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作品ID:329

こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。

文字数約15208文字 読了時間約8分 原稿用紙約20枚


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小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし /

ストロボライト・トワイライト

作品紹介

不良、幼馴染、喧嘩、夕陽、河原、日常。


 夏の青い匂いをまだほんの少しだけ残した草むら。河川敷の対岸まで伸びる高架下は早くも薄暗くなって、落書きされたコンクリートの冷たさが空気に染みだしていた。

 十両編成の電車が頭上を轟音を上げて駆け抜けていく。あまりにも騒々しいので耳を塞ぎたくなる。

 でも、俺の両手には今、大事な役目があった。

 相手を徹底的に叩きのめすという重要な役目が。

 風化しかけたブロック塀の上では、俺の舎弟達と相手方の子分達が息を呑むようにこちらを見つめている。当事者の俺よりも緊迫した面持ちだ。

 隣町からやってきた相手の大将はガタイこそよかったものの、当初の横柄な口ぶりとは裏腹に大して喧嘩慣れしていなかったらしい。ほぼ無抵抗と言ってもよく、要するに弱かった。

 俺としてはあまり弱い者虐めはしたくなかったし、ここまで脆弱な相手だと、無用な拳を振るわないという俺のポリシーにも反する。しかし、舎弟の一人が、俺達のシマ(縄張り)を荒らしにきた相手方にやられ、ボロボロの風体で現れた時は流石に頭に血が昇った。複数にやられたと聞いたからだ。それは俺達、不良の間での流儀に反した姑息なやり方だった。誰が言い出したか、俺達の間では喧嘩は昔からタイマンだと決まっている。

 なので、怒り心頭に発した俺は単独で隣町に乗り込み、流儀通りに向こうの大将にタイマンを申し込んだ。決闘場所は二つの町の間に掛かるこの河川敷の高架下。相手が勝ったらこちらのシマをそのまま譲り、俺が勝ったら詫びさせる。至ってシンプルな提案だった。「上等じゃ、コラ!」と向こうも猛々しく賛同した。

 しかし、蓋を開けてみたらこれだ。とんだ肩透かしである。

「ゆ、許してくださぁい、ごめんなさぁい」

 相手が詫びてきたので、やり過ぎだろうかと思いつつも、ダメ押しの一発を顔面にぶち込んでやった。相手はぎゃっという悲鳴と共に地面を転がる。

 舎弟達が歓声を上げ、向こうの子分達が深い溜息をついた。

「さっさと消えろボケ!」

 俺が怒鳴ると、相手は飛び跳ねるように尻尾をまいて逃げ出した。あれだけ酷い負け様をしては、恐らく明日から地元の連中に無視される運命だろう。少し哀れにすら思える。残ってる連中を横目に睨むと、そいつらも大将の後を追ってすごすごと退散していった。

 なんとも後味の悪い喧嘩だった。弟分の一人が卑劣な手段でやられていたので、一応これで仁義を通した結果だったが、どうにも胸にしこりが残る。

 最近、このような腑抜けた連中ばかりである。それは何も喧嘩相手に限ることではない。

「いやぁ、さすが先輩っスね!」

「すげぇや、あのデカ物相手に怖気づく事無く向かってくなんて!」

「感動っス! 惚れ直したっス!」

 舎弟達が俺を囲み、興奮したように称賛する。

 だが、俺は一人残らず、歓喜に揺れるその頭を順々にド突いてやった。最高に腹立たしく、そして情けなかった。

「馬鹿野郎が! てめぇら、あんなシャバい連中も俺の手を借りなきゃ相手できねぇのか!」

 叩かれた頭を押さえながら全員黙り込んだ。ちらちらと互いを横目で見返しながら俯く。俺も久しぶりに血が昇っていたので、いつもなら見過ごすだけのその卑屈な態度にさらにムカッ腹が立つ。

「いえ、でもですねぇ、虎先輩……」 一人が消え入りそうな声で弁明を始める。

 ぷつん、と音を立て、かの有名な堪忍袋の緒が切れた。

 そいつの顔面に拳を放つ。きゃん、と無駄に可愛らしい声を上げて地に伏した。ひえぇぇ、と他の者が顔色を蒼くして後退りする。

「その名で呼ぶなと言ったはずだぞコラァッ!」 倒れたその頭を踏みつけて憤然と咆哮を上げた。

 今度こそ全員が沈黙した。執行された鉄拳制裁を目の前にして、全員がなで肩を震わせている。

 俺は自分の名前の『虎吾郎』という名前が大嫌いだった。理由云々以前に、生理的に受け付けなかった。自分の名前なのにセンスを疑ってしまう。舎弟達には専ら、先輩や総長、あるいはヘッドと呼ばせているが、しかし、その努力も報われず、俺にはいつからか『狂犬の虎吾郎』というはた迷惑な通り名まで付いてしまった。もはや犬なのか虎なのかも判然としない。もちろん、俺は犬も虎も嫌いだ。

 腑抜けの舎弟達にしばらく説教を垂れてから、ひとまず今日は解散させる。快哉な勝利を収めたはずの彼らは、しかし、とぼとぼと肩を落として帰って行った。

 俺も高架下から出て土手を登り、その途中の草むらの斜面に腰を下ろす。

 時刻は午後五時を回っている。空は既に暖かいオレンジ色に染まっていて、雲の輪郭を陽がくっきり照らし出している。立体的に映っているので、何故だか空が近く感じた。

 ここからは夕陽を思う存分眺めることができて、ガキの頃からのお気に入りの場所だ。

 赤い陽が河の水面に映ってきらきら輝いている。町の西側の遠く、工業地帯のほうに沈んでいく太陽はいつも綺麗で、左手の遥か彼方に見える山影すらも鮮明に映る。何本も突き出た工場や銭湯の煙突からは白い蒸気が吹き出して、夕焼け空にたちまち溶けていく。時々高架を通過する電車の音や、左手の橋を走る車のエンジン音、自転車で土手を渡っていく中学生の話し声が風景に馴染んでひどく心地良い。

 俺は夕陽が好きだった。眺めていると光の温もりが心にまで染みるような気になる。意外かもしれないが、俺はどちらかと言うと、センチメンタルな風情を大事にする繊細な男だ。

 溜息をついた。

 つまらない喧嘩だった。やはり、手を出さなければよかった。しかし、チームをまとめる者としての責任上、仕方ないことだ。

 最近はどうも調子が悪い。

 何をやっても虚しい。

 喧嘩に勝っても、舎弟に説教を垂れても、シマを堂々と闊歩していても、何も満たされない。

 柄にもないことを言うと、胸に穴が開いてしまったような感じ。

 空洞だ。

 そこでただ、自分の言葉と周りの音が響いているだけ。

 見えない手に喉元を絞められるような窮屈感。

 前はこんなはずではなかった。

 もっと毎日が楽しかったように思う。

 馬鹿笑いもできた。

 悪さもできた。

 平気で他人を傷つけることも、あるいはできた。

 しかし、どうだろう……、この虚しさは。

 泣きたくなる程ではないが、少し哀しい気もする。夕暮れ時にはその思いが一層強くなる。

 そんなうだつの上がらない感情に身を任せて、闇雲に喧嘩をしてみても治まる気配はない。かと言って、今の自分の心境を正直に子分達に吐露すればリーダーとしての面子に関わる。

 こうして静かに、独りで時化た街並みを眺めていると、自分が孤独だと錯覚することが時々ある。最初はそれを望んでいる節もあったが、時間が経てばすぐに人恋しさが露わになって来る。そして、仲間と馬鹿をやってその場を凌いでみても、また以前と変わらぬ(もしくは以前よりも強い)孤独と虚無感に襲われる。錯覚だと思ってみても、それは圧倒的な重力を伴って俺の心にのしかかってくるのだ。そしてまた、満たされない喧嘩に走る。悪循環極まりない。

 もしかして、独りで思い悩む自分に心酔しているのではないかと考えることもある。しかし、他人からそれを指摘されるのは怖い。なので、俺は今も表面では硬派で武骨な漢(おとこ)を装っている。「座右の銘は質実剛健」と顔をでかくしてあちこちで垂れてみたりしている。それで俺の後ろについてくる連中も増えに増えた。俺も当初は悪い気はしなかったし、理想通りの自分の姿に我ながら心躍ったほどだった。

 俺は頭を抱えて、意味も無く「うーっ」と唸ってみる。独りで考えているだけなのに、なぜか気恥かしく、そして情けない。苦い思いに舌打ちした。

 腑抜けは俺じゃねぇか!

 そうやって、ばりばり自分の身体を掻いていると、突然背後から声を掛けられた。

「なーにやってんの、トラちゃん」

 俺は機敏に振り向いた。と言えばカッコいいかもしれないが、単にびっくりしただけだ。

 土手の上で、ミスズがこちらを見下ろしていた。

「あぁ、なんだ、お前か……」 俺はごまかすようにふん、と鼻から息を漏らす。

「なんだとは失礼ね。こんなとこで一人で黄昏てんじゃないわよ」 ミスズは危うげな足取りで土手を下り、俺の隣に腰を下ろす。彼女が首に巻いている鈴がちりん、と鳴った。

 ミスズは俺の幼馴染である。俺の家の向かいに住んでいて、こうやって顔を合わせることもしばしばあった。ガキの頃にはよく一緒に泥だらけになって遊んだ仲である。

 こいつは変わった奴だ、というのが彼女に対する俺の評価だった。ミスズという名前に由来してかどうかはわからないが、昔からその細い首に鈴のアクセサリーをつけている。性格は勝気で怖いもの知らず、好奇心旺盛で厄介なくらい活発。曲がった事が許せない性質で、男勝りとはよく言うが、時々本当に男に喧嘩で勝ってたりする。俺以上にガサツな所もあるし、口煩い奴だが、しかし、一方では思いやりと愛嬌に溢れている奴で、寂しがり屋な一面もある。時折垣間見れるそのような仕草が可愛らしくもある。外見も良く、俺の舎弟達にも密かに人気があった。(彼らはミスズのことを姐御と呼ぶ)

 実は昔、俺はミスズに告白したことがある。まだ俺がほんの小僧だった時だ。当時の、幼稚ながらも熱く滾りまくった思いをすべて彼女にぶつけたのだ。まさに若気の至りと言うべき愚行だった。

 無情にも、小さな恋は叶わなかった。

 ミスズは澄まし顔で俺の顔面に張り手を食らわし、さらに噛みつくような勢いで逃げる俺を追い回した。肉体的、精神的な痛みにまだ身体の小さかった俺が声を上げて泣き始めると、彼女は無表情に一言、

「あたし、自分より弱い男の子なんか嫌」

 とさらりと吐き捨て、ロードローラーよりも徹底的に俺を打ちのめしたのである。

 思い出しただけで赤面ものの、冗談みたいな記憶だ。

 今思うに、俺がグレにグレた理由の根源がここにあるのではないかと思うが、当のミスズは、非行に走りだして物々しい武勇伝を轟かせ始めた俺に今も涼しい顔で接している。俺は今はミスズのことをなんとも思っていなかったし(どちらかと言うと過去のこともあって少し苦手だが)、彼女もきっと同じである。なので、親友と呼べる仲に落ち着いているのが現状だった。ちなみに、ミスズは俺の事を「虎吾郎」や「トラちゃん」などと呼べる数少ない内の一人である。

 彼女の無邪気な顔を見た瞬間に、俺は先程まで思い悩んでいたモヤモヤを打ち明けてみようかと考えたが、なんだか気が進まなかったので黙っている事にした。にべもなく辛辣に返されたら目も当てられない。

「さっき、そこであんたの子分達に会ったわよ」 ミスズは弾んだ声で言う。 「隣町の奴と喧嘩したんだって? なんか落ち込んでたけど」

「勝った」 俺は胸を張ってわざと得意げにする。これくらいオーバーなほうがいつもの俺に見えるはずだ。 「お粗末な連中だったぜ」

「ふぅん」 ミスズはつまらなそうに肩を落とす。 「負けたら面白かったのに」

「あぁ? どういう意味だよ」

 聞き捨てならない台詞だ。これには眉根を捻り上げて凄むべきだろう。うむ。

 誰もが震えあがる形相を瞬時に作って睨んだものの、しかし、ミスズは吹き出して、「変な顔」と俺を指差して笑い転げた。うっかりしていた、彼女に不良達の築き上げた威圧の技術は通用しないのだ。

 俺はその顔のまま、恥ずかしくなって固まってしまった。

「それにしてもトラちゃん、本当に飽きないねぇ、喧嘩するの」 笑いが一通り治まって、ミスズは言う。 「傷だらけだよ、身体」

「喧嘩の傷は漢の勲章だからな」

「それ、正気で言ってんの?」

「あ、あたりめぇだ」 グサリと刺さって、思わずどもった。

 ミスズの不思議そうな顔。彼女にしてみたら、喧嘩の傷も、針金で引っ掛けて出来てしまった傷も、おそらく同じ価値なのだろう。こういう価値の相違が、俺が彼女を少し苦手に思っている点だ。

「昨日、家に帰って無いらしいじゃない」 ミスズが唐突に言った。 「サツキちゃん、心配してたよ」

 ぎくりとした。きっと、顔に出てしまっただろう。

 彼女の言うとおり、俺は昨日家に帰っていなかった。夜更けまで地元の連中とつるんでいたのである。帰らないことなどしばしばあったが、その度にミスズは俺に説教してくるのでこの話題は危険だった。ミスズのお節介は夏場の暴風雨よりも激しい。

 しかし、俺が黙っていても、今日のミスズは何も言わなかった。彼女の表情は何時になくしおらしく、それだけでとても珍しい。

 何か話をしにわざわざここまでやってきたのだろう。俺は瞬時に思い至った。

「どうしたんだよ」 少し不安になって俺は声を掛ける。

 しかし、彼女は目を河川のほうに向けたまま、時が止まってしまったように動かない。

 嵐の前の静けさのようで恐かった。

 俺はしばらく、その思いつめた横顔を見つめる。

 もしかして……。

「腹減ったのか?」

 俺が言うと、ミスズはきょとんとした後に、今度は盛大に吹き出した。声を上げてまた笑い転げる。

「あんたと一緒にしないでよ!」 彼女は目を擦りながら、ひぃひぃと苦しげに言った。

 あぁ、くそっ、心配して損した……。

 俺は舌打ちしてすぐさま後悔したが、それにしてもミスズの様子は変だ。どことなくぎこちなさを感じる。壊れかけた人形のような、自然を取り繕うとする不自然さがある。

 また彼女の笑いが治まるまで待たなければならなかったので、俺はむすっとしながら、翼を広げて赤焼けの空を滑るカラスを眺めていた。ミスズは首元の鈴をリンリン鳴らしながら笑い続けた後、やがてゆっくり呼吸を整え、そしてまた静かになった。

 俺はミスズの言葉を待つ。陽は恐ろしいほど早く暮れようとしていた。

 平静。

 その表現がよく似合う沈黙だった。

「あたしね、引っ越すかもしれない」 彼女はそのしじまの中で、ぼそりと呟いた。

 当然、その言葉は一瞬の空白の後に、俺の胸の内を激しく騒がした。

「あ?」 無様にも、俺が発することができたのはその声だけ。

 目は既にミスズの沈んだ横顔に向いていた。

「家の都合でね……、違う町まで行くんだと思う」 ミスズは笑っていない。冗談ではないということ。

 地上にいながら、溺れているような息苦しさ。

 大気が凝固して窒息してしまいそうな辛さ。

 ミスズの言葉の実感をはっきりと確かめたのは、その時になってようやくだった。

「いつになるかわかんないけど、でも、年内にはたぶん……」

「なんだよ、それ……」 突然過ぎて、俺は混乱しながらも口許を吊り上げて問う。なんとか笑おうとしていた。冗談だと信じたかったのだ。

「だから、家の都合だって……。詳しいことはわかんないよ、あたしにも」 ミスズは顔を上げて、こちらを睨んだ。

 彼女の黒目がちな瞳に映る、太陽の最後の足掻き。

 綺麗なはずのその光は、彼女の瞳に浮かんだ水分のせいで寂しげに揺らいでいた。

 俺は息を詰まらせる。

 彼女も何も言わない。

 どくん、どくん、と荒ぶった自分の鼓動を聞いていた。電車の騒音が時々響いたが、それに勝るほど俺の心臓は今、重い音を打っている。

 引っ越す?

 つまり、もう会えなくなるということか……?

 頭が鈍いという自覚はあるが、その言葉の意味がわからないというほどではない。しかし、突然にそんなことを告げられても何と答えればいいのかわからなかった。

 勘違いされているかもしれないが、俺はミスズの事が嫌いではない。確かに昔の事もあって苦手な部分もあるが、彼女は間違いなく気心知れた俺の幼馴染だ。親友である。その彼女がいなくなるという事実がとても信じられなかった。当たり前のように顔を合わせてきた日々を思い返す。

 彼女がいなくなったら、俺はいったいどうなるのだろうか……。

 緩やかに流れる川面を眺めた時、そんな疑問が一瞬頭をよぎった。きっと、日常は何も変わらないだろう。むしろ、口煩い存在が無くなって今より平穏になるかもしれない。少し可笑しく思えたが、もちろん笑えはしなかった。笑えるわけがない。

 ちょっと、待て……。

 俺は空気だけを吐く。

 動揺している自分がはっきりわかる。変な言い方かもしれないが、それを冷静に認識できた。

「仕方ないよね……、引っ越しは嫌だけど、でも、家族だもん」 独り言のようにミスズは呟く。

 彼女は「家族」という言葉を好んでよく使った。その言葉を口にする時、ミスズは決まって寂しい微笑みを浮かべている。

 ミスズには、生後すぐに産みの親から捨てられたという経歴がある。彼女は施設育ちの拾われ子なのだ。彼女が寂しがり屋な理由は、その自覚がほとんどを占めているに違いない。

「トラちゃん、家に帰りなよ、ちゃんと」

 彼女の話題は唐突に切り替わったが、俺はもちろん、そんな話をしたいわけではない。

「帰りを待ってくれてる人がいるっていうのは、すごく幸せなことなんだから」

「今、関係ねぇだろ、そんな話……」 俺は目線を逸らしてぶっきらぼうに言った。

 何故だか、とても腹立たしかった。空白の頭に小さく芽吹いた程度だったイライラが、秒速三百キロほどの速さで膨張していく。すぐに俺の理性のキャパシティは限界を迎えかける。

「関係無いとかそんなんじゃなくてさ、心配してんだから」

 そんな鬱陶しいお節介に、ぷつん、と糸が切れた。困ったことに、しょっちゅう切れる。そういう性分なのだ。

「うるせぇなっ! 今はてめぇの話のほうがよっぽど重要なんだよ!」 俺はいきり立って怒鳴る。 「ふざけんな、引っ越しってなんだよ! いなくなるってことかよ? そんなん俺は認めねぇぞ!」

「だって、仕方ないじゃない!」 ミスズも憤慨して立ち上がる。 「あたしだってこの街から、皆から離れたくないよ!」

「じゃあ、そんな家なんて出ちまえ、バーカッ!」 俺も傾斜に立ち上がって叫んだ。

 しかし、そんなこと、彼女に出来るはずもないということはちゃんとわかっていた。ミスズは家族のことを心底愛しているのだ。

 でも、一度火が点いてしまった俺はもはや抑制が利かなかった。勢い付いてしまって、それまでの思い悩んで溜めこんでいた鬱積も、突然の転居を報せられた困惑も全て彼女にぶつけてしまっていた。

「行きたくもねぇのに“仕方ない”で済ましやがって、そんなにこの街に愛着ねぇのかよ! 本当に嫌なら、あんな家出て、他の連中みたいに外で暮らせばいいだろうが!」

 彼女の頭にさらに血が昇っていくのが見てわかった。

「そんなの出来るわけないでしょ、馬鹿っ!」

「馬鹿で悪かったなぁっ! それにてめぇ、元々は捨て子なんだから、本当の家族なんていねぇだろうがよ! それなのに事あるごとに家族、家族って、お前のほうが馬鹿みてぇだよ! 何をそんな――」

 しかし、俺は言い切る前に、彼女の強烈な張り手を頬に食らっていた。あまりの衝撃に俺はバランスを崩し、そのまま土手の斜面を転がり落ちる。

 反響音の凄まじい頭を上げて、目を白黒させながら土手を見上げた時、俺は心の底から後悔した。とんでもないことを口走ってしまった、と恐ろしい実感が後からやって来たのだった。

 ミスズは唇を噛みながら大粒の涙を零して、こちらを睨み下ろしていた。

「ミスズ……」 俺はうろたえて声を掛ける。

 彼女は一旦深呼吸したかと思うと、弾丸のように斜面を駆け下りてきた。ぎょっとして俺は尻餅ついたまま逃げようとしたが、時既に遅し、ミスズの鋭い飛び蹴りを背中に食らっていた。その威力たるや、まるで建築物解体の鉄球を喰らったかのようだった。

 俺が悲鳴を上げるのにも構わず、ミスズは倒れた俺の上に跨って次々に張り手を顔面に放ってくる。堪らず身悶えするも力が入らず、俺は為す術なく制裁を受け続けた。無抵抗になっても彼女の暴力は止まなかった。

 ミスズは何か喚きながら俺の顔をしこたま腫らした後、ふと手を休めて、鬼のような形相のまま荒い息を繰り返した。すっかり戦意喪失していた俺はその様子をただ見上げていた。

 彼女は震える両手を顔に当てて、啜り泣き始める。その手の隙間から垂れた雫が、俺の腫れ上がった頬に降った。熱い液体だった。

 電車の轟音が過ぎていく。

 その後に残る、余韻。

 夕陽の切なさ。

 暴言への悔恨。

 ミスズの鼻を啜る音。

「悪かった」 俺は息も絶え絶えに声を絞り出す。

「許さない」 しゃっくりに紛れた、彼女の割れた声。

「言い過ぎた……、マジで、すまん」

「許さない」

 彼女の真っ赤な両目が現れて、こちらをキッと睨んだかと思うと、トドメの一発が俺の頬を直撃した。危うく意識が飛ぶところだったが、何とか持ち堪えた。

 ミスズは立ち上がって、打ちのめされて河川敷に伸びきったままの俺を置いて、さっさと土手を駆け上って行った。河川に突き落とされないだけマシだったかもしれない。去っていくミスズを、俺は倒れたままぼんやり見送った。

 やがて土手の向こうに見えなくなった彼女を諦め、いよいよ暮れかけていく空を仰ぐと、早くも輝き始める一番星を見つけた。それをずっと眺める。

 まったく、なぜこんなことになってしまったのか……。

 俺は苦い溜息をつく。身体を起こす気にもなれず、ただただ寝転んだまま、両頬の痛みを噛み締めた。

 なんたる失態……。

 なんたる所業……。

 一番星が霞んで滲む。俺は目に浮かんだ涙を汚れた腕で拭った。しかし、自分があまりにも情けなく、そしてミスズのことが悲しくて、どんどん涙は溢れてくる。

「質実剛健……」 つん、とする鼻を啜りながら、俺は泣いた。延々泣いた。

 何が質実剛健だ……、腑抜け野郎。





 ◇





 それからしばらく経ち、陽が完全に暮れ、真新しい闇が夜を覆いだした頃。

 俺は街を駆け抜けていた。暗い路地を幾つも抜けて、ストロボのように明滅するネオンを過ぎていく。雑居ビルの裏路地では怪しげに目を光らせてこちらを睨む者達もいたが、俺の顔を確かめると皆一様に目を逸らした。そのほとんどが一度は俺にぶっ飛ばされている連中だ。俺の顔は広い。子分達に出くわさなかったのは幸いだった。

 走りながら、ひたすらミスズの事を考えた。

 彼女を傷つけてしまった。

 最低の言葉で……、しかも、それをわかっていながらだ。

 ちゃんと謝らなければいけない。それだけを思って、彼女の行きそうな場所へ片っ端から奔走したが、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。

 その途中、過去の雪辱を晴らそうと果敢にも俺の前に立ちはだかった男(名前は覚えていない)がいたが、駆けたままの飛び蹴りで難なくノックアウトを奪い、胸倉を掴んでミスズを目撃したか訊いた。しかし、そいつは怯えて首を横に振るばかり。他にも日頃街をうろつく連中に尋ね回ったが、誰も見ていないという。

 まさか、自殺紛いの行為に走っていないだろうな、とますます不安に駆られた。しかし、ミスズの性格を鑑みるにそれはあり得ないとすぐに思い至る。いや、だが、それぐらいのショックを与えてしまったかも……、と俺の推測は罪の意識と共に果ての無い迷宮模様を描く。

 いったい、どこにいるのか……。

 汗だくになって、俺がふらふらと地面にしゃがみ込んだのは日没から約二時間後。場所は駅前デパートの脇の薄汚い路地だった。街灯の光が届かない夜の闇の中で、俺は呼吸を整える。

 なぜあんなことを言ってしまったのか、という罪悪感で心苦しい。よりにもよって彼女の一番デリケートな部分を傷つけてしまった。彼女の内面の脆さを知りながら、一時の感情の起こりで取り返しのつかないほど壊してしまった。他人から馬鹿、馬鹿と言われ続けてきたが、これほどまでに自覚したのは初めてだった。自分に唾を吐いてやりたいくらい、嫌悪した。

 そういえば、今までミスズが本気で怒った時、その激怒の理由は必ず彼女自身の生い立ちに関したことだった。その部分を少しでも侮辱されると彼女は烈火の如く怒る。まぁ、当然の感情だが、ミスズの反応は過剰とも言えるくらいに激しかった。

 そしていつも、喧嘩相手(ほとんど男だが)をボロボロに打ち負かした後、ミスズはよく泣くのだった。その姿を今日だけでなく、俺は何度か見かけたことがある。そうやって自分を整理しているのか、それとも何かが恨めしくて泣いているのか、誰にも理解できない彼女の感情だ。

 その涙の理由の片鱗に、今日、触れることが出来た気がする。

 代償は高かったが……。

 腫れあがった俺の頬のことではない。ミスズとの仲のことだ。

 俺はまた泣きたくなった。

 死にたいとすら思ったが、幸いそんな勇気はない。

 ミスズが引っ越すという事実をまた冷静に考えてみた。時期はわからないが、そう遠くない内にミスズと別れるということ。ガキの頃から一緒にいたあいつが、いなくなるという事実。

 嫌だ。離れたくない、と今度ははっきり思えた。

 若干落ち着いたので今はそうでもないが、聞かされた時は彼女の家族が憎いとすら思った。先程の河川敷での暴言はその感情に起因している。彼女を連れて行ってしまう存在が許せなかった。しかし……、やはり、ミスズにはその家族しかいないのだ。今の想いはどうあれ、それが結果的にミスズの幸福に繋がる。仕方のないことだろう。

 ただ、俺は、我慢ができなかった。

 仕方ないという卑屈な諦めで、あっけなくこの街から、俺の前から離れようとしているミスズのことが。

 否、その程度の存在に見られていた俺自身に。

「仕方ねぇよ……」 俺はぽつりと、嘲笑を浮かべて呟いた。

 浮かんでいた涙を払った。

 近頃、俺が抱えていた得体の知れない悩みの根源が一瞬だけわかった気がした。誰かにこう見られたい、こう見られたくないという執着が、俺を苦しめていたのではないのだろうか?

 ミスズの泣き顔を思い出す。頬に降った涙の熱さがまだ残っていた。

 俺に出来ることといったら――、やはり謝る事しかない。それしかないのだ。

 ふと、俺は気付く。

 そういえば、他人についてこんなに深く考えるのは久しぶりじゃないか?

 夜空を見上げると、こちらの気も知らずにお月様が全開で輝いていらっしゃる。思い切り引っ掻いてやりたい衝動に駆られたが、そんなことができるはずもなく、そもそもお月様は何も悪くない。

 やり切れない思いに歯軋りしながら、その満月を眺めた時。

 もしかして――、と突然閃く。

 まさか……。

 俺は思わぬ発想にしばし呆然とした。

 とっくに、家に帰っているんじゃあ?

 そうだ、その可能性を考えていなかった。

 俺は再び立ち上がった。

 馬鹿か俺は、と自分を罵って、また駆けだした。





 ◇





 彼女の家(つまり、俺の家のお向かいさんだが)は、駅からそう離れていない住宅街の一角に建つ、小奇麗な白色の二階建ての家だ。

 俺はそこまで全速力で駆けつけたものの、さてどうしようかと門前で往生した。もし本当に帰宅していたとしても、呼び出せるわけがない。かと言って、無断で敷地に侵入するわけにもいかない。ここの主人はお向かいさんにも関わらず、えらく俺の事を嫌っている。俺が彼女に付きまとっているという見当違いの妄想を膨らましているのだ。まったく、迷惑な話である。

 ちくしょう、と独り悪態をついていると、頭上から聞き慣れた鈴の音。見上げると、突き出たベランダの縁にミスズの顔が見えた。彼女の泣き腫らした目許の赤みが、街灯の白い光に照らされて鮮烈に浮かんでいた。

「何やってんのよ、そこで」 彼女は明らかに無表情を繕って、棘のある口調で言った。

「すまん、俺が悪かった」 俺は言った。

「何が」

「お前を傷つけた。詫びを入れたい」

「別に……、気にしてないし」 ミスズはそっぽを向く。

「嘘つけ」

「嘘じゃない」

「それが嘘だろ」

「うるさい! もう、放っといてよ!」 彼女の口調が、まさに牙を剥いて変貌する。

「放っとけるか! あんなに泣かれたら、もうどうしたらいいか……」

「だから、放っといてって言ってんの!」 彼女は威嚇するようにその身をベランダから危うげに乗り出す。

 勢いを乗せ過ぎた彼女の身体が、ぐらりと揺れた。

 俺は黙った。正確には、手摺から落ちかけたミスズに肝を冷やして息を呑んだだけだったが。

 彼女は本当にびっくりしたように、蒼白な顔をして、腕を突っ張って必死にベランダの内側へ身体を戻す。なんとか助かって、二人で安堵の息をついた。

 しばらく、気まずい沈黙。

「馬鹿か、お前は……」 いたたまれなくなって、俺は呟く。

「あんたに言われたくないわよ!」 ミスズは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 あまり騒がしくすると、ここのご主人が勘付いて出てきてしまうので、俺は彼女に「しーっ」とジェスチャーをする。しかし、彼女は構わず騒ぎ立てた。

「何よ、おめおめと顔出して! 女のあたしに負けてさ! 口だけ野郎! 明日になったら、あんたの子分達に全部言いふらしてやるからね!」

「あぁ、いいさ。それでお前の気が晴れるんなら」 俺は力無く頷く。

 拍子抜けしたのか、ミスズは口を噤んで俺を見下ろす。

「な、何? 開き直り?」 ふふん、と彼女は息を漏らす。 「情けないわね」

「俺のメンツより、お前が許してくれるかどうかのほうが大事だ」

 彼女は言葉を失くしたかのように、気の抜けた顔で俺を見下ろす。

「だから、ごめん」 俺はもう一度言った。

 頭を低く垂れる。真面目に詫びを入れるなんて、久しぶりのことだ。

「俺、よくわかんねぇけど……、たぶん、お前がいなくなるのがすごい嫌だ。言い訳にしかなんねぇけど、それでカッとなって、つい、ひでぇこと……、お前、あんだけ、気にしてたのにな。ごめん」

「トラ……」 ミスズの声が降ってくる。

 俺は恥ずかしいやら、情けないやらで、下げた頭を上げられなかった。

「お前の言う通り、俺って口だけの奴なんだよな。昔、お前に喧嘩で負けて、それで強くなろうとしたけど……、駄目だったな。肝心な時になると、心にもねぇこと言っちまって、自分のことだけしか考えてなくてよ……、俺、もう嫌になってるんだ、自分が……、舎弟達の前ではでかい顔してるが、本当は空っぽさ、俺なんか……、それを否定しようとしてたけど、でも、たぶん、誰かに気付いてほしかったんだ……、ミスズは俺が弱いってこと知ってるし、昔と変わらずに俺に接してくれるから……、俺、お前のこと親友だと思ってるからさ……、だから、仕方ねぇことなんだけど、やっぱりお前とは離れたくねぇって思って、そんで……」

 俺は思い切って顔を上げた。そうでないと泣いてしまいそうだったからだ。

「だから、だから俺……って、いねぇし!!」

 ベランダにミスズの姿は既に無く、所在無げに月が浮かんでいるだけだった。

 おぉぉい、と地団駄を踏んで、ぽかぽか自分の頭を叩いていると、鈴の音が聞こえた。

「うるさい! 静かに」

 気付くと、ミスズは庭の塀から出ようとしているところだった。向こう側の屋根伝いに降りてきたのだろう。身軽な奴だ。

 俺はというとあまりの気恥かしさに身体が固まってしまって、彼女を凝視しているだけだった。

 ミスズは音も無く路上に降り立ち、俺の前まで歩いてくると、黙ったまま、俺の頬を平手で打った。

「え、えぇ?」 俺は打たれた頬を押さえ、困惑して返すだけだった。

「ちまちま泣き言ばっかり垂れ流して、それで許されると思ってるの?」 ミスズは冷たい顔でぴしゃりと言い放つ。

「いや、だから、それは」

「言い訳すんなっ!」

「はいっ」 俺は軍人のように直立する。舎弟達に見られれば完全に立つ瀬を失うだろう。

 彼女は、はぁっと溜息をつき、夜空を見上げる。 「馬鹿よねぇ……」 ミスズは呟く。 「二人揃って……」

「あぁ」 鼻を啜って、俺もそちらを見上げた。澄んだ空気だった。

 しばらく二人で黙り込で、月を見上げていた。遠くで踏切のメロディと、電車の過ぎる音が響いた。

 ミスズはふと首を傾げる。鈴がちりんちりんと鳴った。哀しげに聞こえる音色だった。

「ミスズ……」 俺は彼女を見据えてもう一度頭を下げた。 「ごめん」

「いいよ……、本当に、気にしてないから」 ミスズは固く張り詰めた表情をふっと崩して笑った。 「あたしのほうこそ、ごめん」

「いや、お前は何も……」 俺は頭を掻く。 「それより、引っ越しはやっぱりあるのか?」

「うん。たぶんね」 ミスズは白い壁面を見上げる。 「トラちゃんには真っ先に言わなきゃって思ったんだ」

「あぁ」

「親友だもんね」 ミスズが明るく笑った。いつもの笑顔だった。

 俺は気付かれないように、安堵の息をついた。

「トラちゃん、またあたしに負けたね」 ミスズは悪戯っぽい口調で言った。そして、芝居がかったように声を変える。 「あたし、自分より弱い男の子なんか嫌?」

 俺は急に押し寄せたトラウマに、思わず舌打ちした。「まだ覚えてやがったか……」

「当たり前よ。ていうか、トラちゃんも覚えてたんだね」 彼女は可笑しそうに笑った。

 そう言われたから俺は、お前に認められる為に、こうして。

 それを言いかけて、俺は必死に堪えた。もし口にしてしまったら、と一種の危機感さえあった。今更、そんな昔の恥ずかしい感情を伝えても何の意味もない。

 ミスズは親友だ。その今の俺の想いに偽りはない。

「でもね、トラちゃんは弱くなんかないよ」

「え?」 俺は驚いてミスズを見る。

「優しいからさ……」 ミスズはまた鈴を鳴らす。 「強いから優しいんだよ、きっと」

 俺はぼんやりと彼女を見る。

 彼女はくすくす微笑むだけ。

「家、帰ってあげなよ」 ミスズは言った。 「サツキちゃん、心配してるから」

「お、おぅ」 俺は我に返って、生返事した。

「絶対よ。約束だからね」 念を押すようにミスズがずいっと迫る。

「わ、わかった」 気押されて俺はもう一度頷く。

「ミスズ」 男の声がした。

 見ると、ミスズの家の旦那さんが玄関の扉を開けて立っていた。険しい顔で俺を睨んでいる。

 あちゃあ、と俺は声を漏らした。

「早く入りなさい」 彼はミスズへ手招きする。

「うん」 鈴をりんりん鳴らしてミスズは返事をする。玄関のほうへ脚を運んだ。 「じゃあね、トラちゃん。心配かけてごめんね」

「ああ、大丈夫。俺の方こそ悪かったな」 俺は手を振ってそれを見送る。

「また明日ね」

 彼女は旦那さんが開けた扉の隙間へするすると入って行った。旦那さんは俺の方を訝しげに睨み、「しっ、しっ」と手を払って扉を閉めた。失礼な奴だ。





 ◇





 残された俺はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて脚を街の方へ踏み出す。が……、ミスズとの約束を思い出して、やっぱり思い留まった。

 どうしたものかと考える。そういえば、今日はえらく疲れた。くたくただ。腹も減っているし……、帰るのも悪くはないかもしれない。

 そういった次第で俺は向かいの家の玄関の門をくぐり抜ける。

 扉はもちろん、開いていない。仕方なく、俺は我が家の庭のほうへ回った。植木の茂みを越えて、庭の芝生に立つと、居間に通じる二面の窓から室内の光が漏れている。テレビの雑音も聞こえた。

 俺は少し躊躇ったが、意を決して窓の前の縁に飛び移り、中を覗く。

 サツキが頬杖をついてぼんやりテレビを見ていたが、こつこつ窓を叩く俺に気付くと、はっと腰を上げて窓を開けた。美味そうな夕食の匂いが一緒に流れ出てきた。

「お母さん! トラ、帰って来た!」 サツキは叫んで俺を軽々と抱き上げる。

「ちょ、苦しい……」 俺は呻く。

「どこいってたの? 心配したんだから!」 小学生のサツキは力加減を知らず、俺を強く抱きしめた。 「お腹空いてるでしょ? すぐにご飯あげるからね」

 サツキの綻んだ顔を見上げると、なんだか胸がすっとしたような気がした。



 俺は俺だ。

 かっこつけたって、そんなもんの中に強さなんてない。

 自分の弱さを受け入れることができれば、その上で他人に優しくできれば、誰だって強くなれる。

 俺は唐突にそんなことを考えた。

 

 俺はサツキを安心させる為に、「ニャーオ」と元気よく鳴いてやった。

後書き

未設定


作者 まっしぶ
投稿日:2011/05/20 00:41:35
更新日:2011/05/20 00:47:44
『ストロボライト・トワイライト』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。
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作品ID:329
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