作品ID:1497
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(59)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(330)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
第六章「死闘」:第25話「戦いを前にして」
前の話 | 目次 | 次の話 |
第6章.第25話「戦いを前にして」
氷の月、第四週水の曜(二月十九日)の午前九時過ぎ、外は昨日までの雪も止み、青空は見えないものの、風はほとんど吹いていない。
俺は森鳩亭を出て、再び迷宮に戻っていく。
今日は無駄な戦闘はせず、午後二時頃に元の姿で迷宮から出てくる予定だから、五十階の階段室で待機するつもりでいた。
転送室から階段室に入り、誰もいないことを確認してから、元の姿に戻す。
結局、魔力は八割強までしか戻らなかった。
まだ、五時間ほどあるから、ここで休憩すれば完全回復まで持っていけるはずだ。
(やることはやった。後は迷宮から出て屋敷に戻り、どの程度の時間を潰してから森に向かうかだ)
グンドルフの動きは判らない。
手下が街にいることは間違いないだろうが、グンドルフがどこに潜んでいるのか判らない以上、罠に引っ張っていく途中で待ち伏せにあう可能性も否定できない。
(一応、掃討作戦で隠れ家が無いことは確認しているんだが……西側にはいないという決め打ちなんだよな、この作戦は……)
掃討作戦のとき、街の西側、ベルクヴァイラー側には奴らの痕跡はなかった。
その後も隊商やベルクヴァイラー村を襲わず、シュバルツェンベルクの街を襲っていることを考えると東、南、北のいずれかに潜んでいると考えるのが合理的だ。
北と南には獣道すらない。奴らなら苦にしないかもしれないが、かなりの量の食料を運んだと考えれば、細いながらも道のある東が最有力だろう。
だが、東もかなりの密度で捜索した。それでも奴の痕跡を見つけられなかったから、違うのかもしれない。
(今更、考えても仕方がないな。今はどうやって奴を罠に引き摺り込むかを考えるべきだ)
街から一時間以内の位置は掃討作戦でスクリーニングをしている。
だとすれば、俺を見たという情報を手下が奴の元に持って行くとして、往復二時間分が俺の持ち時間になる。
だが、奴が街の外で待ち伏せしている可能性もある。
俺がもうすぐ迷宮を出るという話は既に数日続いている。雪が降っている真冬の森の中で、何日間も何時出てくるとも判らない俺を待ち伏せできるだろうか。
奴ならやりかねないが、手下たちはついていけるのか。俺が迷宮を出るかもという情報が奴に届いたのは、早くて第三週土の曜(二月十五日)だろう。
翌日から見張りを開始するとして、今日で既に四日目。
(奴の立場になって考えろ。営業研修のときに習っただろう。相手が何を求めるかは、相手がどういう状況なのかを想像しろと……)
奴は街の襲撃である程度の成功を収めている。
手下たちも食料と酒の他、金品も奪っているからある程度の分配はあったはずだ。
そうすると手下たちはこんな寒い山奥に息を潜めているのではなく、もっと楽ができ、快適な環境を求めるはずだ。
既に半月近く、冬の森の中に潜んでいることになる。
グンドルフに対する恐怖がどの程度かは判らないが、そろそろ限界に近いはずだ。
いくら奴でも、手下全員の意思を無視し続けることは難しいだろう。
あまり無理をさせれば、勝手に逃げ出す奴も出てくる。
奴にとって、手下が捕まること、情報が漏えいすることは最も忌避する事態だろう。
そうなれば、奴は俺が出たという情報を確認した上で襲撃を掛けてくると見て間違いない。
後は、どこで、どのタイミングかだ。
まず、街の中での襲撃はあり得ない。前回のような奇襲を掛けられるならともかく、騎士団の戦力が五十名以上と奴らの倍以上であることを考えれば、隊列が延びる森の中の街道がターゲットになるだろう。
タイミングはどうか。
それは俺がどのタイミングで動くかで変わってくる。
今日の昼に屋敷に戻り、一時間ほどで出発すれば、どうなるか。
街に潜入している奴の手下は一人だけということは無いだろう。
少なくとも二人、交代を考えれば三、四人いると考えるのが妥当だ。
であるなら、一人がグンドルフの元に走り、もう一人が俺を追跡するとして、奴が動き出すのは情報が届き次第すぐのはず。更に騎士団の動きを見るものがもう一人くらいいると考えると、奴は騎士団の動きをみるため、一旦、街の外に待機し、その情報を確認するはずだ。
時間的には奴が街の外に到着するまでの時間を最短の一時間と考えると、俺は一時間先行することになる。
ちょうど罠を仕掛けた場所辺りに到着できる時間だ。
これが最短時間だとすると、後はうまく時間を合わせて罠に引き込むだけだ。
午後二時に屋敷に戻り、午後三時に屋敷を出る。
街道を西に一時間進み、午後四時頃罠を設置した場所に到着するタイムスケジュールが基本になる。
不確定要素はグンドルフの潜んでいる場所。毎日街の近くまで来ているとすると、タイムラグなしに奴は動ける。午後三時に屋敷を出て、街道が森に入った場所で待ち伏せ攻撃に合う。
これを回避するためには、一旦、森に入ってから街道に出るルートが一番安全だろう。
ここで問題になってくるのは、俺を見張っている手下の数だ。
一人なら、森に入って行く俺を追跡するか、入った位置と方向を見極めてグンドルフに連絡に行くかのどちらかだろう。
二人ならどうか。一人が俺を追跡し、もう一人が奴に連絡に行く。
仮に連絡がうまく行き、俺の行き先で待ち伏せしようと考えても、ルートが特定できないから、待ち伏せの危険は少ない。
更に森の中で二十人近くの人が動けば俺の方が先に見つけられるから、待ち伏せされる可能性は更に低くくなる。
もし、一人しかいなかったと仮定するとどうなるか。
俺を追跡すると判断した場合、グンドルフに俺の情報が伝わらない可能性がある。
これを防ぐには追跡を断念させればいい。
騎士団の誰かを連れて行き、俺を追跡する奴がいないか監視させる。森に入るところは緩衝地帯になるから、見通しはいい。こうすれば、その手下はグンドルフに連絡に行かざるを得ない。
次にグンドルフに街道を進ませるとして、どうやって罠のある森に引き込むかだ。
俺一人で行動していれば、多少不審な動きをしても、追跡してくる可能性は否定できない。だが、奴は危険を感じ取る能力がある。あからさまな罠では追跡を止め、俺が森から出てくるのを待つ可能性もある。
奴の動きをコントロールするには、どうすべきか。
奴自身は俺を殺したいと考えている。そして奴は危ない橋は渡らない。この二点はまず間違いない。
手下たちはさっさと終わらせたいと考えているだろう。どの程度、この状況に倦んでいるのか判らないが、多少のリスクを負ってでもと考えている可能性は高い。
まず、奴が感知できる範囲で騎士団は絶対に動かせない。俺一人でいる状況がこれで最後だと思わせることができれば、奴もリスクを負うだろう。
ギラーに頼んだ噂がどの程度有効に利くのかが、鍵になる。
屋敷に戻った俺が何とか騎士団を振り切って一人で行動しているように見せ掛ければ、奴は食い付いてくる。
後はうまく痕跡を残すか、挑発すれば、森の中に入ってくるだろう。
俺の方針はこうして決まった。
午後二時に迷宮を出て屋敷に戻り、午後三時に屋敷を出る。
二名程度の若手の騎士に俺の後をつけてくる奴を牽制させ、一人で森に入る。その後、街道に出て、罠のある場所近くに行く。
街道から、派手に足跡を残すか、松明などで遠くからでも見えるようにして森に入り、奴らを誘い込む。
(これでいけるはずだ。やれることはすべてやった)
俺は五十一階の階段室で一時間ほどグンドルフを誘い込む作戦を検討した後、横になって魔力の回復に努めた。
午後二時。
五十階の転送室に戻り、高山大河の姿で迷宮を出た。
冬の太陽を眩しそうに見てから、フラフラと屋敷に向かおうとする。
「大丈夫か。ギルドで休んだらどうだ」
迷宮のギルド職員が俺に声を掛けてくるが、聞こえない振りをして歩いていく。
守備隊や騎士団の連中には会わず、十五分後、屋敷に到着した。
屋敷の入口には従士が立哨しており、俺の姿を認めると敬礼の後、声を掛けてきた。
「ご無事で何よりです。すぐに隊長を呼びます」
「いや、いい。自分で行く」
俺は覇気の無い声でそう呟き、従士に見送られながら、フラフラと屋敷の中に入っていった。
屋敷の中は俺の帰還で騒然となっており、すぐにラザファムらが現れ、すぐにノーラたちも慌てて二階から降りてきた。
ラザファムが安堵の表情を隠さず、
「お怪我はありませんか。すぐに食事を持ってこさせます」
「食事は不要です。先ほど食べてきましたから。少し話があります」
「しかし……」
ラザファムは何か言いたげだったが、口を閉ざしている。
俺は食堂に向かいながら、
「レイナルド隊長は?」
「守備隊詰所で休んでおります。すぐに呼びにやりますが」
「不要です。ここにいる従騎士以下は屋敷の警備強化を」
ラザファムはすぐに警備強化の指示を出し、俺につき従ってくる。
俺はラザファムのほか、ノーラたち、アマリー、シルヴィア、アクセル、テオの十人を食堂に集めた。
「心配を掛けた。何とか無事に帰ってこれたよ。ラザファム殿、苦労を掛けました」
俺は皆に次々と謝罪していく。そして、
「お茶でも飲もう。さすがに疲れたよ」
アマリーとシルヴィアが厨房の方に湯を沸かしに行く。
「ラザファム殿、一応状況は聞いていますが、念のため報告を」
ラザファムは俺が迷宮に入ってからのことを報告して行く。
「重傷者も全員、回復しております。アマリー殿が一番長引きましたが、ご覧の通り、完治しておりますので、いつでもクロイツタールに出発可能です」
俺は頷きながら、彼の報告を聞き、クロイツタールに帰ることについては曖昧にしていた。
アマリーたちが湯を沸かし終わるタイミングで、
「俺の部屋にノイレンシュタットで買った茶葉があったはず。ちょっと取ってくるよ」
ついてこようとするノーラたちを座らせ、久しぶりに二階の自室に入る。
(ミルコ、エルナが死んでから、十日以上か。早いものだな)
俺は荷物の中にある茶葉を取り出した後、ギラーに用意してもらった小さな包みを取り出す。そして、これから必要になる荷物をまとめておく。
そして、厨房に行き、
「久しぶりに俺が淹れるよ。二人ともカップを並べておいて」
俺は茶葉とともにギラーに準備させた弱い眠り薬をポットに入れる。
俺は皆に順に茶を淹れて行き、最後に自分のカップにも茶を淹れる。
「とりあえず飲もうか。その後にこれからのことを話すよ」
俺は一番にカップに口をつけ、ゆっくりと茶を飲んでいく。
どうやら、皆、俺が眠り薬か何かを入れると思って警戒していたようだ。
「それじゃ、これからのことを話すよ。レイナルド隊長が来てくれたから、こちらの人数は奴らの倍だ。騎士団の皆と奴らを殲滅する」
皆、俺が一人でグンドルフに挑むと言わなかったことに安堵している。
「今日は疲れたから、ゆっくり休むとして、明日からホフマイスター殿を含めてどうやって奴らを倒すか考える。俺が出てきたことは奴らに筒抜けだろうから、今夜は警戒を強めるように」
俺は少し眠くなってきたが、昼食後の眠気に近いものでそれほど強いものではない。
ラザファムたちも同様であくびをかみ殺しているように見える。
「お湯を足してくるよ。ちょっと待っていて欲しい」
俺はそういうと食堂を出て行く。そして扉を少しだけ開けた状態でスリープクラウドの呪文を静かに唱え始めた。
(レベルの高いラザファム殿でも弱い眠り薬とスリープクラウドの相乗効果で効果があるはずだ。二時間は起きないだろう。自分が飲んだ眠り薬は治癒魔法で解毒すればいいから、これで時間を稼げるはずだ)
俺は最初からこうするつもりでいた。
恐らく皆で俺を止めてくるだろう。力ずくなら、対抗もできるが、アマリー辺りに泣き落としをされたら、それを振り切って出て行く自信は無かった。
スリープクラウドの白い霧のような雲がゆっくりと食堂に侵入していく。
シルヴィアが気付いたようだが、既に眠り薬で意識レベルが下がっているから、すぐに睡眠状態に陥ったようだ。
(すまない。みんな)
俺は暖炉に薪をくべ、部屋を暖かくした後、食堂の扉を静かに閉める。
廊下にいる従騎士に、
「イェンスとボリスを呼んでくれ。それからラザファム殿はアクセルとテオフィルスの三名で今回の報告書を作っている。二時間ほど邪魔しないようにしてくれ」
従騎士は敬礼をしてから、従騎士のイェンスと従士のボリスを呼びに行った。
すぐに二人がやってきた。
「二人とも済まないが俺についてきてくれ。ちょっとした罠を仕掛けに行く。他の者は屋敷の警備を強化してくれ。奴らここにやってくる可能性があるからな」
そういうと従騎士たち、従士たちはようやく奴らと雌雄を決することができると、明るい顔になる。
俺は彼らを騙していることに少しだけ良心の呵責を覚えるが、次の行動の時間になったので、屋敷を出て行くことにした。
屋敷を出る前にイェンスとボリスにこれからやって貰うことを説明する。
「イェンス、ボリス。二人に重要な任務を与える」
「「はっ」」
二人は俺からどんな命令が出されるのかと、緊張しているようだ。
「俺は一旦、西の森に入る。二人は俺の後方から見張るようにしてついてこい。そして、俺を尾行している敵の斥候がいれば、見つけ次第、捕らえるんだ。できれば殺さず、奴らの居場所を吐かせろ。判ったな!」
二人は敬礼とともに命令を復唱する。
俺は彼らにできるだけ、広い範囲を探るように命じ、捉えた後は守備隊に連れて行くように指示しておく。
イェンスは、
「副長代理は森に入ってからどうされるのでしょうか?」
「奴らの動向を見る。俺が迷宮から出て来たのは知っているはずだから、本隊が出てくる可能性がある。二時間ほどこの辺りに潜み、奴らを待ち伏せる」
「お一人で対決されるおつもりですか? 危険です。せめて私だけでもお連れ下さい」
俺は明るい口調で
「この辺りなら、すぐに街に逃げ込める。まあ、お前たちは俺の魔法を見ていないから心配なのだろうが、レイナルド殿に一度聞いてみろ。ジーレン村で第四階位の魔法を使ったことを教えてくれるはずだ」
イェンスはまだ何か言いたそうだったが、それ以上何も言ってこなかった。
午後二時五〇分。
俺は一人、街の西側に向かっていき、十分ほどで街の西の端に到着した。
二人が緩衝地帯を警戒しているのを確認すると、俺は森の中に入っていった。
氷の月、第四週水の曜(二月十九日)の午後三時頃。
グンドルフは手下がもたらした情報に歓喜の表情を見せていた。
(ようやく出てきたか。屋敷に向かったから、騎士団の奴らに閉じ込められるかもしれんが、奴が自暴自棄になる可能性がある。夜襲を掛ければ奴はきっと出てくる……くっくっ、待ってろよ。タイガ)
彼は大河が迷宮を出てきた後、どういう行動に出るのか考えていた。
十日間も迷宮に入り、心身ともに疲労のピークに達しているだろう。
騎士団は奴を失いたくないはずだから、何としてでも奴を屋敷に閉じ込めるはずだ。
だが、奴は自分で決着を付けたいと思っている。ということは、俺が姿を現せば無理をしてでも前線に出てくるはずだ。
そうなった場合、森の中に逃げ込んでも追いかけてくる可能性が高い。
森に引き込めばこちらのものだ。騎士が何人いようが問題ない。
(今日は無理だろうが、二日以内には奴を殺せる……今頃、自分のせいで人が死んだと嘆いているだろうな。くっくっ……)
グンドルフは手下たち十八人とともにシュバルツェンベルクの街に向かって出発した。
午後四時。
大河をつけていた手下が街近くの森で合流した。
「奴は西の森に一人で入りましたぜ。後をつけようしたんですが、二人の騎士が野郎の後を付けてやがったんで奴を追えやせんでした。その代り騎士団の見張りの一人を街道沿いに走らせやした」
「一人でだと! 騎士団の動きはその二人だけか! 他の騎士どもはどうした!」
「まだ、動きは無いようですぜ。どうやら奴は一人で逃げ出すみてぇで」
(何を考えているタイガ。森の中に入ったってことは逃げるわけじゃねぇ。逃げるなら馬を飛ばせばいいはずだ。罠か。だが、どんな罠だ……)
グンドルフはその報告を聞き、考え込んでいた。
彼の後ろでは焦れた手下たちが口々に不満の声を上げている。
「頭、チャンスですぜ。奴は一人だ。そのうち街道に出てきますぜ。そこをばっさりとやりゃ……」
「うるせぇ、黙ってろ!」
彼が一喝すると手下は静かになるが、無言のプレッシャーとなって彼の背中に圧し掛かってくる。
(手下どもの不満もかなり溜まっているな。どう考えても罠だが、奴一人で何ができる。奴は今まで迷宮に入っていた。冒険者を使って罠を張るってのもあるが、今は緊急召集が掛かっているから、勝手な行動は取れねぇ。冒険者が繋ぎをしていた可能性は……)
グンドルフの頭の中では、大河が考えそうな策がいくつも現れては消えていく。
(奴の戦力のシュバルツェンベルクの守備隊、クロイツタールの騎士、冒険者のすべてが動いていねぇ。ベルクヴァイラーにいる守備隊を使う? いや、この時間からベルクヴァイラーの守備隊を使うとは思えねぇ。夜襲を得意とする俺にクロイツタールの騎士ならまだしも守備隊を当ててくるとは思えん……)
「お頭、ここにじっとしていても始まりませんぜ。罠かどうか判りやせんが、とりあえず奴を追いやせんか」
(確かにここでグダグダ考えていても始まらねぇ)
「よし、西に向けて出発するぞ。騎士たちが追って来ねぇか後ろを警戒して進め」
手下たちはようやく決着がつきそうだと喜びの表情を隠せない。
(どうも嫌な感じが消えねぇ。罠がある。絶対にあるはずだ)
彼はここまで考えて、手下たちの楽観的な考えてが伝染したのか、自分が考えすぎではないかと思い始めていた。
(罠だったとして、どうだって言うんだ! 奴が仕掛ける程度の罠なら食い破ってやりゃあいい。騎士が動き出すにしても先に奴を殺してしまえば問題はねぇはずだ)
午後四時十分。
彼は手下たちを鼓舞し、街道を西に進んでいった。
午後三時三〇分。
俺は西の森を一kmほど進んでから、シュバルツェン街道に出てきた。
思いのほか、森の中が歩きにくく、三十分ほど時間を掛けてしまった。
(グンドルフが近くに潜んでいなければ、まだ余裕はある。近くにいたとしてもあと四kmくらいで目的の場所だ。周りには奴らの気配が無いから、とりあえず撒けたと見ていいだろう)
俺は時折、街道から外れて後ろを確認しながら、西に進んでいく。
何度目の確認だろう。後ろに人影が見え、俺が止まった瞬間、木の陰に隠れた気がした。
(追跡者か?)
追跡者は俺の五十mくらい後ろをつけてきている。追跡者をどうするか考えながら、先に進んでいく。
(四人くらい街に潜入していたとすれば、追手がいてもおかしくない。どうする、殺すか?)
追跡者を殺すことのメリットは敵の戦力を少しでも減らすことと、俺が自由に動けることだ。一方、生かしておくメリットはグンドルフを罠に引き込む役にできることだ。
(罠の入口で殺して、目印にするか。あざといが追って来ているなら、有効な手だな)
午後四時二十分、薄暗くなり始めた森の中の街道。
俺は木の陰に隠れ、追跡者を待ち受ける。
念のため、鑑定で能力を確認すると、冒険者か傭兵に近いスキル構成だった。
(レベル二十二の片手剣使いか。片手剣は二十しかないし、盾のスキルも低い。この時間に街道をソロで進むような技量ではないな。やはり盗賊の一味か)
俺は盗賊と判断し、改良型マジックアローで奇襲攻撃を掛けた。
半透明の魔力の矢が追跡者の右太ももに突き刺さり、追跡者の悲鳴が聞こえてきた。
俺はすぐに追跡者に接近し、タイロンガを突きつけながら、
「なぜ俺をつけていた。”偶然だ”なんてありきたりの言い訳なら聞かん」
俺の迫力に負けたのか、這いつくばって命乞いをしてくる。
「あ、いや、助けてくれ!」
「グンドルフの手先か? 奴は今どこにいる?」
「ああ、知らねぇんだ。俺は騎士団を見張っていただけだから。な、助けてくれよ」
涙を流して這いつくばり、命乞いをしていたが、俺が一歩近づいた瞬間、剣を抜いて襲い掛かってきた。
俺はある程度予想していたので、タイロンガで相手の長剣を弾き、手下の胸を貫く。
血を吐きながら倒れているが、まだ息はある。
「今なら、まだ助かるぞ。奴の隠れ家はどこだ?」
手下は血を吐きながら、
「ゲッホ! どうせ死ぬんだ……お頭はこういう失敗は許さねぇからな……グボッ」
彼はグンドルフへの恐怖が染み付いているのか、俺の脅しには屈せず、情報を漏らさない。
(駄目だな。この状況で漏らした情報も確実性に劣る。しかし、ここまでの恐怖を植えつけるというのは……)
俺はグンドルフという男を過小評価していたことに気付く。
(恐怖とはいえ、ここまで支配できるとは……恐ろしい男だな)
手下はそのまま情報を漏らさないまま、事切れた。
俺は手下の死体を街道の木に立て掛け、俺の罠への道標にした。
(グンドルフ! ここだぞ。見逃すなよ)
午後四時三〇分。
俺は街道を外れ、森の中に入っていった。
氷の月、第四週水の曜(二月十九日)の午前九時過ぎ、外は昨日までの雪も止み、青空は見えないものの、風はほとんど吹いていない。
俺は森鳩亭を出て、再び迷宮に戻っていく。
今日は無駄な戦闘はせず、午後二時頃に元の姿で迷宮から出てくる予定だから、五十階の階段室で待機するつもりでいた。
転送室から階段室に入り、誰もいないことを確認してから、元の姿に戻す。
結局、魔力は八割強までしか戻らなかった。
まだ、五時間ほどあるから、ここで休憩すれば完全回復まで持っていけるはずだ。
(やることはやった。後は迷宮から出て屋敷に戻り、どの程度の時間を潰してから森に向かうかだ)
グンドルフの動きは判らない。
手下が街にいることは間違いないだろうが、グンドルフがどこに潜んでいるのか判らない以上、罠に引っ張っていく途中で待ち伏せにあう可能性も否定できない。
(一応、掃討作戦で隠れ家が無いことは確認しているんだが……西側にはいないという決め打ちなんだよな、この作戦は……)
掃討作戦のとき、街の西側、ベルクヴァイラー側には奴らの痕跡はなかった。
その後も隊商やベルクヴァイラー村を襲わず、シュバルツェンベルクの街を襲っていることを考えると東、南、北のいずれかに潜んでいると考えるのが合理的だ。
北と南には獣道すらない。奴らなら苦にしないかもしれないが、かなりの量の食料を運んだと考えれば、細いながらも道のある東が最有力だろう。
だが、東もかなりの密度で捜索した。それでも奴の痕跡を見つけられなかったから、違うのかもしれない。
(今更、考えても仕方がないな。今はどうやって奴を罠に引き摺り込むかを考えるべきだ)
街から一時間以内の位置は掃討作戦でスクリーニングをしている。
だとすれば、俺を見たという情報を手下が奴の元に持って行くとして、往復二時間分が俺の持ち時間になる。
だが、奴が街の外で待ち伏せしている可能性もある。
俺がもうすぐ迷宮を出るという話は既に数日続いている。雪が降っている真冬の森の中で、何日間も何時出てくるとも判らない俺を待ち伏せできるだろうか。
奴ならやりかねないが、手下たちはついていけるのか。俺が迷宮を出るかもという情報が奴に届いたのは、早くて第三週土の曜(二月十五日)だろう。
翌日から見張りを開始するとして、今日で既に四日目。
(奴の立場になって考えろ。営業研修のときに習っただろう。相手が何を求めるかは、相手がどういう状況なのかを想像しろと……)
奴は街の襲撃である程度の成功を収めている。
手下たちも食料と酒の他、金品も奪っているからある程度の分配はあったはずだ。
そうすると手下たちはこんな寒い山奥に息を潜めているのではなく、もっと楽ができ、快適な環境を求めるはずだ。
既に半月近く、冬の森の中に潜んでいることになる。
グンドルフに対する恐怖がどの程度かは判らないが、そろそろ限界に近いはずだ。
いくら奴でも、手下全員の意思を無視し続けることは難しいだろう。
あまり無理をさせれば、勝手に逃げ出す奴も出てくる。
奴にとって、手下が捕まること、情報が漏えいすることは最も忌避する事態だろう。
そうなれば、奴は俺が出たという情報を確認した上で襲撃を掛けてくると見て間違いない。
後は、どこで、どのタイミングかだ。
まず、街の中での襲撃はあり得ない。前回のような奇襲を掛けられるならともかく、騎士団の戦力が五十名以上と奴らの倍以上であることを考えれば、隊列が延びる森の中の街道がターゲットになるだろう。
タイミングはどうか。
それは俺がどのタイミングで動くかで変わってくる。
今日の昼に屋敷に戻り、一時間ほどで出発すれば、どうなるか。
街に潜入している奴の手下は一人だけということは無いだろう。
少なくとも二人、交代を考えれば三、四人いると考えるのが妥当だ。
であるなら、一人がグンドルフの元に走り、もう一人が俺を追跡するとして、奴が動き出すのは情報が届き次第すぐのはず。更に騎士団の動きを見るものがもう一人くらいいると考えると、奴は騎士団の動きをみるため、一旦、街の外に待機し、その情報を確認するはずだ。
時間的には奴が街の外に到着するまでの時間を最短の一時間と考えると、俺は一時間先行することになる。
ちょうど罠を仕掛けた場所辺りに到着できる時間だ。
これが最短時間だとすると、後はうまく時間を合わせて罠に引き込むだけだ。
午後二時に屋敷に戻り、午後三時に屋敷を出る。
街道を西に一時間進み、午後四時頃罠を設置した場所に到着するタイムスケジュールが基本になる。
不確定要素はグンドルフの潜んでいる場所。毎日街の近くまで来ているとすると、タイムラグなしに奴は動ける。午後三時に屋敷を出て、街道が森に入った場所で待ち伏せ攻撃に合う。
これを回避するためには、一旦、森に入ってから街道に出るルートが一番安全だろう。
ここで問題になってくるのは、俺を見張っている手下の数だ。
一人なら、森に入って行く俺を追跡するか、入った位置と方向を見極めてグンドルフに連絡に行くかのどちらかだろう。
二人ならどうか。一人が俺を追跡し、もう一人が奴に連絡に行く。
仮に連絡がうまく行き、俺の行き先で待ち伏せしようと考えても、ルートが特定できないから、待ち伏せの危険は少ない。
更に森の中で二十人近くの人が動けば俺の方が先に見つけられるから、待ち伏せされる可能性は更に低くくなる。
もし、一人しかいなかったと仮定するとどうなるか。
俺を追跡すると判断した場合、グンドルフに俺の情報が伝わらない可能性がある。
これを防ぐには追跡を断念させればいい。
騎士団の誰かを連れて行き、俺を追跡する奴がいないか監視させる。森に入るところは緩衝地帯になるから、見通しはいい。こうすれば、その手下はグンドルフに連絡に行かざるを得ない。
次にグンドルフに街道を進ませるとして、どうやって罠のある森に引き込むかだ。
俺一人で行動していれば、多少不審な動きをしても、追跡してくる可能性は否定できない。だが、奴は危険を感じ取る能力がある。あからさまな罠では追跡を止め、俺が森から出てくるのを待つ可能性もある。
奴の動きをコントロールするには、どうすべきか。
奴自身は俺を殺したいと考えている。そして奴は危ない橋は渡らない。この二点はまず間違いない。
手下たちはさっさと終わらせたいと考えているだろう。どの程度、この状況に倦んでいるのか判らないが、多少のリスクを負ってでもと考えている可能性は高い。
まず、奴が感知できる範囲で騎士団は絶対に動かせない。俺一人でいる状況がこれで最後だと思わせることができれば、奴もリスクを負うだろう。
ギラーに頼んだ噂がどの程度有効に利くのかが、鍵になる。
屋敷に戻った俺が何とか騎士団を振り切って一人で行動しているように見せ掛ければ、奴は食い付いてくる。
後はうまく痕跡を残すか、挑発すれば、森の中に入ってくるだろう。
俺の方針はこうして決まった。
午後二時に迷宮を出て屋敷に戻り、午後三時に屋敷を出る。
二名程度の若手の騎士に俺の後をつけてくる奴を牽制させ、一人で森に入る。その後、街道に出て、罠のある場所近くに行く。
街道から、派手に足跡を残すか、松明などで遠くからでも見えるようにして森に入り、奴らを誘い込む。
(これでいけるはずだ。やれることはすべてやった)
俺は五十一階の階段室で一時間ほどグンドルフを誘い込む作戦を検討した後、横になって魔力の回復に努めた。
午後二時。
五十階の転送室に戻り、高山大河の姿で迷宮を出た。
冬の太陽を眩しそうに見てから、フラフラと屋敷に向かおうとする。
「大丈夫か。ギルドで休んだらどうだ」
迷宮のギルド職員が俺に声を掛けてくるが、聞こえない振りをして歩いていく。
守備隊や騎士団の連中には会わず、十五分後、屋敷に到着した。
屋敷の入口には従士が立哨しており、俺の姿を認めると敬礼の後、声を掛けてきた。
「ご無事で何よりです。すぐに隊長を呼びます」
「いや、いい。自分で行く」
俺は覇気の無い声でそう呟き、従士に見送られながら、フラフラと屋敷の中に入っていった。
屋敷の中は俺の帰還で騒然となっており、すぐにラザファムらが現れ、すぐにノーラたちも慌てて二階から降りてきた。
ラザファムが安堵の表情を隠さず、
「お怪我はありませんか。すぐに食事を持ってこさせます」
「食事は不要です。先ほど食べてきましたから。少し話があります」
「しかし……」
ラザファムは何か言いたげだったが、口を閉ざしている。
俺は食堂に向かいながら、
「レイナルド隊長は?」
「守備隊詰所で休んでおります。すぐに呼びにやりますが」
「不要です。ここにいる従騎士以下は屋敷の警備強化を」
ラザファムはすぐに警備強化の指示を出し、俺につき従ってくる。
俺はラザファムのほか、ノーラたち、アマリー、シルヴィア、アクセル、テオの十人を食堂に集めた。
「心配を掛けた。何とか無事に帰ってこれたよ。ラザファム殿、苦労を掛けました」
俺は皆に次々と謝罪していく。そして、
「お茶でも飲もう。さすがに疲れたよ」
アマリーとシルヴィアが厨房の方に湯を沸かしに行く。
「ラザファム殿、一応状況は聞いていますが、念のため報告を」
ラザファムは俺が迷宮に入ってからのことを報告して行く。
「重傷者も全員、回復しております。アマリー殿が一番長引きましたが、ご覧の通り、完治しておりますので、いつでもクロイツタールに出発可能です」
俺は頷きながら、彼の報告を聞き、クロイツタールに帰ることについては曖昧にしていた。
アマリーたちが湯を沸かし終わるタイミングで、
「俺の部屋にノイレンシュタットで買った茶葉があったはず。ちょっと取ってくるよ」
ついてこようとするノーラたちを座らせ、久しぶりに二階の自室に入る。
(ミルコ、エルナが死んでから、十日以上か。早いものだな)
俺は荷物の中にある茶葉を取り出した後、ギラーに用意してもらった小さな包みを取り出す。そして、これから必要になる荷物をまとめておく。
そして、厨房に行き、
「久しぶりに俺が淹れるよ。二人ともカップを並べておいて」
俺は茶葉とともにギラーに準備させた弱い眠り薬をポットに入れる。
俺は皆に順に茶を淹れて行き、最後に自分のカップにも茶を淹れる。
「とりあえず飲もうか。その後にこれからのことを話すよ」
俺は一番にカップに口をつけ、ゆっくりと茶を飲んでいく。
どうやら、皆、俺が眠り薬か何かを入れると思って警戒していたようだ。
「それじゃ、これからのことを話すよ。レイナルド隊長が来てくれたから、こちらの人数は奴らの倍だ。騎士団の皆と奴らを殲滅する」
皆、俺が一人でグンドルフに挑むと言わなかったことに安堵している。
「今日は疲れたから、ゆっくり休むとして、明日からホフマイスター殿を含めてどうやって奴らを倒すか考える。俺が出てきたことは奴らに筒抜けだろうから、今夜は警戒を強めるように」
俺は少し眠くなってきたが、昼食後の眠気に近いものでそれほど強いものではない。
ラザファムたちも同様であくびをかみ殺しているように見える。
「お湯を足してくるよ。ちょっと待っていて欲しい」
俺はそういうと食堂を出て行く。そして扉を少しだけ開けた状態でスリープクラウドの呪文を静かに唱え始めた。
(レベルの高いラザファム殿でも弱い眠り薬とスリープクラウドの相乗効果で効果があるはずだ。二時間は起きないだろう。自分が飲んだ眠り薬は治癒魔法で解毒すればいいから、これで時間を稼げるはずだ)
俺は最初からこうするつもりでいた。
恐らく皆で俺を止めてくるだろう。力ずくなら、対抗もできるが、アマリー辺りに泣き落としをされたら、それを振り切って出て行く自信は無かった。
スリープクラウドの白い霧のような雲がゆっくりと食堂に侵入していく。
シルヴィアが気付いたようだが、既に眠り薬で意識レベルが下がっているから、すぐに睡眠状態に陥ったようだ。
(すまない。みんな)
俺は暖炉に薪をくべ、部屋を暖かくした後、食堂の扉を静かに閉める。
廊下にいる従騎士に、
「イェンスとボリスを呼んでくれ。それからラザファム殿はアクセルとテオフィルスの三名で今回の報告書を作っている。二時間ほど邪魔しないようにしてくれ」
従騎士は敬礼をしてから、従騎士のイェンスと従士のボリスを呼びに行った。
すぐに二人がやってきた。
「二人とも済まないが俺についてきてくれ。ちょっとした罠を仕掛けに行く。他の者は屋敷の警備を強化してくれ。奴らここにやってくる可能性があるからな」
そういうと従騎士たち、従士たちはようやく奴らと雌雄を決することができると、明るい顔になる。
俺は彼らを騙していることに少しだけ良心の呵責を覚えるが、次の行動の時間になったので、屋敷を出て行くことにした。
屋敷を出る前にイェンスとボリスにこれからやって貰うことを説明する。
「イェンス、ボリス。二人に重要な任務を与える」
「「はっ」」
二人は俺からどんな命令が出されるのかと、緊張しているようだ。
「俺は一旦、西の森に入る。二人は俺の後方から見張るようにしてついてこい。そして、俺を尾行している敵の斥候がいれば、見つけ次第、捕らえるんだ。できれば殺さず、奴らの居場所を吐かせろ。判ったな!」
二人は敬礼とともに命令を復唱する。
俺は彼らにできるだけ、広い範囲を探るように命じ、捉えた後は守備隊に連れて行くように指示しておく。
イェンスは、
「副長代理は森に入ってからどうされるのでしょうか?」
「奴らの動向を見る。俺が迷宮から出て来たのは知っているはずだから、本隊が出てくる可能性がある。二時間ほどこの辺りに潜み、奴らを待ち伏せる」
「お一人で対決されるおつもりですか? 危険です。せめて私だけでもお連れ下さい」
俺は明るい口調で
「この辺りなら、すぐに街に逃げ込める。まあ、お前たちは俺の魔法を見ていないから心配なのだろうが、レイナルド殿に一度聞いてみろ。ジーレン村で第四階位の魔法を使ったことを教えてくれるはずだ」
イェンスはまだ何か言いたそうだったが、それ以上何も言ってこなかった。
午後二時五〇分。
俺は一人、街の西側に向かっていき、十分ほどで街の西の端に到着した。
二人が緩衝地帯を警戒しているのを確認すると、俺は森の中に入っていった。
氷の月、第四週水の曜(二月十九日)の午後三時頃。
グンドルフは手下がもたらした情報に歓喜の表情を見せていた。
(ようやく出てきたか。屋敷に向かったから、騎士団の奴らに閉じ込められるかもしれんが、奴が自暴自棄になる可能性がある。夜襲を掛ければ奴はきっと出てくる……くっくっ、待ってろよ。タイガ)
彼は大河が迷宮を出てきた後、どういう行動に出るのか考えていた。
十日間も迷宮に入り、心身ともに疲労のピークに達しているだろう。
騎士団は奴を失いたくないはずだから、何としてでも奴を屋敷に閉じ込めるはずだ。
だが、奴は自分で決着を付けたいと思っている。ということは、俺が姿を現せば無理をしてでも前線に出てくるはずだ。
そうなった場合、森の中に逃げ込んでも追いかけてくる可能性が高い。
森に引き込めばこちらのものだ。騎士が何人いようが問題ない。
(今日は無理だろうが、二日以内には奴を殺せる……今頃、自分のせいで人が死んだと嘆いているだろうな。くっくっ……)
グンドルフは手下たち十八人とともにシュバルツェンベルクの街に向かって出発した。
午後四時。
大河をつけていた手下が街近くの森で合流した。
「奴は西の森に一人で入りましたぜ。後をつけようしたんですが、二人の騎士が野郎の後を付けてやがったんで奴を追えやせんでした。その代り騎士団の見張りの一人を街道沿いに走らせやした」
「一人でだと! 騎士団の動きはその二人だけか! 他の騎士どもはどうした!」
「まだ、動きは無いようですぜ。どうやら奴は一人で逃げ出すみてぇで」
(何を考えているタイガ。森の中に入ったってことは逃げるわけじゃねぇ。逃げるなら馬を飛ばせばいいはずだ。罠か。だが、どんな罠だ……)
グンドルフはその報告を聞き、考え込んでいた。
彼の後ろでは焦れた手下たちが口々に不満の声を上げている。
「頭、チャンスですぜ。奴は一人だ。そのうち街道に出てきますぜ。そこをばっさりとやりゃ……」
「うるせぇ、黙ってろ!」
彼が一喝すると手下は静かになるが、無言のプレッシャーとなって彼の背中に圧し掛かってくる。
(手下どもの不満もかなり溜まっているな。どう考えても罠だが、奴一人で何ができる。奴は今まで迷宮に入っていた。冒険者を使って罠を張るってのもあるが、今は緊急召集が掛かっているから、勝手な行動は取れねぇ。冒険者が繋ぎをしていた可能性は……)
グンドルフの頭の中では、大河が考えそうな策がいくつも現れては消えていく。
(奴の戦力のシュバルツェンベルクの守備隊、クロイツタールの騎士、冒険者のすべてが動いていねぇ。ベルクヴァイラーにいる守備隊を使う? いや、この時間からベルクヴァイラーの守備隊を使うとは思えねぇ。夜襲を得意とする俺にクロイツタールの騎士ならまだしも守備隊を当ててくるとは思えん……)
「お頭、ここにじっとしていても始まりませんぜ。罠かどうか判りやせんが、とりあえず奴を追いやせんか」
(確かにここでグダグダ考えていても始まらねぇ)
「よし、西に向けて出発するぞ。騎士たちが追って来ねぇか後ろを警戒して進め」
手下たちはようやく決着がつきそうだと喜びの表情を隠せない。
(どうも嫌な感じが消えねぇ。罠がある。絶対にあるはずだ)
彼はここまで考えて、手下たちの楽観的な考えてが伝染したのか、自分が考えすぎではないかと思い始めていた。
(罠だったとして、どうだって言うんだ! 奴が仕掛ける程度の罠なら食い破ってやりゃあいい。騎士が動き出すにしても先に奴を殺してしまえば問題はねぇはずだ)
午後四時十分。
彼は手下たちを鼓舞し、街道を西に進んでいった。
午後三時三〇分。
俺は西の森を一kmほど進んでから、シュバルツェン街道に出てきた。
思いのほか、森の中が歩きにくく、三十分ほど時間を掛けてしまった。
(グンドルフが近くに潜んでいなければ、まだ余裕はある。近くにいたとしてもあと四kmくらいで目的の場所だ。周りには奴らの気配が無いから、とりあえず撒けたと見ていいだろう)
俺は時折、街道から外れて後ろを確認しながら、西に進んでいく。
何度目の確認だろう。後ろに人影が見え、俺が止まった瞬間、木の陰に隠れた気がした。
(追跡者か?)
追跡者は俺の五十mくらい後ろをつけてきている。追跡者をどうするか考えながら、先に進んでいく。
(四人くらい街に潜入していたとすれば、追手がいてもおかしくない。どうする、殺すか?)
追跡者を殺すことのメリットは敵の戦力を少しでも減らすことと、俺が自由に動けることだ。一方、生かしておくメリットはグンドルフを罠に引き込む役にできることだ。
(罠の入口で殺して、目印にするか。あざといが追って来ているなら、有効な手だな)
午後四時二十分、薄暗くなり始めた森の中の街道。
俺は木の陰に隠れ、追跡者を待ち受ける。
念のため、鑑定で能力を確認すると、冒険者か傭兵に近いスキル構成だった。
(レベル二十二の片手剣使いか。片手剣は二十しかないし、盾のスキルも低い。この時間に街道をソロで進むような技量ではないな。やはり盗賊の一味か)
俺は盗賊と判断し、改良型マジックアローで奇襲攻撃を掛けた。
半透明の魔力の矢が追跡者の右太ももに突き刺さり、追跡者の悲鳴が聞こえてきた。
俺はすぐに追跡者に接近し、タイロンガを突きつけながら、
「なぜ俺をつけていた。”偶然だ”なんてありきたりの言い訳なら聞かん」
俺の迫力に負けたのか、這いつくばって命乞いをしてくる。
「あ、いや、助けてくれ!」
「グンドルフの手先か? 奴は今どこにいる?」
「ああ、知らねぇんだ。俺は騎士団を見張っていただけだから。な、助けてくれよ」
涙を流して這いつくばり、命乞いをしていたが、俺が一歩近づいた瞬間、剣を抜いて襲い掛かってきた。
俺はある程度予想していたので、タイロンガで相手の長剣を弾き、手下の胸を貫く。
血を吐きながら倒れているが、まだ息はある。
「今なら、まだ助かるぞ。奴の隠れ家はどこだ?」
手下は血を吐きながら、
「ゲッホ! どうせ死ぬんだ……お頭はこういう失敗は許さねぇからな……グボッ」
彼はグンドルフへの恐怖が染み付いているのか、俺の脅しには屈せず、情報を漏らさない。
(駄目だな。この状況で漏らした情報も確実性に劣る。しかし、ここまでの恐怖を植えつけるというのは……)
俺はグンドルフという男を過小評価していたことに気付く。
(恐怖とはいえ、ここまで支配できるとは……恐ろしい男だな)
手下はそのまま情報を漏らさないまま、事切れた。
俺は手下の死体を街道の木に立て掛け、俺の罠への道標にした。
(グンドルフ! ここだぞ。見逃すなよ)
午後四時三〇分。
俺は街道を外れ、森の中に入っていった。
後書き
作者:狩坂 東風 |
投稿日:2013/02/02 17:24 更新日:2013/02/02 17:24 『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン