作品ID:1341
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「ユニの子」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(78)・読中(2)・読止(0)・一般PV数(299)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
一 ヤーフェイ
目次 | 次の話 |
本に埋もれたホール。
たくさんの宝物が折り重なる宝物庫。
太い柱は堂々とそこに立ち、アーチを描く天井や部屋の入り口には、細かい草の模様が描かれている。
笑いさざめく貴婦人や、煌々と灯された篝火、勇ましく、きりっとした衛兵の姿はどこにもない。神隠しにでもあったかのように、建物だけが残っている。
どこまでも続いていきそうな広さを持つそこに響くのは、風鳴りと、小さな足音だけだ。
ぺったぺった。
かわいらしく、吹けば飛ぶような心もとない足音の主が、鏡のように磨かれた廊下をやってくる。
か細い女の子だった。
真っ白な肌に、燃えるような赤い髪。まだ少女とは言えない小さな姿が、宙を歩くようにやってくるのだ。
二つに結んだ髪が風になびいて、帯のように後ろに流れている。ゆうに先っぽがひざ裏辺りで踊っていた。
ぺったぺった。
尻尾のように揺れる赤髪が、宮殿の奥に消えていく。
「ユーリ、ユーリ!」
女の子は、両手を口に当てて大声で叫んでいた。その顔は、とても楽しそうだ。
本のある部屋、きらきらした物のある部屋、果物のたわわに実る木の間。歩き回ってたどり着いたのは、中庭の最奥。
くりぬかれたようなアーチがそこにある。
その奥は小さな部屋だった。
「まだおねむなの、ユーリ」
やさしく微笑んで、ヤーフェイは小声で部屋に声をかけた。
その言葉に、ゆっくりと、細く目を開けたものがあった。
その様子に、ヤーフェイの顔がぱっと輝く。
「ユーリ!」
それは、のっそりと動いた。
大きな羽を二、三回パタパタと動かして、鋭い爪のついた足で少女に近づいた。
「ヤーフェイ」
低く、響く声がする。
少女は、大好きな育ての親を見上げて、その名を呼んだ。
「おはよう、ユーリ!」
ユーリは、大きなふくろうだった。
ヤーフェイより二倍高い背。もはや人でもなく、獣のそれでもないとわかる異形のふくろう。
白銀の羽でヤーフェイの頭をなでてやり、中庭に出た。
小さな少女は、自分以外の人を見たこともなければ、本物のふくろうを見たこともないだろう。
この宮殿は閉鎖空間で、廊下や回廊にさえ窓はない。あったとするなら、明り取りの窓くらい。
その窓を見上げるように寝転がったヤーフェイの横に、ユーリが静かに腰を下ろした。さながら、巨大な繭だ。
「どうした。今日はやけに早いな」
「だってね、ユーリ。わたし、とてつもなく暇なのよ」
「本を読めばいい。ここの蔵書は三万を超える」
ヤーフェイは、ぷくっと頬を膨らませた。
「ユーリ……わたしがここに何年いると思っているの? もうすぐ十になる。小難しくて何が書いてあるかわからないへんな本とか、開けないように鎖でがんじがらめにしてある本とか、そういうのばっかりの宮殿の本は、読めるだけ読んだわ」
むくれてしまった小さな少女に目を細めて、ユーリは腰を上げた。
そのまま、音を立てて歩いていくふくろうを不思議そうに見て、ヤーフェイも後に続いた。
ユーリがやってきたのは、宝物庫だ。
四角い部屋に、色とりどりの敷物や、金銀宝玉の数々が無造作に置かれている。
「ヤーフェイ。この中から、好きな棒を選びなさい」
「棒?」
「ああ。お前が自由に振ることができるのなら何でもいい」
首をかしげながら、ヤーフェイは言われたとおりに棒を探し始めた。
「杖みたいなものでいいの?」
「お前が気に入るものなら、何でも」
うーん、とかわいらしいうなり声をあげ、ヤーフェイは宝物をあさる。
やがて、宝物にしては地味な箱を見つけた。
開けてみると、黒い棒が入っていた。ヤーフェイの腕より一回り太く、長さは腕の半分ほど。
「ユーリ、なあに、これ」
「……見せてごらん」
ユーリに渡すと、それはとても小さなものに見えた。
深く黒いボディに、金色の装飾が蔦のように絡みついている筒。
ユーリはすぐに、ヤーフェイに筒を覗くように促した。
ヤーフェイは気がつかなかったが、それはただの棒ではない。
覗きこむと、ユーリはそれをくるりと回した。
「わあ!」
ヤーフェイの目に、色が飛び込んできた。
どこまでも続く、同じような模様がけっして繰り返すことなく回る、不思議な筒。
「ユーリ、これ何?」
「万華鏡だよ、ヤーフェイ」
「マンゲキョウ?」
かいつまんで構造を説明してやるユーリの声を聞いて、ヤーフェイはうっとりしていた。
うまくいえないけれど、この声を聞くと、ほっとする。
ゆりかごに揺らされる赤子のような、包まれている感じがする。
「――ヤーフェイ、聞いているか?」
「とりあえずすごい筒なのね」
「聞いていなかったな?」
「あのねユーリ。こんなにきれいなものに、仕組みとか、そんなもの必要ないの。きれいなもので、十分よ」
そうか、と言って、ユーリは押し黙った。そのまま、くるくると、万華鏡を回し続けた。
のぞきこむヤーフェイの小さな驚きの声を聞いて、目を細めた。
ヤーフェイは、この世に太陽と月があることを知っている。
太陽が月を追いかけたり、月が太陽を追いかけたりすることがあることも、たまに追いついてしまって重なってしまうことも、月だけは満たされるときと、欠けきって影になってしまうことがあるのもだ。
すべて、ユーリと書物が教えてくれた。
しかし、ひとつだけ教えてもらえないことがあった。
本物の太陽と、月の姿。
ヤーフェイはここから出られないし、月や太陽がここから見える窓は存在しない。
「ねえ、月って、きれい?」
「ああ。神々しく、満月の夜は、昼間のように明るい光があたりを照らす」
「水の中みたいなんだよね」
ユーリは、満月の夜のことをそんな風に言っていたことがあった。
あれは、光の差し込む水中に、自分が漂っているようなのだと。
どこまでも漂っていられそうなふわふわとした時間。しかし、月は欠けることもあるし、やがて太陽が舞台に上がれば、たとえ月が舞台に上がっていても、太陽に前ではただ漂う白い円にしかならないのだと。
月のことを語るユーリは、憧れのものを自慢するような、子供っぽさがある。
そんなユーリを見るのがヤーフェイは好きだった。
万華鏡を見ていて、ふと、月光のようだと思った。
それもそうだ。今は、ユーリの時間。月が主役の時間だ。
小さな窓からは、柔らかな月光が差しこんでいる。
万華鏡から目を離し、ユーリを見上げた。
「どうした、ヤーフェイ」
月って、ユーリの目みたいなの?
くるりとした黄色い目に、そう聞こうとして、口から声が出なかった。
月光に照らされて白銀に輝く巨体。つややかな羽が、絹のようにきらめいている。
うっとりとした。
だんだん、まぶたが重くなってくる。ユーリに寄りかかると、そっと肩に手が置かれた。
大きな手。ヤーフェイとは違う手。
「また明日だな。ヤーフェイ」
ユーリが言うころには、ヤーフェイの前から柔らかな光は消えていた。
たくさんの宝物が折り重なる宝物庫。
太い柱は堂々とそこに立ち、アーチを描く天井や部屋の入り口には、細かい草の模様が描かれている。
笑いさざめく貴婦人や、煌々と灯された篝火、勇ましく、きりっとした衛兵の姿はどこにもない。神隠しにでもあったかのように、建物だけが残っている。
どこまでも続いていきそうな広さを持つそこに響くのは、風鳴りと、小さな足音だけだ。
ぺったぺった。
かわいらしく、吹けば飛ぶような心もとない足音の主が、鏡のように磨かれた廊下をやってくる。
か細い女の子だった。
真っ白な肌に、燃えるような赤い髪。まだ少女とは言えない小さな姿が、宙を歩くようにやってくるのだ。
二つに結んだ髪が風になびいて、帯のように後ろに流れている。ゆうに先っぽがひざ裏辺りで踊っていた。
ぺったぺった。
尻尾のように揺れる赤髪が、宮殿の奥に消えていく。
「ユーリ、ユーリ!」
女の子は、両手を口に当てて大声で叫んでいた。その顔は、とても楽しそうだ。
本のある部屋、きらきらした物のある部屋、果物のたわわに実る木の間。歩き回ってたどり着いたのは、中庭の最奥。
くりぬかれたようなアーチがそこにある。
その奥は小さな部屋だった。
「まだおねむなの、ユーリ」
やさしく微笑んで、ヤーフェイは小声で部屋に声をかけた。
その言葉に、ゆっくりと、細く目を開けたものがあった。
その様子に、ヤーフェイの顔がぱっと輝く。
「ユーリ!」
それは、のっそりと動いた。
大きな羽を二、三回パタパタと動かして、鋭い爪のついた足で少女に近づいた。
「ヤーフェイ」
低く、響く声がする。
少女は、大好きな育ての親を見上げて、その名を呼んだ。
「おはよう、ユーリ!」
ユーリは、大きなふくろうだった。
ヤーフェイより二倍高い背。もはや人でもなく、獣のそれでもないとわかる異形のふくろう。
白銀の羽でヤーフェイの頭をなでてやり、中庭に出た。
小さな少女は、自分以外の人を見たこともなければ、本物のふくろうを見たこともないだろう。
この宮殿は閉鎖空間で、廊下や回廊にさえ窓はない。あったとするなら、明り取りの窓くらい。
その窓を見上げるように寝転がったヤーフェイの横に、ユーリが静かに腰を下ろした。さながら、巨大な繭だ。
「どうした。今日はやけに早いな」
「だってね、ユーリ。わたし、とてつもなく暇なのよ」
「本を読めばいい。ここの蔵書は三万を超える」
ヤーフェイは、ぷくっと頬を膨らませた。
「ユーリ……わたしがここに何年いると思っているの? もうすぐ十になる。小難しくて何が書いてあるかわからないへんな本とか、開けないように鎖でがんじがらめにしてある本とか、そういうのばっかりの宮殿の本は、読めるだけ読んだわ」
むくれてしまった小さな少女に目を細めて、ユーリは腰を上げた。
そのまま、音を立てて歩いていくふくろうを不思議そうに見て、ヤーフェイも後に続いた。
ユーリがやってきたのは、宝物庫だ。
四角い部屋に、色とりどりの敷物や、金銀宝玉の数々が無造作に置かれている。
「ヤーフェイ。この中から、好きな棒を選びなさい」
「棒?」
「ああ。お前が自由に振ることができるのなら何でもいい」
首をかしげながら、ヤーフェイは言われたとおりに棒を探し始めた。
「杖みたいなものでいいの?」
「お前が気に入るものなら、何でも」
うーん、とかわいらしいうなり声をあげ、ヤーフェイは宝物をあさる。
やがて、宝物にしては地味な箱を見つけた。
開けてみると、黒い棒が入っていた。ヤーフェイの腕より一回り太く、長さは腕の半分ほど。
「ユーリ、なあに、これ」
「……見せてごらん」
ユーリに渡すと、それはとても小さなものに見えた。
深く黒いボディに、金色の装飾が蔦のように絡みついている筒。
ユーリはすぐに、ヤーフェイに筒を覗くように促した。
ヤーフェイは気がつかなかったが、それはただの棒ではない。
覗きこむと、ユーリはそれをくるりと回した。
「わあ!」
ヤーフェイの目に、色が飛び込んできた。
どこまでも続く、同じような模様がけっして繰り返すことなく回る、不思議な筒。
「ユーリ、これ何?」
「万華鏡だよ、ヤーフェイ」
「マンゲキョウ?」
かいつまんで構造を説明してやるユーリの声を聞いて、ヤーフェイはうっとりしていた。
うまくいえないけれど、この声を聞くと、ほっとする。
ゆりかごに揺らされる赤子のような、包まれている感じがする。
「――ヤーフェイ、聞いているか?」
「とりあえずすごい筒なのね」
「聞いていなかったな?」
「あのねユーリ。こんなにきれいなものに、仕組みとか、そんなもの必要ないの。きれいなもので、十分よ」
そうか、と言って、ユーリは押し黙った。そのまま、くるくると、万華鏡を回し続けた。
のぞきこむヤーフェイの小さな驚きの声を聞いて、目を細めた。
ヤーフェイは、この世に太陽と月があることを知っている。
太陽が月を追いかけたり、月が太陽を追いかけたりすることがあることも、たまに追いついてしまって重なってしまうことも、月だけは満たされるときと、欠けきって影になってしまうことがあるのもだ。
すべて、ユーリと書物が教えてくれた。
しかし、ひとつだけ教えてもらえないことがあった。
本物の太陽と、月の姿。
ヤーフェイはここから出られないし、月や太陽がここから見える窓は存在しない。
「ねえ、月って、きれい?」
「ああ。神々しく、満月の夜は、昼間のように明るい光があたりを照らす」
「水の中みたいなんだよね」
ユーリは、満月の夜のことをそんな風に言っていたことがあった。
あれは、光の差し込む水中に、自分が漂っているようなのだと。
どこまでも漂っていられそうなふわふわとした時間。しかし、月は欠けることもあるし、やがて太陽が舞台に上がれば、たとえ月が舞台に上がっていても、太陽に前ではただ漂う白い円にしかならないのだと。
月のことを語るユーリは、憧れのものを自慢するような、子供っぽさがある。
そんなユーリを見るのがヤーフェイは好きだった。
万華鏡を見ていて、ふと、月光のようだと思った。
それもそうだ。今は、ユーリの時間。月が主役の時間だ。
小さな窓からは、柔らかな月光が差しこんでいる。
万華鏡から目を離し、ユーリを見上げた。
「どうした、ヤーフェイ」
月って、ユーリの目みたいなの?
くるりとした黄色い目に、そう聞こうとして、口から声が出なかった。
月光に照らされて白銀に輝く巨体。つややかな羽が、絹のようにきらめいている。
うっとりとした。
だんだん、まぶたが重くなってくる。ユーリに寄りかかると、そっと肩に手が置かれた。
大きな手。ヤーフェイとは違う手。
「また明日だな。ヤーフェイ」
ユーリが言うころには、ヤーフェイの前から柔らかな光は消えていた。
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2012/12/17 22:27 更新日:2012/12/19 18:12 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
目次 | 次の話 |
読了ボタン