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作品ID:643
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約6199文字 読了時間約4分 原稿用紙約8枚
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小説の属性:一般小説 / 未選択 / 批評希望 / 初投稿・初心者 / R-15 /
血の也獄
作品紹介
前半までしか書きあがっていません。前半の改善、後半の執筆にあたってご助言頂きたいです。どのような物でも構いません。
続き物の、ショートショートの様な形式をとっています。主人公の性別は決めていません。
続き物の、ショートショートの様な形式をとっています。主人公の性別は決めていません。
1
人は命尽きたとき、血の池地獄に堕ちるもの。ならば、地獄の鬼が果てたとき、何処に堕ちるのか。それも血の池地獄。永遠に堕ち続ける我々の魂。
2
私は、赤鬼に吊るされ運ばれている。私だってにわかに信じがたい。しかし確かに、私を軽々と持ち上げるこの巨漢は、皮膚が赤い。それも幼子の頬程度の赤さではなく、真っ赤なのだ。そう、まるで血か火炎の程度に。
さあて、いよいよ頭が冴えてきた。どうして私はこうなったのだろうか。こうというのも、私はどうしてこの荒んだ世界で、赤鬼に運ばれているのか。
辺りは薄暗い。嗅ぎ慣れない悪臭がほのかに先方から漂う。
あっ、
いまどこからか、叫び声が聞こえた。
私はますます恐くなり、これは夢だと自分に言い聞かせた。
「悪い夢だ。これは悪い夢だ。私はまだ、生きている」しかし、夢は覚めぬ。
ここで唐突だか、ある光景を思い出した。中年の、それといって特徴のない男性。そいつが、大儀そうに私に言っていた。
『判決、血の池地獄行き』と。
やはり、この悪臭の正体は、幾万もの亡き者の臭いなのだ。
3
私は血の池地獄に堕ちていた。
あの後、赤鬼は立ち止まり、私を崖に放り投げた。それから今まで、私は落ち続けている。はじめはこの崖には終わりがないのか、とも考えた。しかし、落ちるにつれて濃くなる血の悪臭、鮮やかになる底からの赤い気配。それらがこの崖、いや、この大穴の底に血の池が広がっていることを知らせた。
底はまだか。
重力に捕らわれ、不自由な四肢を持て余した私は、考える。先程から気になっていたことだ。
「私は誰だ」
仮にここが地獄だとしよう。すると必然に私は故人という事になるが、だとするなら存在するはずの物がない。そう、生前の記憶が無いのだ。おかしい。私は生きているとき、何をして何と名乗って誰と親友だったのだろうか。そして、何のために私は地獄送りになったのだろうか。
疑問は尽きない。私は堂々巡りを諦め、自由落下に身を任せた。
そのとき、懐かしい感覚が。確かに、あったのだ。
4
私は血の池に落ち着いた。
地獄では時間がわからぬ。知るすべがないのだ。日が昇るわけでもない、辺りはいつも薄暗い。人が眠る訳でもない、絶えることなくどこから亡者の叫びが聞こえる。その亡者というのも、会えど叫ぶばかりの狂人のみ。
以上が、私がこの血の池に落ち着いてから、知ったことだ。
始めは、叫び走り回った。しかし、腰までもある血肉の水位に足をとられ、幾度となく汚物をかぶった。その内、走ることにも叫ぶことにも疲れはてた。私は血の池に浮かんで震える。時折、思い出したように泣き出し、頭皮をかきむしる。
発狂と覚醒を繰り返し、永劫にも思われる時を過ごした。しかし、私は着実に冷静を、狂気の中にも冷静を取り戻し始めた。
さあて、困った。
亡者と言えども腹が空くらしい。ここに来る前の私ならば、血の一滴を見るだけで食欲は失せただろう。しかし、もはや池の血肉は私と同体である。臭いも気にならぬ。
「腹が、へった」
呟くも、誰が返すわけではない。どこかで狂人が唸るばかり。
と、その筈であった。
「池の血肉を食らえばいい」
そこには男が立っていた。
5
男は語る。
お前さんはまだ、ぶっ飛んでなさそうだ。見ての通り、俺もまだ『仕上がって』ない。
そんで、頼みが、いや、忘れてくれ。なにせ狂ってないやつに会うのは初めてなもんで、今興奮してる。
やけに静かだな。なんか話せよ、話せるんだよな。話せてくれよ、おい。
「え、いや」
ほら、話せるじゃねぇか。いいぞ、楽しくなってきたな。
そんでお前さんは楽しそうでは、ないな。どうも俺は要領の得ない話が得意みたいだな。いや、それも、まさかこんなに早くまともなやつと会えるなんて思ってなくて、話す練習サボってたから仕方ねぇか。
「ここは、地獄ですね」
はて。
「この場所は地獄ですね。それも血の池地獄」
そぉ、そおか。人と話すってことは質問されるってことか、あぁ気付かなかった、練習しとけば。
「それで、ここは地獄であるということですね」
応。
「なるほど、では私たちは亡者であるということですね」
応、また否。
「どういった意味でしょう」
俺たちは、もとの世界では故人だが、こっちの世界では生きている。
「それは、妙では」
否。
「それでは地獄でも私たちが、亡くなると言うとこです」
応。
「なるほど。なら、私たちは餓死しますか」
そりゃ、生きてるなら食わないとな。
なぁ、質問攻めは止めてくれ。
「それは失敬」
あぁ、質問されて悪い気はしないが、こっちだってなんでも知ってる訳じゃない。ただ、分かることは、食わないと駄目ってことだ。そんで、食いものってのはこの池の腐った血肉だ。
「これを、食べるのですね」
応。
「嫌だ」
これしか食いものはない。
餓死か、食うか。
「嫌だ」
嫌だといっても、いつかは食うさ。そんなもんだ。
しっかしまぁ、お前さんにこんなところで会えるなんてなぁ。それこそ、共に堕ちる運命だったとか、なんて良いことだろうか。
こんな果てた地で、愛人に、会えるなんてなぁ。
6
蜘蛛の糸、男が言うには天国まで続いている。
「どうして、私についてくる」
「馬鹿言うな、お前が俺についてきてる。まぁ、そうでなくとも俺がついていくが」
等と不毛な会話を一言二言交わすばかりで、何がと言うわけではないが、私は男についていく。
しかし、こちらに来て会話のできる他人と会ったのは初めてであり、しばし生きている事を実感したため。いや、心細さを思い出してしまったためと言うか。
そもそも地獄で生きていることこそ、不自然なのだ。さらに、不自然さはとどまるところを知らないようで、私の目前では白い糸が霞むほど高い宙から垂れているのだ。
「これを見せたくて、ついてきてもらった」
男は自慢げに糸を手繰り寄せた。
「見ろ。これが悪名高き蜘蛛の糸だ」
「芥川か。地獄にもふざけたものがあるのですね」
男が手繰った糸は先端が輪になっている。心なし見覚えのある形状に、不安感を煽られる。しかし、これは喜ばしいものかもしれない。
この奇怪な男に付いてきたのは幸運か。
「おかしいなぁ。もっと喜ぶと思ったが。この先は、天国だぜ」
私は糸の、いや太さで言えば縄かもしれない。その縄の先端の輪がなんとなく紅く染みているのに気がついた。いや、血の池で血に染まっていないものは無いと言ってよいのだが、その縄の紅は池のものとは異質であった。
「嘘ですね。仮にそうだとすると、あなたは既にこんなところから逃げ出しているはず」
「お前を待ってた」
「嘘はいいです。私とあなたは面識がない」
「お前が覚えてないだけだ」
そんなはずがない。と言おうとしたが、私には生前の記憶がないのだった。ならば、この男の言うことは真実か。いや、私に異常がある場合と男にある場合。どちらに確信が持てるかは明白だ。
「忘れちまうなんて寂しいなぁ。俺の顔」
「そもそも血塗れの顔では、見知っていたとしても判別は困難でしょう。あなたは私を判別できたそうですが」
「そんなもんかねぇ」
ならば、と男は懐からビニルの真空袋を取り出した。
「俺の、とっておき」
男は袋から丁寧に一切れの布を。
「その布、血で汚れていませんね」
「とっておきって言ったろ。あ、唾くれ」
この男は何を言っているのだろうか。
「言い間違いじゃねぇよ。唾くれ」
男は困惑する私を掴み、力ずくで口にその布を詰め込んだ。
「唾って汚ねぇだろ。せめてお前のならぎりぎり許容範囲ってねぇ」
男はご機嫌に私の口内をかき回した。言うまでもなく抵抗はしたが、功を奏したとは言い難い。
しばらく鈍い攻防が続き男が口から引き上げると、その湿った布で自分の顔を拭い始める。
「あぁ」
男の奇行、そして暴力に唖然とする。まして私は暴行の最中、呼吸すら許されなかったのだ。唖然というより、混乱による放心との形容が適切だろう。
「拭き終わったぜ」
「どうだ、知っている顔だろう。お前をはじめて抱いた男の顔だ」
この段階での私を形容するなら、唖然で過不足ないだろう。
「あ、十四ではないですか」
この数字は年齢ではない。確かに生前、この顔にその名があてがわれていたことを思い出した。
7
小奇麗な喫茶で二人の男が座っている。二つの珈琲から、香しい湯気が昇る。
「大変申し訳ありません。先生の執筆なさった『血の也獄』ですが、私が調べたところ」
編集者は一息つくと、年期の入った丸眼鏡をかけ直した。
「大変申し訳ないのですが、全く同じ題の出版物がございました」
それは、僕の小説が書籍化にかなわないという意味である。
「なっ、何故でしょうか。ならば、多少題名を変えれば」
声を荒げる。というのも、この小説は中々に手間をかけた物であるからだ。特に、題名に関しては『血の池地獄』の中央部をもじって『也』とした辺り我ながら良い発想であった。
本来ならば題は変えたくない。これは妥協だ。
「その様な単純な話ではないのでございます。同じタイトルということは内容にも多少の類似がございます」
「しかし、多少であって多々ではないのでしょう」
「はい。しかし、この書籍に類似していない部分は、」
そうして編集者は、手元のファイルを覗いた。
「部分は、」
彼はその中のある資料を見つけたようで、顔を上げて眼鏡を触った。
「他の部分は1937年出版の、ある書籍と大変に類似しております」
僕は言葉を失った。まさか、僕の命をかけて産み出した小説が、既に誰かの手垢に汚れていたとは。今まで、開拓者を自負していた僕は、ただの通行人であったのか。
「なるほど。ならば僕の小説は、諦めなければならないですね」
編集者は眼鏡を触ると、真剣そうになり僕へ向き直った。
「先生の新作、お待ちしています」
「新作か、そういえば、もうできていますよ。題名は『自由ののの薬』です。」
もちろん嘘。確かに『自由の薬』は書いたことがあるが、『自由ののの薬』等は書いていない。
編集者は、ほぅ、と言って再びファイルに目を落とした。
しばらくして、
「申し訳ないです。『自由ののの薬』は既に、」
「なら、もう一つの方を。『near灘な荒2又ナヤタハラ584年タ隼田』という小説です」
編集者は、三度ファイルを。
そうして、
「こちらも、既に、」
僕は小説家をやめた。
8
辺は池の瘴気に包まれる。そうして寸分先も見えぬ赤黒い霧に、見知った顔が浮かんでいる。
「ようやく思い出したか。遅すぎるくらいだな」
「といっても名前を思い出しただけですが」
それでいい。男はいうと、件の布を丁寧に袋に戻し、蜘蛛の縄へと注意を向かわせた。
「俺は話をすすめたいんだァ」
男は縄の先端、輪になっている部分を自らの首に掛ける。そして一層低い声で唸った。その声は、私の無言を決め付けるのに十分な威圧を含んでいる。
「黙れって、わかんねぇもんかな。俺はな、話を進めたいんだよ。わかるか」
あぁ、黙っているじゃァないですか。
「俺なぁ、お前を待ったんだぜ」
もし嘘だとしても、ありがとう十四。だが、お前は何をしたかったのか。
「気づいたんだァ…」
あぁ、何に。
男は首の輪を、キュッと締めた。
「これで、助かるんだぜ。あぁ、これで天国にな。」
どういうことか。胸の高さまでしかなかった縄の先端は、男を吊り上げるように引き上がっている。
「思っだ通り。はぢめがァ、づらいんだな。」
ゆっくりとだが、縄は確実に高まっている。
「ぎっとな、この糸わァ。観音様が、俺だちをオ、」
そうか。男が首に輪をかけたころから、縄は高まっているのか。
「だがらぁな。お前ざんも、俺が逝っだらすぐゥ」
男は私の身の丈ほどの宙に吊られている。
「アどぉ、おいがけてェごいよォ、」
男は苦しそうに、わかったなという顔を作る。しかし、その顔はどこか嬉しそうで。男はみるみる高まる。もう5メートルはありそうだ。本当にこれは、神と呼ばれるものが我々を天に引き上げるための、救いなのか。
「アァ」
救いにしては。
「イギガァ。ァァ」
惨すぎる。
ぷつり、と縄が切れた。
「ェッ」
ぽちゃ、と男が池に落ちた。
「え」
その間抜けた水音に、我に返る。どうして男は首をつったのだ。どうして縄は上がったのか。どうして切れたか。どうして落ちたか。男は何を知っていたか。どうして男は落ちることに驚いた顔をしていたのか。男は落ちることを予想してなかったのか。男は。
無数の疑問が頭をよぎる。が、それらは一つの不可解に収束される。
「どうして、浮かんでこないのだ」
男が、浮かび上がってこない。じっと男の落ちたところを凝らして、
すると男の服と、布の入った真空袋が浮かんできた。いくら待っても男が浮かんでくることはない。十四はここに死んだらしかった。
周囲の瘴気が薄らいでいく。辺りが澄むと、私たちの周りに、無数の蜘蛛の縄が垂れ下がっていたことがわかった。
9
私は男の真空袋を取って、蜘蛛の縄から逃げてきた。今居る此処には縄は一つも下がって無いようだ。ところで十四の死からしばらくして、いくつかわかったことがある。
まず蜘蛛の縄だが、あれはこの血の池の所々に存在しているようである。しかし分布は疎らであり、彼処のような密集地帯もあれば此処のような過疎地帯もあるようで。あと亡者だ。あれは知能がないものと思っていたのだが、どうも時折知性があるように見られる。これについては、今私の前方で座り込んでいる亡者をしばらく観察していて分かったことだ。
腹が減ったなぁ。男が食えといった、池の血肉。私はまだ食べてはいない。もちろんこれからも食べるつもりはないが、これ以上の飢えが続けばその自信はない。
「なっ、何故でしょうか。ならば、」
亡者が急にそう叫んだ。
腹が空き、何もすることがないので亡者を見ていることにしていたが、ここまで意味のある叫びは初めてかも知れない。しかし、所詮は亡者だ。話しかけても白目を剥くばかりであるし、おそらく心地の悪い狂った夢でも見ているのだろう。
「多少題名を変えれば」
それにしてはうるさいなァ。
「なるほど。ならば、僕の小説は、諦めなければならないですねェ」
前半終了
人は命尽きたとき、血の池地獄に堕ちるもの。ならば、地獄の鬼が果てたとき、何処に堕ちるのか。それも血の池地獄。永遠に堕ち続ける我々の魂。
2
私は、赤鬼に吊るされ運ばれている。私だってにわかに信じがたい。しかし確かに、私を軽々と持ち上げるこの巨漢は、皮膚が赤い。それも幼子の頬程度の赤さではなく、真っ赤なのだ。そう、まるで血か火炎の程度に。
さあて、いよいよ頭が冴えてきた。どうして私はこうなったのだろうか。こうというのも、私はどうしてこの荒んだ世界で、赤鬼に運ばれているのか。
辺りは薄暗い。嗅ぎ慣れない悪臭がほのかに先方から漂う。
あっ、
いまどこからか、叫び声が聞こえた。
私はますます恐くなり、これは夢だと自分に言い聞かせた。
「悪い夢だ。これは悪い夢だ。私はまだ、生きている」しかし、夢は覚めぬ。
ここで唐突だか、ある光景を思い出した。中年の、それといって特徴のない男性。そいつが、大儀そうに私に言っていた。
『判決、血の池地獄行き』と。
やはり、この悪臭の正体は、幾万もの亡き者の臭いなのだ。
3
私は血の池地獄に堕ちていた。
あの後、赤鬼は立ち止まり、私を崖に放り投げた。それから今まで、私は落ち続けている。はじめはこの崖には終わりがないのか、とも考えた。しかし、落ちるにつれて濃くなる血の悪臭、鮮やかになる底からの赤い気配。それらがこの崖、いや、この大穴の底に血の池が広がっていることを知らせた。
底はまだか。
重力に捕らわれ、不自由な四肢を持て余した私は、考える。先程から気になっていたことだ。
「私は誰だ」
仮にここが地獄だとしよう。すると必然に私は故人という事になるが、だとするなら存在するはずの物がない。そう、生前の記憶が無いのだ。おかしい。私は生きているとき、何をして何と名乗って誰と親友だったのだろうか。そして、何のために私は地獄送りになったのだろうか。
疑問は尽きない。私は堂々巡りを諦め、自由落下に身を任せた。
そのとき、懐かしい感覚が。確かに、あったのだ。
4
私は血の池に落ち着いた。
地獄では時間がわからぬ。知るすべがないのだ。日が昇るわけでもない、辺りはいつも薄暗い。人が眠る訳でもない、絶えることなくどこから亡者の叫びが聞こえる。その亡者というのも、会えど叫ぶばかりの狂人のみ。
以上が、私がこの血の池に落ち着いてから、知ったことだ。
始めは、叫び走り回った。しかし、腰までもある血肉の水位に足をとられ、幾度となく汚物をかぶった。その内、走ることにも叫ぶことにも疲れはてた。私は血の池に浮かんで震える。時折、思い出したように泣き出し、頭皮をかきむしる。
発狂と覚醒を繰り返し、永劫にも思われる時を過ごした。しかし、私は着実に冷静を、狂気の中にも冷静を取り戻し始めた。
さあて、困った。
亡者と言えども腹が空くらしい。ここに来る前の私ならば、血の一滴を見るだけで食欲は失せただろう。しかし、もはや池の血肉は私と同体である。臭いも気にならぬ。
「腹が、へった」
呟くも、誰が返すわけではない。どこかで狂人が唸るばかり。
と、その筈であった。
「池の血肉を食らえばいい」
そこには男が立っていた。
5
男は語る。
お前さんはまだ、ぶっ飛んでなさそうだ。見ての通り、俺もまだ『仕上がって』ない。
そんで、頼みが、いや、忘れてくれ。なにせ狂ってないやつに会うのは初めてなもんで、今興奮してる。
やけに静かだな。なんか話せよ、話せるんだよな。話せてくれよ、おい。
「え、いや」
ほら、話せるじゃねぇか。いいぞ、楽しくなってきたな。
そんでお前さんは楽しそうでは、ないな。どうも俺は要領の得ない話が得意みたいだな。いや、それも、まさかこんなに早くまともなやつと会えるなんて思ってなくて、話す練習サボってたから仕方ねぇか。
「ここは、地獄ですね」
はて。
「この場所は地獄ですね。それも血の池地獄」
そぉ、そおか。人と話すってことは質問されるってことか、あぁ気付かなかった、練習しとけば。
「それで、ここは地獄であるということですね」
応。
「なるほど、では私たちは亡者であるということですね」
応、また否。
「どういった意味でしょう」
俺たちは、もとの世界では故人だが、こっちの世界では生きている。
「それは、妙では」
否。
「それでは地獄でも私たちが、亡くなると言うとこです」
応。
「なるほど。なら、私たちは餓死しますか」
そりゃ、生きてるなら食わないとな。
なぁ、質問攻めは止めてくれ。
「それは失敬」
あぁ、質問されて悪い気はしないが、こっちだってなんでも知ってる訳じゃない。ただ、分かることは、食わないと駄目ってことだ。そんで、食いものってのはこの池の腐った血肉だ。
「これを、食べるのですね」
応。
「嫌だ」
これしか食いものはない。
餓死か、食うか。
「嫌だ」
嫌だといっても、いつかは食うさ。そんなもんだ。
しっかしまぁ、お前さんにこんなところで会えるなんてなぁ。それこそ、共に堕ちる運命だったとか、なんて良いことだろうか。
こんな果てた地で、愛人に、会えるなんてなぁ。
6
蜘蛛の糸、男が言うには天国まで続いている。
「どうして、私についてくる」
「馬鹿言うな、お前が俺についてきてる。まぁ、そうでなくとも俺がついていくが」
等と不毛な会話を一言二言交わすばかりで、何がと言うわけではないが、私は男についていく。
しかし、こちらに来て会話のできる他人と会ったのは初めてであり、しばし生きている事を実感したため。いや、心細さを思い出してしまったためと言うか。
そもそも地獄で生きていることこそ、不自然なのだ。さらに、不自然さはとどまるところを知らないようで、私の目前では白い糸が霞むほど高い宙から垂れているのだ。
「これを見せたくて、ついてきてもらった」
男は自慢げに糸を手繰り寄せた。
「見ろ。これが悪名高き蜘蛛の糸だ」
「芥川か。地獄にもふざけたものがあるのですね」
男が手繰った糸は先端が輪になっている。心なし見覚えのある形状に、不安感を煽られる。しかし、これは喜ばしいものかもしれない。
この奇怪な男に付いてきたのは幸運か。
「おかしいなぁ。もっと喜ぶと思ったが。この先は、天国だぜ」
私は糸の、いや太さで言えば縄かもしれない。その縄の先端の輪がなんとなく紅く染みているのに気がついた。いや、血の池で血に染まっていないものは無いと言ってよいのだが、その縄の紅は池のものとは異質であった。
「嘘ですね。仮にそうだとすると、あなたは既にこんなところから逃げ出しているはず」
「お前を待ってた」
「嘘はいいです。私とあなたは面識がない」
「お前が覚えてないだけだ」
そんなはずがない。と言おうとしたが、私には生前の記憶がないのだった。ならば、この男の言うことは真実か。いや、私に異常がある場合と男にある場合。どちらに確信が持てるかは明白だ。
「忘れちまうなんて寂しいなぁ。俺の顔」
「そもそも血塗れの顔では、見知っていたとしても判別は困難でしょう。あなたは私を判別できたそうですが」
「そんなもんかねぇ」
ならば、と男は懐からビニルの真空袋を取り出した。
「俺の、とっておき」
男は袋から丁寧に一切れの布を。
「その布、血で汚れていませんね」
「とっておきって言ったろ。あ、唾くれ」
この男は何を言っているのだろうか。
「言い間違いじゃねぇよ。唾くれ」
男は困惑する私を掴み、力ずくで口にその布を詰め込んだ。
「唾って汚ねぇだろ。せめてお前のならぎりぎり許容範囲ってねぇ」
男はご機嫌に私の口内をかき回した。言うまでもなく抵抗はしたが、功を奏したとは言い難い。
しばらく鈍い攻防が続き男が口から引き上げると、その湿った布で自分の顔を拭い始める。
「あぁ」
男の奇行、そして暴力に唖然とする。まして私は暴行の最中、呼吸すら許されなかったのだ。唖然というより、混乱による放心との形容が適切だろう。
「拭き終わったぜ」
「どうだ、知っている顔だろう。お前をはじめて抱いた男の顔だ」
この段階での私を形容するなら、唖然で過不足ないだろう。
「あ、十四ではないですか」
この数字は年齢ではない。確かに生前、この顔にその名があてがわれていたことを思い出した。
7
小奇麗な喫茶で二人の男が座っている。二つの珈琲から、香しい湯気が昇る。
「大変申し訳ありません。先生の執筆なさった『血の也獄』ですが、私が調べたところ」
編集者は一息つくと、年期の入った丸眼鏡をかけ直した。
「大変申し訳ないのですが、全く同じ題の出版物がございました」
それは、僕の小説が書籍化にかなわないという意味である。
「なっ、何故でしょうか。ならば、多少題名を変えれば」
声を荒げる。というのも、この小説は中々に手間をかけた物であるからだ。特に、題名に関しては『血の池地獄』の中央部をもじって『也』とした辺り我ながら良い発想であった。
本来ならば題は変えたくない。これは妥協だ。
「その様な単純な話ではないのでございます。同じタイトルということは内容にも多少の類似がございます」
「しかし、多少であって多々ではないのでしょう」
「はい。しかし、この書籍に類似していない部分は、」
そうして編集者は、手元のファイルを覗いた。
「部分は、」
彼はその中のある資料を見つけたようで、顔を上げて眼鏡を触った。
「他の部分は1937年出版の、ある書籍と大変に類似しております」
僕は言葉を失った。まさか、僕の命をかけて産み出した小説が、既に誰かの手垢に汚れていたとは。今まで、開拓者を自負していた僕は、ただの通行人であったのか。
「なるほど。ならば僕の小説は、諦めなければならないですね」
編集者は眼鏡を触ると、真剣そうになり僕へ向き直った。
「先生の新作、お待ちしています」
「新作か、そういえば、もうできていますよ。題名は『自由ののの薬』です。」
もちろん嘘。確かに『自由の薬』は書いたことがあるが、『自由ののの薬』等は書いていない。
編集者は、ほぅ、と言って再びファイルに目を落とした。
しばらくして、
「申し訳ないです。『自由ののの薬』は既に、」
「なら、もう一つの方を。『near灘な荒2又ナヤタハラ584年タ隼田』という小説です」
編集者は、三度ファイルを。
そうして、
「こちらも、既に、」
僕は小説家をやめた。
8
辺は池の瘴気に包まれる。そうして寸分先も見えぬ赤黒い霧に、見知った顔が浮かんでいる。
「ようやく思い出したか。遅すぎるくらいだな」
「といっても名前を思い出しただけですが」
それでいい。男はいうと、件の布を丁寧に袋に戻し、蜘蛛の縄へと注意を向かわせた。
「俺は話をすすめたいんだァ」
男は縄の先端、輪になっている部分を自らの首に掛ける。そして一層低い声で唸った。その声は、私の無言を決め付けるのに十分な威圧を含んでいる。
「黙れって、わかんねぇもんかな。俺はな、話を進めたいんだよ。わかるか」
あぁ、黙っているじゃァないですか。
「俺なぁ、お前を待ったんだぜ」
もし嘘だとしても、ありがとう十四。だが、お前は何をしたかったのか。
「気づいたんだァ…」
あぁ、何に。
男は首の輪を、キュッと締めた。
「これで、助かるんだぜ。あぁ、これで天国にな。」
どういうことか。胸の高さまでしかなかった縄の先端は、男を吊り上げるように引き上がっている。
「思っだ通り。はぢめがァ、づらいんだな。」
ゆっくりとだが、縄は確実に高まっている。
「ぎっとな、この糸わァ。観音様が、俺だちをオ、」
そうか。男が首に輪をかけたころから、縄は高まっているのか。
「だがらぁな。お前ざんも、俺が逝っだらすぐゥ」
男は私の身の丈ほどの宙に吊られている。
「アどぉ、おいがけてェごいよォ、」
男は苦しそうに、わかったなという顔を作る。しかし、その顔はどこか嬉しそうで。男はみるみる高まる。もう5メートルはありそうだ。本当にこれは、神と呼ばれるものが我々を天に引き上げるための、救いなのか。
「アァ」
救いにしては。
「イギガァ。ァァ」
惨すぎる。
ぷつり、と縄が切れた。
「ェッ」
ぽちゃ、と男が池に落ちた。
「え」
その間抜けた水音に、我に返る。どうして男は首をつったのだ。どうして縄は上がったのか。どうして切れたか。どうして落ちたか。男は何を知っていたか。どうして男は落ちることに驚いた顔をしていたのか。男は落ちることを予想してなかったのか。男は。
無数の疑問が頭をよぎる。が、それらは一つの不可解に収束される。
「どうして、浮かんでこないのだ」
男が、浮かび上がってこない。じっと男の落ちたところを凝らして、
すると男の服と、布の入った真空袋が浮かんできた。いくら待っても男が浮かんでくることはない。十四はここに死んだらしかった。
周囲の瘴気が薄らいでいく。辺りが澄むと、私たちの周りに、無数の蜘蛛の縄が垂れ下がっていたことがわかった。
9
私は男の真空袋を取って、蜘蛛の縄から逃げてきた。今居る此処には縄は一つも下がって無いようだ。ところで十四の死からしばらくして、いくつかわかったことがある。
まず蜘蛛の縄だが、あれはこの血の池の所々に存在しているようである。しかし分布は疎らであり、彼処のような密集地帯もあれば此処のような過疎地帯もあるようで。あと亡者だ。あれは知能がないものと思っていたのだが、どうも時折知性があるように見られる。これについては、今私の前方で座り込んでいる亡者をしばらく観察していて分かったことだ。
腹が減ったなぁ。男が食えといった、池の血肉。私はまだ食べてはいない。もちろんこれからも食べるつもりはないが、これ以上の飢えが続けばその自信はない。
「なっ、何故でしょうか。ならば、」
亡者が急にそう叫んだ。
腹が空き、何もすることがないので亡者を見ていることにしていたが、ここまで意味のある叫びは初めてかも知れない。しかし、所詮は亡者だ。話しかけても白目を剥くばかりであるし、おそらく心地の悪い狂った夢でも見ているのだろう。
「多少題名を変えれば」
それにしてはうるさいなァ。
「なるほど。ならば、僕の小説は、諦めなければならないですねェ」
前半終了
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