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作品ID:111

こちらの作品は、「激辛批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。

文字数約3055文字 読了時間約2分 原稿用紙約4枚


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ふしじろ もひと 


こちらの作品には、暴力的・グロテスクな表現・内容が含まれています。15歳以下の方、また苦手な方はお戻り下さい。

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 激辛批評希望 / 初級者 / R-15 /

狂える大樹の唄

作品紹介

 狙いとしては、



・詩的で美しい文章を書く。

・徐々に主人公の人格が消えてゆく感覚を描く。



 といったところです。


 久方ぶりに訪れた故郷は、廃墟と化していた。

 重い灰色にくすんだ家屋が、巨大な生き物の残骸のように骨格をさらし、私に荒涼とした滅びを突きつけてくる。

「馬鹿な……」

 眼に映る光景が、信じられない。

 動くもののいなくなった山村。

 峰と峰の間に、水溜りのように集まる集落のひとつ。

 木造の壁も、屋根も、看板も、放置された荷車も、柔らかく朽ち、崩れかけていた。

 放置されて数十年――そんな憶測をせざるを得ないほどの荒れようである。

 いったい何があったというのか。

 私がここを飛び出したのは、ほんの数年前のことのはずだ。

 夢を見ていたのだ。遠く離れた都会の光に引き寄せられて。

 将来を誓い合った娘をも捨てて。

 そして、私が人の波の中で揉まれている間に、故郷はこんなことになってしまった。

 苦いものが込み上げてくる。

 無意味な罪の意識を感じているのだ。

 彼女は、どうなってしまったのだろう。

 そして、何がこの村を滅ぼしたのか。

 疑念を胸にしばらく歩き回っていると、腐りかけた建物にまぎれる形で、そこかしこに人間の体が転がっているのがわかった。

 奇妙なことに、その姿はまるで腐敗していない。硬く黒光りする肌は煤けてはいるものの、いまだに人としての質感を保っている。

 見知った顔ばかりだった。

 口元を押さえ、込みあがってくるものをこらえる。

 ――彼らは、生きていたのだ。

 かすかな息づかいが、愁々と村を満たしている。あるいはそれはうめき声だったのかもしれないが、あまりにも小さすぎて判別することはできなかった。

 目は薄く見開かれ、弱い光を宿していたが、それ以上何もできず、身じろきひとつ許されていない。

 そんな光景が、村中で広がっていた。

 彼らの腹部は、異様な変化を遂げている。不自然に丸く盛り上がり、硬く冷たい質感を宿していた。

 土色に変色した腹部の盛り上がりは、すぐそばの地面から伸びる木の根のようなものと繋がっている。

 同化しているのだ。

 前から同化されている者、後ろから同化されている者。ひとまとめで同化されている男女。腰掛けたまま同化されている老人。寝台の中で同化されている子供。

 中には、なにか迫りくる脅威を認識していたのか、古びた斧を振り上げた状態で倒れている者もいる。

 誰も死んでいないにも関わらず、その村は黒々とした静止状態に犯されていた。

 叫んだ。

 子供のころからの親友がいた。不自然に手足を投げ出して横たわる彼にとりすがり、必死にゆする。名を叫ぶ。呼びかける。

 しかし、彼は反応しない。ゆすられるのに合わせて、力なく首を振るばかりだ。

 私の中にある、滅びの原風景が顕在化したかのようなありさまだ。

 呆然と、村の奥へと進んだ。

 そうして――見つけた。

 路地の片隅に、朽ち果てた影がある。ほとんど白骨化した死体だ。

 近づいていって、調べた。

 服装から見ると、女なのだろう。槍の穂先で突き抜かれたのか、頭部や背中や腰のあたりには骨を砕いて貫通する大きな孔が穿たれていた。

 なぜ、この人だけが朽ちている――?

 他の人々は皆「生かされて」いるというのに、この女性だけがまっとうに死んでいた。

 仔細に観察する。

 彼女は、丸めた体の内側に籠を庇っていた。乳飲み子がちょうど納まる程度の、柔らかい布に満たされた籠だ。

 だが、庇われているはずの籠の中身は、空であった。覗き込んでみても、小さな屍すらなかった。

 母親が倒れた拍子に投げ出されたわけでもない。周囲には誰も倒れていない。

 そこまで見て取ったところで、私はあっと声を上げる。

 彼女の薬指には、見覚えのある婚約指輪がはめられていた。

 それは、私が



  《わたしは月が刻む時を喰べ、その身の裡に無限を孕む》



 瞬間、背後から、私の体を何かが貫いた。

 同時に、かぼそい聲が旋律の形をとって私の耳朶を震わせた。

 薄く、重く、小さく、惨く。

 楽しげな唄が、空間に沁み入っている。

 危険だ――と、生存本能が警告を発する。

 ここから離れろと騒ぎ立てる。だが、体は動かない。



  《己の肉を螺旋に紡ぎ、その節々にわたしを宿す》



 低く、高く、弱く、細く。あまりに純真な祈りの声がひしりあがる。

 発生の源は探すまでもなく。村の中央。井戸のある広場。

 そこに、優美な巨樹が生えていた。

 あんなものなど、あっただろうか。

 私の体を貫くこれは、あの樹の根なのか。



  《あなたはわたしを孕み、わたしはおまえを孕み、おまえはこの子を孕む》



 土色の幹は太く、硬く、健康的な光沢にあふれ、強靭な生命を誇っていた。

 枝は伸び伸びと無数の手を広げ、その指先には可憐な櫻を灯している。

 むせかえるほどの甘い香り。

 同時に、樹の根から何かが流れ込んでくる。



  《あぁ、その無限に連なる自己相似よ》



 それは、花の意志なのか。

 どこまでも、深く、深く、赤く、白く、火葬場の焔が凍り付いてできたかのような、その花弁は。

 かすかに、恥らうように震えていて。



  《だけどあなたよ、わたしにはあなたが見えないのです》



 すべての花が、震えていて。

 唄が響くたびに、震えていて。



  《だからわたしは自らの肉をこね、死にゆくこの地に根を打ち込んだ》



 流れ込んできて。混ざり合って。



  《そしてわたしは花弁を震わせ、見えないあなたを讃えるのです》



 それは、あまりに遠くて。



  《咲いた願いは、あまりに儚くて》



 汲々と躯を伸ばし、広げ、屹立し、



  《声を嗄らして、何度も呼ぶ》



 とうとうこの身に愛は宿らなかったけれど。



  《もう二度と、あなたに抱き締められることもないけれど》



 わたしはもう、このよろこびをはなさない。



  《そう心から思える自分が嬉しくて、唄はいよいよ加速する》



 だからこそ、見えないあなたを捜し求め。



  《硬い樹皮が、みしりと音を立てて》



 隠れるあなたと一つになるため。



   《幹に縦に亀裂が入り、無数の破片が落下する》

  《楽園が、出現する》



 わたしはもうこんなにも。



  《あたかも、巨樹全体が花開くかのように》

   《樹冠が四方に傾ぐ。枝が八方に垂れ下がる》

  《まるで、ひとつの巨大な花であるかのように》



 あぁ、もうこんなにも。



   《その内部には、白く、ちいさく、いとけない赤子の手があった》

  《ざらついた樹皮の内側に、無数の手がびっしりと密集していた》

    《あたかも、自らの存在を誇らしげに主張するかのように》

   《てんでに蠢き、うねり、のたうち回り》



 焦がれて、焦がれて、張り裂けそう。



     《彼らと融け合いながら、懐かしくも愛おしい姿を幻視する》

   《幼い肉の群れは、ひどく楽しげに》

      《唄に合わせて、絡み合い、舞い踊り、咲き狂う》

  《祝福の意を込めて、いつまでも、いつまでも》

   《そうして狂い悶える楽園の中で、私は  と再会する》

後書き

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作者 バール
投稿日:2009/12/16 23:57:53
更新日:2009/12/16 23:57:53
『狂える大樹の唄』の著作権は、すべて作者 バール様に属します。
HP『螺旋のモノリス

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