作品ID:1510
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ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
七 故郷
前の話 | 目次 | 次の話 |
「何で外れないのっ」
時刻はお昼になろうとしていた。
アリエは、いまだにヤーフェイの鎖と格闘していた。
ジェイシラードは、段差のところに座っているヤーフェイの横に座り込んで、それを眺めている。
「ねえ、ジェイシー」
ぼんやりとそれを見ていたヤーフェイがこちらを向いた。
いつの間にか、ヤーフェイはジェイシラードのことをあだ名で呼び始めていた。徐々に周りに浸透しつつある。
「何だ」
「ジェイシーは月の宮殿に行くんでしょ?」
「ああ」
「どうして?」
首をかしげる少女は、金色の目をぱちぱちと瞬かせた。
ジェイシラードは、困ったように頭をかく。白髪にも見える銀の髪は、後ろで適当にくくられている。
「――その前に、ヤーフェイの理由を聞かせてくれないか」
「あ、逃げた」
下で、アリエが呟く。
「自分の理由は外交上の問題だ。ここで話すべきかはゆっくり決めないといけない」
「ジェイシーも大変だねえ」
のんびりと言って、ヤーフェイは万華鏡を手に取った。
「ヤーフェイの理由はね」
万華鏡を覗きこみ、くいっ、と回す。
「そこが故郷だからよ」
アリエは、めまいを覚えた。
ふらりとして、地面に手をつく。しかし、そこは地面ではなかった。
磨きこまれた石が、敷き詰められている。
「え……?」
太い柱に、アーチ状の天井。どこまでも続く廊下は、明かり取りの小さな窓からの光に照らされている。
立ち上がると、体が妙にふわふわした。なんとか歩いて、部屋をいくつも横切る。
やがて、緑が見えた。
アーチをくぐると、そこにあったのは庭だった。
水の流れる噴水や、水路。果物がたわわに実る木々が植えられていて、青々とした芝生に思わず寝転がりたくなる。
しかし、体はまだふわふわしている。一歩進むと、よろけてしまった。
――転んじゃう。
そう思っていたら、背中にやわらかいものが当たった。
冷たくて気持ちのいい、ふわふわした羽。鋭い鍵爪をよけて、翼が自分を包む。
ひとりでに体が動いて、くるりとそれに向き合った。ぎゅっと抱きついて、見上げる。
きいん、と声が頭に響いて、アリエは目を閉じた。
目を開けると、目の前にヤーフェイの足があった。重々しい鎖がついたままの。
見上げると、ジェイシラードが目を開いたところだった。
「――今のは」
「あれが、『月の宮殿』」
ヤーフェイは、うれしそうに万華鏡をいじっている。
「ヤーフェイは、ずっとあそこにいたのよ。でもね、ユーリに、ヤーフェイはいちゃいけないって言われて、気がついたら放り出されていたの」
ヤーフェイの笑顔は崩れない。
「だからね、一発お見舞いしないといけないの。ヤーフェイの気持ち、伝えなきゃいけないの」
頑固に言うヤーフェイの手が、震えている。
万華鏡は握り締められても折れそうにない。アリエが知っている限り、ヤーフェイの最初の持ち物は万華鏡で、今の持ち物も万華鏡ひとつだけだ。その用途は観賞用だけとは限らないことは知っているが、逆に、それ以外の用途を、あまり知らない。
「ヤーフェイ。その万華鏡は……」
「――ロアの鍵か」
ジェイシラードの声に、ヤーフェイはびっくりしたように振り向く。思いっきり、赤い髪が鞭のようにしなり、アリエの顔に当たった。
「ふがっ」
「知ってるの?」
「少しは」
「……人の心配は? ねえ」
つっこんで、二人に抗議のまなざしを向けたアリエは、振り上げた手をそのままに固まった。
鼻先に、剣が掲げられる。
「うわっ」
「こいつも、鍵のひとつだからな」
「それも?」
頷くジェイシラードの前で、アリエがへなへなと座りこむ。
それを見たジェイシラードにつられて、初めてヤーフェイがそっちをむいた。
「アリエ、大丈夫?」
「……もう、いいや」
安心したように笑って、ヤーフェイは万華鏡を掲げた。
「これは、私の鍵よ。まだ神降りはしていないから、本当の力は使えないけど、ロアの恩恵はうけられるから」
「そうか」
会話の成立していることがおかしいと思う。
素直にそう思ったアリエは、今度こそ二人の間に割って入った。
割り込んで、避けた二人の間に座り込む。ヤーフェイの鎖のために出していた武器はもうすでにしまわれている。
「二人とも、何の話してるのかまったくわからないわよ! 仲間はずれにしないでくれる?」
どうやらアリエが立腹しているとようやく気づいたらしきヤーフェイは、くすくす笑って、万華鏡をなでた。
「アリエは仲間はずれなんかじゃないよ。だって、あの歌を知っているじゃない」
「あの歌?」
アリエは、頭の中に、自分の知っている歌を思い浮かべた。
「仕事がら、醒国の童謡から帝国の宮廷音楽まで、いろんな歌が歌えるんだけど?」
「……幅が広いな」
醒国は、東大陸の最東端。
帝国は、西大陸の最西端。
今のところ大陸といえばこの二つなので、アリエが言っているのはつまり、「世界中の歌を網羅している」ことになる。
「なんの職業だ」
「旅芸人なのよ、一応」
軽業師という部類に入るの、と、アリエは誇らしげに胸を張った。
「醒国はそういう芸能が発達している国よ。それは、私のような旅芸人が世界中を回りながら技術を習得し、国に持ち帰っているからなの!」
きらきらした目で言うアリエの話を、二人は相槌を打ちながら聞く。
「アリエは誰から歌を習ったの?」
「昔、一緒に旅をしていた一団の人から。軽業は国で小さなときから叩き込まれたから、体が覚えちゃってるの」
「――体重がないみたいに動くよな」
「あれ、習得するまでかなり時間がかかるらしいわよ?」
習得しているはずなのに、まるで人事だ。
ひととおり話し終わってアリエが満足していると、ヤーフェイが首をかしげるのが見えた。
「でもね、アリエ。ヤーフェイが言ったのは、いろんなところの歌じゃないよ。覚えてる? ヤーフェイが教えてくれた子守唄」
「――ああ」
アリエは、ぽん、と手を打って目を閉じた。
その口から、声が漏れる。
それはとわの昔 まだ神がいた時代
神の都には月の宮殿 すべてが幸せに生きる世界
そんな世界はつまらない 言い出したのは人間だった
おろかな人間 戦いをおこして神は天へと避難した
それはとおい昔 神は姿をなくした
神の目には一つの一族 祝福をうけた一族の者たち
神は降りよう そういったのは神の王
選ばれた人間 神が降りて器になり力を手に入れた
朗々と歌うアリエに、道行く人々が、必ずこちらを振り返る。歌い終わって拍手を受けてから初めてそのことに気がついたアリエは、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「そう、それ!」
ヤーフェイはうれしそうだ。
「この子守唄が何だって言うの?」
ちょっぴり顔を上げたアリエは、真っ赤な顔でヤーフェイを見た。
その声が聞こえていないかのように、赤髪の少女はうっとりとした目をしている。
「アリエはその歌、どこで覚えたの?」
「旅をしているときに、聞いたの。あれは帝国に行ったときだったかな……」
遠い目をするアリエをまっすぐ見つめる。
「あのね、アリエ。その歌は、子守唄なんかに歌える歌じゃないんだよ」
「へ?」
くすくす、と笑って、ヤーフェイは内緒話をするみたいに、アリエの耳に口を寄せた。自然と、アリエも耳をそばだてる。
「それはね、ロアの一族の、呪いのお話なんだよ?」
時刻はお昼になろうとしていた。
アリエは、いまだにヤーフェイの鎖と格闘していた。
ジェイシラードは、段差のところに座っているヤーフェイの横に座り込んで、それを眺めている。
「ねえ、ジェイシー」
ぼんやりとそれを見ていたヤーフェイがこちらを向いた。
いつの間にか、ヤーフェイはジェイシラードのことをあだ名で呼び始めていた。徐々に周りに浸透しつつある。
「何だ」
「ジェイシーは月の宮殿に行くんでしょ?」
「ああ」
「どうして?」
首をかしげる少女は、金色の目をぱちぱちと瞬かせた。
ジェイシラードは、困ったように頭をかく。白髪にも見える銀の髪は、後ろで適当にくくられている。
「――その前に、ヤーフェイの理由を聞かせてくれないか」
「あ、逃げた」
下で、アリエが呟く。
「自分の理由は外交上の問題だ。ここで話すべきかはゆっくり決めないといけない」
「ジェイシーも大変だねえ」
のんびりと言って、ヤーフェイは万華鏡を手に取った。
「ヤーフェイの理由はね」
万華鏡を覗きこみ、くいっ、と回す。
「そこが故郷だからよ」
アリエは、めまいを覚えた。
ふらりとして、地面に手をつく。しかし、そこは地面ではなかった。
磨きこまれた石が、敷き詰められている。
「え……?」
太い柱に、アーチ状の天井。どこまでも続く廊下は、明かり取りの小さな窓からの光に照らされている。
立ち上がると、体が妙にふわふわした。なんとか歩いて、部屋をいくつも横切る。
やがて、緑が見えた。
アーチをくぐると、そこにあったのは庭だった。
水の流れる噴水や、水路。果物がたわわに実る木々が植えられていて、青々とした芝生に思わず寝転がりたくなる。
しかし、体はまだふわふわしている。一歩進むと、よろけてしまった。
――転んじゃう。
そう思っていたら、背中にやわらかいものが当たった。
冷たくて気持ちのいい、ふわふわした羽。鋭い鍵爪をよけて、翼が自分を包む。
ひとりでに体が動いて、くるりとそれに向き合った。ぎゅっと抱きついて、見上げる。
きいん、と声が頭に響いて、アリエは目を閉じた。
目を開けると、目の前にヤーフェイの足があった。重々しい鎖がついたままの。
見上げると、ジェイシラードが目を開いたところだった。
「――今のは」
「あれが、『月の宮殿』」
ヤーフェイは、うれしそうに万華鏡をいじっている。
「ヤーフェイは、ずっとあそこにいたのよ。でもね、ユーリに、ヤーフェイはいちゃいけないって言われて、気がついたら放り出されていたの」
ヤーフェイの笑顔は崩れない。
「だからね、一発お見舞いしないといけないの。ヤーフェイの気持ち、伝えなきゃいけないの」
頑固に言うヤーフェイの手が、震えている。
万華鏡は握り締められても折れそうにない。アリエが知っている限り、ヤーフェイの最初の持ち物は万華鏡で、今の持ち物も万華鏡ひとつだけだ。その用途は観賞用だけとは限らないことは知っているが、逆に、それ以外の用途を、あまり知らない。
「ヤーフェイ。その万華鏡は……」
「――ロアの鍵か」
ジェイシラードの声に、ヤーフェイはびっくりしたように振り向く。思いっきり、赤い髪が鞭のようにしなり、アリエの顔に当たった。
「ふがっ」
「知ってるの?」
「少しは」
「……人の心配は? ねえ」
つっこんで、二人に抗議のまなざしを向けたアリエは、振り上げた手をそのままに固まった。
鼻先に、剣が掲げられる。
「うわっ」
「こいつも、鍵のひとつだからな」
「それも?」
頷くジェイシラードの前で、アリエがへなへなと座りこむ。
それを見たジェイシラードにつられて、初めてヤーフェイがそっちをむいた。
「アリエ、大丈夫?」
「……もう、いいや」
安心したように笑って、ヤーフェイは万華鏡を掲げた。
「これは、私の鍵よ。まだ神降りはしていないから、本当の力は使えないけど、ロアの恩恵はうけられるから」
「そうか」
会話の成立していることがおかしいと思う。
素直にそう思ったアリエは、今度こそ二人の間に割って入った。
割り込んで、避けた二人の間に座り込む。ヤーフェイの鎖のために出していた武器はもうすでにしまわれている。
「二人とも、何の話してるのかまったくわからないわよ! 仲間はずれにしないでくれる?」
どうやらアリエが立腹しているとようやく気づいたらしきヤーフェイは、くすくす笑って、万華鏡をなでた。
「アリエは仲間はずれなんかじゃないよ。だって、あの歌を知っているじゃない」
「あの歌?」
アリエは、頭の中に、自分の知っている歌を思い浮かべた。
「仕事がら、醒国の童謡から帝国の宮廷音楽まで、いろんな歌が歌えるんだけど?」
「……幅が広いな」
醒国は、東大陸の最東端。
帝国は、西大陸の最西端。
今のところ大陸といえばこの二つなので、アリエが言っているのはつまり、「世界中の歌を網羅している」ことになる。
「なんの職業だ」
「旅芸人なのよ、一応」
軽業師という部類に入るの、と、アリエは誇らしげに胸を張った。
「醒国はそういう芸能が発達している国よ。それは、私のような旅芸人が世界中を回りながら技術を習得し、国に持ち帰っているからなの!」
きらきらした目で言うアリエの話を、二人は相槌を打ちながら聞く。
「アリエは誰から歌を習ったの?」
「昔、一緒に旅をしていた一団の人から。軽業は国で小さなときから叩き込まれたから、体が覚えちゃってるの」
「――体重がないみたいに動くよな」
「あれ、習得するまでかなり時間がかかるらしいわよ?」
習得しているはずなのに、まるで人事だ。
ひととおり話し終わってアリエが満足していると、ヤーフェイが首をかしげるのが見えた。
「でもね、アリエ。ヤーフェイが言ったのは、いろんなところの歌じゃないよ。覚えてる? ヤーフェイが教えてくれた子守唄」
「――ああ」
アリエは、ぽん、と手を打って目を閉じた。
その口から、声が漏れる。
それはとわの昔 まだ神がいた時代
神の都には月の宮殿 すべてが幸せに生きる世界
そんな世界はつまらない 言い出したのは人間だった
おろかな人間 戦いをおこして神は天へと避難した
それはとおい昔 神は姿をなくした
神の目には一つの一族 祝福をうけた一族の者たち
神は降りよう そういったのは神の王
選ばれた人間 神が降りて器になり力を手に入れた
朗々と歌うアリエに、道行く人々が、必ずこちらを振り返る。歌い終わって拍手を受けてから初めてそのことに気がついたアリエは、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「そう、それ!」
ヤーフェイはうれしそうだ。
「この子守唄が何だって言うの?」
ちょっぴり顔を上げたアリエは、真っ赤な顔でヤーフェイを見た。
その声が聞こえていないかのように、赤髪の少女はうっとりとした目をしている。
「アリエはその歌、どこで覚えたの?」
「旅をしているときに、聞いたの。あれは帝国に行ったときだったかな……」
遠い目をするアリエをまっすぐ見つめる。
「あのね、アリエ。その歌は、子守唄なんかに歌える歌じゃないんだよ」
「へ?」
くすくす、と笑って、ヤーフェイは内緒話をするみたいに、アリエの耳に口を寄せた。自然と、アリエも耳をそばだてる。
「それはね、ロアの一族の、呪いのお話なんだよ?」
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2013/02/06 23:01 更新日:2013/02/06 23:01 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
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