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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
第三章「街道」:第9話「ノイレンシュタット」
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第3章.第9話「ノイレンシュタット」
デュオニュースの工房を出た後、デュオニュースとのやり取りを思い出し、冷や汗が止まらない。
欲しい武器を手に入れる算段ができたのと魔導書の手掛かりを得ることができたので、非常にいい結果なのだが、人間国宝級の職人のところに初心者が道具を作ってくださいってお願いしに行くようなものだから、緊張しまくっていた。
これでドライセンブルクの予定は終了したので宿で馬と荷物を回収し、ノイレンシュタットに向かうことにする。
ドライセンブルクからノイレンシュタットまでの移動手段は水路と陸路。水路はエーベ河を行き来する定期船が出ており、これが一番早い。
陸路は、ドライセンブルクから一旦東に出てエーベ河上流の橋まで行き、川を渡る必要があるため、かなり遠回りになる。
水路を使えば五マイル下るだけなので乗船手続きなどを入れても二時間くらい、陸路だと倍の十マイルくらいの距離になるため、徒歩なら四時間くらい掛かる。
船賃は一人一S、馬一頭二S、荷馬車一台五Sになる。
陸路でも良かったが、この世界の船に興味があったので水路を選ぶことにした。
ドライセンブルクの正門を出て直ぐのエーベ河の川岸にある船着場に向かう。
船着場はエーベ河の川岸に作られた石造りの確りとした岸壁で、出港準備をしているらしい船が一艘だけロープで係留されている。
午前十一時出発の便に間に合ったので銀貨三枚を支払い、乗船の指示を待つ。
船は全長二十m、幅七mくらいの単甲板の木造船で真ん中に帆柱が一本立っているが、下りということもあり、帆はかけられていない。
馬と荷馬車は船の後ろ側、乗客が前方側に分けられており、乗客側には簡単な日除けの帆布が掛けられている。乗客用の簡単な木製のベンチシートも設置されている。
乗客は三十人くらいで馬は五頭、荷馬車はなかった。
船員の指示に従い、馬を後ろの甲板の下に連れて行き、暴れないように繋いでおく。
馬に載せている荷物を持ち、前甲板に向かう。
席は決まっていないようなので、見晴らしの良さそうな席に座る。
二十分ほどで乗客の乗り込みが完了し、銅鑼の合図と共に出港する。
岸壁から離れるときに少し揺れたものの、川の流れに乗った後はほとんど揺れず、快適な船旅だ。
エーベ河のこの辺りは幅三百mくらいあり、流れはかなり緩やかになっている。水は少し濁っている感じだが、大きな川の割にはきれいな水だ。
川面を吹き抜ける風が涼しく、火の月の暑さを忘れさせてくれる。
三十分ほどすると、下流から遡上してくる船とすれ違う。遡上するために帆をかけ、風力で川の流れに逆らっているようだ。
よく見ると櫂を出す穴もあるので、風が弱い時や流れがきつい時は櫂も併用するのかもしれない。
すれ違う船に手を振りながら周りを見てみると、後ろにドライセンブルクが見える。
高い尖塔や矢狭間のある城壁が川面に映る美しい風景が広がっている。
出港から一時間半くらい経つと前方にノイレンシュタットの街並が見えてきた。
ドライセンブルクと違い城壁は無く、緩やかな丘の上に建てられている建物は白い漆喰で覆われた物が多く、地中海の街並のような暖かく明るい印象を受ける。
ノイレンシュタットは北側がエーベ河に接し、南に八kmくらい、東西は五kmくらいの大都市で船着場は北の中心にあたる。この船着場からノイレンシュタットは発展していったため、船着場を中心に南に行くほど、そして東西に広がるほど新しい町になる。
出港から二時間、ノイレンシュタットの船着場に到着。馬と共に船から降り、街に入っていく。
やはり城壁はなく当然検問もない。
ノイレンシュタットは入市税を取らない自由商業都市であるため、荷物を背負った人の姿が多い。
船着場でギルドの位置を聞くとノイレンシュタットには二ヶ所ギルド支部があるそうで、近いほうの北支部の場所を教えてもらった。
船着場からギルドの北支部までの十分ほどの距離を馬でのんびりと進んでいく。
道幅は十mくらいあり、荷馬車や荷車が多く往来している。船着場から街の中央に向かうこの地区は貿易商が多く店を構える一画のようだ。
貿易商の多い地区を抜けると小さな商店が並んでいる地区に入っていく。
露天商の屋台が多く人通りも多いので馬から下りて歩いていると、ギルドの建物が目に入った。建物は木造3階建、壁はきれいな白い漆喰で覆われ、屋根はオレンジ色の屋根瓦が葺かれており、リゾートホテルのような外観をしている。
馬を繋ぎ、ギルドの中に入っていく。
昼を過ぎた時間だというのにかなり活気がある。普通のギルドであれば、朝の依頼受付、夕方の依頼完了報告の間の一番暇な時間なのだが、ホールには二十人から三十人くらいの冒険者がいて、受付カウンターもすべて埋まっている。
列に並び、数分後に受付カウンターで話をすることができた。
いつものようにお勧めの宿とラングニック地区の場所を聞くだけつもりだったが、余りの賑わいに、「ノイレンシュタットは初めてだが、いつもこんなに人が居るのかい?」と尋ねてしまった。
受付嬢はいつものことのようで、明るく答えてくれた。
「初めての方は皆さんビックリされますが、いつもの通りですよ。ここノイレンシュタットでは討伐や採取クエストはほとんどなくて、護衛クエストがほとんどなので、護衛クエストを終えてこられる方と明日以降の護衛依頼を確認される方でいつでもこのくらいは人が居ますよ」
俺はなるほどと思い、次は護衛クエストを受けに来るつもりだと言うと、
「北支部は北、東方面への依頼だけですので、西や南に行かれるのであれば、南支部で依頼を受けてください」と教えていくれた。
さすが王国最大の商業都市だ。護衛だけでも2ヶ所もギルドが必要だとはとまた感心してしまった。
無駄話をしていると後ろに迷惑になるので、お勧めの宿を聞き、受付嬢に礼を言ってから、「西風」亭という宿に向かった。
お勧めを聞く際に、昨日のドライセンブルクの二の舞にならないように受付嬢に昨日のことを説明した上で「安全で料理がおいしく、あまり高級ではない宿」をオーダーした。
受付嬢は「三本の剣」亭のことは知っていたらしく、
「あそこは、騎士団の関係者の方が主に使われる宿で、冒険者の方はAランク以上の裕福な方でもあまり使われないそうですよ。確かに「安全で料理がおいしい」のは間違いないですが、本部の受付にからかわれたのかもしれませんね」と笑っていた。
俺は心の中で、「絶対おかしいと思った。今度、ドライセンブルクに行ったら、絶対文句を言ってやる」と悪態を突く。
「本部は普通、行政関係の方、騎士団関係の方、ギルドの中でも支部のギルドマスターなど偉い方しか行きませんから、普通の冒険者であるタイガ様が入っていたので向こうもビックリしたのかもしれませんね」
(あの居心地の悪さはそういうことか。誰も行かないということは、ドライセンブルクのガイドブックみたいなものがあるのか?それとも毎回宿をギルドに聞きにいく俺がおかしいのか?)
何だかすっきりしないと思いながら歩くと五分ほどですぐに西風亭に到着した。
こちらは一泊二食付で八S、馬が四Sとオステンシュタットの止まり木亭と同じ値段設定で雰囲気も良く似ている。今日はゆっくり夕食が食べられそうだ。
二泊分の料金を支払い、馬を厩舎に連れて行く。馬の世話は一日二Sでやってくれるということなので二日分支払い、部屋に向かった。
昼食がまだだったので部屋に荷物を置き、屋台でクレープ状の生地に刻んだ野菜と炙った豚肉を挟んだものを買って昼食にする。
まだ、午後三時前なのでラングニック地区に向かうことにした。
船の中で世間話をしている時にラングニック地区について少し聞いておいた。
ラングニック地区はエーベ河の船着場から南に約三kmの場所にあり、魔道具から骨董品などを取り扱う店や露天商が多い街区であるが、ノイレンシュタット市民からは、はずれが多いことから、「ガラクタ町」と呼ばれているという。
宿からは三十分ほど歩けばラングニック地区に行けるので、今日のうちに一回下見をしておくことにした。
ラングニック地区に入ると怪しげな道具や本が多く並んでいるのを目にする。
鑑定を使って見てみると確かにガラクタが多い。
酒を生み出す魔法の壷はただ単に2重底の手品まがいのもので、二Gの値が付いている。他にも、魔力切れで使えないとの但し書きが付いた「炎の杖」はただの木の杖に半透明の白い石が付けられているだけのものだったり、オリハルコンの鏃は赤いガラスの鏃だったりする。
見ている分には面白いが、ほとんど当たりがない。
日本でも骨董品をおいている店に掘り出し物が少ないのと同じで買った方が納得すればそれでいいのかもしれない。
ぶらぶら歩いているとオルトヴィーンの店があったので、中に入ってみた。
今まで外ればかりを見てきたのでデュオニュースさんには、悪いが余り期待していなかった。
実際、中に入ってみてもガラクタが多く、着火の魔道具と水属性魔法を利用した保冷箱だけがまともなものだった。
店主のオルトヴィーンは不在なのか、七、八歳くらいの少年が独りで店番をしている。
一応、聞いてみるかと、「オルトヴィーンさんはいないのか?」と声を掛けると、その少年は、オルトヴィーンはもう少ししたら帰ってくると答えてくれた。
そして、自分でも商売をするつもりなのか、「何が欲しいんだい?」と聞いてくる。
幼いが置いてある場所くらいなら知っているかもと、
「魔導書が欲しいんだが、本物は並んでいないようだな」と言うと、
「へぇー。ここに何冊も魔導書があるのに中も見ずに全部偽物だってわかるの?」と不思議そうな顔をしている。
あまり、店の悪口を言うのもなんだなと思いながらも、「ああ、少なくともここにあるもので本物は着火の魔道具と保冷箱だけだな」と言ってしまう。
彼は「よく判るね。同業者かい」と少し警戒しているような目で俺を見てくる。
俺はすぐに手を振り、「いや、ただの冒険者だ。独学で魔法を覚えたくてね。それで探しているんだよ」
「魔法って独学で覚えられるもんじゃないだろ。魔導書を手に入れても役に立たないかもしれないじゃないか。本当に自分で使うのかい?」
ここまで話してみて、この少年にかなり違和感を覚えた。
(七、八歳くらいでもませた子供もいるが、ここまで客と交渉できるのはちょっと異常だ。ちょっと鑑定してみるか)
鑑定してみると竜人族で年齢が百二十歳と出ている。状態に変身中とあることから魔法で姿を変えているようだ。
「ああ、自分で使う。ところでオルトヴィーンさんってどんな人だい? きっとすごい恥ずかしがり屋なんだろう。たまに小さな子供に化けていたりするんじゃないか?」
俺が少し軽い口調でそう言うと、その少年は急に話し方を変えてきた。
「なんだ、ばれていたのか。誰の紹介でここに来た?」
「ドライセンブルクのデュオニュースさんの紹介だ。魔法を増やしたいと言ったら、ここで相談しろって言われた」
オルトヴィーンは変身を解いたようで少年の姿から三十歳くらいの人間の男性の姿に変わっている。
鑑定で見るとまだ変身中なので本当の姿ではないようだが、向こうが本当の姿を見せたくないなら、指摘しないでおいたほうがこの後の交渉がスムーズに行くだろう。
「魔法を”覚える”じゃなくて”増やし”たいか。ということは、多少は魔法が使えるということだな。まあ、俺の”変化”の魔法を見破るくらいだから、嘘を言っているわけでも無さそうだな」
「で、何かあるのか。予算は金貨五百枚くらいまでなら出せるが」
「ほう、その若さで金貨五百枚か。ちょっと待ってろ」と言って、店の奥に入って行く。
しばらくすると、何冊かの本を持って戻ってきた。
「この辺りがあんたの欲しいものだろう。中を見てもいいぞ。好きなのを選んでくれ」といって、三冊の薄い本を台に置いた。
一冊目は属性魔法の入門書でコモンとルーン(日本語)で書かれている。マナの集め方から呪文の唱え方が図入りで書かれており、この世界の人にはわかりやすいのだろう。入門書というだけあって、載っている呪文は低位のものばかりだ。
二冊目も入門書のようでこちらには属性魔法と治癒魔法が記載されている。
三冊目は原書のようだ。すべて日本語で書かれており、漢字も多い。第五階位までの属性魔法、治癒魔法が載っている。
(来て正解だったな。普通の魔術師なら厳しいかもしれないだろうけど、“日本語”で書かれていても問題ない。第五階位まで使えるようになるなら、五百Gでも安い買い物だ)
そう考えながら、「この魔導書がほしい。いくらだ」と値段を聞いてみる。
「金貨五百枚だが、上位古代語だけで書かれた研究者用の本だが、大丈夫か」と少し疑わしそうな目で俺に聞いてきた。
「大丈夫だ。ギルドカードでは支払いできないようだから、明日金を持ってくるから取り置きしておいてくれ。この本だと第五階位までだが、それ以上の呪文が載っている本は置いていないのか?」
俺は軽い気持ちでそう聞くと、彼は更に疑わしいものを見るような眼で俺を見ながら、
「魔法の専門家なのかド素人なのか判断に迷うな。古代帝国の崩壊によって第六階位以上の呪文が失われたのは常識だろう。あるとしたら、ドライセンブルクの王国図書館の古代書保管室かプルゼニ王国の宝物庫くらいなもんだ」
(そうなんだ。もう少し常識を身につけたほうがいいな)
「いや、聞いてみただけだよ。じゃ、明日金を持ってくる」と誤魔化しながら、オルトヴィーンの店を出ていった。
今日一日、大都会ノイレンシュタットを歩いてみて思ったのだが、さすがに人の行き来が多く、その中には黒い髪の人間が結構いた。
エールで無理やり髪を染めたが、このノイレンシュタットの様子を見る限り、色が安定しないかもしれないエールでの染髪はやめた方が悪目立ちしなくていいかもしれない。
既にこの世界に来て三ヶ月。髪はゴスラーで一度切ったが、まだ結構長い。夕食までまだ時間があるから、鋏を借りて思いっきり短くするのも変装の役に立つかもしれない。
宿の主人に鋏を借り、庭で髪を切る。暑い日が続いているので、三cmくらいに短く切るが、後ろがうまくいているのか判らない。周りにも結構適当に切っている人が多いので目立ちはしないが、こういう時に仲間がいると助けてもらえるのにと思ってしまった。
髪を切った後、浴室で髪の毛と汗を流し、さっぱりしたところで夕食に向かう。
夕食は川魚料理がメインでマスのポワレとスズキのムニエル風が二品にホトフ風の煮込み料理と野菜が付く。ここには地下水を使って冷やしたビール(エールではなくホップを利かしたもの)があった。
外が暑かったことと風呂上りということもあり、大ジョッキで三杯飲み、部屋に戻る。
やっぱり夏には冷えたビールがうれしい。
翌朝、明日からまた旅に出るので宿に洗濯を頼んでおく。
午前中のうちに一度ギルドに行き、金貨五百枚を引き出し、オルトヴィーンの店に向かう。
金貨五百枚を支払い、目的の魔導書「魔術士 二次試験対策:低位魔法徹底マスター」を購入する。
オルトヴィーンに本の題名の意味を聞いてみたが、わかっていなかった。
いかにも日本人が付けそうな参考書の名前だ。
何百年か何千年かわからないが、大昔には魔術士という資格があり、それを取るため、この参考書を片手に勉強したんだろう。
デュオニュースの工房を出た後、デュオニュースとのやり取りを思い出し、冷や汗が止まらない。
欲しい武器を手に入れる算段ができたのと魔導書の手掛かりを得ることができたので、非常にいい結果なのだが、人間国宝級の職人のところに初心者が道具を作ってくださいってお願いしに行くようなものだから、緊張しまくっていた。
これでドライセンブルクの予定は終了したので宿で馬と荷物を回収し、ノイレンシュタットに向かうことにする。
ドライセンブルクからノイレンシュタットまでの移動手段は水路と陸路。水路はエーベ河を行き来する定期船が出ており、これが一番早い。
陸路は、ドライセンブルクから一旦東に出てエーベ河上流の橋まで行き、川を渡る必要があるため、かなり遠回りになる。
水路を使えば五マイル下るだけなので乗船手続きなどを入れても二時間くらい、陸路だと倍の十マイルくらいの距離になるため、徒歩なら四時間くらい掛かる。
船賃は一人一S、馬一頭二S、荷馬車一台五Sになる。
陸路でも良かったが、この世界の船に興味があったので水路を選ぶことにした。
ドライセンブルクの正門を出て直ぐのエーベ河の川岸にある船着場に向かう。
船着場はエーベ河の川岸に作られた石造りの確りとした岸壁で、出港準備をしているらしい船が一艘だけロープで係留されている。
午前十一時出発の便に間に合ったので銀貨三枚を支払い、乗船の指示を待つ。
船は全長二十m、幅七mくらいの単甲板の木造船で真ん中に帆柱が一本立っているが、下りということもあり、帆はかけられていない。
馬と荷馬車は船の後ろ側、乗客が前方側に分けられており、乗客側には簡単な日除けの帆布が掛けられている。乗客用の簡単な木製のベンチシートも設置されている。
乗客は三十人くらいで馬は五頭、荷馬車はなかった。
船員の指示に従い、馬を後ろの甲板の下に連れて行き、暴れないように繋いでおく。
馬に載せている荷物を持ち、前甲板に向かう。
席は決まっていないようなので、見晴らしの良さそうな席に座る。
二十分ほどで乗客の乗り込みが完了し、銅鑼の合図と共に出港する。
岸壁から離れるときに少し揺れたものの、川の流れに乗った後はほとんど揺れず、快適な船旅だ。
エーベ河のこの辺りは幅三百mくらいあり、流れはかなり緩やかになっている。水は少し濁っている感じだが、大きな川の割にはきれいな水だ。
川面を吹き抜ける風が涼しく、火の月の暑さを忘れさせてくれる。
三十分ほどすると、下流から遡上してくる船とすれ違う。遡上するために帆をかけ、風力で川の流れに逆らっているようだ。
よく見ると櫂を出す穴もあるので、風が弱い時や流れがきつい時は櫂も併用するのかもしれない。
すれ違う船に手を振りながら周りを見てみると、後ろにドライセンブルクが見える。
高い尖塔や矢狭間のある城壁が川面に映る美しい風景が広がっている。
出港から一時間半くらい経つと前方にノイレンシュタットの街並が見えてきた。
ドライセンブルクと違い城壁は無く、緩やかな丘の上に建てられている建物は白い漆喰で覆われた物が多く、地中海の街並のような暖かく明るい印象を受ける。
ノイレンシュタットは北側がエーベ河に接し、南に八kmくらい、東西は五kmくらいの大都市で船着場は北の中心にあたる。この船着場からノイレンシュタットは発展していったため、船着場を中心に南に行くほど、そして東西に広がるほど新しい町になる。
出港から二時間、ノイレンシュタットの船着場に到着。馬と共に船から降り、街に入っていく。
やはり城壁はなく当然検問もない。
ノイレンシュタットは入市税を取らない自由商業都市であるため、荷物を背負った人の姿が多い。
船着場でギルドの位置を聞くとノイレンシュタットには二ヶ所ギルド支部があるそうで、近いほうの北支部の場所を教えてもらった。
船着場からギルドの北支部までの十分ほどの距離を馬でのんびりと進んでいく。
道幅は十mくらいあり、荷馬車や荷車が多く往来している。船着場から街の中央に向かうこの地区は貿易商が多く店を構える一画のようだ。
貿易商の多い地区を抜けると小さな商店が並んでいる地区に入っていく。
露天商の屋台が多く人通りも多いので馬から下りて歩いていると、ギルドの建物が目に入った。建物は木造3階建、壁はきれいな白い漆喰で覆われ、屋根はオレンジ色の屋根瓦が葺かれており、リゾートホテルのような外観をしている。
馬を繋ぎ、ギルドの中に入っていく。
昼を過ぎた時間だというのにかなり活気がある。普通のギルドであれば、朝の依頼受付、夕方の依頼完了報告の間の一番暇な時間なのだが、ホールには二十人から三十人くらいの冒険者がいて、受付カウンターもすべて埋まっている。
列に並び、数分後に受付カウンターで話をすることができた。
いつものようにお勧めの宿とラングニック地区の場所を聞くだけつもりだったが、余りの賑わいに、「ノイレンシュタットは初めてだが、いつもこんなに人が居るのかい?」と尋ねてしまった。
受付嬢はいつものことのようで、明るく答えてくれた。
「初めての方は皆さんビックリされますが、いつもの通りですよ。ここノイレンシュタットでは討伐や採取クエストはほとんどなくて、護衛クエストがほとんどなので、護衛クエストを終えてこられる方と明日以降の護衛依頼を確認される方でいつでもこのくらいは人が居ますよ」
俺はなるほどと思い、次は護衛クエストを受けに来るつもりだと言うと、
「北支部は北、東方面への依頼だけですので、西や南に行かれるのであれば、南支部で依頼を受けてください」と教えていくれた。
さすが王国最大の商業都市だ。護衛だけでも2ヶ所もギルドが必要だとはとまた感心してしまった。
無駄話をしていると後ろに迷惑になるので、お勧めの宿を聞き、受付嬢に礼を言ってから、「西風」亭という宿に向かった。
お勧めを聞く際に、昨日のドライセンブルクの二の舞にならないように受付嬢に昨日のことを説明した上で「安全で料理がおいしく、あまり高級ではない宿」をオーダーした。
受付嬢は「三本の剣」亭のことは知っていたらしく、
「あそこは、騎士団の関係者の方が主に使われる宿で、冒険者の方はAランク以上の裕福な方でもあまり使われないそうですよ。確かに「安全で料理がおいしい」のは間違いないですが、本部の受付にからかわれたのかもしれませんね」と笑っていた。
俺は心の中で、「絶対おかしいと思った。今度、ドライセンブルクに行ったら、絶対文句を言ってやる」と悪態を突く。
「本部は普通、行政関係の方、騎士団関係の方、ギルドの中でも支部のギルドマスターなど偉い方しか行きませんから、普通の冒険者であるタイガ様が入っていたので向こうもビックリしたのかもしれませんね」
(あの居心地の悪さはそういうことか。誰も行かないということは、ドライセンブルクのガイドブックみたいなものがあるのか?それとも毎回宿をギルドに聞きにいく俺がおかしいのか?)
何だかすっきりしないと思いながら歩くと五分ほどですぐに西風亭に到着した。
こちらは一泊二食付で八S、馬が四Sとオステンシュタットの止まり木亭と同じ値段設定で雰囲気も良く似ている。今日はゆっくり夕食が食べられそうだ。
二泊分の料金を支払い、馬を厩舎に連れて行く。馬の世話は一日二Sでやってくれるということなので二日分支払い、部屋に向かった。
昼食がまだだったので部屋に荷物を置き、屋台でクレープ状の生地に刻んだ野菜と炙った豚肉を挟んだものを買って昼食にする。
まだ、午後三時前なのでラングニック地区に向かうことにした。
船の中で世間話をしている時にラングニック地区について少し聞いておいた。
ラングニック地区はエーベ河の船着場から南に約三kmの場所にあり、魔道具から骨董品などを取り扱う店や露天商が多い街区であるが、ノイレンシュタット市民からは、はずれが多いことから、「ガラクタ町」と呼ばれているという。
宿からは三十分ほど歩けばラングニック地区に行けるので、今日のうちに一回下見をしておくことにした。
ラングニック地区に入ると怪しげな道具や本が多く並んでいるのを目にする。
鑑定を使って見てみると確かにガラクタが多い。
酒を生み出す魔法の壷はただ単に2重底の手品まがいのもので、二Gの値が付いている。他にも、魔力切れで使えないとの但し書きが付いた「炎の杖」はただの木の杖に半透明の白い石が付けられているだけのものだったり、オリハルコンの鏃は赤いガラスの鏃だったりする。
見ている分には面白いが、ほとんど当たりがない。
日本でも骨董品をおいている店に掘り出し物が少ないのと同じで買った方が納得すればそれでいいのかもしれない。
ぶらぶら歩いているとオルトヴィーンの店があったので、中に入ってみた。
今まで外ればかりを見てきたのでデュオニュースさんには、悪いが余り期待していなかった。
実際、中に入ってみてもガラクタが多く、着火の魔道具と水属性魔法を利用した保冷箱だけがまともなものだった。
店主のオルトヴィーンは不在なのか、七、八歳くらいの少年が独りで店番をしている。
一応、聞いてみるかと、「オルトヴィーンさんはいないのか?」と声を掛けると、その少年は、オルトヴィーンはもう少ししたら帰ってくると答えてくれた。
そして、自分でも商売をするつもりなのか、「何が欲しいんだい?」と聞いてくる。
幼いが置いてある場所くらいなら知っているかもと、
「魔導書が欲しいんだが、本物は並んでいないようだな」と言うと、
「へぇー。ここに何冊も魔導書があるのに中も見ずに全部偽物だってわかるの?」と不思議そうな顔をしている。
あまり、店の悪口を言うのもなんだなと思いながらも、「ああ、少なくともここにあるもので本物は着火の魔道具と保冷箱だけだな」と言ってしまう。
彼は「よく判るね。同業者かい」と少し警戒しているような目で俺を見てくる。
俺はすぐに手を振り、「いや、ただの冒険者だ。独学で魔法を覚えたくてね。それで探しているんだよ」
「魔法って独学で覚えられるもんじゃないだろ。魔導書を手に入れても役に立たないかもしれないじゃないか。本当に自分で使うのかい?」
ここまで話してみて、この少年にかなり違和感を覚えた。
(七、八歳くらいでもませた子供もいるが、ここまで客と交渉できるのはちょっと異常だ。ちょっと鑑定してみるか)
鑑定してみると竜人族で年齢が百二十歳と出ている。状態に変身中とあることから魔法で姿を変えているようだ。
「ああ、自分で使う。ところでオルトヴィーンさんってどんな人だい? きっとすごい恥ずかしがり屋なんだろう。たまに小さな子供に化けていたりするんじゃないか?」
俺が少し軽い口調でそう言うと、その少年は急に話し方を変えてきた。
「なんだ、ばれていたのか。誰の紹介でここに来た?」
「ドライセンブルクのデュオニュースさんの紹介だ。魔法を増やしたいと言ったら、ここで相談しろって言われた」
オルトヴィーンは変身を解いたようで少年の姿から三十歳くらいの人間の男性の姿に変わっている。
鑑定で見るとまだ変身中なので本当の姿ではないようだが、向こうが本当の姿を見せたくないなら、指摘しないでおいたほうがこの後の交渉がスムーズに行くだろう。
「魔法を”覚える”じゃなくて”増やし”たいか。ということは、多少は魔法が使えるということだな。まあ、俺の”変化”の魔法を見破るくらいだから、嘘を言っているわけでも無さそうだな」
「で、何かあるのか。予算は金貨五百枚くらいまでなら出せるが」
「ほう、その若さで金貨五百枚か。ちょっと待ってろ」と言って、店の奥に入って行く。
しばらくすると、何冊かの本を持って戻ってきた。
「この辺りがあんたの欲しいものだろう。中を見てもいいぞ。好きなのを選んでくれ」といって、三冊の薄い本を台に置いた。
一冊目は属性魔法の入門書でコモンとルーン(日本語)で書かれている。マナの集め方から呪文の唱え方が図入りで書かれており、この世界の人にはわかりやすいのだろう。入門書というだけあって、載っている呪文は低位のものばかりだ。
二冊目も入門書のようでこちらには属性魔法と治癒魔法が記載されている。
三冊目は原書のようだ。すべて日本語で書かれており、漢字も多い。第五階位までの属性魔法、治癒魔法が載っている。
(来て正解だったな。普通の魔術師なら厳しいかもしれないだろうけど、“日本語”で書かれていても問題ない。第五階位まで使えるようになるなら、五百Gでも安い買い物だ)
そう考えながら、「この魔導書がほしい。いくらだ」と値段を聞いてみる。
「金貨五百枚だが、上位古代語だけで書かれた研究者用の本だが、大丈夫か」と少し疑わしそうな目で俺に聞いてきた。
「大丈夫だ。ギルドカードでは支払いできないようだから、明日金を持ってくるから取り置きしておいてくれ。この本だと第五階位までだが、それ以上の呪文が載っている本は置いていないのか?」
俺は軽い気持ちでそう聞くと、彼は更に疑わしいものを見るような眼で俺を見ながら、
「魔法の専門家なのかド素人なのか判断に迷うな。古代帝国の崩壊によって第六階位以上の呪文が失われたのは常識だろう。あるとしたら、ドライセンブルクの王国図書館の古代書保管室かプルゼニ王国の宝物庫くらいなもんだ」
(そうなんだ。もう少し常識を身につけたほうがいいな)
「いや、聞いてみただけだよ。じゃ、明日金を持ってくる」と誤魔化しながら、オルトヴィーンの店を出ていった。
今日一日、大都会ノイレンシュタットを歩いてみて思ったのだが、さすがに人の行き来が多く、その中には黒い髪の人間が結構いた。
エールで無理やり髪を染めたが、このノイレンシュタットの様子を見る限り、色が安定しないかもしれないエールでの染髪はやめた方が悪目立ちしなくていいかもしれない。
既にこの世界に来て三ヶ月。髪はゴスラーで一度切ったが、まだ結構長い。夕食までまだ時間があるから、鋏を借りて思いっきり短くするのも変装の役に立つかもしれない。
宿の主人に鋏を借り、庭で髪を切る。暑い日が続いているので、三cmくらいに短く切るが、後ろがうまくいているのか判らない。周りにも結構適当に切っている人が多いので目立ちはしないが、こういう時に仲間がいると助けてもらえるのにと思ってしまった。
髪を切った後、浴室で髪の毛と汗を流し、さっぱりしたところで夕食に向かう。
夕食は川魚料理がメインでマスのポワレとスズキのムニエル風が二品にホトフ風の煮込み料理と野菜が付く。ここには地下水を使って冷やしたビール(エールではなくホップを利かしたもの)があった。
外が暑かったことと風呂上りということもあり、大ジョッキで三杯飲み、部屋に戻る。
やっぱり夏には冷えたビールがうれしい。
翌朝、明日からまた旅に出るので宿に洗濯を頼んでおく。
午前中のうちに一度ギルドに行き、金貨五百枚を引き出し、オルトヴィーンの店に向かう。
金貨五百枚を支払い、目的の魔導書「魔術士 二次試験対策:低位魔法徹底マスター」を購入する。
オルトヴィーンに本の題名の意味を聞いてみたが、わかっていなかった。
いかにも日本人が付けそうな参考書の名前だ。
何百年か何千年かわからないが、大昔には魔術士という資格があり、それを取るため、この参考書を片手に勉強したんだろう。
後書き
作者:狩坂 東風 |
投稿日:2012/12/18 22:05 更新日:2012/12/18 22:05 『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。 |
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