作品ID:1781
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
一章 セイ 四
前の話 | 目次 | 次の話 |
「……イ……セイ。」
ゆらゆらとゆすられて、自分は顔を上げる。
「びっくりした。セイ、居眠りをしていてもわからないんだもの。」
笑うホタルの顔は、陶器のようにきれいだ。
「ああ、……ごめんな。」
「いいって。」
二年前と同じセリフを言って、ホタルは本に目を向けた。
自分もプリントに向き直る。
夏になると、こんな夢ばかり見る。正直、いやになっていた。
窓際の木に止まったセミが鳴き、ホタルが顔をしかめる。
「うるさいよね。」
呟くような声は、セミの鳴き声に消されなかった。
ああ、と自分がうなずくころには、セミは鳴きやんでいた。
ホタルにはうわさがつきものだ。
二年前、自分のせいで怪我をしたホタルは、そのとき診た医者の腕がよかったのか、大事にはいたらなかった。
その医者にお礼を言ったとき、自分はそっとささやかれたのだ。
「あの子は、助からないと思っていたよ。」
弱気そうな医者は、猫背をさらに丸めて帰っていった。
出血多量で死にかけたらしいホタルは、死なない少年としてうわさになりかけた。
しかし、そのうわさはすぐに止んだ。
この学園は、そういううわさには敏感なところがある。
それからというもの、被害者と加害者なのに、自分たちは仲良くなった。
雨降って地固まるという人もいれば、けんかするほど仲がいいという人もいるが、何か違う気がする。
「ごめんな。」
「いいって。」
穏やかな笑顔で自分を許したホタルの中では、あの事件は終わっているのかもしれない。けれども、自分の中には、まだもやもやが残っている。
黙々とプリントを終わらせて、ちょうど半分まで来たとき、自分はふと顔を上げた。
「今、何時だ?」
ホタルが、ズボンのポケットから懐中時計を出してフタを開けると、文字盤の上のガラスをギュッギュと拭いた。
やけに古めかしい懐中時計は、細かな細工に包まれていた。フタは特に細かく、ツタがからまりあう美しい花にチョウが止まっている。文字盤や針にも模様が描かれていた。
「その時計、誰かからもらったのか?」
「どうして?」
「新しく買ってもらったにしては、なんだか古いと思って……。」
言い訳のようになってしまった。
ホタルは、「言ってなかったっけ?」と首をかしげた。
「兄さんからもらったんだ。」
「ホタル、兄さんがいるのか。」
「うん。兄さん曰く、これは『時を刻む時計』なんだそうだ。」
自分は、どう言ってよいのか分からずに固まって、ホタルと同じように首をかしげた。
「時計が時を刻むのは、当たり前のような気がするんだが……。」
「うん、ぼくもそう思う。」
大真面目にホタルが答える。二人して笑ってしまった。
ホタルが文字盤を覗きこむ。
「あれ、二時をすぎているよ。」
「お昼食べそこねた……。」
人間、集中すれば空腹など忘れてしまえるものだ。
自分は「今日はここまで」と言って、やっていないプリントを机の中につっこんだ。
やり終わったプリントを持って、席を立つ。
「ホタル。これ、眼鏡教授のところに持っていくから、先に寮に行っていてくれよ。」
「わかった。」
ホタルは大事そうに本をかかえて立ち上がった。
ゆらゆらとゆすられて、自分は顔を上げる。
「びっくりした。セイ、居眠りをしていてもわからないんだもの。」
笑うホタルの顔は、陶器のようにきれいだ。
「ああ、……ごめんな。」
「いいって。」
二年前と同じセリフを言って、ホタルは本に目を向けた。
自分もプリントに向き直る。
夏になると、こんな夢ばかり見る。正直、いやになっていた。
窓際の木に止まったセミが鳴き、ホタルが顔をしかめる。
「うるさいよね。」
呟くような声は、セミの鳴き声に消されなかった。
ああ、と自分がうなずくころには、セミは鳴きやんでいた。
ホタルにはうわさがつきものだ。
二年前、自分のせいで怪我をしたホタルは、そのとき診た医者の腕がよかったのか、大事にはいたらなかった。
その医者にお礼を言ったとき、自分はそっとささやかれたのだ。
「あの子は、助からないと思っていたよ。」
弱気そうな医者は、猫背をさらに丸めて帰っていった。
出血多量で死にかけたらしいホタルは、死なない少年としてうわさになりかけた。
しかし、そのうわさはすぐに止んだ。
この学園は、そういううわさには敏感なところがある。
それからというもの、被害者と加害者なのに、自分たちは仲良くなった。
雨降って地固まるという人もいれば、けんかするほど仲がいいという人もいるが、何か違う気がする。
「ごめんな。」
「いいって。」
穏やかな笑顔で自分を許したホタルの中では、あの事件は終わっているのかもしれない。けれども、自分の中には、まだもやもやが残っている。
黙々とプリントを終わらせて、ちょうど半分まで来たとき、自分はふと顔を上げた。
「今、何時だ?」
ホタルが、ズボンのポケットから懐中時計を出してフタを開けると、文字盤の上のガラスをギュッギュと拭いた。
やけに古めかしい懐中時計は、細かな細工に包まれていた。フタは特に細かく、ツタがからまりあう美しい花にチョウが止まっている。文字盤や針にも模様が描かれていた。
「その時計、誰かからもらったのか?」
「どうして?」
「新しく買ってもらったにしては、なんだか古いと思って……。」
言い訳のようになってしまった。
ホタルは、「言ってなかったっけ?」と首をかしげた。
「兄さんからもらったんだ。」
「ホタル、兄さんがいるのか。」
「うん。兄さん曰く、これは『時を刻む時計』なんだそうだ。」
自分は、どう言ってよいのか分からずに固まって、ホタルと同じように首をかしげた。
「時計が時を刻むのは、当たり前のような気がするんだが……。」
「うん、ぼくもそう思う。」
大真面目にホタルが答える。二人して笑ってしまった。
ホタルが文字盤を覗きこむ。
「あれ、二時をすぎているよ。」
「お昼食べそこねた……。」
人間、集中すれば空腹など忘れてしまえるものだ。
自分は「今日はここまで」と言って、やっていないプリントを机の中につっこんだ。
やり終わったプリントを持って、席を立つ。
「ホタル。これ、眼鏡教授のところに持っていくから、先に寮に行っていてくれよ。」
「わかった。」
ホタルは大事そうに本をかかえて立ち上がった。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/13 21:52 更新日:2016/08/13 21:52 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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