作品ID:172
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ラグナロク
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
《旅への誘い》 ―1―
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――眠い。
今日起きて・・・・・・と言うより、意識を取り戻してから一番最初に頭に浮かんできた言葉はそれだった。眠い。とにかく眠い。尋常じゃなく、眠い。前々から探していた本を徹夜して一気に読み耽ったせいだろうか。
――だってしょうがないだろう。
誰に向けてでもなく、半ば覚醒しかけている頭の中で言い訳をする。
――腹が減っている時にご馳走が出されて、我慢する馬鹿はいないだろ? それと同じだ。
自分は自他共に認める、狂を付けてもいいくらいの知識欲の塊だ。つまり、自分にとっての馳走とは本であり、知識なのだ。それを我慢するだなんて、牛乳を瓶一本分丸ごと鼻から飲む以上の苦痛と言える。つまり夜更かしは、避けて通れぬ道だった。
――だから、もっかい寝る。
そう決めた俺は、寝床としているソファに身を沈めて毛布をたくし上げる。
だが、現実はそう甘くはなかった。
「いい加減起きてよ、アー君! もうお昼だよ!」
「おわっ!」
耳元で叫ばれて反射的に身を起こした俺は、途中でバランスを崩してソファから床に落ちる。
強かに打ちつけた腰をさすりながら顔を上げると、琥珀色の瞳をした少女が頬を膨らませてこちらを見ていた。
「おはよ、アー君」
「あぁ・・・・・・。おはよう、シリア」
寝惚け眼をこすりながら、呆れ顔のシリアになんとかそれだけ返す。
彼女はどうやらたいそうご立腹のようで、栗色の短い髪を揺らして大仰に溜息を吐くと「あのね」と口を開いた。
「アー君が馬鹿みたいに本に没頭するのは、もう付き合いも長いから知ってるよ? けどね、せめてお昼まで寝てるのは止めてくれない? お客さんがいつ来るか判らないんだから」
「こんな錆びれた何でも屋の事務所に、一見さんなんて来やしねぇよ。つまりは、気兼ねの入らない連中だけってことだ。だから、俺がその時にソファで寝ていても無問題――」
「その顔見知りの人達に、し・つ・れ・い・で・しょ・う・が!」
怒鳴り声と共に、シリアが俺の耳を猛烈な勢いで引っ張る!
「ちょ、おま、耳! 耳が! 千切れっ!」
「人の言うことロクに聞かない耳なんていらないよ!」
「痛い痛い痛い! マジで痛いから! とりあえず、手離せ!」
そこで、ようやくシリアの手が離れる。俺はヒリヒリと痛みを発する耳をさすりながら、思わず呟いた。
「全く・・・・・・。どうしてこんなガサツに育っちまったんだ?」
「え、なにそれ。喧嘩売ってるの?」
「わ、待て。冗談だ、冗談。とりあえず、その目の据わった笑顔と握り拳を収めろ」
言われて、しぶしぶといった面持ちでシリアがそれらを収める。
コイツの暴力的な行為は今に始まったことでもないし、慣れているのでことさらに文句を言う気もないが、十二歳という年頃の女の子としてこの性格は如何なものなんだろうか。同居人として、俺はけっこう真剣に心配しているのだが。
「・・・・・・アー君? なんか、私に対してすっごく失礼なこと考えてない?」
「お、よく判ったなシリア――っておい! お前はジョークの心というものについてもう少し学べ! いちいち拳を構えるな!」
いや、ホントは考えていたけどな。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・無言で俺を睨むのはやめろ、怖いから。そして無視もやめろ、心が痛むから。つーか、二年も一緒にいるんだから、そろそろ俺のことを信用しろよ」
「ヤダ」
「即答だな!」
叫んで、ふと我に返る。
どうして俺は朝っぱら・・・・・・じゃなかった。真昼間――起きたばかりだからこれも違和感がある――からリビングでシリアと漫才を繰り広げてるんだろうか。
ともあれこうも騒ぐと、流石に眠気も飛んで二度寝をしようとは思えない。俺は溜息をつくと、「片付けといてくれ」とくしゃくしゃなった毛布をシリアに投げ渡して、ソファに腰かけた。
「・・・・・・何か無意味に疲れたな。寝起きだってのに」
「言っとくけど、アー君がずっと寝てたせいだからね?」
「普段は俺より起きるのが遅いお前に言われてもな」
いつもだと、シリアは正午より一刻ほど前に起きる。髪の毛にまだ寝癖が残っているところを見ると、今日もそう変わらぬ時間に起床したに違いない。
しかし、俺の言葉に彼女は何故かしたり顔になって、
「だって、私が寝ててもそれこそ無問題でしょ? この探偵事務所の所長さんは、アー君なんだから。私はただの同居人だし」
「・・・・・・そうゆうの、屁理屈って言うんだぞ」
溜息交じりにそう返して、本や雑貨で乱雑に散らかった自宅兼事務所を見渡す。足の踏み場もないほど散らかってるわけではないが、それと比べられるぐらいまで散らかっているのは、ここしばらくの間この事務所に来客がないことを明確に示していた。
金にまだ余裕があるとはいえ、そろそろ自力で仕事を探してきた方がいいかもしれない。
「あ、そう言えばアー君宛てに手紙が届いてたよ?」
「俺宛の手紙?」
仕事を探すべきか否か一人で唸っていると、おもむろにシリアが書類で散らばっているテーブルの一角を指差す。
そこを見ると、たしかに蝋で印の押してある黒い封筒が置いてあった。手にとって見てみるが、差出人の名前はない。
しかし・・・・・・、
「なんでだろうな、シリア。俺はこの手紙の差出人がなんとなく想像つくんだが」
「奇遇だね、アー君。私も何となく予想が・・・・・・」
どうやら、シリアも同様らしかった。と言うより、こんな悪趣味な手紙を送りつけてくる知人を俺達は一人しか知らない。
「しかしアイツも暇だな、わざわざ俺に手紙を寄越すだなんて」
「それを本人が聞いてたら間違いなくアー君の首が宙を舞うから、思っても言わない方がいいよ?」
「確かに。前は俺の外套がアイツの槍で蜂の巣にされたからな」
「あれはヒドかったねぇ・・・・・・」
当時のことを思いだしたのか、シリアが苦笑いを浮かべる。
確かあの時は「俺だって暇じゃないんだから、こんなことでいちいち呼び出すなよ」と言ったら、アイツが「私の方がずっと忙しいです! この甲斐性無しの体たらく!」と何故かマジギレして新品の外套を俺の目の前で串刺しにしやがったんだっけか。
ちなみにその後、散々言い争った挙句に俺達が大乱闘をしでかして大変なことになった挙句、俺が警察に連行されかけたのだが・・・・・・それはまた別の話だ。
「さてと、今回はどんな無理難題が書かれてるのやら」
呟きながら、封を解いて中から金色の罫が入った便箋を取り出す。
見た目と手触りから、俺のような庶民階級の人間には一生縁のなさそうな上物だろうと一発で判断が付いた。
「・・・・・・・・・・・・」
ざっと、文面に目を通す。予想通りと言うか、何と言うか。とにかく、あまり歓迎したい内容でないことは容易に知れた。
「なんて書いてあるの?」
シリアが手元を除き込んでくる。
いろいろ説明するのが面倒臭くなった俺は、便箋を彼女にパスしてソファに寝転んだ。咎めるような視線をこちらに向けてくるが、俺は気にせず「さっさと読め」と手を振る。
しばらくボーっと天井を眺めていると、読み終わったのかシリアがシャツの袖を引っ張ってきた。
見ると、やはり少し困惑の表情を浮かべている。
「ひどいだろ?」
「これはひどいね・・・・・・」
便箋を受け取りながら聞くと、シリアは即答で頷く。
そこには、こう記されていた。
アース=ヴェスペリア殿
拝啓
日一日と春の訪れを感じるこの頃、いかがお過ごしでしょうか。私は仕事が忙しくなかなかに暇を見つけられないのですが、周囲の者に支えられて毎日を楽しく過ごしています。
さて、今回凄腕の魔導師であるあなたに手紙を出したのは他でもありません。
ここから馬車で東に三日ほど行った所にあるオーベルトという名前の街をご存知ですか? 知っているのなら、そこへ化け物退治に行ってきて下さい。知らないのなら、調べてから行って下さい。
なんでも一週間ほど前から、化け物が夜な夜な街を徘徊しているらしいのです。被害者はまだ出ていませんが、これから出てくる可能性もあるので行動は可能な限り速やかに。どうせ、私と違って仕事もなく暇を持て余しているのでしょう?
それにしても不謹慎な話ですが、化け物という響きは不思議と心が躍りませんか? どれほど凶暴な面構えなのか、どれほどの怪力を有しているのか、どんな姿をしているのか。私はそれらを想像すると、興奮して夜も眠れなくなります。私も、行けるのなら一緒に行きたいものです。
それでは、吉報を待っています。
御武運を。
マジェンタ王国王女 イース=ソルフェリー
追記
帰ってきたら、そちらでのお話をしに私の許へ直接出向いてくださいね。楽しみにしていますよ。
もう一度目を通し直した便箋をテーブルの上に放り投げると、俺はソファに身を沈めながら大きく溜息をついた。
「何が化け物退治だよ、人使いの荒い・・・・・・」
しかも、いつものように自分を連れて行けだのと書いてないあたり、どうやらこの件は彼女の独断で動いているらしい。大方、偶然に事態を知った彼女が俺にこうして手紙を寄越してきたのだろう。
つまりは、仮に向こうで何か起きてもこの不良王女様に責任を押し付けることは無理ということか。
・・・・・・できたとしても、したら極刑だが。
「でも内容の酷さはさて置いて、良い話なんじゃないの? 近頃は仕事にあぶれて暇してたのは本当なんだし」
「そりゃ、たしかにそうなんだけどな。ただ、アイツの言う通りに動くのが何となく気に喰わない」
なにせことある毎に俺をいろんな場所へ遣わせる挙句に、人の衣服をズタボロにしやがるようなヤツの言うことだ。たとえ相手が王女であれ、あんまり素直に聞き入れたくないと思うのが人情ってもんだろう。
「そんな子供みたいなこと言わないでさ。たまには運動しないと、術の腕も鈍っちゃうよ?」
「それは聞き捨てならないな、シリア。凄腕魔導師は女王陛下お墨付きの呼び名だぜ」
「え?。最近術を全然使ってないから、自覚がないだけなんじゃないの?」
その言葉に、俺は大人げないと判りながらも憮然とした。
「・・・・・・じゃあ、見せてやるよ」
俺はソファから立ち上がると、女王陛下から賜った黒い封筒を見据えて、揃えた人差指と中指を無造作に振るった。
そして、唱える。
『古より受け継がれし世の理よ、我が意に従え』
瞬間、封筒が音もなく炎上した。突如として発生した鮮やかな緑の炎は、燃え滓となったそれを内包したまま猛烈な勢いで膨れ上がる。しかし、その熱は空気を震わせることも周囲の物を焼くこともない。
――何度見てもシュールな光景だよな。
俺は他人事のように心中で呟きながら、更にもう一度指を振るう。
すると今度は緑炎が風船の如く更に一段大きく膨れ上がり、眩い光を伴って破裂した。
残照が尾を引いて消えた後には、さきほど破裂したはずの封筒が元通りの状態になってテーブルに置かれている。
「さて、これを見て俺の腕が鈍ってると言えるか?」
振り返ってシリアを見やると、彼女は降参したのか両手を上げて小さく笑いを浮かべていた。
「はいはい、アー君の術が鈍ってないのはよく判ったから。――でも、現実の術はどうして物語のそれと違って、火の玉を出したりとかできないんだろうね。灯り点けたりとか物を燃やしたりとか、内容が地味だと思わない?」
「出来ても嫌だろ、そんなの。家の中に居ても安心して暮らせないぞ」
「確かにそうなんだけどさー」
まぁ、シリアが言いたいことも判る。
俺が今使ったソウルの業・・・・・・俗に言う魔術ってのは、基本的に人体や建築物を破壊するほど高威力なものは存在しない。せいぜい、さっきのように物を燃やすような程度が関の山だ。
これだけ聞くと、術についての知識がない連中は大抵の場合『だったら人を燃やせるんじゃね?』と思うのだが、それは大きな間違いだ。
まず術は普通、その対象に命があるものを選べない。
それは何故かと言うと、術というものはあらゆる万物の内に存在し、この世界を循環している『魂』とでも呼ぶべきものを媒介にして発動しているからだ。
その流れの中から術に相応しい量の力を汲み取り、それに形を与え、対象物――これは有形無形を問わない――の内にある『魂』に干渉して力を行使する。
これがソウルの業を使うときの一連の動作なのだが、ここで一番重要なのは力を汲み取る最初の工程だ。
「えーっと、あくまで術者が力を汲み取っているのは周囲の空間からで、術の対象物からじゃないのがポイントなんだっけ?」
「そうだ。『魂』――ソウルってのは、言えば存在の根本を支えるでっかい柱だ。それを引っこ抜けないことはないが、いかんせん面倒だろう? 故に俺達術師は、周囲の空間にたゆたう力を使って術を行使するんだ」
「・・・・・・で、どうしてそれが人に術をかけられない理由になるんだっけ?」
以前、自分から俺に教えてくれと言ってきたくせに、もうその内容を忘れたのかコイツは。
「今言った通り、ソウルは存在の根幹を織り成すもんだ。それがなくなれば文字通りその存在が消滅するほどの、な。元々がそれなのに、人間とか動物くらいになるとその存在感たるや、生命のないただの物質とは比べ物にならない。そんな強いモノに対して、周りのカスを拾い集めてぶつけようが、どうにもならないだろう? つまりはそうゆうことさ」
術の威力が全般的に低いのも、そこに起因する問題だ。
多分、それなりの術者ならばさっきシリアが言ったぐらいのことをできる量のソウルを周囲の空間から集めれるのだろうが、ただ漂っているだけのものから力をそこまで収束できないのだろうと思う。試したことがないから判らないが。
「なるほど。ただの物は人なんかより存在感が薄いから、周りの力を集めるだけで干渉できるってことだね?」
「ま、概ねその通りだな。人間が他の存在よりも極端にソウルの量が多いから、術を使えるってのもあるんだが」
ちなみにさっき俺が行使した術は、封筒に干渉し炎上させた後、物質が消滅する前に周囲に四散したソウルを再び結集させて再構築し元通りにするという超高等テクニックだ。
「で、結局どうするの?」
「ん? 何の話だ?」
「イースさんからの依頼のこと」
言われてみれば、それが本題だったか。術の話題ですっかり忘れていた。
「さっきも言ったけど、私はいい話だと思うよ? 安全だし」
「お前、荒事担当の俺は全く安全じゃないことを判って言ってるのか?」
「もちろんだよ」
「即答かよ・・・・・・。お前も最近、俺に容赦なくなってきたな」
変なところで二年間という時間の長さを噛み締めながら、俺はしばし思考する。
「ま、アイツのことだ。どうせ嫌がったところで『私が直々に視察へ向かうので護衛として付いてきて下さい』とか言い出して、無理矢理に俺達を現場に引っ張っていくに決まってるだろうな」
それにアイツには『王女の命令を無視したということで、極刑に処しますよ?』とゆう究極の文字通り必殺技がある。
どうせ行かなければならないのなら、こちらから動いた方が向こうのウケもいいだろう。
「つまり?」
「やるしかない、つーことだ」
俺は溜息とともにソファから立ち上がると、返事の手紙をしたためるために書斎へと足を向けた。
後書き
作者:綺羅 |
投稿日:2010/03/15 18:09 更新日:2010/05/04 21:16 『ラグナロク』の著作権は、すべて作者 綺羅様に属します。 |
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