小説鍛錬室
小説投稿室へ運営方針(感想&評価について)
投稿室MENU | 小説一覧 |
住民票一覧 |
ログイン | 住民登録 |
作品ID:335
こちらの作品は、「お気軽感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約4762文字 読了時間約3分 原稿用紙約6枚
読了ボタン
button design:白銀さん Thanks!※β版(試用版)の機能のため、表示や動作が変更になる場合があります。
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「アキラ」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(280)・読中(1)・読止(2)・一般PV数(775)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
小説の属性:一般小説 / 未選択 / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし /
アキラ
作品紹介
失恋、雨、自殺、妄想、異常者。
勢いです。短いです。
勢いです。短いです。
しきりに窓を伝う雨の雫を、ぼんやりと膝を抱えて眺める。
街はほとんど日が落ちて、厚い雨雲もあってか、灰色に薄暗い。不吉な色だった。
照明を落としたわたしの部屋の壁には、今はもういないアキラの肖像画が掛かっている。わたしが彼を座らせて描いたものだった。アキラは照れ臭そうに笑っていた。
そう、アキラはもういない。
彼は死んでしまった。
あの娘を守る為に……。
どうして?
どうして、死ぬ必要があったの?
わたしは幼いころから、アキラを知っている。
彼は優しかった。
心の底から誰かの為を思える、優しい人だった。
笑顔が眩しくて、昔から背が高くて、かっこよくて。
誰よりも優しい男の子だった。
だから、死んでしまったの?
優しいから?
アキラみたいな優しい男の子が、簡単に死んでいいの?
彼が死ぬなんて……。
わたしは窓辺から立ち、落ち着かず、今度はベッドの上に腰を下ろす。
雨の音が部屋の中に木霊している。
強くなったり、弱くなったり。
ざぁざぁと、ぱらぱらと。
膝の上に両手を置き、しばらく俯いていると、もう枯れたと思っていた涙が滲んだ。
それが、雨樋を伝う雫のように目頭に流れて、わたしの手の甲に降る。
「俺はあいつを守りたいんだ」
そう言って、アキラはあっけなく死んでしまった。
わたしの本当の気持ちになんか気付かないまま。
もう永遠に会えない。
もう永遠に伝わらない。
あぁ……、どうして……。
幼い時からずっと傍にいたのに。
どうして、わたしは言えなかったのだろう?
否、言えないに決まっている。
アキラはずっと前から、あの娘のことが好きだったから。
わたしも、いつからかそれに気付いて。
後ろ手を組んで佇みながら、爪先で地面を蹴って。
ちょっと恨めしく思いながら、見て見ぬふりしてたんだもんね。
当然かな。
あの娘はわたしと違って素直だから。
わたしもあの娘、羨ましいって思うわ。
でも。
でも、死んじゃうなんて、誰が予想できたの?
こんなのって……、あんまりじゃない!
少し寒かったので、シーツを引っ張って頭から被った。
絶え間ない雨音に耳を傾けながら、わたしは昔を回想する。
時々、どこかで車のクラクション。
そう、わたしがここでこうしていたって、世界は当たり前に進行している。
死んだアキラを残したまま。
昔、アキラをこの部屋に招いたことがある。
まだ本当に、わたし達が子供だった時。
アキラは物珍しそうに部屋の中を見回していた。
「女の子の部屋って、俺、初めて入ったよ」
彼は屈託の無い笑顔を向けて言った。
そう、ちょっぴりだけ、あの娘からアキラを独占できた気がして、わたしは意地悪な優越感に浸っていた。
誰かに見せつけたいと思って、近所に住むユーコも呼んだ。
ユーコはすぐにやって来て、二階にあるわたしの部屋まで上がると、驚いたように立ち尽くした。
「今日はね、アキラ君が来てるの」
わたしは得意げに紹介した。
「こんにちわ」
アキラも人懐っこい笑みを浮かべて、ユーコに挨拶した。
ユーコは絶句したまま、少しだけ頬を引き攣らせ、肩を竦めた。
あの頃が懐かしいな……。
わたしは目許の涙を拭う。
せめて、気付いてほしかった。
こんなに好きだったっていうこと……。
今も忘れられないんだよ?
そりゃあ……、あの娘だって、わたしから見ても、すごい良い娘だと思うわ。
でも、わたしはずっとあなたの傍にいたのよ。
一緒に笑い合ったり。
泣いたり。
時々、喧嘩したかもしれないけど。
あの日々が。
なんでもない友達同士としての日々すらが、今ではとっても眩しいの。
胸が苦しい。
堪らない。
誰か、助けて。
「アキラ……」
わたしの口から、彼の名前が滑り出す。
息苦しさに似た窒息感。
愛する対象が消えてしまった者に残された道は何だろう?
この苦しさを引き摺って生きることだろうか?
きっと、そうなのだろう。
わたしは声を上げて、泣いていた。
子供のように。
独り。
暗い部屋で。
あの娘も、わたしと同じ気持ちなんだろう。
いえ、きっと、わたしよりも辛いに決まってる。
それでも、あの娘は前を向いて生き続けるだろう。
だって、アキラが救ってくれた命だもの。
アキラにとってのヒロインは、あの娘だけだもんね。
アキラが死んだ時。
わたしやあの娘だけじゃない、皆、哀しんでた。
ユーコだって、寂しそうにしていた。
皆、彼のことが好きだったのだ。
それが、今ではわかる。
わたし、馬鹿みたい……。
でも、今も抱き続けている想いに嘘はない。
今でも、わたしはアキラを愛している。
胸が張り裂けそうなくらい、苦しんで、彼を愛している。
愛する人がいなくなった者に残された道は……。
たぶん、あの娘のように生きることなんだよね。
でも……。
もう、疲れちゃった。
わたし、あなたのいない世界になんて、興味無いわ。
だから……。
あなたは怒るかもしれないけど。
こんなわたしを、許して。
もう無理だよ。
あなたを忘れて生きることのほうが、よっぽど辛いんだから。
だから、わたしはテーブルに置かれた大量の錠剤を飲んだ。
睡眠薬だった。
致死量は飲んだはず。
死ぬってどんな気持ちなんだろう?
わたしは、ぼんやりと、シーツを被ったまま目を閉じる。
いつの間にか体はベッドに倒れていた。
気が遠くなっていく。
独りで。
涙を残したまま。
暗い部屋の中。
雨音が続いている。
死ぬ時って……、やっぱり怖いのかな?
でも……、きっと向こうにはアキラがいる。
だから、たぶん、怖くはない。
ただ、少し、寂しいだけ。
何か、大事な事を忘れていた気もするんだけど……。
あぁ、眠い。
泣き疲れちゃった。
もう、誰もわたしを起こさないんだろう。
いいけどさ。
早く……。
会いたいなぁ……。
あなたに……。
そう、そしたら。
今度こそ、あなたに……。
伝え……。
――――。
優子は高校からの帰りに警察から事情聴取を受けていた。
冷たい雨の降る日の事で、もう辺りはすっかり闇に包まれていた。その暗闇に沈んだ住宅街を街灯とパトカーの回転するランプが照らしている。
幼馴染の夏美が自殺を図った。未遂に終わったものの、搬送された病院ではまだ目を覚まさないらしい。
「何か動機に心当たりはありませんか?」 刑事が手帳を片手に尋ねる。
「さぁ……」 優子は首を傾げて答える。 「最近、全く会ってなかったし……」
夏美は去年から自室に引き籠ったきり、外を出歩かなくなってしまったのだった。彼女の両親が手を尽くしたものの、外界との接触を拒み、とうとう学校も留年する羽目になってしまったのだ。会えるはずがない。
彼女が引き籠っていたという情報は刑事達も認識していたようで、その引き籠りの理由を気にしているようだった。事実、夏美の周囲の人間、彼女の両親すらも引き籠った理由を知らなかったのだった。
「でも、学校でいじめられていたわけでもないんでしょう?」 刑事はくどい口調で訊いた。
優子は頷きながらも、表情を少しだけ崩した。
「それはそうなんですが……、ただ、あいつね、なんというか……、思い込みの激しい娘で」 優子は言葉を選びながら話す。
「というと?」 刑事が片眉を吊り上げる。
「その、去年ですね、アキラが死んだんです」
「アキラ?」 刑事はますます解せない顔だ。そして、少し目線を宙に漂わせ、「あぁ、そうか、あのアキラですか」と得心がいったように頷いた。
きっと、同じような奴がいるんだな、と優子は察した。
「それからですね、あいつが引き籠り始めたのは……」 優子は苦笑いを浮かべて言った。
事情聴取は結局、十分ほどで終わった。
夏美の家の近所に住むあたしは、すぐに自室に帰ることができた。
部活用のスポーツバッグを適当に放り投げ、ベッドに寝転んで一息つく。
そうか……、あいつ、とうとう自殺にまで……。
幼馴染で、なおかつ同じ高校に通っているものの、夏美が引き籠って以来、あたし達はまったく出会わなかった。
一年半くらいか?
もっと経つか……、アキラが死んでからだもんなぁ。
夏美は、アキラのことが大好きだった。
叶うはずがないのに、恋心まで抱いていた。
そりゃ、あたしもまぁ、嫌いではなかったけどさ……。
でも、それは一線を越えていないレベルでの話だ。
立ち上がって、自室の窓から外を眺める。
まだ現場に傘を持った野次達が残っているのが見えた。
おじさんとおばさんはきっと大変だろう。
あたしはふと思い立って、本棚に並ぶ単行本の一冊を手に取る。
ページを開くと、アキラの顔が現れる。
彼はこの漫画のサブキャラクターで、ストーリーの途中で死んだものの、根強い人気を未だに誇る青年だった。
ヒロインを守る為に、彼は死んだのである。
なんだか可笑しくなって、あたしは独り笑いを噛み締めていた。
夏美。
アキラなんて、存在しないんだよ。
全部、あんたの妄想なんだから……。
馬鹿なくらい好きだったもんね、この漫画。
あたし達が子供の時から連載してる漫画でさ。
アキラが出る度、二人でキャーキャー言ってたっけ。
でも、あんたはちょっと異常だった。
自分で描いた肖像画なんか飾っちゃってさ。
一番びっくりしたのは、そう……、
中学一年の頃のアレかな。
電話で呼ばれて、あんたんちに行ったらさ。
あんた、独りで喋ってんの。
そんで部屋に入ったあたしに気付いて。
「今日はね、アキラ君がきてるの」
だって。
戦慄したね、あれは。
あんたの笑顔、怖かったよ。
それがあってから、なんか、あんたのこと苦手になってたんだよね。
もう、昔の話だけどさ。
あんたが熱狂的なファンだったのは認めるよ。
でもね。
こんなの、架空の話なんだよ?
馬鹿みたい。
どうかしてる。
本当は、なんでもないことだったんだよ? これは。
なんで、哀しむだけで満足できなかったの?
なんで、作り物だと受け止めることができなかったの?
ははっ。
そりゃ、あたしだって、アキラのことは好きだったけどさ。
だけど、漫画のキャラクターだもん、これは。
あんたとは違うよ。
でも……。
気持ちはわかるかも。
そう……、せっかく、忘れていたのに――。
彼の死を。
彼の笑顔を。
彼の名前を。
本当に、馬鹿みたい。
気付くと、あたしは泣いていた。
目頭から滴り落ちたその熱い透明の液体が、ページの中で微笑む彼の笑顔の上に落ち、染み、広がり、彼は人間と成り、あたしの肩に死神が降りる。
街はほとんど日が落ちて、厚い雨雲もあってか、灰色に薄暗い。不吉な色だった。
照明を落としたわたしの部屋の壁には、今はもういないアキラの肖像画が掛かっている。わたしが彼を座らせて描いたものだった。アキラは照れ臭そうに笑っていた。
そう、アキラはもういない。
彼は死んでしまった。
あの娘を守る為に……。
どうして?
どうして、死ぬ必要があったの?
わたしは幼いころから、アキラを知っている。
彼は優しかった。
心の底から誰かの為を思える、優しい人だった。
笑顔が眩しくて、昔から背が高くて、かっこよくて。
誰よりも優しい男の子だった。
だから、死んでしまったの?
優しいから?
アキラみたいな優しい男の子が、簡単に死んでいいの?
彼が死ぬなんて……。
わたしは窓辺から立ち、落ち着かず、今度はベッドの上に腰を下ろす。
雨の音が部屋の中に木霊している。
強くなったり、弱くなったり。
ざぁざぁと、ぱらぱらと。
膝の上に両手を置き、しばらく俯いていると、もう枯れたと思っていた涙が滲んだ。
それが、雨樋を伝う雫のように目頭に流れて、わたしの手の甲に降る。
「俺はあいつを守りたいんだ」
そう言って、アキラはあっけなく死んでしまった。
わたしの本当の気持ちになんか気付かないまま。
もう永遠に会えない。
もう永遠に伝わらない。
あぁ……、どうして……。
幼い時からずっと傍にいたのに。
どうして、わたしは言えなかったのだろう?
否、言えないに決まっている。
アキラはずっと前から、あの娘のことが好きだったから。
わたしも、いつからかそれに気付いて。
後ろ手を組んで佇みながら、爪先で地面を蹴って。
ちょっと恨めしく思いながら、見て見ぬふりしてたんだもんね。
当然かな。
あの娘はわたしと違って素直だから。
わたしもあの娘、羨ましいって思うわ。
でも。
でも、死んじゃうなんて、誰が予想できたの?
こんなのって……、あんまりじゃない!
少し寒かったので、シーツを引っ張って頭から被った。
絶え間ない雨音に耳を傾けながら、わたしは昔を回想する。
時々、どこかで車のクラクション。
そう、わたしがここでこうしていたって、世界は当たり前に進行している。
死んだアキラを残したまま。
昔、アキラをこの部屋に招いたことがある。
まだ本当に、わたし達が子供だった時。
アキラは物珍しそうに部屋の中を見回していた。
「女の子の部屋って、俺、初めて入ったよ」
彼は屈託の無い笑顔を向けて言った。
そう、ちょっぴりだけ、あの娘からアキラを独占できた気がして、わたしは意地悪な優越感に浸っていた。
誰かに見せつけたいと思って、近所に住むユーコも呼んだ。
ユーコはすぐにやって来て、二階にあるわたしの部屋まで上がると、驚いたように立ち尽くした。
「今日はね、アキラ君が来てるの」
わたしは得意げに紹介した。
「こんにちわ」
アキラも人懐っこい笑みを浮かべて、ユーコに挨拶した。
ユーコは絶句したまま、少しだけ頬を引き攣らせ、肩を竦めた。
あの頃が懐かしいな……。
わたしは目許の涙を拭う。
せめて、気付いてほしかった。
こんなに好きだったっていうこと……。
今も忘れられないんだよ?
そりゃあ……、あの娘だって、わたしから見ても、すごい良い娘だと思うわ。
でも、わたしはずっとあなたの傍にいたのよ。
一緒に笑い合ったり。
泣いたり。
時々、喧嘩したかもしれないけど。
あの日々が。
なんでもない友達同士としての日々すらが、今ではとっても眩しいの。
胸が苦しい。
堪らない。
誰か、助けて。
「アキラ……」
わたしの口から、彼の名前が滑り出す。
息苦しさに似た窒息感。
愛する対象が消えてしまった者に残された道は何だろう?
この苦しさを引き摺って生きることだろうか?
きっと、そうなのだろう。
わたしは声を上げて、泣いていた。
子供のように。
独り。
暗い部屋で。
あの娘も、わたしと同じ気持ちなんだろう。
いえ、きっと、わたしよりも辛いに決まってる。
それでも、あの娘は前を向いて生き続けるだろう。
だって、アキラが救ってくれた命だもの。
アキラにとってのヒロインは、あの娘だけだもんね。
アキラが死んだ時。
わたしやあの娘だけじゃない、皆、哀しんでた。
ユーコだって、寂しそうにしていた。
皆、彼のことが好きだったのだ。
それが、今ではわかる。
わたし、馬鹿みたい……。
でも、今も抱き続けている想いに嘘はない。
今でも、わたしはアキラを愛している。
胸が張り裂けそうなくらい、苦しんで、彼を愛している。
愛する人がいなくなった者に残された道は……。
たぶん、あの娘のように生きることなんだよね。
でも……。
もう、疲れちゃった。
わたし、あなたのいない世界になんて、興味無いわ。
だから……。
あなたは怒るかもしれないけど。
こんなわたしを、許して。
もう無理だよ。
あなたを忘れて生きることのほうが、よっぽど辛いんだから。
だから、わたしはテーブルに置かれた大量の錠剤を飲んだ。
睡眠薬だった。
致死量は飲んだはず。
死ぬってどんな気持ちなんだろう?
わたしは、ぼんやりと、シーツを被ったまま目を閉じる。
いつの間にか体はベッドに倒れていた。
気が遠くなっていく。
独りで。
涙を残したまま。
暗い部屋の中。
雨音が続いている。
死ぬ時って……、やっぱり怖いのかな?
でも……、きっと向こうにはアキラがいる。
だから、たぶん、怖くはない。
ただ、少し、寂しいだけ。
何か、大事な事を忘れていた気もするんだけど……。
あぁ、眠い。
泣き疲れちゃった。
もう、誰もわたしを起こさないんだろう。
いいけどさ。
早く……。
会いたいなぁ……。
あなたに……。
そう、そしたら。
今度こそ、あなたに……。
伝え……。
――――。
優子は高校からの帰りに警察から事情聴取を受けていた。
冷たい雨の降る日の事で、もう辺りはすっかり闇に包まれていた。その暗闇に沈んだ住宅街を街灯とパトカーの回転するランプが照らしている。
幼馴染の夏美が自殺を図った。未遂に終わったものの、搬送された病院ではまだ目を覚まさないらしい。
「何か動機に心当たりはありませんか?」 刑事が手帳を片手に尋ねる。
「さぁ……」 優子は首を傾げて答える。 「最近、全く会ってなかったし……」
夏美は去年から自室に引き籠ったきり、外を出歩かなくなってしまったのだった。彼女の両親が手を尽くしたものの、外界との接触を拒み、とうとう学校も留年する羽目になってしまったのだ。会えるはずがない。
彼女が引き籠っていたという情報は刑事達も認識していたようで、その引き籠りの理由を気にしているようだった。事実、夏美の周囲の人間、彼女の両親すらも引き籠った理由を知らなかったのだった。
「でも、学校でいじめられていたわけでもないんでしょう?」 刑事はくどい口調で訊いた。
優子は頷きながらも、表情を少しだけ崩した。
「それはそうなんですが……、ただ、あいつね、なんというか……、思い込みの激しい娘で」 優子は言葉を選びながら話す。
「というと?」 刑事が片眉を吊り上げる。
「その、去年ですね、アキラが死んだんです」
「アキラ?」 刑事はますます解せない顔だ。そして、少し目線を宙に漂わせ、「あぁ、そうか、あのアキラですか」と得心がいったように頷いた。
きっと、同じような奴がいるんだな、と優子は察した。
「それからですね、あいつが引き籠り始めたのは……」 優子は苦笑いを浮かべて言った。
事情聴取は結局、十分ほどで終わった。
夏美の家の近所に住むあたしは、すぐに自室に帰ることができた。
部活用のスポーツバッグを適当に放り投げ、ベッドに寝転んで一息つく。
そうか……、あいつ、とうとう自殺にまで……。
幼馴染で、なおかつ同じ高校に通っているものの、夏美が引き籠って以来、あたし達はまったく出会わなかった。
一年半くらいか?
もっと経つか……、アキラが死んでからだもんなぁ。
夏美は、アキラのことが大好きだった。
叶うはずがないのに、恋心まで抱いていた。
そりゃ、あたしもまぁ、嫌いではなかったけどさ……。
でも、それは一線を越えていないレベルでの話だ。
立ち上がって、自室の窓から外を眺める。
まだ現場に傘を持った野次達が残っているのが見えた。
おじさんとおばさんはきっと大変だろう。
あたしはふと思い立って、本棚に並ぶ単行本の一冊を手に取る。
ページを開くと、アキラの顔が現れる。
彼はこの漫画のサブキャラクターで、ストーリーの途中で死んだものの、根強い人気を未だに誇る青年だった。
ヒロインを守る為に、彼は死んだのである。
なんだか可笑しくなって、あたしは独り笑いを噛み締めていた。
夏美。
アキラなんて、存在しないんだよ。
全部、あんたの妄想なんだから……。
馬鹿なくらい好きだったもんね、この漫画。
あたし達が子供の時から連載してる漫画でさ。
アキラが出る度、二人でキャーキャー言ってたっけ。
でも、あんたはちょっと異常だった。
自分で描いた肖像画なんか飾っちゃってさ。
一番びっくりしたのは、そう……、
中学一年の頃のアレかな。
電話で呼ばれて、あんたんちに行ったらさ。
あんた、独りで喋ってんの。
そんで部屋に入ったあたしに気付いて。
「今日はね、アキラ君がきてるの」
だって。
戦慄したね、あれは。
あんたの笑顔、怖かったよ。
それがあってから、なんか、あんたのこと苦手になってたんだよね。
もう、昔の話だけどさ。
あんたが熱狂的なファンだったのは認めるよ。
でもね。
こんなの、架空の話なんだよ?
馬鹿みたい。
どうかしてる。
本当は、なんでもないことだったんだよ? これは。
なんで、哀しむだけで満足できなかったの?
なんで、作り物だと受け止めることができなかったの?
ははっ。
そりゃ、あたしだって、アキラのことは好きだったけどさ。
だけど、漫画のキャラクターだもん、これは。
あんたとは違うよ。
でも……。
気持ちはわかるかも。
そう……、せっかく、忘れていたのに――。
彼の死を。
彼の笑顔を。
彼の名前を。
本当に、馬鹿みたい。
気付くと、あたしは泣いていた。
目頭から滴り落ちたその熱い透明の液体が、ページの中で微笑む彼の笑顔の上に落ち、染み、広がり、彼は人間と成り、あたしの肩に死神が降りる。
後書き
未設定
|
読了ボタン
button design:白銀さん Thanks!読了:小説を読み終えた場合クリックしてください。
読中:小説を読んでいる途中の状態です。小説を開いた場合自動で設定されるため、誤って「読了」「読止」押してしまい、戻したい場合クリックしてください。
読止:小説を最後まで読むのを諦めた場合クリックしてください。
※β版(試用版)の機能のため、表示や動作が変更になる場合があります。
自己評価
感想&批評
作品ID:335投稿室MENU | 小説一覧 |
住民票一覧 |
ログイン | 住民登録 |