作品ID:1367
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ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
二 ユーリ
前の話 | 目次 | 次の話 |
はっと気がつくと、ヤーフェイは敷物の上に寝ていた。
起き上がると、厚手の布がかけられているのにびっくりして、はねのけた。
ヤーフェイの髪が、さらりと広がっている。
手狭な部屋。ヤーフェイが自分の部屋として使っている部屋。
読んでしまった本や、宝物庫から持ってきたこまごまとしたものが乱雑に、よく言えば芸術的にちりばめられている。
ほぼ一番奥にしかれた豪奢な絨毯がヤーフェイの寝床だ。
器用にものをよけて、ヤーフェイは廊下に出ようとして、いつもはないものにつまずいた。
万華鏡だ。
「ったー」
ころころと転がっていく万華鏡を拾い上げて、しげしげと眺めた。
覗いてみると、太陽の光が差し込んで、中がぱっと輝く。輝く色石が転がるように、複雑な模様がくるくると踊る。カラカラと、快い音がする。
いつまでも見ていられそうな、そんなきれいなもの。
目の前を、黄色い色石が通り過ぎた。
誰かの目のような。
その色にはっとして、ヤーフェイは大好きな人を思い浮かべた。
「ユーリ!」
駆け出しながら、万華鏡をとりあえず腰帯に挟みこんだ。
ユーリは、珍しく起きていた。
「どうしたの、ユーリ」
「ああ、少しな」
そう言って、うずくまってしまう。
そのとき、ヤーフェイははっとした。
「ねえ、わたし、どのくらい寝てた?」
「……丸一日、起きなかった」
ヤーフェイにはよくあることだ。
夜中に起きている反動か、長いときは三日ほどずっと寝ている。この宮殿は時間など気にしなくても生きていけるせいか、ユーリが言ってくれなければ、寝ていたことも気がつかない。
丸まっているユーリの姿を見て、ヤーフェイは失敗したと思った。いつもの元気なユーリではない。さっと血の気が引いた。
「何で起こしてくれなかったの! 昨日は新月だったはずよ!」
「……どうせ、わたしはいないのだ」
黄色い目が、こちらをゆっくりと見た。
「いつもわたしにつき合わせて、お前の体に無理を言わせている。たまにはゆっくり休ませてやりたいのだ」
「ユーリ……」
新月の夜、必ずユーリはどこかに行ってしまう。
どこにユーリが行くのか、どこからユーリが出て行くのか、ヤーフェイには見当もつかない。気がついたらいなくて、次の朝にふらりと帰ってくる。
だいたいの場合、どこかを怪我して。
「また怪我したんでしょう?」
「軽い」
「そういう問題じゃないの」
ヤーフェイがユーリの体を見回すと、羽の裏に、何かに打ちつけられたような跡があった。いくつもだ。
動くだけで、ユーリが歯を食いしばっているのがわかった。
「重い」
「……まだ、ましなほうだ」
一番ひどいときは、血まみれだった。
ヤーフェイが気がついたときにはほとんど傷口は閉じていて、周りに溜まった毒々しい色の血がやたらと目についた。
「なんで、……誰が」
「ヤーフェイ。これは、わたしの問題だ」
「どこに行って、どうしてこんな怪我をして帰ってくるの! ねえ、教えてよ!」
顔がかっと熱くなった。その頬を、しずくが滑り落ちていく。
「ねえ、答えてよ!」
何回同じ質問をしただろうか。
毎回、毎回同じ質問をして、返ってくるのは沈黙だけだ。
「ねえ、ユーリ……」
「すまない、ヤーフェイ」
すっとユーリが目を閉じた。大きく息をしながら、体を縮める。
その姿を見たヤーフェイは、ため息をついてユーリの部屋から出た。
ユーリは怪我の治りが早いが、休息は必要なのだ。
自分の部屋に帰って、万華鏡をまわす。相変わらず、きれいな模様が広がるのみだ。
その模様が、水面のように揺れた。
ユーリの怪我は一日もすれば跡形もなく消えていて、ヤーフェイの前には、今までヤーフェイが読むことのできなかった、鎖で閉じられた本がおいてあった。
「あけてごらん」
素直に頷いて、ヤーフェイは万華鏡で本を透かし見た。
模様の中に、本が混ざる。
万華鏡の先についている、平べったい入れ物は、ガラスよりも硬く、透き通っている。どんなものでできているのか聞いても、ユーリは知らないというばかりだ。
ユーリは、知っていて言わないときは首を振るだけだ。本当に知らないのだろう。
覗きこんで、本を透かし見る。
くるりと万華鏡を回すと、鎖が切れた。
カラン、と乾いた音がして、変形した鎖が落ちた。本がぱっと開いて、数ページ、風にあおられたようにめくれる。ここに風を起こすことのできるユーリの羽はピクリとも動いていない。
ヤーフェイの髪も揺れていた。頬を、冷たい風がかすめていった。
「上出来だ」
上から降ってきた声に、ヤーフェイは万華鏡から目を離し、ユーリを見上げた。
「ねえ、これ、ほかの方法で開けようとするとどうなるの?」
「無理矢理開けると、燃える」
「これも無理矢理な気がするけどね……」
ユーリは高らかに笑った。
「そうか、そうかもしれないなあ……。しかし、ヤーフェイ」
「なあに?」
「今、この本が燃えないのは、正規の方法で開けたからではない。お前がこの本を読むべきだと自覚したからだ」
「本に意識があるの?」
「いいや。そのようになるように仕向けられている。人間の手によって」
ふうん、と興味なさそうに頷くヤーフェイを見て、ユーリは目を細めた。
このままであってほしいと思う。
わがままだとわかっている。このまま、一生彼女を自分につき合わせるわけにはいかない。
わかっている。しかし、思ってしまうのだ。
この穏やかな日々が、ずっと続けばいいと。
しかし、思っていることと、やっていることは別だ。この宮殿にある、封印されし本をすべて読みつくしたとき、ヤーフェイは外に出なくてはいけない。
そしてそれを教えることが、ユーリの罪滅ぼしのひとつだった。
「さあ、ヤーフェイ。本を、よく読むんだよ」
「わかったよ、ユーリ」
少女の顔は輝いていた。
ヤーフェイの飲みこみは早く、一年もするとあらかたの本を五回は繰り返して読みきっていた。
時たま、本に書いてあることをなんとなく実践して、宮殿を半崩壊状態にすることも少なくなっていた。
その横で、いつもユーリがじっとしている。
ユーリが与えた本は、禁忌とされた本。不思議な力を学び、習得するための教養本だ。
ヤーフェイは不思議な力を手に入れて、退屈そうにしていることはなくなった。そんなヤーフェイを見ながら、ユーリはぼんやりと考えていた。
もうすぐ少女は十歳になる。
宮殿に閉じこめる理由は、十を過ぎればなくなってしまう。
ならば、自分は――。
起き上がると、厚手の布がかけられているのにびっくりして、はねのけた。
ヤーフェイの髪が、さらりと広がっている。
手狭な部屋。ヤーフェイが自分の部屋として使っている部屋。
読んでしまった本や、宝物庫から持ってきたこまごまとしたものが乱雑に、よく言えば芸術的にちりばめられている。
ほぼ一番奥にしかれた豪奢な絨毯がヤーフェイの寝床だ。
器用にものをよけて、ヤーフェイは廊下に出ようとして、いつもはないものにつまずいた。
万華鏡だ。
「ったー」
ころころと転がっていく万華鏡を拾い上げて、しげしげと眺めた。
覗いてみると、太陽の光が差し込んで、中がぱっと輝く。輝く色石が転がるように、複雑な模様がくるくると踊る。カラカラと、快い音がする。
いつまでも見ていられそうな、そんなきれいなもの。
目の前を、黄色い色石が通り過ぎた。
誰かの目のような。
その色にはっとして、ヤーフェイは大好きな人を思い浮かべた。
「ユーリ!」
駆け出しながら、万華鏡をとりあえず腰帯に挟みこんだ。
ユーリは、珍しく起きていた。
「どうしたの、ユーリ」
「ああ、少しな」
そう言って、うずくまってしまう。
そのとき、ヤーフェイははっとした。
「ねえ、わたし、どのくらい寝てた?」
「……丸一日、起きなかった」
ヤーフェイにはよくあることだ。
夜中に起きている反動か、長いときは三日ほどずっと寝ている。この宮殿は時間など気にしなくても生きていけるせいか、ユーリが言ってくれなければ、寝ていたことも気がつかない。
丸まっているユーリの姿を見て、ヤーフェイは失敗したと思った。いつもの元気なユーリではない。さっと血の気が引いた。
「何で起こしてくれなかったの! 昨日は新月だったはずよ!」
「……どうせ、わたしはいないのだ」
黄色い目が、こちらをゆっくりと見た。
「いつもわたしにつき合わせて、お前の体に無理を言わせている。たまにはゆっくり休ませてやりたいのだ」
「ユーリ……」
新月の夜、必ずユーリはどこかに行ってしまう。
どこにユーリが行くのか、どこからユーリが出て行くのか、ヤーフェイには見当もつかない。気がついたらいなくて、次の朝にふらりと帰ってくる。
だいたいの場合、どこかを怪我して。
「また怪我したんでしょう?」
「軽い」
「そういう問題じゃないの」
ヤーフェイがユーリの体を見回すと、羽の裏に、何かに打ちつけられたような跡があった。いくつもだ。
動くだけで、ユーリが歯を食いしばっているのがわかった。
「重い」
「……まだ、ましなほうだ」
一番ひどいときは、血まみれだった。
ヤーフェイが気がついたときにはほとんど傷口は閉じていて、周りに溜まった毒々しい色の血がやたらと目についた。
「なんで、……誰が」
「ヤーフェイ。これは、わたしの問題だ」
「どこに行って、どうしてこんな怪我をして帰ってくるの! ねえ、教えてよ!」
顔がかっと熱くなった。その頬を、しずくが滑り落ちていく。
「ねえ、答えてよ!」
何回同じ質問をしただろうか。
毎回、毎回同じ質問をして、返ってくるのは沈黙だけだ。
「ねえ、ユーリ……」
「すまない、ヤーフェイ」
すっとユーリが目を閉じた。大きく息をしながら、体を縮める。
その姿を見たヤーフェイは、ため息をついてユーリの部屋から出た。
ユーリは怪我の治りが早いが、休息は必要なのだ。
自分の部屋に帰って、万華鏡をまわす。相変わらず、きれいな模様が広がるのみだ。
その模様が、水面のように揺れた。
ユーリの怪我は一日もすれば跡形もなく消えていて、ヤーフェイの前には、今までヤーフェイが読むことのできなかった、鎖で閉じられた本がおいてあった。
「あけてごらん」
素直に頷いて、ヤーフェイは万華鏡で本を透かし見た。
模様の中に、本が混ざる。
万華鏡の先についている、平べったい入れ物は、ガラスよりも硬く、透き通っている。どんなものでできているのか聞いても、ユーリは知らないというばかりだ。
ユーリは、知っていて言わないときは首を振るだけだ。本当に知らないのだろう。
覗きこんで、本を透かし見る。
くるりと万華鏡を回すと、鎖が切れた。
カラン、と乾いた音がして、変形した鎖が落ちた。本がぱっと開いて、数ページ、風にあおられたようにめくれる。ここに風を起こすことのできるユーリの羽はピクリとも動いていない。
ヤーフェイの髪も揺れていた。頬を、冷たい風がかすめていった。
「上出来だ」
上から降ってきた声に、ヤーフェイは万華鏡から目を離し、ユーリを見上げた。
「ねえ、これ、ほかの方法で開けようとするとどうなるの?」
「無理矢理開けると、燃える」
「これも無理矢理な気がするけどね……」
ユーリは高らかに笑った。
「そうか、そうかもしれないなあ……。しかし、ヤーフェイ」
「なあに?」
「今、この本が燃えないのは、正規の方法で開けたからではない。お前がこの本を読むべきだと自覚したからだ」
「本に意識があるの?」
「いいや。そのようになるように仕向けられている。人間の手によって」
ふうん、と興味なさそうに頷くヤーフェイを見て、ユーリは目を細めた。
このままであってほしいと思う。
わがままだとわかっている。このまま、一生彼女を自分につき合わせるわけにはいかない。
わかっている。しかし、思ってしまうのだ。
この穏やかな日々が、ずっと続けばいいと。
しかし、思っていることと、やっていることは別だ。この宮殿にある、封印されし本をすべて読みつくしたとき、ヤーフェイは外に出なくてはいけない。
そしてそれを教えることが、ユーリの罪滅ぼしのひとつだった。
「さあ、ヤーフェイ。本を、よく読むんだよ」
「わかったよ、ユーリ」
少女の顔は輝いていた。
ヤーフェイの飲みこみは早く、一年もするとあらかたの本を五回は繰り返して読みきっていた。
時たま、本に書いてあることをなんとなく実践して、宮殿を半崩壊状態にすることも少なくなっていた。
その横で、いつもユーリがじっとしている。
ユーリが与えた本は、禁忌とされた本。不思議な力を学び、習得するための教養本だ。
ヤーフェイは不思議な力を手に入れて、退屈そうにしていることはなくなった。そんなヤーフェイを見ながら、ユーリはぼんやりと考えていた。
もうすぐ少女は十歳になる。
宮殿に閉じこめる理由は、十を過ぎればなくなってしまう。
ならば、自分は――。
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2012/12/24 17:26 更新日:2012/12/24 17:26 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
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