧難や過密を打開するために人間は山林に侵出した。自分たちの利益のためだけに彼らの領域に侵入することは、彼らを怒らせるには十分すぎた。人は自分たちの力を過信し、彼らを力で制圧できると思っていた。だがその力は想像以上で、逆に魔獣の反撃に遭い、各地で村々が滅ぼされていったのだった。
一つ、また一つ。
彼らの怒りは収まることを知らず、遂には、本来の棲み処である山林から遠く離れたこの地にさえ魔獣の手が伸びたのだ。
村の防衛隊は、圧倒的な数と、圧倒的な強さをもつトゥルストゥイ軍団に一矢報いることなく全滅した。村に怒涛のごとく侵入したトゥルストゥイは、逃げ惑う人々に襲い掛かり次々とその牙にかけていく。
彼は、恋人に先に逃げるように言った。自分がしんがりをつとめ、少しでも逃げる時間を稼ごうと。恋人は泣いて彼にすがった。しかし彼は、涙を堪えて繰り返し言った。頑なな彼の目を見た彼女は「きっと無事で戻って」と、溢れる涙を浮かべながら走り去った。
彼は斬った。襲い狂う巨大な犬に真っ向から対峙し、敵の突進の勢いを利用して横からなぎ払うように剣を滑らせる。叫び声を上げることもできずにそれは倒れる。今度は側面から一頭が襲い掛かる。顔は正面を向けたまま体をスッと後ろに引いて軸をずらし、敵の牙を避けてから鈍重な剣を振り下ろす。首が弾け飛んで、それはただの血肉の塊と化す。
どれくらい殺めたのだろうか。元はといえば人間が原因になったこの闘争。牙を剥く相手に容赦をかけるのはおかしなことだが、なんともやり切れない思いが彼にはあった。自分は、この動物何十頭分の命の価値があるのだろうか? これらを手にかけてまで自分は生きる意味があるのだろうか?
彼は、時おりそんな思いに駆られていた。小さな頃から魔獣と戦う術を教え込まれ、訓練に明け暮れた毎日。何故、そうまでして彼らと戦わなければならないのだろうか?
彼はそう考えるたびに、心の底がきりきりと痛んだ。
だが、今日は違った。今の彼はそんなことはどうでもよかった。ただ、好きな人を守りたい。たったそれだけの、とてもちっぽけな理由。それでも彼には十分だった。
彼はその時知った。自分は何もできないのだと。長く続くこの闘争を終わらせることも、このかわいそうな魔獣たちを助けることも、生まれ住んだこの村を守ることも。自分は何もできないのだと。
ただ、一つだけできること。
それは、心より愛した人を、たった一人だけ守るということだ。
辛い毎日に一点の明かりを灯してくれた彼女。彼女のためなら、たくさんの魔獣を手にかけることも、自分の命すらも惜しくはなかった。彼は、その時、初めて自分の長年つちかった力を嬉しく思った。たった一人でも守ることができるのが、彼の短い人生のすべてを肯定してくれるのだから。
心地よい眠気のようなものがおそってきた。腹部の痛みも今や感じず、顔を横にすると、どこまでも続く白い雪原が広がっていた。太陽の光を反射して、それは金色に輝いているようだった。
(……ここは、天国か)
彼はそう考え、すぐにそれを嘲り笑った。自分が天国にいけるはずがないではないか。自分の犯し続けた罪は大きい。それは自分でも自覚している。自覚していながら自分はそれを止めなかった。止められなかった。これで、地獄に堕ちるには十分だ、と。
ならばまだ自分は生きているのか。神はまだ自分を連れて行ってくれないのか。これが罰なのか。ならばこんな罰も悪くはない。白く光り輝く海原に、一人永遠に浮かび彷徨い続けるというのも、悪くはない。これが罰だというのなら、自分は甘んじて受けてやろう。
海……か。
彼の頭には恋人の姿が鮮明に浮かんだ。長い髪を振り乱して砂浜を駆ける彼女。楽しそうに笑う自分。真っ赤な夕日が海岸沿いを照らし、その赤いカーテンに包まれた二人は熱く愛撫し合う。
そしてそんな幻が消えていくと同時に、彼の命の灯火も、また消えようとしていた……。
刹那、暖かい液体が頬を伝った。しかし、既に彼には首を動かす力も残っていず、それは無常に零れ落ちる。しかしまた一滴。いくらでもいくらでも流れ落ちるその液体は、彼の頬に一筋の川をつくった。
力を振り絞った彼は身体を仰向けに回転させ、空を見上げる。泣いている。青い空が、透き通る、深い青空が涙を流している……。
「……どうして、戻ってきた……?」
もう二度と、音を発することが無いと思われた彼の口から言葉が搾り出される。涙で目を真っ赤にはらした彼女は何も答えず、ただ、ただ、涙を流し続ける。
「逃げろと、言ったのに……」
虚空を仰いだ彼の瞳はゆっくりと彼女を捉え、しばらく見つめ合った二人は、すべてを理解した。
地面が震えている。そしてその揺れは段々と近付いてきている。彼女はおもむろに彼を抱き起こし、自分の肩に彼の腕をまわして歩き始める。
彼はもう何も言わなかった。そして、彼の目からも涙が零れ落ちた。しかし、もう彼女は泣いていなかった。ざくざくと雪を掻き分けながら、しっかりとした足取りで彼女は歩き続けた。彼も、今やほとんど力が入らないのだが、少しでも彼女の負担を軽くしようと雪を懸命に踏みつける。
奴らの雄叫びが聞こえた。仲間を大勢殺めた人間を、彼らは許す気はないらしい。
「……ごめんな」
彼は天を仰ぎ見るように言った。
「ううん。私、今も怖いけど、あなたが『先に逃げろ』って言ったときの方が、もっと怖かったから」
彼女は固い決意を示した凛とした目を残し、彼に笑顔を見せた。真っ直ぐと前だけを見据え、後ろは決して振り向かない。それは彼女の生き様そのものであり、彼が彼女に惹かれた一因でもあった。
「……。なぁ」
「ん?」
「今度また、一緒に海を見に行こう。遠く、ずっと向こうの水平線に沈む夕日を……見に行こう」
彼らの向かう先には沈みかけた太陽。山際にまさに入り込もうとしている太陽と、周りに広がる一面の銀世界が、彼らの望む海の景色に似ていた。後ろから覆い被さろうとする波に揉まれながらも彼らは進む。安楽の地を求めながら、どこまでも、歩き続けるのだ……。
まだ二十代前半らしきその男は、左手で腹部を抑え、右手には鈍い光を放つ背丈ほどの銅剣を引きずりながら携えている。真っ白な雪原とまるで正反対な赤い血は、彼の歩いて来た道を点々と示していた。それの源泉となっているのは他でもない彼の体。乱雑に巻かれた白い包帯もまた、溢れる鮮血によりどす黒く染まっている。
(もう……だめだ)
彼はそう呟くと、膝を折り曲げてその場に倒れ込んでしまった。そんな彼を思いやることはなく、流れる血は止まることを知らない。その場がみるみるうちに血溜まりと化す。
頬を撫でる雪の感触を感じながら、彼はゆっくりと目を閉じた。かじかむ指は既に感覚がなく、冷たいはずの雪の絨毯も、彼には包み込むような暖かさを感じさせてくれた。
(無事、逃げてくれただろうか)
薄らぐ意識の中、彼は数時間前のことを思い出す。
彼の住んでいた村は一瞬で壊滅した。“トゥルストゥイ”と呼ばれる魔獣。外見は犬に酷似している。しかしそれを犬と間違える人間はいない。大きさが違うのだ。その魔獣は、大型犬より遥か数倍の大きさで、長い体毛は寒冷地によく適している。眼光は紅に光っていて、口から飛び出している牙は何ものでも噛み砕く。
魔獣とは、人間が、絶大な力を持つ人害になる動物に付けた総称である。それは太古より存在し、長年の歴史を見れば度々の衝突はあっても、概して平和に人間と共存してきた。魔獣は山や森で、人は川や平野で。それぞれの領域を守り、他を犯すことはなかった。
彼らが人を襲うようになったのは、ほんの数百年前からである。人口の増加で、食糧難や過密を打開するために人間は山林に侵出した。自分たちの利益のためだけに彼らの領域に侵入することは、彼らを怒らせるには十分すぎた。人は自分たちの力を過信し、彼らを力で制圧できると思っていた。だがその力は想像以上で、逆に魔獣の反撃に遭い、各地で村々が滅ぼされていったのだった。
一つ、また一つ。
彼らの怒りは収まることを知らず、遂には、本来の棲み処である山林から遠く離れたこの地にさえ魔獣の手が伸びたのだ。
村の防衛隊は、圧倒的な数と、圧倒的な強さをもつトゥルストゥイ軍団に一矢報いることなく全滅した。村に怒涛のごとく侵入したトゥルストゥイは、逃げ惑う人々に襲い掛かり次々とその牙にかけていく。
彼は、恋人に先に逃げるように言った。自分がしんがりをつとめ、少しでも逃げる時間を稼ごうと。恋人は泣いて彼にすがった。しかし彼は、涙を堪えて繰り返し言った。頑なな彼の目を見た彼女は「きっと無事で戻って」と、溢れる涙を浮かべながら走り去った。
彼は斬った。襲い狂う巨大な犬に真っ向から対峙し、敵の突進の勢いを利用して横からなぎ払うように剣を滑らせる。叫び声を上げることもできずにそれは倒れる。今度は側面から一頭が襲い掛かる。顔は正面を向けたまま体をスッと後ろに引いて軸をずらし、敵の牙を避けてから鈍重な剣を振り下ろす。首が弾け飛んで、それはただの血肉の塊と化す。
どれくらい殺めたのだろうか。元はといえば人間が原因になったこの闘争。牙を剥く相手に容赦をかけるのはおかしなことだが、なんともやり切れない思いが彼にはあった。自分は、この動物何十頭分の命の価値があるのだろうか? これらを手にかけてまで自分は生きる意味があるのだろうか?
彼は、時おりそんな思いに駆られていた。小さな頃から魔獣と戦う術を教え込まれ、訓練に明け暮れた毎日。何故、そうまでして彼らと戦わなければならないのだろうか?
彼はそう考えるたびに、心の底がきりきりと痛んだ。
だが、今日は違った。今の彼はそんなことはどうでもよかった。ただ、好きな人を守りたい。たったそれだけの、とてもちっぽけな理由。それでも彼には十分だった。
彼はその時知った。自分は何もできないのだと。長く続くこの闘争を終わらせることも、このかわいそうな魔獣たちを助けることも、生まれ住んだこの村を守ることも。自分は何もできないのだと。
ただ、一つだけできること。
それは、心より愛した人を、たった一人だけ守るということだ。
辛い毎日に一点の明かりを灯してくれた彼女。彼女のためなら、たくさんの魔獣を手にかけることも、自分の命すらも惜しくはなかった。彼は、その時、初めて自分の長年つちかった力を嬉しく思った。たった一人でも守ることができるのが、彼の短い人生のすべてを肯定してくれるのだから。
心地よい眠気のようなものがおそってきた。腹部の痛みも今や感じず、顔を横にすると、どこまでも続く白い雪原が広がっていた。太陽の光を反射して、それは金色に輝いているようだった。
(……ここは、天国か)
彼はそう考え、すぐにそれを嘲り笑った。自分が天国にいけるはずがないではないか。自分の犯し続けた罪は大きい。それは自分でも自覚している。自覚していながら自分はそれを止めなかった。止められなかった。これで、地獄に堕ちるには十分だ、と。
ならばまだ自分は生きているのか。神はまだ自分を連れて行ってくれないのか。これが罰なのか。ならばこんな罰も悪くはない。白く光り輝く海原に、一人永遠に浮かび彷徨い続けるというのも、悪くはない。これが罰だというのなら、自分は甘んじて受けてやろう。
海……か。
彼の頭には恋人の姿が鮮明に浮かんだ。長い髪を振り乱して砂浜を駆ける彼女。楽しそうに笑う自分。真っ赤な夕日が海岸沿いを照らし、その赤いカーテンに包まれた二人は熱く愛撫し合う。
そしてそんな幻が消えていくと同時に、彼の命の灯火も、また消えようとしていた……。
刹那、暖かい液体が頬を伝った。しかし、既に彼には首を動かす力も残っていず、それは無常に零れ落ちる。しかしまた一滴。いくらでもいくらでも流れ落ちるその液体は、彼の頬に一筋の川をつくった。
力を振り絞った彼は身体を仰向けに回転させ、空を見上げる。泣いている。青い空が、透き通る、深い青空が涙を流している……。
「……どうして、戻ってきた……?」
もう二度と、音を発することが無いと思われた彼の口から言葉が搾り出される。涙で目を真っ赤にはらした彼女は何も答えず、ただ、ただ、涙を流し続ける。
「逃げろと、言ったのに……」
虚空を仰いだ彼の瞳はゆっくりと彼女を捉え、しばらく見つめ合った二人は、すべてを理解した。
地面が震えている。そしてその揺れは段々と近付いてきている。彼女はおもむろに彼を抱き起こし、自分の肩に彼の腕をまわして歩き始める。
彼はもう何も言わなかった。そして、彼の目からも涙が零れ落ちた。しかし、もう彼女は泣いていなかった。ざくざくと雪を掻き分けながら、しっかりとした足取りで彼女は歩き続けた。彼も、今やほとんど力が入らないのだが、少しでも彼女の負担を軽くしようと雪を懸命に踏みつける。
奴らの雄叫びが聞こえた。仲間を大勢殺めた人間を、彼らは許す気はないらしい。
「……ごめんな」
彼は天を仰ぎ見るように言った。
「ううん。私、今も怖いけど、あなたが『先に逃げろ』って言ったときの方が、もっと怖かったから」
彼女は固い決意を示した凛とした目を残し、彼に笑顔を見せた。真っ直ぐと前だけを見据え、後ろは決して振り向かない。それは彼女の生き様そのものであり、彼が彼女に惹かれた一因でもあった。
「……。なぁ」
「ん?」
「今度また、一緒に海を見に行こう。遠く、ずっと向こうの水平線に沈む夕日を……見に行こう」
彼らの向かう先には沈みかけた太陽。山際にまさに入り込もうとしている太陽と、周りに広がる一面の銀世界が、彼らの望む海の景色に似ていた。後ろから覆い被さろうとする波に揉まれながらも彼らは進む。安楽の地を求めながら、どこまでも、歩き続けるのだ……。
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