作品ID:90
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桜の鬼
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
紅の邂逅 前編
目次 | 次の話 |
狂い咲き。
そう評するのが一番としか言いようのないほど、その桜は鮮やかに、恐ろしいほど美しく、寒気を覚えるほどに紅い。
その桜は猟師ですら殆ど立ち入らぬ山の、奥深い場所に立っていた。知る者は殆どおらず、知っているものはみな黙して語らない。
その桜には鬼が住んでいると言われているから。強く美しい、紅き鬼が。
――はぁっ、はっ
そんな伝説が語られる山に、低い木や草を掻き分ける音と、それを追う音が重なって響く。
追われるものは女。地味だが仕立ての良い服を着て、履いていた草履はすでにない。
追うものは山犬。獲物を切り裂き引き千切るために追う。
必死で逃げて、逃げて、逃げて、それでも逃げ切ることは不可能な速度で追われ、掻き分けて出た先は崖を背にたつ紅い桜の立つ神秘の場所。これ以上逃げることは出来ない。
女は絶望の表情を顔に浮かべ、桜の下まで走ると、ずるずると座り込んでしまった。
「もう、だめ、なのだろう、ね」
覚悟を決めた、はずだった。
しかしどうしたことか、開けているのに山犬たちはそれ以上近寄ってこない。
「……何故、来ない? 私はもう逃げられないのに……」
「それは俺がいるからだろう」
「そうなのか。……は?」
背後から普通に聞こえてきた声に、緊迫して、緩みかけていた空気が一気に揺るんだ。首を恐る恐る後ろへ向けると、太い枝を張り巡らせていた桜の枝の一つに紅。
朱金に紅の髪、黄金の瞳。
――鬼が座っていた。
「な、桜の鬼……?」
「そう。……何故、こんな所まで逃げてきた。自分の村に戻れば良かっただろうに」
「……『そこ』から逃げてきたのに、戻ってどうする……」
「……そうか」
「聞かないのか? 何があったか」
鬼は首を傾げると、少し笑った。
「話したいなら話せば良い。話したくないなら聞かないさ」
「……気持ちの整理がついたら話す。今ぐちゃぐちゃなんだ……」
鬼は苦笑すると木々の方に顔を向け、呟く。
「もう帰れ。この人間はお前達の餌じゃない」
鬼が見ている方向を女も見た。山犬たちが少し顔を出すとくるりと背を向け、走り去っていった。
「……友達なのか?」
「この山の生き物たちは一応」
「へぇ……良いなぁ。私はなかなか動物には懐かれないらしくて」
「そうでもないと思うけどな」
「そうでもあるんだ」
「そうか」
「そうなんだ」
暫く沈黙があり、女は口を開く。
「私の名は……咲。私の村の長の娘で……」
「……なんとなくわかった気がする」
「隣の村の長の息子と結婚させようとしてた」
「……して『た』?」
「ああ。その後何だか知らんが少し遠いんだが一応隣の村の長の息子からも求婚されて」
「凄いな」
「凄くなんかない! だって二人とも私より二周りは年上で片方は一回りだがそんなことはどうでも良い! 二人とも美食家なんて言ってはいるが単なる残飯漁りの豚どもで片方はぶくぶく太ってるしもう片方は金にがめついついでに食道楽でそれと女には金をかけるらしくて、でもなんでかガリガリに痩せてて鶏がらみたいだし二人とも共通して妾が何人もいるんだー!」
「ある意味、凄い」
咲はぜぇはぁと息を切らせて鬼をきっと睨む。
「と、言うわけで逃げてきたんだ!」
「……なるほど? じゃあ俺も名乗るか。俺は桜火。……この桜の守をしている」
「オウカ……? 桜の、火?」
「そうだ」
「……っ、あはははははっ!」
「おい」
数分笑い続けて息が続かなくなり、むせながら謝る。
「す、すまない……、似合いすぎて笑えたんだ、気にしないでくれ」
「…………」
憮然とした表情を隠そうともしない桜火にさらに笑いを誘発される咲。
「そうだ、暫くここに居させてくれないか?」
「どうして」
「家に帰ったらすぐに祝言じゃ謝罪じゃと煩い。結婚をあきらめるまで帰るつもりはないから……」
「………………………」
眉を寄せて咲を見る桜火。その様子を固唾を呑んで見守る咲。そこには奇妙な空気が生まれていた。
「だ、駄目か……?」
さらに沈黙。
「桜火……?」
風が唸り、桜を舞い上げる。それにつられるかのように桜華が顔を上げ、空を見る。風に桜が、桜火の紅い髪が舞い上げられ、不思議な美しさと色香を映し出した。
す、と咲の方へ顔を向けると目を細め、観察するように咲を見る。金色の瞳に見つめられ、咲は身動き一つ取れない。
その厳しい表情がふと揺らぐ。
「まぁ良いか。……好きにしろ」
その言葉を聞いて咲は顔を輝かせる。よいしょと桜火の坐っている枝へ上り、ふわりと笑う。
「ありがとう。桜火。凄く嬉しい」
満面の笑みで例を言われてしまった桜火は苦笑した。顔を西の空に向けると、どれだけ時が過ぎたのか太陽は沈む直前で、美しい夕焼けが広がっていた。
咲はそれに見とれ、次に桜火を見た。
「……どうした?」
「凄い」
「夕焼けがか」
「それも凄い。でも夕焼けの光に桜火の髪が透けて凄い綺麗なんだ。まるで本当に燃えてるみたいに」
「……そうか」
「ああ。朝見ても綺麗なんだろうな。……いつ見ても綺麗だ」
「……少し待ってろ」
「何だ?」
「狩りに行ってくる」
「どうして」
「俺は食べなくてもいいが……お前は腹が減るだろう?」
「……そういえば。朝から何も食べていない」
「だから。この木の傍に居れば安全だから」
「わかった。暗くなる前に戻れよ」
「……了解」
ざぁっと風が吹き、先がとっさに瞑ってしまった目を開けると、桜火はすでに居なかった。
「本当に凄いな……」
そう評するのが一番としか言いようのないほど、その桜は鮮やかに、恐ろしいほど美しく、寒気を覚えるほどに紅い。
その桜は猟師ですら殆ど立ち入らぬ山の、奥深い場所に立っていた。知る者は殆どおらず、知っているものはみな黙して語らない。
その桜には鬼が住んでいると言われているから。強く美しい、紅き鬼が。
――はぁっ、はっ
そんな伝説が語られる山に、低い木や草を掻き分ける音と、それを追う音が重なって響く。
追われるものは女。地味だが仕立ての良い服を着て、履いていた草履はすでにない。
追うものは山犬。獲物を切り裂き引き千切るために追う。
必死で逃げて、逃げて、逃げて、それでも逃げ切ることは不可能な速度で追われ、掻き分けて出た先は崖を背にたつ紅い桜の立つ神秘の場所。これ以上逃げることは出来ない。
女は絶望の表情を顔に浮かべ、桜の下まで走ると、ずるずると座り込んでしまった。
「もう、だめ、なのだろう、ね」
覚悟を決めた、はずだった。
しかしどうしたことか、開けているのに山犬たちはそれ以上近寄ってこない。
「……何故、来ない? 私はもう逃げられないのに……」
「それは俺がいるからだろう」
「そうなのか。……は?」
背後から普通に聞こえてきた声に、緊迫して、緩みかけていた空気が一気に揺るんだ。首を恐る恐る後ろへ向けると、太い枝を張り巡らせていた桜の枝の一つに紅。
朱金に紅の髪、黄金の瞳。
――鬼が座っていた。
「な、桜の鬼……?」
「そう。……何故、こんな所まで逃げてきた。自分の村に戻れば良かっただろうに」
「……『そこ』から逃げてきたのに、戻ってどうする……」
「……そうか」
「聞かないのか? 何があったか」
鬼は首を傾げると、少し笑った。
「話したいなら話せば良い。話したくないなら聞かないさ」
「……気持ちの整理がついたら話す。今ぐちゃぐちゃなんだ……」
鬼は苦笑すると木々の方に顔を向け、呟く。
「もう帰れ。この人間はお前達の餌じゃない」
鬼が見ている方向を女も見た。山犬たちが少し顔を出すとくるりと背を向け、走り去っていった。
「……友達なのか?」
「この山の生き物たちは一応」
「へぇ……良いなぁ。私はなかなか動物には懐かれないらしくて」
「そうでもないと思うけどな」
「そうでもあるんだ」
「そうか」
「そうなんだ」
暫く沈黙があり、女は口を開く。
「私の名は……咲。私の村の長の娘で……」
「……なんとなくわかった気がする」
「隣の村の長の息子と結婚させようとしてた」
「……して『た』?」
「ああ。その後何だか知らんが少し遠いんだが一応隣の村の長の息子からも求婚されて」
「凄いな」
「凄くなんかない! だって二人とも私より二周りは年上で片方は一回りだがそんなことはどうでも良い! 二人とも美食家なんて言ってはいるが単なる残飯漁りの豚どもで片方はぶくぶく太ってるしもう片方は金にがめついついでに食道楽でそれと女には金をかけるらしくて、でもなんでかガリガリに痩せてて鶏がらみたいだし二人とも共通して妾が何人もいるんだー!」
「ある意味、凄い」
咲はぜぇはぁと息を切らせて鬼をきっと睨む。
「と、言うわけで逃げてきたんだ!」
「……なるほど? じゃあ俺も名乗るか。俺は桜火。……この桜の守をしている」
「オウカ……? 桜の、火?」
「そうだ」
「……っ、あはははははっ!」
「おい」
数分笑い続けて息が続かなくなり、むせながら謝る。
「す、すまない……、似合いすぎて笑えたんだ、気にしないでくれ」
「…………」
憮然とした表情を隠そうともしない桜火にさらに笑いを誘発される咲。
「そうだ、暫くここに居させてくれないか?」
「どうして」
「家に帰ったらすぐに祝言じゃ謝罪じゃと煩い。結婚をあきらめるまで帰るつもりはないから……」
「………………………」
眉を寄せて咲を見る桜火。その様子を固唾を呑んで見守る咲。そこには奇妙な空気が生まれていた。
「だ、駄目か……?」
さらに沈黙。
「桜火……?」
風が唸り、桜を舞い上げる。それにつられるかのように桜華が顔を上げ、空を見る。風に桜が、桜火の紅い髪が舞い上げられ、不思議な美しさと色香を映し出した。
す、と咲の方へ顔を向けると目を細め、観察するように咲を見る。金色の瞳に見つめられ、咲は身動き一つ取れない。
その厳しい表情がふと揺らぐ。
「まぁ良いか。……好きにしろ」
その言葉を聞いて咲は顔を輝かせる。よいしょと桜火の坐っている枝へ上り、ふわりと笑う。
「ありがとう。桜火。凄く嬉しい」
満面の笑みで例を言われてしまった桜火は苦笑した。顔を西の空に向けると、どれだけ時が過ぎたのか太陽は沈む直前で、美しい夕焼けが広がっていた。
咲はそれに見とれ、次に桜火を見た。
「……どうした?」
「凄い」
「夕焼けがか」
「それも凄い。でも夕焼けの光に桜火の髪が透けて凄い綺麗なんだ。まるで本当に燃えてるみたいに」
「……そうか」
「ああ。朝見ても綺麗なんだろうな。……いつ見ても綺麗だ」
「……少し待ってろ」
「何だ?」
「狩りに行ってくる」
「どうして」
「俺は食べなくてもいいが……お前は腹が減るだろう?」
「……そういえば。朝から何も食べていない」
「だから。この木の傍に居れば安全だから」
「わかった。暗くなる前に戻れよ」
「……了解」
ざぁっと風が吹き、先がとっさに瞑ってしまった目を開けると、桜火はすでに居なかった。
「本当に凄いな……」
後書き
作者:久遠 |
投稿日:2009/12/12 21:10 更新日:2010/01/21 17:03 『桜の鬼』の著作権は、すべて作者 久遠様に属します。 |
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