作品ID:1450
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ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
四 軽業師
前の話 | 目次 | 次の話 |
四年前と変わらない金色の目がこちらを見て、笑っている。
それは、最後に見た彼女と変わりない姿だった。
「ヤーフェイ……死んじゃったかと思ってた」
「わたしもよ、アリエ。いっぺん死んだと思ったの」
「いったい、どこで何をしてたのよ、ヤーフェイ!」
思わず涙をこぼすアリエを見て、ヤーフェイは友達に抱きついた。
それなのに、ヤーフェイはただ首をかしげている。
「なんか遠くに飛ばされちゃってさあ……。わたし、宮殿に、ユーリに嫌われちゃったのかな?」
「ユーリ?」
うん、と頷くヤーフェイは、笑っている。
その笑みは、何もわかっていない子供のようなのに、言っていることは真逆。人生の荒波を潜り抜けてきたような先人のように聞こえる。
違和感に寒気を覚えて、アリエはゆっくりと、ヤーフェイから離れた。
ヤーフェイはきょとんとしている。
そこでやっと、アリエは周りを見てはっとした。どうやら注目の的になってしまったらしい。市場の中に人だかりができていた。
「いろいろ聞きたいことがあるんだけど」
「ちょっと、今はその時間はないかなあ。――ほら」
ヤーフェイは、人ごみの向こうを指差す。
アリエが振り返ると、いかにも悪そうな男たちが目を爛々と輝かせて、こちらを見ていた。
「誰、あれ」
「何だっけ、人攫い? 盗賊? ちがうなあ……」
「とりあえずお天道様の下に出られないような人たちなのね」
元気よく頷く友達の手をとって、アリエはすばやく人ごみの中に入った。
「アリエ?」
「逃げるのよ、まったく」
厄介なことに巻き込まれてしまった。
驚く野次馬の中をすり抜けて、路地に入りこんで、とりあえず町の中心地を目指しながらちらりと友を覗うと、彼女はちょうど、何かひらめいた瞬間だったようだ。
「思い出したわ、アリエ!」
「何を!?」
「あの人たち、奴隷商人だ!」
うれしそうに言うヤーフェイの後ろから、変な雄叫びが聞こえてくる。
「なんで白昼堂々、奴隷商人に狙われてるのかしら、この子……」
「なんか高く売れるらしいよ、わたし」
「へらへら言っている場合じゃないでしょう!?」
前からも雄叫びが聞こえてきて、自然と舌打ちをしてしまった。
「しょうがないわねっ」
「わあ!」
ヤーフェイを横抱きに抱えて、そして顔を少ししかめながら、アリエは地面を蹴った。
両側から攻め、鉢合わせした奴隷商人と護衛の衛兵たちは、少女二人を見失うことになる。
目先にいたものが、どこかに消えてしまったのだ。
血眼になって探しても、どこにもいない。それどここか、路地の周囲を警吏の者たちが取り囲んでいて、ほとんどのものはつかまってしまった。
昼の市場は騒然となり、店じまいをするものなども現れたが、警吏の行動がすばやかったせいか、午後にもなると静かになる。
日が暮れる頃には、その騒動すらあったのか危ういほど、日常が戻ってきていた。
一部始終を見届けて、アリエは横を見た。
民家の屋根に座りこんだヤーフェイが、万華鏡をのぞきこんでいる。
淡く発光しているそれに妙な感じを覚えながら、アリエは下に目を向けた。
二階建ての民家。下は洗濯物の紐が路地を行ったり来たりしている。
「アリエはすごいねえ。ここまで跳んで来られちゃうんだもの」
本当に感心したように、万華鏡を覗いたまま言うヤーフェイは、ほめているのかお世辞なのかよくわからない。
「これがわたしの商売道具。軽業師なんだから当然でしょう。それに、洗濯紐がなかったらちょっと危なかったし……」
「でも、昔よりは跳べるようになったんじゃない?」
ヤーフェイは、万華鏡を腰の帯に戻す。
「みんな捕まっちゃったみたいだよ」
「警吏の人もご苦労様ねえ」
平然と言ってのけるヤーフェイは、目がいいわけじゃない。ここからは、警吏の詰め所に投獄される罪人を見ることはできないはずだ。しかし、ヤーフェイの万華鏡が普通とは違うことを、アリエは知っている。
「ヤーフェイ。まず、その足のお荷物のことを説明してもらおうかしら」
その言葉に、ヤーフェイが座り込んで抱えていた足を伸ばした。
低く重い、金属の音がした。
ズボンでうまく隠しているが、それは確実に罪人や奴隷がつける鎖だ。
「鎖が長くて助かったよ。ズボンに入れても違和感ないし」
「……どうしてそんなものを?」
「砂漠で倒れてて、気がついたら、目の前で奴隷商人とこの町の領主様がにんまりしてた」
さすがに真顔で言っているが、それがどういう状況なのかわかっているのだろうか?
「つまり、今ヤーフェイは奴隷で、この町から動けないの」
「領主様か」
アリエは、民家の屋根の連なりの、さらに向こう側を見た。
少し高くなっている土地に、威風堂々と構えている大きな建物が、領主の館だろう。
この町やカラタルムといった地域をまとめるメーラ王国は、今、地方貴族の肥大化に困っていると聞く。しかも王様は悪政高く、いつクーデターが起こってもおかしくないと噂する人までいる。
そのクーデターを起こそうと考えるであろう地方貴族の筆頭が、この町の領主である。
「領主様って、どんな人?」
「よくわかんない。わたしを持っているだけでいい気になっている人だから」
「持っているだけ?」
「わたしがロアの一族だって騒いでいるの」
「……よくわからないわ」
アリエは四年前、ヤーフェイのことをおかしな子だと思っていた。
月の宮殿なんてものは、御伽噺に過ぎないのだ。それを本気で信じて、あまつさえ行こうとしている、頭のおかしな少女。
みんなが彼女のことを笑っていた。
でも、アリエは少しだけ違っていたのだ。
自分は、ほかの人間とは違うと教えられてきた。一族の長も、仲間たちもそう言っていた。だから、他とは違う少女に、惹かれていたのかも知れない。
自分と似たような存在として。
でも、この少女はまったく違う存在なのだ。今でははっきりそう思う。
自分のような特別が、早々いるわけではないのだ。
「――というか、あんなことがあっても、まだ宮殿に行きたいと思っているのね」
四年前のことを思い出して、ため息をひとつ。
「ヤーフェイ、宮殿に入る前にどっかに吹き飛ばされていたでしょう」
「そうなんだよねえ」
うつむいてしまったヤーフェイを抱えて、アリエは笑った。
「送っていくわ。奴隷泥棒は重罪だしね」
「大丈夫だよ。町から出なければ、帰らなくても何も言われないもの」
「それでも、わたしが落ち着かないの。これで罪人扱いされたらこっちが迷惑なの」
文句を言おうとしたヤーフェイを無視して、アリエは軽く屋根を蹴った。
さっきと同じように軽く蹴っただけで宙に足が浮き、洗濯紐に軽く乗って、また飛び上がることを繰り返す。
下に着地したとき、アリエは後ろから声をかけられた。
「ロアの君! いたいた、探しましたよ」
ヤーフェイをおろしてやって振り向くと、使用人のような男が立っていた。
どうやら、顔見知りらしい。ヤーフェイは元気よく挨拶をして、話し始めた。
「領主様がお待ちです。急いでおいでください」
「何の用かな?」
「そこまではきいておりません」
にこやかに答えながらも、男はちらりとアリエを見て目を鋭くしている。
直感的に、ただの下男ではないのだろうな、とアリエは悟っていた。
「こちらは?」
「友達のアリエよ。ひさしぶりに会ったの」
ヤーフェイは、こちらを振り返った。
「そうだ、アリエ。一緒に来なよ! 一晩くらいなら泊めてくれるって」
「――遠慮しておくわ。明日も早いし」
そう、とがっかりしたように言うヤーフェイは、男に連れられて歩いていった。
足の鎖の音が時々響いて、もの悲しく路地に響いていた。
アリエは、宿に戻って仕事道具をまとめていた。
夜半になると、夜逃げのようにこっそりと宿を引き払った。怪訝そうにしている女将に、適当に言い訳をする。
「これから、誓い合った人と遠くへ行くんです」
女将は、黙って軍資金までくれた。
少々罪悪感をおぼえながら、そんな自分に苦笑して、アリエはさっと路地に入った。
目指すは領主の館だ。
「待っててね、ヤーフェイ。今助けに行くから」
しかし、アリエが領主の館で見たのは、密輸されるであろう奴隷が乗せられた馬車が人を積み、出て行くところだった。
明らかに赤い髪の目立つやつが乗せられていった。
「ヤーフェイ……!」
思わず飛び出そうとして、後ろから口をふさがれた。
「――落ち着いて。大切な人は、必ず助けます」
そこに、少年が立っていた。
それは、最後に見た彼女と変わりない姿だった。
「ヤーフェイ……死んじゃったかと思ってた」
「わたしもよ、アリエ。いっぺん死んだと思ったの」
「いったい、どこで何をしてたのよ、ヤーフェイ!」
思わず涙をこぼすアリエを見て、ヤーフェイは友達に抱きついた。
それなのに、ヤーフェイはただ首をかしげている。
「なんか遠くに飛ばされちゃってさあ……。わたし、宮殿に、ユーリに嫌われちゃったのかな?」
「ユーリ?」
うん、と頷くヤーフェイは、笑っている。
その笑みは、何もわかっていない子供のようなのに、言っていることは真逆。人生の荒波を潜り抜けてきたような先人のように聞こえる。
違和感に寒気を覚えて、アリエはゆっくりと、ヤーフェイから離れた。
ヤーフェイはきょとんとしている。
そこでやっと、アリエは周りを見てはっとした。どうやら注目の的になってしまったらしい。市場の中に人だかりができていた。
「いろいろ聞きたいことがあるんだけど」
「ちょっと、今はその時間はないかなあ。――ほら」
ヤーフェイは、人ごみの向こうを指差す。
アリエが振り返ると、いかにも悪そうな男たちが目を爛々と輝かせて、こちらを見ていた。
「誰、あれ」
「何だっけ、人攫い? 盗賊? ちがうなあ……」
「とりあえずお天道様の下に出られないような人たちなのね」
元気よく頷く友達の手をとって、アリエはすばやく人ごみの中に入った。
「アリエ?」
「逃げるのよ、まったく」
厄介なことに巻き込まれてしまった。
驚く野次馬の中をすり抜けて、路地に入りこんで、とりあえず町の中心地を目指しながらちらりと友を覗うと、彼女はちょうど、何かひらめいた瞬間だったようだ。
「思い出したわ、アリエ!」
「何を!?」
「あの人たち、奴隷商人だ!」
うれしそうに言うヤーフェイの後ろから、変な雄叫びが聞こえてくる。
「なんで白昼堂々、奴隷商人に狙われてるのかしら、この子……」
「なんか高く売れるらしいよ、わたし」
「へらへら言っている場合じゃないでしょう!?」
前からも雄叫びが聞こえてきて、自然と舌打ちをしてしまった。
「しょうがないわねっ」
「わあ!」
ヤーフェイを横抱きに抱えて、そして顔を少ししかめながら、アリエは地面を蹴った。
両側から攻め、鉢合わせした奴隷商人と護衛の衛兵たちは、少女二人を見失うことになる。
目先にいたものが、どこかに消えてしまったのだ。
血眼になって探しても、どこにもいない。それどここか、路地の周囲を警吏の者たちが取り囲んでいて、ほとんどのものはつかまってしまった。
昼の市場は騒然となり、店じまいをするものなども現れたが、警吏の行動がすばやかったせいか、午後にもなると静かになる。
日が暮れる頃には、その騒動すらあったのか危ういほど、日常が戻ってきていた。
一部始終を見届けて、アリエは横を見た。
民家の屋根に座りこんだヤーフェイが、万華鏡をのぞきこんでいる。
淡く発光しているそれに妙な感じを覚えながら、アリエは下に目を向けた。
二階建ての民家。下は洗濯物の紐が路地を行ったり来たりしている。
「アリエはすごいねえ。ここまで跳んで来られちゃうんだもの」
本当に感心したように、万華鏡を覗いたまま言うヤーフェイは、ほめているのかお世辞なのかよくわからない。
「これがわたしの商売道具。軽業師なんだから当然でしょう。それに、洗濯紐がなかったらちょっと危なかったし……」
「でも、昔よりは跳べるようになったんじゃない?」
ヤーフェイは、万華鏡を腰の帯に戻す。
「みんな捕まっちゃったみたいだよ」
「警吏の人もご苦労様ねえ」
平然と言ってのけるヤーフェイは、目がいいわけじゃない。ここからは、警吏の詰め所に投獄される罪人を見ることはできないはずだ。しかし、ヤーフェイの万華鏡が普通とは違うことを、アリエは知っている。
「ヤーフェイ。まず、その足のお荷物のことを説明してもらおうかしら」
その言葉に、ヤーフェイが座り込んで抱えていた足を伸ばした。
低く重い、金属の音がした。
ズボンでうまく隠しているが、それは確実に罪人や奴隷がつける鎖だ。
「鎖が長くて助かったよ。ズボンに入れても違和感ないし」
「……どうしてそんなものを?」
「砂漠で倒れてて、気がついたら、目の前で奴隷商人とこの町の領主様がにんまりしてた」
さすがに真顔で言っているが、それがどういう状況なのかわかっているのだろうか?
「つまり、今ヤーフェイは奴隷で、この町から動けないの」
「領主様か」
アリエは、民家の屋根の連なりの、さらに向こう側を見た。
少し高くなっている土地に、威風堂々と構えている大きな建物が、領主の館だろう。
この町やカラタルムといった地域をまとめるメーラ王国は、今、地方貴族の肥大化に困っていると聞く。しかも王様は悪政高く、いつクーデターが起こってもおかしくないと噂する人までいる。
そのクーデターを起こそうと考えるであろう地方貴族の筆頭が、この町の領主である。
「領主様って、どんな人?」
「よくわかんない。わたしを持っているだけでいい気になっている人だから」
「持っているだけ?」
「わたしがロアの一族だって騒いでいるの」
「……よくわからないわ」
アリエは四年前、ヤーフェイのことをおかしな子だと思っていた。
月の宮殿なんてものは、御伽噺に過ぎないのだ。それを本気で信じて、あまつさえ行こうとしている、頭のおかしな少女。
みんなが彼女のことを笑っていた。
でも、アリエは少しだけ違っていたのだ。
自分は、ほかの人間とは違うと教えられてきた。一族の長も、仲間たちもそう言っていた。だから、他とは違う少女に、惹かれていたのかも知れない。
自分と似たような存在として。
でも、この少女はまったく違う存在なのだ。今でははっきりそう思う。
自分のような特別が、早々いるわけではないのだ。
「――というか、あんなことがあっても、まだ宮殿に行きたいと思っているのね」
四年前のことを思い出して、ため息をひとつ。
「ヤーフェイ、宮殿に入る前にどっかに吹き飛ばされていたでしょう」
「そうなんだよねえ」
うつむいてしまったヤーフェイを抱えて、アリエは笑った。
「送っていくわ。奴隷泥棒は重罪だしね」
「大丈夫だよ。町から出なければ、帰らなくても何も言われないもの」
「それでも、わたしが落ち着かないの。これで罪人扱いされたらこっちが迷惑なの」
文句を言おうとしたヤーフェイを無視して、アリエは軽く屋根を蹴った。
さっきと同じように軽く蹴っただけで宙に足が浮き、洗濯紐に軽く乗って、また飛び上がることを繰り返す。
下に着地したとき、アリエは後ろから声をかけられた。
「ロアの君! いたいた、探しましたよ」
ヤーフェイをおろしてやって振り向くと、使用人のような男が立っていた。
どうやら、顔見知りらしい。ヤーフェイは元気よく挨拶をして、話し始めた。
「領主様がお待ちです。急いでおいでください」
「何の用かな?」
「そこまではきいておりません」
にこやかに答えながらも、男はちらりとアリエを見て目を鋭くしている。
直感的に、ただの下男ではないのだろうな、とアリエは悟っていた。
「こちらは?」
「友達のアリエよ。ひさしぶりに会ったの」
ヤーフェイは、こちらを振り返った。
「そうだ、アリエ。一緒に来なよ! 一晩くらいなら泊めてくれるって」
「――遠慮しておくわ。明日も早いし」
そう、とがっかりしたように言うヤーフェイは、男に連れられて歩いていった。
足の鎖の音が時々響いて、もの悲しく路地に響いていた。
アリエは、宿に戻って仕事道具をまとめていた。
夜半になると、夜逃げのようにこっそりと宿を引き払った。怪訝そうにしている女将に、適当に言い訳をする。
「これから、誓い合った人と遠くへ行くんです」
女将は、黙って軍資金までくれた。
少々罪悪感をおぼえながら、そんな自分に苦笑して、アリエはさっと路地に入った。
目指すは領主の館だ。
「待っててね、ヤーフェイ。今助けに行くから」
しかし、アリエが領主の館で見たのは、密輸されるであろう奴隷が乗せられた馬車が人を積み、出て行くところだった。
明らかに赤い髪の目立つやつが乗せられていった。
「ヤーフェイ……!」
思わず飛び出そうとして、後ろから口をふさがれた。
「――落ち着いて。大切な人は、必ず助けます」
そこに、少年が立っていた。
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2013/01/16 19:58 更新日:2013/01/19 22:08 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
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