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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
第六章「死闘」:第8話「舞う雪の中で」
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第6章.第8話「舞う雪の中で」
午後四時三十分頃、粉雪が舞う夕闇の中、俺が現場に駆けつけたとき、先に到着した冒険者たちがノーラたちを庇いながら、周囲を警戒していた。
俺は倒れているノーラとアンジェリークを見て、心が凍った。
更にクリスティーネに抱きかかえられ、胸に剣が突き刺さっているミルコを見て、呆然と立ち尽くしていた。
冒険者たちの中に見知った顔、以前ゴーストエリアである四十八階で会ったアドルフがおり、呆然としている俺を捕まえ、すぐに状況を説明してきた。
「俺たちもちょっと前に駆けつけたところだ。二人がかなりやばい状態だと思うんだが、けんかだと思ったから、治癒師のベアトを支部に置いて来ちまった。今、呼びに行かせているからすぐ来ると思う」
そして、クリスティーネに抱かれたミルコを見てから、
「ミルコは五人を庇って殺されたみたいだ。俺たちが来てすぐに息を引き取った……」
俺は今できることに集中するため、ミルコを一瞥した後、横たわっているノーラとアンジェリークを鑑定で確認する。
(悲しむことは後でもできる。ミルコが命を張って守ったノーラとアンジェリークを必ず助ける!)
ノーラは右腕切断、アンジェリークは肋骨骨折と折れた肋骨が刺さっているのか肺に損傷がある。
(アンジェリークの方が酷い。かなり危険な状況だ)
レーネにノーラを預け、
「アンジェの方が危ない。二、三分、ノーラを見ていてくれ。アンジェの治癒が終わったら、すぐに腕を元に戻す」
俺はアンジェリークの横に跪き、肋骨と肺の再生を掛け、アンジェリークの魔力の残りを見ながら治癒魔法も掛けていく。
二分ほどでアンジェリークは危険な状況を脱した。
クリスティーネに、
「クリス! ミルコはもういい。アンジェを見てやってくれ」
俺は振り絞るようにそういい、ノーラの腕の接合に挑戦する。
「レーネ、ノーラの二の腕をしっかり押えておいてくれ。接合中に動かれるとうまく付けられないかもしれない」
レーネは青い顔で頷きながら、痛がるノーラの腕を押えていく。
ノーラの斬り落とされた右腕は鋭利な刃物で斬り落とされたため、切断面はかなり綺麗だ。更に雪の上に落ちたため、汚れもない。
(これならうまく行くはず。落ち着け!)
ガントレットなどの装備を外したノーラの腕を持ち、ずれないように見極めながら再生魔法を掛けていく。
鑑定で確認しながら、慎重に再生を掛けていく。
ノーラは痛みからか、初めは非常に苦しんだが、痛みが激しすぎたのか、治療の途中で気を失った。
その状態で約二分、俺の魔力が残り三割を切る頃、ようやく接合が成功した。
俺は魔力の使いすぎで少し疲れているが、状況を知ろうとレーネに話しかける。
「ノーラの腕は大丈夫だ。カティアがいないけど、どこに行った!」
心配しているレーネにノーラの腕の状況を説明し、もう一つ気になっていたカティアがいないことについて聞いてみた。
「ありがどう……ごじゃいまじだ。ひっく、ガディアは……ぢゆじ(治癒師)を呼びに……じゅびだい(守備隊)にいぎまじだ。うぅっ」
レーネはノーラとアンジェリークが助かったことと、殺される寸前まで行ったことから、緊張の糸が切れ、泣きながら俺に説明している。
俺はレーネの頭を軽く撫でながら、クリスティーネに何があったのか聞いた。
「クリス。何があったのか、教えてくれ。ウンケルバッハ守備隊にやられたのか?」
クリスティーネは首を横に振り、
「盗賊だと思います。ミルコさんはグンドルフかって言っていました」
意外としっかりしているクリスティーネはその時の状況を詳しく説明してくれた。
いきなり十数人の男たちに囲まれたこと、最初は何とか防いでいたがグンドルフという双剣使いが現れ、アンジェリークとノーラがやられたこと、その後、ミルコが駆けつけ、何人か倒したが、アンジェリークを庇うため、自ら盾になったことなどをゆっくりと話していった。
そして、ミルコの最後の言葉を語っていく。
「ミルコさんの最後の言葉ですが、私が聞き取れたのは、『タイガ、やっと来てくれたか。剣はどうした……まだだったか……もう修行はいらねぇ……もっと迷宮にもぐれ……おめぇなら……英雄の……超え……』ここまでです。最後に私にお礼まで言ってくれて……その後に『おっ、みんな、こんなところにいたのかよ……』と誰かと話すような感じで息を引き取られました……ぐすっ」
クリスティーネも最後には涙声になるが、気丈にも崩れ落ちることは無かった。
(ミルコすまねぇ。最後まで俺のことを……)
俺はこぶしを握り絞め、涙を堪えていた。
(くそっ! グンドルフか……奴が来るかもって、ずっと思っていたのに何も出来なかった……俺の油断だ!)
このタイミングでは、ウンケルバッハ前伯爵が何か仕掛けてくると思っていたが、まさかグンドルフと手を組んでいるとは思わなかった。それもここまで周到な準備をする時間はなかったはずだと考えていた。
(いつからなんだ。あいつらが手を組む時間なんか無かったはずだ……確か、伯爵が領地に戻る時、ファーレルで守備隊と合流した。その中に紛れ込んでいたのか。まさか、あの尊大な伯爵が盗賊と手を組むなんて……カードは伯爵が手を回したのか。だが、レイナルド隊長もいた。第三騎士団もいた。いつどうやって……いや、今更そんなことを行っても仕方が無い。ミルコはもう死んじまったんだから……)
俺はミルコの遺体の横に座り、土産の酒を手に取る。
「五人は無事だ。あんたのおかげだぜ。一緒に飲みたかったな、なあ、師匠……」
俺はミルコが死んだこと、ノーラたち五人が何とかなりそうなことから、一気に気が抜け、その場にへたり込んでいた。
三十分ほど前の午後四時過ぎ、屋敷に一人の冒険者が駆け込んできた。
「ノーラって冒険者はいるか! タイガが大変なんだ! 開けてくれ!」
冒険者は門の扉をドンドンと叩きながら、大河が襲われたと叫んでいる。
ラザファム・フォーベック隊長はその冒険者を屋敷に招きいれ、厳しい表情で事情を話すよう詰め寄る。
「どういうことだ! タイガ殿がどうしたのだ!」
「詳しくは知らないっすが、支部長から、タイガが襲われて重傷を負っちまったから、ノーラたち五人をすぐに連れて来いって言われたんです」
冒険者は物凄い剣幕で詰め寄る騎士に怯えながら、事情を話していく。
ラザファムの後ろにはアクセル、テオ、アマリー、シルヴィアも乗り出すように話を聞いている。
ラザファムはアクセルにギルド支部に向かい、状況を確認するよう命令を出しているが、真っ青な顔をしたアマリーが突然、叫びだした。
「私も行きます! タイガさんが、タイガさんが危ないなら私も行きます! 連れて行ってください!」
必死の形相でラザファムに掴みかかって訴える。
「外は危険です。タイガ殿がそう簡単に後れを取るとは思えません。アクセルが走れば三十分も掛からないはずですから、どうか落ち着いて」
ラザファムはアマリーを落ち着かせるよう説得に入る。
「でも、一緒に行けば時間は掛かりません。もし間に合わなかったら……家族の死に目にも会えなかったのにタイガさんとまで……お願いします!」
ラザファムもアマリーの事情を聞いていたため、彼女の思いも理解できる。彼は苦渋の選択をした。
「アクセル・フックスベルガー、テオフィルス・フェーレンシルト。両名は五名ずつの兵を指揮し、アマリー殿を護衛しつつ、すぐにギルド支部に向かえ!」
アクセルとテオは「はっ!」と短い返事をした後、すぐに出発の準備を始める。
シルヴィアも当然のように準備を始め、五分後には一階のホールに集合した。
シルヴィアは、「私はアマリーの護衛だから一緒に行く」と宣言、時間をとられることを嫌ったラザファムは即座に了承する。
「アクセル、テオフィルス。頼んだぞ。アマリー殿、シルヴィア殿の安全を守ることを優先せよ」
午後四時一〇分、アマリーとシルヴィア、それに護衛の十二名の騎士たちが屋敷を飛び出していく。
外は視界を奪う雪が舞い、薄暗くなり始めた道は完全に雪に覆われていた。
屋敷を出て数分、住宅が並ぶ一角に入る。
更に進むと、道が少し広くなり、公園のような造りの場所に出た。
アクセルの部下に配された従騎士のイェンスが突然警戒の声を上げる。
「誰だ! 出て来い!」
アクセル、テオの二人は一瞬戸惑うがすぐに剣を引抜き、戦闘態勢を整える。
不審な者は見えないが、気配は感じる。そう思った直後、空気を切り裂く音が四方から聞こえ、十本の矢が騎士たちに降り注いでいく。
キャア!という声と共に中央にいたアマリーが倒れ、シルヴィアにも数本の矢が突き刺さっていた。
「全員、アマリー殿とシルヴィア殿の盾になれ! テオ、ここを任す!」
アクセルはそう叫ぶと一人、矢が飛んできた方に向け、突撃していく。
二撃目、三撃目と騎士たちに撃ち込まれ、騎士たちはハリネズミのような状態になっている。
シルヴィアは防具に守られたため、致命傷は負っていないが、足を射抜かれ立ち上がれない。横に倒れているアマリーのところに這っていき、彼女を庇うように覆い被さる。
アクセルは一人の弓使いを見つけ、斬りかかろうとするが、周囲から放たれる矢が次々と刺さり、血塗れになっていく。
何とか弓使いに接近し、攻撃を掛けるが、軽装の弓使いはすぐに後退して行く。
他の弓使いに対しても同じように攻撃を掛けるが、血塗れのアクセルは有効な攻撃を決められぬまま、その場に倒れてしまった。
襲撃者からの攻撃は執拗に続くが、アマリーたちを守るため動くことが出来ない。
テオはシルヴィアとアマリーの上に覆い被さり、
「ここは俺が守る全員奴らに攻撃を掛けろ!」
次々と矢が放たれ、既に十本近いの矢が突き刺さっているテオの体に更に矢が突き刺さっていく。
十人の兵たちが怒りに燃えて、襲撃者たちに攻撃を掛けていくと、
「撤退するぞ!」
という声が聞こえ、弓使いたちは一斉にその場を後にする。
襲撃者が全員撤退したことを確認し、従騎士のイェンスが屋敷のラザファムに伝令を出し、アマリー、シルヴィア、アクセル、テオの四人を安全な場所に引き摺っていった。
アマリーは背中と脇腹に三本の矢が刺さり、息が浅くなっている。
シルヴィアは右足の付け根を射抜かれ、動脈が損傷したのか血が流れ続けている。
アクセルは足と腕に五本、鎧の隙間から二本の矢が突き刺さっているが、急所は防具により守られ致命傷は負っていない。但し、出血が激しく息が荒い。
テオは背中に七本、太ももに四本の矢が刺さると共に、脇腹に深く突き刺さった矢が内臓を傷付けている。このため、意識がなく、騎士団関係者の中では最も重篤な状態になっている。
アクセルが意識を取り戻したため、臨時で指揮を執っているイェンスに指示を出している。
「アマリー殿、シルヴィア殿は無事か!」
「アマリー様は背中と脇腹に三本の矢を受け、危篤。従士の治癒師エーベルが治療に当たっていますが、厳しい状況とのことです。シルヴィア殿は、意識はあるものの動脈を傷付けられ大量に血を失い、こちらも予断を許さない状況とのことです。」
「……判った。隊長に伝令は?」
「既に出しております。すぐに増援が駆けつけてくると思われます」
「騎士団の損害は?」
「テオフィルス卿が最も重篤で意識不明。従騎士は私以外の三名が重傷。従士は二名が重傷、残り四名は軽傷であるため一名を伝令に出し、二名が警戒に当たっております」
「我が騎士団の名を出し、近くの家にアマリー殿、シルヴィア殿、テオフィルスの三名を収容させてもらえ」
(副長代理、すみません……)
午後四時三十分、アクセルは再び意識を失う。
カティアは雪の中を守備隊詰所に向かい、全力で走っていた。
雪が積もり、闇の帳が落ちつつある道ではあったが、毎日通い慣れた道であるため、転倒もせず走ることが出来ている。
屋敷に近づいたとき、前方の道が喧騒に包まれていることに気付く。
そして、遠くから兵士の緊迫した声が届いてきた。
彼女は揉め事を避けるため、その場所を迂回しようかと考えたが、守備隊に一刻も早く連絡するため、そこを突っ切ることにした。
彼女が近付くと、そこにはハリネズミのように矢が突き刺さった騎士が横たわっており、装備を見ると懐かしいクロイツタール騎士団の物だと判った。
(クロイツタールの騎士様? ご主人様のお供の方たちかしら? 誰に襲われたのだろう?)
大河の配下の騎士なら、事情を説明しておいた方がいいと思い、一人の騎士を捕まえて、事情を説明しようとした。
「クロイツタールの騎士様ですか? ご主人様、いえ、タイガ様のお供の騎士様?」
カティアに捕まったのは従騎士のイェンス。アクセルが再び気を失ったので指揮を執り始めたところだった。
最初は邪険に振り払おうとしたが、タイガという名を聞き、カティアに向き直る。
「私はタイガ卿の部下の従騎士イェンス。そなたはタイガ卿の関係者か」
「タイガ様にお世話になっているカティアです。私たちのパーティが暴漢たちに襲われて……」
彼女は緊張の糸が切れたのか、最後まで言葉が紡げない。
「こちらもこのような状況。すぐには手が回せん。そちらの状況をゆっくりでいいから話してくれ」
彼女はミルコが瀕死の重傷、ノーラとアンジェリークも早く処置しないと危ない状況であるため、守備隊の治癒師を呼びに行くところだったことを話していく。
「すぐに増援が来る。シュバルツェンベルク守備隊にも連絡が行くはずだから、ここで待ちなさい。増援が来たら案内してやって欲しい」
イェンスはゆっくりと彼女に話しかけ、彼女も少し落ち着いたようで頷いている。
近隣の家が重傷者を運び込むことを了承してくれたため、一人ずつ家の中に運び込んでいく。
全員を運び込んだところで、ラザファム・フォーベック隊長が残りの兵を引き連れ、現場に到着した。
ラザファムは、イェンスからの報告を受けると共に、治癒師にアマリーたちを見させている。
そして、カティアに向かい、
「すぐに治癒師を派遣するので、案内を頼む。知っていたら教えて欲しいのだが、タイガ殿は、ご無事なのだろうか」
「タイガ様とは訓練場で別れたきりなんです」
それだけ聞くとラザファムはすぐに治癒師一名と三名の従士を派遣した。
(ウンケルバッハ守備隊は囮ではないのか? シュバルツェンベルクについて、いきなり騎士団に襲い掛かってくると思わなかった。タイガ殿、どうかご無事で。どうやらかなり強力な敵に狙われているようですぞ)
ラザファムは、まだウンケルバッハ伯爵家と帝国が、手を組んでいると思い込んでいた。
グンドルフはノーラたちを襲った後、二人の手下にある指示を出した。
「おめぇら、手筈通りにやれ!」
「「へい!」」
二人の手下は、雪の中をグンドルフらと別れ、別の場所に向かって走っていった。
午後四時三十分頃、粉雪が舞う夕闇の中、俺が現場に駆けつけたとき、先に到着した冒険者たちがノーラたちを庇いながら、周囲を警戒していた。
俺は倒れているノーラとアンジェリークを見て、心が凍った。
更にクリスティーネに抱きかかえられ、胸に剣が突き刺さっているミルコを見て、呆然と立ち尽くしていた。
冒険者たちの中に見知った顔、以前ゴーストエリアである四十八階で会ったアドルフがおり、呆然としている俺を捕まえ、すぐに状況を説明してきた。
「俺たちもちょっと前に駆けつけたところだ。二人がかなりやばい状態だと思うんだが、けんかだと思ったから、治癒師のベアトを支部に置いて来ちまった。今、呼びに行かせているからすぐ来ると思う」
そして、クリスティーネに抱かれたミルコを見てから、
「ミルコは五人を庇って殺されたみたいだ。俺たちが来てすぐに息を引き取った……」
俺は今できることに集中するため、ミルコを一瞥した後、横たわっているノーラとアンジェリークを鑑定で確認する。
(悲しむことは後でもできる。ミルコが命を張って守ったノーラとアンジェリークを必ず助ける!)
ノーラは右腕切断、アンジェリークは肋骨骨折と折れた肋骨が刺さっているのか肺に損傷がある。
(アンジェリークの方が酷い。かなり危険な状況だ)
レーネにノーラを預け、
「アンジェの方が危ない。二、三分、ノーラを見ていてくれ。アンジェの治癒が終わったら、すぐに腕を元に戻す」
俺はアンジェリークの横に跪き、肋骨と肺の再生を掛け、アンジェリークの魔力の残りを見ながら治癒魔法も掛けていく。
二分ほどでアンジェリークは危険な状況を脱した。
クリスティーネに、
「クリス! ミルコはもういい。アンジェを見てやってくれ」
俺は振り絞るようにそういい、ノーラの腕の接合に挑戦する。
「レーネ、ノーラの二の腕をしっかり押えておいてくれ。接合中に動かれるとうまく付けられないかもしれない」
レーネは青い顔で頷きながら、痛がるノーラの腕を押えていく。
ノーラの斬り落とされた右腕は鋭利な刃物で斬り落とされたため、切断面はかなり綺麗だ。更に雪の上に落ちたため、汚れもない。
(これならうまく行くはず。落ち着け!)
ガントレットなどの装備を外したノーラの腕を持ち、ずれないように見極めながら再生魔法を掛けていく。
鑑定で確認しながら、慎重に再生を掛けていく。
ノーラは痛みからか、初めは非常に苦しんだが、痛みが激しすぎたのか、治療の途中で気を失った。
その状態で約二分、俺の魔力が残り三割を切る頃、ようやく接合が成功した。
俺は魔力の使いすぎで少し疲れているが、状況を知ろうとレーネに話しかける。
「ノーラの腕は大丈夫だ。カティアがいないけど、どこに行った!」
心配しているレーネにノーラの腕の状況を説明し、もう一つ気になっていたカティアがいないことについて聞いてみた。
「ありがどう……ごじゃいまじだ。ひっく、ガディアは……ぢゆじ(治癒師)を呼びに……じゅびだい(守備隊)にいぎまじだ。うぅっ」
レーネはノーラとアンジェリークが助かったことと、殺される寸前まで行ったことから、緊張の糸が切れ、泣きながら俺に説明している。
俺はレーネの頭を軽く撫でながら、クリスティーネに何があったのか聞いた。
「クリス。何があったのか、教えてくれ。ウンケルバッハ守備隊にやられたのか?」
クリスティーネは首を横に振り、
「盗賊だと思います。ミルコさんはグンドルフかって言っていました」
意外としっかりしているクリスティーネはその時の状況を詳しく説明してくれた。
いきなり十数人の男たちに囲まれたこと、最初は何とか防いでいたがグンドルフという双剣使いが現れ、アンジェリークとノーラがやられたこと、その後、ミルコが駆けつけ、何人か倒したが、アンジェリークを庇うため、自ら盾になったことなどをゆっくりと話していった。
そして、ミルコの最後の言葉を語っていく。
「ミルコさんの最後の言葉ですが、私が聞き取れたのは、『タイガ、やっと来てくれたか。剣はどうした……まだだったか……もう修行はいらねぇ……もっと迷宮にもぐれ……おめぇなら……英雄の……超え……』ここまでです。最後に私にお礼まで言ってくれて……その後に『おっ、みんな、こんなところにいたのかよ……』と誰かと話すような感じで息を引き取られました……ぐすっ」
クリスティーネも最後には涙声になるが、気丈にも崩れ落ちることは無かった。
(ミルコすまねぇ。最後まで俺のことを……)
俺はこぶしを握り絞め、涙を堪えていた。
(くそっ! グンドルフか……奴が来るかもって、ずっと思っていたのに何も出来なかった……俺の油断だ!)
このタイミングでは、ウンケルバッハ前伯爵が何か仕掛けてくると思っていたが、まさかグンドルフと手を組んでいるとは思わなかった。それもここまで周到な準備をする時間はなかったはずだと考えていた。
(いつからなんだ。あいつらが手を組む時間なんか無かったはずだ……確か、伯爵が領地に戻る時、ファーレルで守備隊と合流した。その中に紛れ込んでいたのか。まさか、あの尊大な伯爵が盗賊と手を組むなんて……カードは伯爵が手を回したのか。だが、レイナルド隊長もいた。第三騎士団もいた。いつどうやって……いや、今更そんなことを行っても仕方が無い。ミルコはもう死んじまったんだから……)
俺はミルコの遺体の横に座り、土産の酒を手に取る。
「五人は無事だ。あんたのおかげだぜ。一緒に飲みたかったな、なあ、師匠……」
俺はミルコが死んだこと、ノーラたち五人が何とかなりそうなことから、一気に気が抜け、その場にへたり込んでいた。
三十分ほど前の午後四時過ぎ、屋敷に一人の冒険者が駆け込んできた。
「ノーラって冒険者はいるか! タイガが大変なんだ! 開けてくれ!」
冒険者は門の扉をドンドンと叩きながら、大河が襲われたと叫んでいる。
ラザファム・フォーベック隊長はその冒険者を屋敷に招きいれ、厳しい表情で事情を話すよう詰め寄る。
「どういうことだ! タイガ殿がどうしたのだ!」
「詳しくは知らないっすが、支部長から、タイガが襲われて重傷を負っちまったから、ノーラたち五人をすぐに連れて来いって言われたんです」
冒険者は物凄い剣幕で詰め寄る騎士に怯えながら、事情を話していく。
ラザファムの後ろにはアクセル、テオ、アマリー、シルヴィアも乗り出すように話を聞いている。
ラザファムはアクセルにギルド支部に向かい、状況を確認するよう命令を出しているが、真っ青な顔をしたアマリーが突然、叫びだした。
「私も行きます! タイガさんが、タイガさんが危ないなら私も行きます! 連れて行ってください!」
必死の形相でラザファムに掴みかかって訴える。
「外は危険です。タイガ殿がそう簡単に後れを取るとは思えません。アクセルが走れば三十分も掛からないはずですから、どうか落ち着いて」
ラザファムはアマリーを落ち着かせるよう説得に入る。
「でも、一緒に行けば時間は掛かりません。もし間に合わなかったら……家族の死に目にも会えなかったのにタイガさんとまで……お願いします!」
ラザファムもアマリーの事情を聞いていたため、彼女の思いも理解できる。彼は苦渋の選択をした。
「アクセル・フックスベルガー、テオフィルス・フェーレンシルト。両名は五名ずつの兵を指揮し、アマリー殿を護衛しつつ、すぐにギルド支部に向かえ!」
アクセルとテオは「はっ!」と短い返事をした後、すぐに出発の準備を始める。
シルヴィアも当然のように準備を始め、五分後には一階のホールに集合した。
シルヴィアは、「私はアマリーの護衛だから一緒に行く」と宣言、時間をとられることを嫌ったラザファムは即座に了承する。
「アクセル、テオフィルス。頼んだぞ。アマリー殿、シルヴィア殿の安全を守ることを優先せよ」
午後四時一〇分、アマリーとシルヴィア、それに護衛の十二名の騎士たちが屋敷を飛び出していく。
外は視界を奪う雪が舞い、薄暗くなり始めた道は完全に雪に覆われていた。
屋敷を出て数分、住宅が並ぶ一角に入る。
更に進むと、道が少し広くなり、公園のような造りの場所に出た。
アクセルの部下に配された従騎士のイェンスが突然警戒の声を上げる。
「誰だ! 出て来い!」
アクセル、テオの二人は一瞬戸惑うがすぐに剣を引抜き、戦闘態勢を整える。
不審な者は見えないが、気配は感じる。そう思った直後、空気を切り裂く音が四方から聞こえ、十本の矢が騎士たちに降り注いでいく。
キャア!という声と共に中央にいたアマリーが倒れ、シルヴィアにも数本の矢が突き刺さっていた。
「全員、アマリー殿とシルヴィア殿の盾になれ! テオ、ここを任す!」
アクセルはそう叫ぶと一人、矢が飛んできた方に向け、突撃していく。
二撃目、三撃目と騎士たちに撃ち込まれ、騎士たちはハリネズミのような状態になっている。
シルヴィアは防具に守られたため、致命傷は負っていないが、足を射抜かれ立ち上がれない。横に倒れているアマリーのところに這っていき、彼女を庇うように覆い被さる。
アクセルは一人の弓使いを見つけ、斬りかかろうとするが、周囲から放たれる矢が次々と刺さり、血塗れになっていく。
何とか弓使いに接近し、攻撃を掛けるが、軽装の弓使いはすぐに後退して行く。
他の弓使いに対しても同じように攻撃を掛けるが、血塗れのアクセルは有効な攻撃を決められぬまま、その場に倒れてしまった。
襲撃者からの攻撃は執拗に続くが、アマリーたちを守るため動くことが出来ない。
テオはシルヴィアとアマリーの上に覆い被さり、
「ここは俺が守る全員奴らに攻撃を掛けろ!」
次々と矢が放たれ、既に十本近いの矢が突き刺さっているテオの体に更に矢が突き刺さっていく。
十人の兵たちが怒りに燃えて、襲撃者たちに攻撃を掛けていくと、
「撤退するぞ!」
という声が聞こえ、弓使いたちは一斉にその場を後にする。
襲撃者が全員撤退したことを確認し、従騎士のイェンスが屋敷のラザファムに伝令を出し、アマリー、シルヴィア、アクセル、テオの四人を安全な場所に引き摺っていった。
アマリーは背中と脇腹に三本の矢が刺さり、息が浅くなっている。
シルヴィアは右足の付け根を射抜かれ、動脈が損傷したのか血が流れ続けている。
アクセルは足と腕に五本、鎧の隙間から二本の矢が突き刺さっているが、急所は防具により守られ致命傷は負っていない。但し、出血が激しく息が荒い。
テオは背中に七本、太ももに四本の矢が刺さると共に、脇腹に深く突き刺さった矢が内臓を傷付けている。このため、意識がなく、騎士団関係者の中では最も重篤な状態になっている。
アクセルが意識を取り戻したため、臨時で指揮を執っているイェンスに指示を出している。
「アマリー殿、シルヴィア殿は無事か!」
「アマリー様は背中と脇腹に三本の矢を受け、危篤。従士の治癒師エーベルが治療に当たっていますが、厳しい状況とのことです。シルヴィア殿は、意識はあるものの動脈を傷付けられ大量に血を失い、こちらも予断を許さない状況とのことです。」
「……判った。隊長に伝令は?」
「既に出しております。すぐに増援が駆けつけてくると思われます」
「騎士団の損害は?」
「テオフィルス卿が最も重篤で意識不明。従騎士は私以外の三名が重傷。従士は二名が重傷、残り四名は軽傷であるため一名を伝令に出し、二名が警戒に当たっております」
「我が騎士団の名を出し、近くの家にアマリー殿、シルヴィア殿、テオフィルスの三名を収容させてもらえ」
(副長代理、すみません……)
午後四時三十分、アクセルは再び意識を失う。
カティアは雪の中を守備隊詰所に向かい、全力で走っていた。
雪が積もり、闇の帳が落ちつつある道ではあったが、毎日通い慣れた道であるため、転倒もせず走ることが出来ている。
屋敷に近づいたとき、前方の道が喧騒に包まれていることに気付く。
そして、遠くから兵士の緊迫した声が届いてきた。
彼女は揉め事を避けるため、その場所を迂回しようかと考えたが、守備隊に一刻も早く連絡するため、そこを突っ切ることにした。
彼女が近付くと、そこにはハリネズミのように矢が突き刺さった騎士が横たわっており、装備を見ると懐かしいクロイツタール騎士団の物だと判った。
(クロイツタールの騎士様? ご主人様のお供の方たちかしら? 誰に襲われたのだろう?)
大河の配下の騎士なら、事情を説明しておいた方がいいと思い、一人の騎士を捕まえて、事情を説明しようとした。
「クロイツタールの騎士様ですか? ご主人様、いえ、タイガ様のお供の騎士様?」
カティアに捕まったのは従騎士のイェンス。アクセルが再び気を失ったので指揮を執り始めたところだった。
最初は邪険に振り払おうとしたが、タイガという名を聞き、カティアに向き直る。
「私はタイガ卿の部下の従騎士イェンス。そなたはタイガ卿の関係者か」
「タイガ様にお世話になっているカティアです。私たちのパーティが暴漢たちに襲われて……」
彼女は緊張の糸が切れたのか、最後まで言葉が紡げない。
「こちらもこのような状況。すぐには手が回せん。そちらの状況をゆっくりでいいから話してくれ」
彼女はミルコが瀕死の重傷、ノーラとアンジェリークも早く処置しないと危ない状況であるため、守備隊の治癒師を呼びに行くところだったことを話していく。
「すぐに増援が来る。シュバルツェンベルク守備隊にも連絡が行くはずだから、ここで待ちなさい。増援が来たら案内してやって欲しい」
イェンスはゆっくりと彼女に話しかけ、彼女も少し落ち着いたようで頷いている。
近隣の家が重傷者を運び込むことを了承してくれたため、一人ずつ家の中に運び込んでいく。
全員を運び込んだところで、ラザファム・フォーベック隊長が残りの兵を引き連れ、現場に到着した。
ラザファムは、イェンスからの報告を受けると共に、治癒師にアマリーたちを見させている。
そして、カティアに向かい、
「すぐに治癒師を派遣するので、案内を頼む。知っていたら教えて欲しいのだが、タイガ殿は、ご無事なのだろうか」
「タイガ様とは訓練場で別れたきりなんです」
それだけ聞くとラザファムはすぐに治癒師一名と三名の従士を派遣した。
(ウンケルバッハ守備隊は囮ではないのか? シュバルツェンベルクについて、いきなり騎士団に襲い掛かってくると思わなかった。タイガ殿、どうかご無事で。どうやらかなり強力な敵に狙われているようですぞ)
ラザファムは、まだウンケルバッハ伯爵家と帝国が、手を組んでいると思い込んでいた。
グンドルフはノーラたちを襲った後、二人の手下にある指示を出した。
「おめぇら、手筈通りにやれ!」
「「へい!」」
二人の手下は、雪の中をグンドルフらと別れ、別の場所に向かって走っていった。
後書き
作者:狩坂 東風 |
投稿日:2013/01/21 22:49 更新日:2013/01/21 22:49 『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。 |
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