作品ID:1518
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ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
八 ロア
前の話 | 目次 | 次の話 |
ぞくりとした。
ヤーフェイの笑顔が、なんだか仮面のように見えてくる。
中身と表があっていない。
なんでだろう? まるで、ヤーフェイなのに中身はヤーフェイじゃないみたい。
いっそ妖艶といったほうがいいような声で、ヤーフェイは言葉をつむぐ。
「最初の戦争を起こしたのは、ロアと呼ばれた一族だった」
長い長い戦争のなかで、ロアは神の存在を忘れ、自然を敬わなくなり、自分勝手に振舞った。
「そして、神は消えてしまう。地上を追われ、どうしようもなくなった神は、元々の原因であるロアに、乗り移ってしまったのよ」
「それが、呪い?」
「そう!」
ヤーフェイが振り向いた。
ジェイシラードのほうに振り返ったヤーフェイは、いつもの顔だったようだ。無表情な顔の彼が、静かに事実を述べている。
アリエは、首をひねる。
何かが、おかしい気がした。
今のヤーフェイは、隠しているくせに、それをわかってほしい子供みたいだ。
自分はうそをついているから、早く気がついてと。
じゃあ、そのうそって、何?
わからない。
アリエは、ヤーフェイの声に耳を傾ける。
「ロアの一族は、呪いをかけられたことによって、力がほしい人たちに狙われて、捕らわれて、使われて。神様の力は世界中に散らばってしまったわ」
「じゃあ、ロアの一族はもう散ってしまったのかい」
「ううん。ちゃんと族長はいるよ。少数部族になってしまったけれど、ちゃんとまだ生きている。……一度散らばった人は、ほとんどロアに会えないけれど」
では、一緒に奴隷にされていたヤニムは、もしかしたら貴重な存在じゃないの?
そう言おうと思って、ヤーフェイを見たアリエは、視界の端に赤色を見た。
並ぶ建物の路地だ。ちょっとだけ出た頭が、驚いたように引っ込む。
ふわっと舞う、布ではない何か。
「ヤニム……」
思わず呟いていた。
え、と声を上げ、ジェイシラードが振り向くと同時、ヤーフェイが目の前で立ち上がった。
かつん、と音がして、万華鏡が転げ落ちる。ジェイシラードがそれを視線で追う。
驚いて後ろに倒れたアリエの悲鳴に気がついていないように、ヤーフェイは駆け出す。
一目散に、同族のもとへ。
「待って!」
アリエが体を起こそうとすると、腕をつかまれ、強引に立たされた。
へ、と声を上げる間もない。
反動でアリエの体が少し浮き、引っ張りあげた本人は、宙に浮いたアリエの腕をぶん投げて、空中でぱっと放す。
アリエが跳んだ。
「――っ」
ジェイシラードが投げたのは確実だ。身をひねって着地する準備をしつつ、地面を走る彼に、あっかんベー、と舌を出して抗議をすると、ジェイシラードはちらりとこちらを見て、少し笑ったようだった。
アリエが着地する。
砂埃ひとつ立てず、舞い降りるように目の前に立った人影に、ヤニムは驚いたように立ち止まった。勢いあまってつんのめった彼女を抱きとめながら、アリエは路地の入り口のほうを見る。
やってきたヤーフェイは、それを見てほっとしたように立ち止まる。後ろからジェイシラードもやってきた。
「ヤニム!」
ヤーフェイは、うつむいている少女の顔を覗き込んだ。
アリエは、ヤニムをヤーフェイのほうにちょい、と押した。赤い髪の同族を見て、泣きそうなか細い声がヤーフェイを呼んだ。
ふと、ジェイシラードを見たアリエは、あれ、と首をかしげた。
彼は、斜め上を見ていた。
両脇は二階建ての建物が並び、整然としている。町の中央のせいなのか、生活感は薄い。店が立ち並ぶ通りや、行政機関の建物の群れが表には広がっているはずだ。
変な視線の先を追ったアリエは、建物の上を見て、ふらりとした。
「あれ……」
人影が、見えた。
見えた気がしたけれど。
アリエは、その場にぺたりと座り込んだ。鏡写しの人形みたいな二人が、にっこり笑っている。
ああ、お人形さんなんだな。
それなら、何もかも納得だ。
ヤーフェイがおかしかったのも、きっとそのせいだ。
ぼんやりと考えていると、少女が二人、手をつないでアリエの脇をすり抜けた。
「ヤーフェイ?」
何とか上を見上げても、建物の上で一瞬だけ、紐のようなものが揺らめいたところしか見えなかった。
「アリエ、しっかり!」
肩をゆすられ、それでもアリエは立てなかった。
相手は、慣れたように腕をつかんでくる。
「……あれ?」
ついさっきも同じようなことがあった気がする。
はっと意識が戻ることには、アリエの体はぶん投げられていた。
路地は相当に入り組んでいる。
ジェイシラードに手を引かれて、アリエは息を切らしながら走った。
「なんで投げるかなあっ」
「さっきみたいに、うまくいくと思っていた」
残念ながら、その目論見は外れてしまっていた。
混乱していたアリエは着地に失敗して、今もなんだかぼんやりとしている。
「いったい何なのよ、これは」
ふらふらするアリエが早く走れるわけもないのだが、ジェイシラードが走っている速さにあわせて、適度に体を浮かせて運んでもらっている。前を走る背中には迷いがない。
「きっと、何かの術だろう」
「術?」
アリエにとって術といえば人を呪うアレか、まじない程度だ。しかし、
「イストリアって、そういうのが発達していたのよね」
「それがあだとなって、早々に帝国に侵略を受けたがな」
ジェイシラードの見立てでは、記憶封じの術をかけられているという。
「術をかけた側が、その人に思い出してもらいたくない記憶を封じる。きっとそういうものだ」
「それって、簡単にかけられるの?」
「そこらへんの人がほいほいとかけられたら、イストリアは侵略されなかっただろうな」
故郷を語る彼は、いつもより恨みがましい。
「未練たらたらなのね、イストリアに」
返事は返ってこなかった。
アリエは、彼がどこに向かっているのか知らない。
そういえば、彼と出会ってまだ一日も経っていないのだ。
「ねえ、ジェイシー。なんで東の大陸に来たの?」
領主に会うため、と言っていたのは聞いていたが、それだけではない気がする。
何度か角を曲がって、アリエが怒ったかな、と心配になった頃、ポツリ、とジェイシラードが呟くように言った。
「ロアの力を借りずに、イストリアを取り戻すために」
ちらりと振り返った彼の眼は、どこか遠くを見ていた。視界がぶれる。
誰かの目が重なって、ぶれる。
「そう」
アリエは、それでもジェイシラードの後姿をしっかりと見た。
「あんたならできそうだわ」
驚いたように振り返った少年の顔は、すぐにぼやけた。あれ、と思うまもなく、アリエは躓いていた。
「アリエ」
「……誰だっけ」
「え?」
あんたならできそうだわ。
その台詞を最初に言ったのは、いつ?
「わたし……」
アリエは、ジェイシラードの手を借りて何とか立ち上がった。
その目に、路地の先の光が見えた。
「……ああ」
前にも、こんなことあったなあ。
「あの時は、月が出てたわね……」
ほんの、四年前の話だ。
仲良くなった女の子と、こっそりキャラバンを抜け出したあの夜、彼女は言ったのだ。
「ユーリに、私の大事な家族に会いに行くの。たとえユーリがどこにいたとしても」
そんな彼女が見ていたのは、きっと月の宮殿なのだろうけれど。
アリエは、そのときと同じように繰り返した。
「あんたならできそうだわ」
光の中に出ると、そこには三人の人間が立っていた。
兄弟のように似ている、赤い髪と、金の瞳。細くて白い体。
二人の少女の後ろに立っている少年が、アリエとジェイシラードを見て、にこやかに手をあげた。
「やあ。――よく来れたじゃないか」
ヤーフェイの笑顔が、なんだか仮面のように見えてくる。
中身と表があっていない。
なんでだろう? まるで、ヤーフェイなのに中身はヤーフェイじゃないみたい。
いっそ妖艶といったほうがいいような声で、ヤーフェイは言葉をつむぐ。
「最初の戦争を起こしたのは、ロアと呼ばれた一族だった」
長い長い戦争のなかで、ロアは神の存在を忘れ、自然を敬わなくなり、自分勝手に振舞った。
「そして、神は消えてしまう。地上を追われ、どうしようもなくなった神は、元々の原因であるロアに、乗り移ってしまったのよ」
「それが、呪い?」
「そう!」
ヤーフェイが振り向いた。
ジェイシラードのほうに振り返ったヤーフェイは、いつもの顔だったようだ。無表情な顔の彼が、静かに事実を述べている。
アリエは、首をひねる。
何かが、おかしい気がした。
今のヤーフェイは、隠しているくせに、それをわかってほしい子供みたいだ。
自分はうそをついているから、早く気がついてと。
じゃあ、そのうそって、何?
わからない。
アリエは、ヤーフェイの声に耳を傾ける。
「ロアの一族は、呪いをかけられたことによって、力がほしい人たちに狙われて、捕らわれて、使われて。神様の力は世界中に散らばってしまったわ」
「じゃあ、ロアの一族はもう散ってしまったのかい」
「ううん。ちゃんと族長はいるよ。少数部族になってしまったけれど、ちゃんとまだ生きている。……一度散らばった人は、ほとんどロアに会えないけれど」
では、一緒に奴隷にされていたヤニムは、もしかしたら貴重な存在じゃないの?
そう言おうと思って、ヤーフェイを見たアリエは、視界の端に赤色を見た。
並ぶ建物の路地だ。ちょっとだけ出た頭が、驚いたように引っ込む。
ふわっと舞う、布ではない何か。
「ヤニム……」
思わず呟いていた。
え、と声を上げ、ジェイシラードが振り向くと同時、ヤーフェイが目の前で立ち上がった。
かつん、と音がして、万華鏡が転げ落ちる。ジェイシラードがそれを視線で追う。
驚いて後ろに倒れたアリエの悲鳴に気がついていないように、ヤーフェイは駆け出す。
一目散に、同族のもとへ。
「待って!」
アリエが体を起こそうとすると、腕をつかまれ、強引に立たされた。
へ、と声を上げる間もない。
反動でアリエの体が少し浮き、引っ張りあげた本人は、宙に浮いたアリエの腕をぶん投げて、空中でぱっと放す。
アリエが跳んだ。
「――っ」
ジェイシラードが投げたのは確実だ。身をひねって着地する準備をしつつ、地面を走る彼に、あっかんベー、と舌を出して抗議をすると、ジェイシラードはちらりとこちらを見て、少し笑ったようだった。
アリエが着地する。
砂埃ひとつ立てず、舞い降りるように目の前に立った人影に、ヤニムは驚いたように立ち止まった。勢いあまってつんのめった彼女を抱きとめながら、アリエは路地の入り口のほうを見る。
やってきたヤーフェイは、それを見てほっとしたように立ち止まる。後ろからジェイシラードもやってきた。
「ヤニム!」
ヤーフェイは、うつむいている少女の顔を覗き込んだ。
アリエは、ヤニムをヤーフェイのほうにちょい、と押した。赤い髪の同族を見て、泣きそうなか細い声がヤーフェイを呼んだ。
ふと、ジェイシラードを見たアリエは、あれ、と首をかしげた。
彼は、斜め上を見ていた。
両脇は二階建ての建物が並び、整然としている。町の中央のせいなのか、生活感は薄い。店が立ち並ぶ通りや、行政機関の建物の群れが表には広がっているはずだ。
変な視線の先を追ったアリエは、建物の上を見て、ふらりとした。
「あれ……」
人影が、見えた。
見えた気がしたけれど。
アリエは、その場にぺたりと座り込んだ。鏡写しの人形みたいな二人が、にっこり笑っている。
ああ、お人形さんなんだな。
それなら、何もかも納得だ。
ヤーフェイがおかしかったのも、きっとそのせいだ。
ぼんやりと考えていると、少女が二人、手をつないでアリエの脇をすり抜けた。
「ヤーフェイ?」
何とか上を見上げても、建物の上で一瞬だけ、紐のようなものが揺らめいたところしか見えなかった。
「アリエ、しっかり!」
肩をゆすられ、それでもアリエは立てなかった。
相手は、慣れたように腕をつかんでくる。
「……あれ?」
ついさっきも同じようなことがあった気がする。
はっと意識が戻ることには、アリエの体はぶん投げられていた。
路地は相当に入り組んでいる。
ジェイシラードに手を引かれて、アリエは息を切らしながら走った。
「なんで投げるかなあっ」
「さっきみたいに、うまくいくと思っていた」
残念ながら、その目論見は外れてしまっていた。
混乱していたアリエは着地に失敗して、今もなんだかぼんやりとしている。
「いったい何なのよ、これは」
ふらふらするアリエが早く走れるわけもないのだが、ジェイシラードが走っている速さにあわせて、適度に体を浮かせて運んでもらっている。前を走る背中には迷いがない。
「きっと、何かの術だろう」
「術?」
アリエにとって術といえば人を呪うアレか、まじない程度だ。しかし、
「イストリアって、そういうのが発達していたのよね」
「それがあだとなって、早々に帝国に侵略を受けたがな」
ジェイシラードの見立てでは、記憶封じの術をかけられているという。
「術をかけた側が、その人に思い出してもらいたくない記憶を封じる。きっとそういうものだ」
「それって、簡単にかけられるの?」
「そこらへんの人がほいほいとかけられたら、イストリアは侵略されなかっただろうな」
故郷を語る彼は、いつもより恨みがましい。
「未練たらたらなのね、イストリアに」
返事は返ってこなかった。
アリエは、彼がどこに向かっているのか知らない。
そういえば、彼と出会ってまだ一日も経っていないのだ。
「ねえ、ジェイシー。なんで東の大陸に来たの?」
領主に会うため、と言っていたのは聞いていたが、それだけではない気がする。
何度か角を曲がって、アリエが怒ったかな、と心配になった頃、ポツリ、とジェイシラードが呟くように言った。
「ロアの力を借りずに、イストリアを取り戻すために」
ちらりと振り返った彼の眼は、どこか遠くを見ていた。視界がぶれる。
誰かの目が重なって、ぶれる。
「そう」
アリエは、それでもジェイシラードの後姿をしっかりと見た。
「あんたならできそうだわ」
驚いたように振り返った少年の顔は、すぐにぼやけた。あれ、と思うまもなく、アリエは躓いていた。
「アリエ」
「……誰だっけ」
「え?」
あんたならできそうだわ。
その台詞を最初に言ったのは、いつ?
「わたし……」
アリエは、ジェイシラードの手を借りて何とか立ち上がった。
その目に、路地の先の光が見えた。
「……ああ」
前にも、こんなことあったなあ。
「あの時は、月が出てたわね……」
ほんの、四年前の話だ。
仲良くなった女の子と、こっそりキャラバンを抜け出したあの夜、彼女は言ったのだ。
「ユーリに、私の大事な家族に会いに行くの。たとえユーリがどこにいたとしても」
そんな彼女が見ていたのは、きっと月の宮殿なのだろうけれど。
アリエは、そのときと同じように繰り返した。
「あんたならできそうだわ」
光の中に出ると、そこには三人の人間が立っていた。
兄弟のように似ている、赤い髪と、金の瞳。細くて白い体。
二人の少女の後ろに立っている少年が、アリエとジェイシラードを見て、にこやかに手をあげた。
「やあ。――よく来れたじゃないか」
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2013/02/20 23:05 更新日:2013/02/20 23:05 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
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