作品ID:1013
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神算鬼謀と天下無双
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前書き・紹介
第三話 バルハ城砦迎撃戦
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第三話 バルハ城砦迎撃戦
ドゴール軍西方制圧派遣軍はハルハ城砦の目前まで迫っていた。
軽歩兵一万、重装歩兵五千、騎兵三千、弓兵二千、二万の軍勢が今バルハ城砦を飲み込もうとしていた。
派遣軍司令官であるザームはバルハ城砦東部にある、開けた平原で部下達に宿営の準備をさせた。
「……将軍。敵は篭城ですね」
部下の一人が言うと、ザームはせせら笑った。
「まぁ、この数だからな。最後ぐらいは正面決戦で誇りを見せるかと思ったが……まぁ、所詮小勢だ。その意気地も無かったのだろうよ」
「それにしては、旗の数が多い。士気は旺盛のようです」
「まぁ、最後の足掻きだと連中も理解しているのだろう。逃げずに戦うと決めた連中は士気も高い。今までもそうだったろう?」
「然り」
ザームは空を見上げてどんよりとした雲を見た。
「今夜あたり、大雨が降るかも知れない。天幕の設置を急がせろ。それに、早めの食事もな」
「分かりました」
「とりあえず、今晩はゆっくり休め。遠征と強行軍で皆疲れただろう。北部と南部の連中を出し抜けたのは僥倖だ。明日は敵に総攻撃し、この戦を終わらせよう」
「はい、将軍」
部下は敬礼すると、天幕を後にした。
「さて、俺も休むか。エーベルンの王位継承者か。どちらもまだ小娘だが、眉目秀麗と聞く。捕縛できたら、どちらかを妾にでも貰おうか……」
もしそれが叶えば、それを理由にエーベルンの統治を任せられるかもしれない。そうすればドゴール王国将軍達の中で有力の一人となれる。
ザームは一人冷笑を浮かべると、天幕の中に引き下がった。
その夜は大雨で、まるでバケツをひっくり返したような大雨であった。
異変が起こったのは深夜の事である。
「敵襲!」
ドゴール兵この叫びが全ての始まりだった。
「何事だ!」
ザームは直ぐに目を覚まし、剣を手にして天幕の外に出た。
大雨と闇夜でよく見えなかったが、敵騎兵部隊が突入してきたようだった。
「落ち着け! 敵を良く見ろ! 闇雲に剣を振るな! 同士討ちになるぞ!」
ザームは大声で叫び兵を落ち着かせようとしたが、怒号と悲鳴で上手く伝わらない。
「将軍! 敵の奇襲攻撃です!」
「そんなの見れば分かる! 敵の数は?」
「不明です。恐らく、少数」
「お前は将兵を落ち着かせろ。敵が夜襲を目論んでいるとしたら、総攻撃の筈だ。これは、始まりに過ぎない。敵を始末した後、全周囲警戒態勢にしろ」
「了解!」
ザームは直ぐに行動を起こしたが、それは秀孝の予定通りの動きだった。
「将軍! 敵の攻勢です! 正面に大量の松明が!」
「やはり来たか! 全軍、迎撃準備! 来るぞ!」
ドゴール軍二万の眠れぬ夜の始まりだった。
「…………全員、生還したか?」
たった百。
僅か百人の決死の覚悟を決めた騎兵を率いる呂布が、後を振り返り騎士達を見つめる。
「はっ! 全員、生きています!」
騎士達の目には輝きがあった。自分達自身が、僅か百人で敵陣に突入して生きて生還する事が出来るとは考えもしなかった。
そして、もう一つ、呂布を見る目が違った。先頭に立って敵陣に突入し、最後に離脱した。
敵陣の中で魅せたその武勇に、騎士達は魅了された。
「よし、次の行動に移るぞ」
『はっ!』
騎士達の返答を聞いて呂布は方天画戟を振り、刃に付いた血を振り払うとそのまま闇へと消えた。
夜が明け、ドゴール軍はようやく松明を掲げた敵兵が幻である事に気付いた。
「…………将軍。偵察からの知らせです。敵影なし。あるのは松明のみだったとの事です」
「……………………」
報告を聞いたザームは、怒りに任せて手に持っていた杯を机に投げ付けた。
「おのれ! エーベルンの連中め! 姑息な事をしやがって! 良いだろう! 総攻撃を仕掛けろ! 皆殺しだ! 敵を全員皆殺しにしろ!」
「はっ!」
ドゴール軍二万は直ちに行動を開始した。
そして、バルハ城砦目の前にある沼地へと進軍したのである。
先行部隊が沼地に差し掛かった時であった。沼地の奥、バルハ城砦前に布陣するエーベルン軍を目視したのである。
「敵だ! 進め! 敵軍を皆殺しにしろ!」
部隊長の号令の下、軽歩兵部隊が沼地へと殺到した。
しかし、敵へと辿り着くのは困難であった。まず沼地に足を取られて中々進めず、さらに足が滑る。昨晩の大雨でさらに足元は悪化していた。そこへ、エーベルン軍から大量の矢の雨が降り注いだ。
「進め、進め、進め! 敵は小勢だ! 我等の敵では無いぞ!」
なんとか小道に沿って進むと、今度は正面に長い槍を構えた重装歩兵が押し返してくる。左右に隊が広がると、沼地に足を取られる。そこをエーベルンの軽歩兵が長い槍で突き刺してくる。
正面が進むに進めず、頭上からは次々と矢の雨が降り注いでくる。
「どうして進まない! 早く行け!」
「進めないんだ! 一度下がったほうが良い!」
「下がれるわけ無いだろう! 後続の部隊が次々と押し寄せて来るんだぞ!」
悲鳴と怒号が戦場に響き渡る。ドゴール軍は完全に沼地で身動きが取れない状態となった。さらに後から増援が来る為、後にも下がれない。各部隊は縦に長い隊列となり、部隊長の声も届かない。
沼地に次々とドゴール兵の死体が積み重なる。その死体を足場として新たな兵がエーベルンに襲い掛かる。
「落ち着け、全て相手にする必要は無い。前衛重装歩兵は一度後退。リューネ、軽歩兵を少し下がらせろ」
「分かりました!」
ライネ、リューネ姉妹の指揮の元、エーベルン兵は頑強に、そして徐々に後退しながら戦いを有利に運んでいた。
北部、南部の山側の戦いもエーベルン有利であった。
落とし穴、杭など、あらゆる罠を仕掛けた場所に上手くエーベルンの将兵達は誘導していた。元々山の守備をしていた者達である。さらに、軽歩兵であるため動きは機敏で、まさに山岳戦の様相を呈していた。
引けば押し、押せば引く。敵に姿を極力見せないように、突如襲い掛かり、すぐに逃げて姿を隠す。
それは秀孝が徹底的に指示した事であった。
幾ら山の戦いと言えど、面で迫られれば追い詰められる。点で攻撃すべし。ひたすら点の攻撃をする事により敵の進撃を遅らせる。それが秀孝の指示であった。
これは現代で言えば、山岳戦におけるゲリラ戦であった。
その状況を苦々しくザームは見つめていた。
味方は二万。敵は六千から七千。三倍以上の兵力がある。どうみても此方が押し込んでいる。敵は徐々に後退している。
「本隊からも兵を出せ! 数は二千!」
「しかし、将軍! それでは本隊の兵力が三千となります。それでは、余りにも少なすぎではありませんか!?」
「黙れ! 敵の三倍の兵力を持ちながら一気に踏み潰す事も出来ない愚将と罵られたいか!? 敵は徐々に後退している。もう少し押し込めば我等の勝利だ!」
「……了解しました」
ザームのこの判断は誤りであった。
確かにエーベルンは数に劣り、押され続けている。しかし、これは計画的な後退であったとザームは見る事が出来ず、あくまで味方の兵力に圧倒されたエーベルンが劣勢に立たされ始めたと見てしまったのである。
それは、心理的高揚と圧倒的兵力による優勢を信じている故であった。
「…………人は知りたい情報を知り、知りたくない情報には耳を隠す。都合の良い情報は耳に入り易いが、都合の悪い情報は耳に入り難い。情報の方向性、情報の取捨、情報の真偽、それを見誤るからこうなる」
バルハ城砦の見張り台に秀孝は居た。昨日の深夜から一睡もせずに見張り台から戦場となるこの場所を見続けていた。一応、護衛に二名の兵が付いていたが、その兵士は驚きながら戦況を見つめていた。
「お、おい。これ、どう見ても俺達勝っているよな?」
護衛兵の一人、ヴァッロは同じ護衛兵であるマゴに尋ねる。
ヴァッロはまだ若い兵士で、このバルハ城砦に常駐兵として赴任してからまだ二年。一方のマゴは三十代の戦士で、歴戦の勇士であった。
「騒ぐな。本城殿の邪魔になる」
マゴが注意すると、ヴァッロは肩をすくめて再び戦場へと目を移した。
「…………ヴァッロ」
「え? あ、はい! 何でしょうか!」
秀孝が名を呼ぶと、ヴァッロは敬礼した。
「ライネへ伝令してくれ。敵本隊から増援がでた。こちらもそろそろ限界に近いがもう少し奮闘するように伝えてくれ」
「分かりました! 直ちに!」
ヴァッロは直ぐに見張り台からライネの元へと走って行った。
「マゴ」
「はい、何でしょう」
「後で頼みがある。聞いてくれるか?」
「……何なりと。何なりと御命じ下さい」
「うん。宜しく頼むよ」
本城はそれだけ言うと、再び戦場を見つめた。
「くそ! まだか! まだ敵を踏み潰せないのか!?」
ザームは苦々しく戦場を見つめていた。
既に一万七千の兵を送り込んでいる。これ以上の増援は送れない。しかし、必ず勝てるという自負がザームを奮い立たせていた。
騎兵も山の中では役に立たない。故に騎兵も馬を下りて歩兵として攻撃に参加させている。それでもまだ決着が付かなかった。
「敵襲! 敵襲! エーベルン軍だ!」
「…………なんだと!?」
それは、バルバロッサ率いる伏兵部隊重装歩兵一千名であった。
虚を付かれたザームの本隊はたちまち混乱した。まさか自分達が襲われるとは予想していなかった為である。
「恐れるな! 敵は我等よりも少数だ!」
ザームは叫びながらようやく此処に来て自分自身の誤りに気付いた。
昨夜の夜襲。松明での脅し。狭い場所による戦闘。自分自身が送り込んだ増援。それら全てがこの為の布石であった事に。
「背後からも敵襲! 騎兵部隊だ!」
ドゴール兵が叫ぶ。しかし、それと同時に白刃の戟が襲う。
「後衛部隊は何をしている!? 騎兵部隊と言えども少数であろう!」
ザームが戦況を見る。そこには、信じられない光景が広がっていた。
赤い馬に乗った大男を先頭に、騎兵部隊が味方の守備部隊をまるで布を剣で切り裂くように次々と突破していた。
「……馬鹿な……。化け物かあの騎兵部隊は」
ザームが驚きと共に、剣を構えた時、その大男は目の前に迫ってきた。
一合。たった一撃でザームの首は永遠に胴から離れた。
「エーベルン客将将軍、呂奉先! 敵将を討ち取ったぞ! 全軍! 勝鬨を上げよ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
猛々しい叫びが戦場全てに届いた。
「勝鬨だ! 勝鬨を上げよ! エーベルンの勇士よ! 今こそ攻勢に出る時だ! 敵残兵を叩け!
ライネが叫ぶ。
その叫びと同時に沼地で戦い続けたエーベルン兵が一斉に攻勢にでた。それと同時に北部と南部でも一斉に攻勢に転じた。
さらに本隊を殲滅したバルバロッサが沼地の後方へ進撃して包囲。呂布率いる騎兵部隊はその山から撤退する敵部隊に襲い掛かった。
ここにバルハ城砦迎撃戦の勝敗は決着した。
「…………マゴ」
いまや戦場の跡となった悪臭漂う沼地に本城秀孝は立っていた。秀孝に付き従うのはヴァッロとマゴである。
「はっ」
マゴは返事をするが、秀孝はマゴに顔を見せなかった。
「戦果報告を」
「……はっ。敵兵二万は悉く壊滅。敵将ザームは呂奉先様が討ち取りました。味方の大勝利です」
「味方の被害は?」
「……死者五百二十四名、負傷者八百三十六名」
「そうか」
ポツリと呟く様に秀孝は答え、その場に座り込んだ。
「秀孝」
名を呼ぶ事に反応して、秀孝は声の方に向く。呂布、ライネ、リューネ、バルバロッサの四人だった。
「こんな所になんの用事なのだ? 我等を救った智者よ」
ライネが微笑みを浮かべながら秀孝に近寄った。
「ヴァッロ、マゴ、護衛任務ご苦労。二人は城砦に戻ってくれ」
『はっ』
二人は敬礼した後、護衛を呂布に任せてその場を後にした。
ヴァッロとマゴが立ち去って少し時間が経過した時であった。突然秀孝は四人に背を向けた。
「うぉうえええ。げほっ! げほっ! うぉうええええ」
秀孝は吐いていた。胃の中にあるもの全てを吐き出した。
抑えようとしても抑えられない。口から嘔吐物が次から次へと出てくる。
「おい、突然どうした」
リューネが心配そうに言い、呂布とライネが駆け寄り秀孝の背中をゆっくりと擦った。
「おい、大丈夫か?」
呂布が心配そうに言うが、秀孝には届かなかった。
「…………大丈夫と思うか?」
口元を押さえながら、秀孝は睨むように呂布を見る。
「お前、戦場は始めてだったのか?」
ライネが尋ねると、秀孝はライネを見つめる。
「……そんな事はどうでもいい!」
秀孝が指を示す。そこには山のように積み重なったドゴール兵の死体。
「俺が殺した。俺が殺した。俺が殺したんだ。二万人! 見ろ! 死体の山だ! 俺が殺した! ドゴール兵を二万人! そして、エーベルンの兵を五百二十四名も!」
「秀孝、エーベルンの兵を殺したのは……」
「リューネ! そうでは無い!」
リューネが言いかけるが、ライネがそれを止めた。
「俺だよ! 俺なんだ! エーベルンの兵も殺した! 一人殺せばその罪に苦しみ、刑に処せられるべき、二万人だぞ!? だが、最悪なのはもっとその先だ!」
「その先とは何だ?」
呂布が落ち着かせるようにゆっくりと尋ねた。
「見ろ! ドゴールの男達は何の罪を犯した!? 何もしていない! 王の命令に従い、ただ命令通りに敵国に進軍し、命令通りに攻撃しただけだ! 家に帰れば彼等は誰かの愛する息子、誰か愛する夫、誰かが愛する父親、誰かが愛する兄弟、誰かが愛する友人だ! 俺はそれを二万人も殺した!」
「それが戦だ」
「俺がもっと最悪だと感じているのはな、呂布。考えている自分がいる事なんだ!」
「何をだ?」
呂布の表情が少し曇る。ライネとリューネ、そしてバルバロッサはその表情で本城秀孝の本性見てしまったかもしれない。
秀孝の表情は冷笑を浮かべて、目に涙を浮かべていたからだ。
「どうすれば『より効率良く敵を殺せるか?』『どうすればより効率良く味方の兵を死なせる事が出来るか?』『どうすればより大勢殺せるか?』それを考えているおぞましい俺がいる! もっと戦果を! さらなる戦果を! さらに戦果を!」
「秀孝!」
呂布が一喝する。秀孝の言葉が止まる。
呂布は秀孝を立ち上がらせると、自分自身は地面に肩膝を付いた。
「本城秀孝。我が友よ。心弱く、そして優しき我が友よ。貴殿の智略により我は生き残る事ができた。我は恩義に報いる事ができた。心より敬意と感謝を」
呂布のこの行動を秀孝は呆然と見つめた。
「秀孝、全エーベルン将兵に代わって感謝を述べよう。お前のおかげでエーベルンは立ち上がる事ができるかもしれない」
ライネは秀孝の肩を叩いて言う。
「呂奉先、任せたぞ」
ライネはそれだけ言うと、リューネ、バルバロッサを引き連れてその場を離れた。
秀孝、呂布の二人の姿が小さくなった所でライネが口を開いた。
「あの男は生粋の戦嫌いだな。この世で誰よりも戦を憎んでいる」
「…………はい。しかし、本城殿の智略。これからのエーベルンに必要不可欠かと」
バルバロッサが応じると、ライネは大きく頷いた。
「ライネ姉様、秀孝はなぜあのように敵兵の事まで考えてしまうのでしょうか?」
リューネが尋ねると、ライネは空を見上げた。
「リューネ。お前は武人だ。無論、私も。そして、バルバロッサも立派な武人だ」
「はい」
「だが、本城秀孝は違う。あいつは武人ではない。故に、敵を倒すと考えていない。わからないかもしれないが、戦の本質とは結局の所、人と人の殺し合いだ。そして、あいつはそれが許せない。心の底から許せないのだ。そして、あいつの苦悩を理解しろとは言わん。だが、支えることはしてやれ。多分、あの言葉は真実だ。……バルバロッサ、私は何度か戦に出て敵を恐ろしいと感じた事はない。だが、今日初めて、味方が恐ろしいと感じたよ。秀孝のあの顔を見た瞬間、心が凍りつきそうになった。手が恐怖で震えるのを抑える事で必死だった」
「ライネ様はあの男がそれほど恐ろしいと?」
「ああ、恐ろしい。あの男は絶対に必要とあれば、エーベルンの民が、ドゴールの民が、何万人死のうと平然と受け止めるだろう。あの男は覇王すら畏れぬ」
「覇王すら畏れない……ですか」
リューネが呟くように言う。
「だが、私は今日、神に感謝しよう。もしかしたら、我々は偉大なる人物を軍師として迎え入れたかもしれないぞ。客将ではあるがな」
バルハ城砦迎撃戦。
ドゴール軍二万。
エーベルン軍六千五百。
本城秀孝が始めて軍師として初陣を果たしたこの戦いは、ドゴール軍二万壊滅という驚くべき戦果で結末を迎える。
秀孝の慟哭と共に………………。
ドゴール軍西方制圧派遣軍はハルハ城砦の目前まで迫っていた。
軽歩兵一万、重装歩兵五千、騎兵三千、弓兵二千、二万の軍勢が今バルハ城砦を飲み込もうとしていた。
派遣軍司令官であるザームはバルハ城砦東部にある、開けた平原で部下達に宿営の準備をさせた。
「……将軍。敵は篭城ですね」
部下の一人が言うと、ザームはせせら笑った。
「まぁ、この数だからな。最後ぐらいは正面決戦で誇りを見せるかと思ったが……まぁ、所詮小勢だ。その意気地も無かったのだろうよ」
「それにしては、旗の数が多い。士気は旺盛のようです」
「まぁ、最後の足掻きだと連中も理解しているのだろう。逃げずに戦うと決めた連中は士気も高い。今までもそうだったろう?」
「然り」
ザームは空を見上げてどんよりとした雲を見た。
「今夜あたり、大雨が降るかも知れない。天幕の設置を急がせろ。それに、早めの食事もな」
「分かりました」
「とりあえず、今晩はゆっくり休め。遠征と強行軍で皆疲れただろう。北部と南部の連中を出し抜けたのは僥倖だ。明日は敵に総攻撃し、この戦を終わらせよう」
「はい、将軍」
部下は敬礼すると、天幕を後にした。
「さて、俺も休むか。エーベルンの王位継承者か。どちらもまだ小娘だが、眉目秀麗と聞く。捕縛できたら、どちらかを妾にでも貰おうか……」
もしそれが叶えば、それを理由にエーベルンの統治を任せられるかもしれない。そうすればドゴール王国将軍達の中で有力の一人となれる。
ザームは一人冷笑を浮かべると、天幕の中に引き下がった。
その夜は大雨で、まるでバケツをひっくり返したような大雨であった。
異変が起こったのは深夜の事である。
「敵襲!」
ドゴール兵この叫びが全ての始まりだった。
「何事だ!」
ザームは直ぐに目を覚まし、剣を手にして天幕の外に出た。
大雨と闇夜でよく見えなかったが、敵騎兵部隊が突入してきたようだった。
「落ち着け! 敵を良く見ろ! 闇雲に剣を振るな! 同士討ちになるぞ!」
ザームは大声で叫び兵を落ち着かせようとしたが、怒号と悲鳴で上手く伝わらない。
「将軍! 敵の奇襲攻撃です!」
「そんなの見れば分かる! 敵の数は?」
「不明です。恐らく、少数」
「お前は将兵を落ち着かせろ。敵が夜襲を目論んでいるとしたら、総攻撃の筈だ。これは、始まりに過ぎない。敵を始末した後、全周囲警戒態勢にしろ」
「了解!」
ザームは直ぐに行動を起こしたが、それは秀孝の予定通りの動きだった。
「将軍! 敵の攻勢です! 正面に大量の松明が!」
「やはり来たか! 全軍、迎撃準備! 来るぞ!」
ドゴール軍二万の眠れぬ夜の始まりだった。
「…………全員、生還したか?」
たった百。
僅か百人の決死の覚悟を決めた騎兵を率いる呂布が、後を振り返り騎士達を見つめる。
「はっ! 全員、生きています!」
騎士達の目には輝きがあった。自分達自身が、僅か百人で敵陣に突入して生きて生還する事が出来るとは考えもしなかった。
そして、もう一つ、呂布を見る目が違った。先頭に立って敵陣に突入し、最後に離脱した。
敵陣の中で魅せたその武勇に、騎士達は魅了された。
「よし、次の行動に移るぞ」
『はっ!』
騎士達の返答を聞いて呂布は方天画戟を振り、刃に付いた血を振り払うとそのまま闇へと消えた。
夜が明け、ドゴール軍はようやく松明を掲げた敵兵が幻である事に気付いた。
「…………将軍。偵察からの知らせです。敵影なし。あるのは松明のみだったとの事です」
「……………………」
報告を聞いたザームは、怒りに任せて手に持っていた杯を机に投げ付けた。
「おのれ! エーベルンの連中め! 姑息な事をしやがって! 良いだろう! 総攻撃を仕掛けろ! 皆殺しだ! 敵を全員皆殺しにしろ!」
「はっ!」
ドゴール軍二万は直ちに行動を開始した。
そして、バルハ城砦目の前にある沼地へと進軍したのである。
先行部隊が沼地に差し掛かった時であった。沼地の奥、バルハ城砦前に布陣するエーベルン軍を目視したのである。
「敵だ! 進め! 敵軍を皆殺しにしろ!」
部隊長の号令の下、軽歩兵部隊が沼地へと殺到した。
しかし、敵へと辿り着くのは困難であった。まず沼地に足を取られて中々進めず、さらに足が滑る。昨晩の大雨でさらに足元は悪化していた。そこへ、エーベルン軍から大量の矢の雨が降り注いだ。
「進め、進め、進め! 敵は小勢だ! 我等の敵では無いぞ!」
なんとか小道に沿って進むと、今度は正面に長い槍を構えた重装歩兵が押し返してくる。左右に隊が広がると、沼地に足を取られる。そこをエーベルンの軽歩兵が長い槍で突き刺してくる。
正面が進むに進めず、頭上からは次々と矢の雨が降り注いでくる。
「どうして進まない! 早く行け!」
「進めないんだ! 一度下がったほうが良い!」
「下がれるわけ無いだろう! 後続の部隊が次々と押し寄せて来るんだぞ!」
悲鳴と怒号が戦場に響き渡る。ドゴール軍は完全に沼地で身動きが取れない状態となった。さらに後から増援が来る為、後にも下がれない。各部隊は縦に長い隊列となり、部隊長の声も届かない。
沼地に次々とドゴール兵の死体が積み重なる。その死体を足場として新たな兵がエーベルンに襲い掛かる。
「落ち着け、全て相手にする必要は無い。前衛重装歩兵は一度後退。リューネ、軽歩兵を少し下がらせろ」
「分かりました!」
ライネ、リューネ姉妹の指揮の元、エーベルン兵は頑強に、そして徐々に後退しながら戦いを有利に運んでいた。
北部、南部の山側の戦いもエーベルン有利であった。
落とし穴、杭など、あらゆる罠を仕掛けた場所に上手くエーベルンの将兵達は誘導していた。元々山の守備をしていた者達である。さらに、軽歩兵であるため動きは機敏で、まさに山岳戦の様相を呈していた。
引けば押し、押せば引く。敵に姿を極力見せないように、突如襲い掛かり、すぐに逃げて姿を隠す。
それは秀孝が徹底的に指示した事であった。
幾ら山の戦いと言えど、面で迫られれば追い詰められる。点で攻撃すべし。ひたすら点の攻撃をする事により敵の進撃を遅らせる。それが秀孝の指示であった。
これは現代で言えば、山岳戦におけるゲリラ戦であった。
その状況を苦々しくザームは見つめていた。
味方は二万。敵は六千から七千。三倍以上の兵力がある。どうみても此方が押し込んでいる。敵は徐々に後退している。
「本隊からも兵を出せ! 数は二千!」
「しかし、将軍! それでは本隊の兵力が三千となります。それでは、余りにも少なすぎではありませんか!?」
「黙れ! 敵の三倍の兵力を持ちながら一気に踏み潰す事も出来ない愚将と罵られたいか!? 敵は徐々に後退している。もう少し押し込めば我等の勝利だ!」
「……了解しました」
ザームのこの判断は誤りであった。
確かにエーベルンは数に劣り、押され続けている。しかし、これは計画的な後退であったとザームは見る事が出来ず、あくまで味方の兵力に圧倒されたエーベルンが劣勢に立たされ始めたと見てしまったのである。
それは、心理的高揚と圧倒的兵力による優勢を信じている故であった。
「…………人は知りたい情報を知り、知りたくない情報には耳を隠す。都合の良い情報は耳に入り易いが、都合の悪い情報は耳に入り難い。情報の方向性、情報の取捨、情報の真偽、それを見誤るからこうなる」
バルハ城砦の見張り台に秀孝は居た。昨日の深夜から一睡もせずに見張り台から戦場となるこの場所を見続けていた。一応、護衛に二名の兵が付いていたが、その兵士は驚きながら戦況を見つめていた。
「お、おい。これ、どう見ても俺達勝っているよな?」
護衛兵の一人、ヴァッロは同じ護衛兵であるマゴに尋ねる。
ヴァッロはまだ若い兵士で、このバルハ城砦に常駐兵として赴任してからまだ二年。一方のマゴは三十代の戦士で、歴戦の勇士であった。
「騒ぐな。本城殿の邪魔になる」
マゴが注意すると、ヴァッロは肩をすくめて再び戦場へと目を移した。
「…………ヴァッロ」
「え? あ、はい! 何でしょうか!」
秀孝が名を呼ぶと、ヴァッロは敬礼した。
「ライネへ伝令してくれ。敵本隊から増援がでた。こちらもそろそろ限界に近いがもう少し奮闘するように伝えてくれ」
「分かりました! 直ちに!」
ヴァッロは直ぐに見張り台からライネの元へと走って行った。
「マゴ」
「はい、何でしょう」
「後で頼みがある。聞いてくれるか?」
「……何なりと。何なりと御命じ下さい」
「うん。宜しく頼むよ」
本城はそれだけ言うと、再び戦場を見つめた。
「くそ! まだか! まだ敵を踏み潰せないのか!?」
ザームは苦々しく戦場を見つめていた。
既に一万七千の兵を送り込んでいる。これ以上の増援は送れない。しかし、必ず勝てるという自負がザームを奮い立たせていた。
騎兵も山の中では役に立たない。故に騎兵も馬を下りて歩兵として攻撃に参加させている。それでもまだ決着が付かなかった。
「敵襲! 敵襲! エーベルン軍だ!」
「…………なんだと!?」
それは、バルバロッサ率いる伏兵部隊重装歩兵一千名であった。
虚を付かれたザームの本隊はたちまち混乱した。まさか自分達が襲われるとは予想していなかった為である。
「恐れるな! 敵は我等よりも少数だ!」
ザームは叫びながらようやく此処に来て自分自身の誤りに気付いた。
昨夜の夜襲。松明での脅し。狭い場所による戦闘。自分自身が送り込んだ増援。それら全てがこの為の布石であった事に。
「背後からも敵襲! 騎兵部隊だ!」
ドゴール兵が叫ぶ。しかし、それと同時に白刃の戟が襲う。
「後衛部隊は何をしている!? 騎兵部隊と言えども少数であろう!」
ザームが戦況を見る。そこには、信じられない光景が広がっていた。
赤い馬に乗った大男を先頭に、騎兵部隊が味方の守備部隊をまるで布を剣で切り裂くように次々と突破していた。
「……馬鹿な……。化け物かあの騎兵部隊は」
ザームが驚きと共に、剣を構えた時、その大男は目の前に迫ってきた。
一合。たった一撃でザームの首は永遠に胴から離れた。
「エーベルン客将将軍、呂奉先! 敵将を討ち取ったぞ! 全軍! 勝鬨を上げよ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
猛々しい叫びが戦場全てに届いた。
「勝鬨だ! 勝鬨を上げよ! エーベルンの勇士よ! 今こそ攻勢に出る時だ! 敵残兵を叩け!
ライネが叫ぶ。
その叫びと同時に沼地で戦い続けたエーベルン兵が一斉に攻勢にでた。それと同時に北部と南部でも一斉に攻勢に転じた。
さらに本隊を殲滅したバルバロッサが沼地の後方へ進撃して包囲。呂布率いる騎兵部隊はその山から撤退する敵部隊に襲い掛かった。
ここにバルハ城砦迎撃戦の勝敗は決着した。
「…………マゴ」
いまや戦場の跡となった悪臭漂う沼地に本城秀孝は立っていた。秀孝に付き従うのはヴァッロとマゴである。
「はっ」
マゴは返事をするが、秀孝はマゴに顔を見せなかった。
「戦果報告を」
「……はっ。敵兵二万は悉く壊滅。敵将ザームは呂奉先様が討ち取りました。味方の大勝利です」
「味方の被害は?」
「……死者五百二十四名、負傷者八百三十六名」
「そうか」
ポツリと呟く様に秀孝は答え、その場に座り込んだ。
「秀孝」
名を呼ぶ事に反応して、秀孝は声の方に向く。呂布、ライネ、リューネ、バルバロッサの四人だった。
「こんな所になんの用事なのだ? 我等を救った智者よ」
ライネが微笑みを浮かべながら秀孝に近寄った。
「ヴァッロ、マゴ、護衛任務ご苦労。二人は城砦に戻ってくれ」
『はっ』
二人は敬礼した後、護衛を呂布に任せてその場を後にした。
ヴァッロとマゴが立ち去って少し時間が経過した時であった。突然秀孝は四人に背を向けた。
「うぉうえええ。げほっ! げほっ! うぉうええええ」
秀孝は吐いていた。胃の中にあるもの全てを吐き出した。
抑えようとしても抑えられない。口から嘔吐物が次から次へと出てくる。
「おい、突然どうした」
リューネが心配そうに言い、呂布とライネが駆け寄り秀孝の背中をゆっくりと擦った。
「おい、大丈夫か?」
呂布が心配そうに言うが、秀孝には届かなかった。
「…………大丈夫と思うか?」
口元を押さえながら、秀孝は睨むように呂布を見る。
「お前、戦場は始めてだったのか?」
ライネが尋ねると、秀孝はライネを見つめる。
「……そんな事はどうでもいい!」
秀孝が指を示す。そこには山のように積み重なったドゴール兵の死体。
「俺が殺した。俺が殺した。俺が殺したんだ。二万人! 見ろ! 死体の山だ! 俺が殺した! ドゴール兵を二万人! そして、エーベルンの兵を五百二十四名も!」
「秀孝、エーベルンの兵を殺したのは……」
「リューネ! そうでは無い!」
リューネが言いかけるが、ライネがそれを止めた。
「俺だよ! 俺なんだ! エーベルンの兵も殺した! 一人殺せばその罪に苦しみ、刑に処せられるべき、二万人だぞ!? だが、最悪なのはもっとその先だ!」
「その先とは何だ?」
呂布が落ち着かせるようにゆっくりと尋ねた。
「見ろ! ドゴールの男達は何の罪を犯した!? 何もしていない! 王の命令に従い、ただ命令通りに敵国に進軍し、命令通りに攻撃しただけだ! 家に帰れば彼等は誰かの愛する息子、誰か愛する夫、誰かが愛する父親、誰かが愛する兄弟、誰かが愛する友人だ! 俺はそれを二万人も殺した!」
「それが戦だ」
「俺がもっと最悪だと感じているのはな、呂布。考えている自分がいる事なんだ!」
「何をだ?」
呂布の表情が少し曇る。ライネとリューネ、そしてバルバロッサはその表情で本城秀孝の本性見てしまったかもしれない。
秀孝の表情は冷笑を浮かべて、目に涙を浮かべていたからだ。
「どうすれば『より効率良く敵を殺せるか?』『どうすればより効率良く味方の兵を死なせる事が出来るか?』『どうすればより大勢殺せるか?』それを考えているおぞましい俺がいる! もっと戦果を! さらなる戦果を! さらに戦果を!」
「秀孝!」
呂布が一喝する。秀孝の言葉が止まる。
呂布は秀孝を立ち上がらせると、自分自身は地面に肩膝を付いた。
「本城秀孝。我が友よ。心弱く、そして優しき我が友よ。貴殿の智略により我は生き残る事ができた。我は恩義に報いる事ができた。心より敬意と感謝を」
呂布のこの行動を秀孝は呆然と見つめた。
「秀孝、全エーベルン将兵に代わって感謝を述べよう。お前のおかげでエーベルンは立ち上がる事ができるかもしれない」
ライネは秀孝の肩を叩いて言う。
「呂奉先、任せたぞ」
ライネはそれだけ言うと、リューネ、バルバロッサを引き連れてその場を離れた。
秀孝、呂布の二人の姿が小さくなった所でライネが口を開いた。
「あの男は生粋の戦嫌いだな。この世で誰よりも戦を憎んでいる」
「…………はい。しかし、本城殿の智略。これからのエーベルンに必要不可欠かと」
バルバロッサが応じると、ライネは大きく頷いた。
「ライネ姉様、秀孝はなぜあのように敵兵の事まで考えてしまうのでしょうか?」
リューネが尋ねると、ライネは空を見上げた。
「リューネ。お前は武人だ。無論、私も。そして、バルバロッサも立派な武人だ」
「はい」
「だが、本城秀孝は違う。あいつは武人ではない。故に、敵を倒すと考えていない。わからないかもしれないが、戦の本質とは結局の所、人と人の殺し合いだ。そして、あいつはそれが許せない。心の底から許せないのだ。そして、あいつの苦悩を理解しろとは言わん。だが、支えることはしてやれ。多分、あの言葉は真実だ。……バルバロッサ、私は何度か戦に出て敵を恐ろしいと感じた事はない。だが、今日初めて、味方が恐ろしいと感じたよ。秀孝のあの顔を見た瞬間、心が凍りつきそうになった。手が恐怖で震えるのを抑える事で必死だった」
「ライネ様はあの男がそれほど恐ろしいと?」
「ああ、恐ろしい。あの男は絶対に必要とあれば、エーベルンの民が、ドゴールの民が、何万人死のうと平然と受け止めるだろう。あの男は覇王すら畏れぬ」
「覇王すら畏れない……ですか」
リューネが呟くように言う。
「だが、私は今日、神に感謝しよう。もしかしたら、我々は偉大なる人物を軍師として迎え入れたかもしれないぞ。客将ではあるがな」
バルハ城砦迎撃戦。
ドゴール軍二万。
エーベルン軍六千五百。
本城秀孝が始めて軍師として初陣を果たしたこの戦いは、ドゴール軍二万壊滅という驚くべき戦果で結末を迎える。
秀孝の慟哭と共に………………。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2012/06/07 04:58 更新日:2012/06/07 05:25 『神算鬼謀と天下無双』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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