作品ID:1784
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
一章 セイ 七
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食堂を出ると、図書館に寄った。
ホタルはどの本がどこにあるか覚えているらしく、書架の間をすいすいと泳いだ。その間自分は閲覧用の大机に座っていたが、その隣に眼鏡教授がやってきた。
「珍しいやつがいたもんだ。」
「どうしたんですか、先生。ここには子供向けの本しかありませんよ。」
眼鏡教授の読む本は、すべてむつかしい内容だと学園の生徒なら誰しも知っている。しかし、今日の教授は少し違うようだった。持っていた本を黙って自分に見せてきた。それはどうやら童話のようだった。
「王様を惑わせる王子様の話。たまにはこういうのも読むよ。」
「へえ。」
「それから下田少年。残念なことに、先生は今日から学園を出ることとなった。これを返したらすぐに出る。」
驚いた。自分が見上げると、眼鏡教授もさみしそうな顔をしている。
「ちょっと用事ができてね。補習の監督は寮母さんに頼んでおいたから。」
そう言うと、ふらふらと書架の森に消えていく。自分はそのほっそりとした背中が、学園の外に出るのではなく、図書館のどこかに溶けて消えてしまうような気がして、ふとホタルが心配になった。
探しに行こうかと迷ったとき、タイミングよくホタルが反対方向の書棚から現れて、自分は思わず叫び声をあげた。
「どうしたの、セイ。」
「……いや。なんでもない。」
ふと入口を見れば、にやにやしながら眼鏡教授がこちらを見ていた。なんだかくやしい。
目的の本を持って、ホタルと一緒に閲覧用の大机に並んで座ると、植物図鑑をぱらぱらとめくる。
すぐに、鮮やかなオレンジ色をした花の写真が出てきた。
「これがノウゼンカズラさ。」
ユリのようなオレンジ色の花。ホタルたちは、ノウゼンカズラのそばで毎年花火をするという。
こんな花が咲くことを、自分は知らなかった。
なにせ、自分が休暇で外に出て戻ってくる頃には、もう花は咲き、散っているのだから。
夏休み中に学園にいる人にしかわからない、秘密の楽しみだ。
「ホタルは、毎年これを見ているのかい。」
「うん。」
うれしそうなホタルの顔からして、ノウゼンカズラの花に期待をしても、悪いことではないだろうと思った。
「この学園に入ってから、毎年同じ花を見るんだ。」
学園の中にあるどの花よりも、ノウゼンカズラが好きなのだと。
うれしそうに話すホタルの顔を見て、自分は言った。
「早く咲けばいいのにな。」
「どうして?」
きょとんとした顔をするホタルに、素直に理由を言うのが、なんだか恥ずかしくなってしまった。
「もっと早く咲けば、たくさんの人が花を見られるだろう?」
「――そうだね。」
パタン、と図鑑を閉じて、ホタルが立ち上がる。そのまま書架のほうへと歩き出した。自分はまた不安になった。そうではないと分かってはいるが、唐突な行動が、まるで怒っているように見えるのはどんな人でも同じだろう。でも、ホタルは違う。
これはいつものホタル。
唐突に動き出し、自分のペースで生きているホタル。
こちらはおどろかされてばかりだ。
「早く、セイにノウゼンカズラを見せたいなあ。」
つられて立ち上がった自分は、ホタルが振り向いたのを見た。
「セイはついてこなくていいよ? これを返してくるだけだから。」
入り口で待っていて、と、ホタルは歩きながら言った。
ついていくこともできず、自分はそこに立ちつくす。
どうしてだろう? 自分はいつも、ホタルの背中を見ている気がするのだ。
不意に、ホタルについてのうわさを思い出した。
ここにいて、ここにいない。
ここにいたはずなのに、いつの間にか通り過ぎていってしまう。
「……不思議な子。」
自分は、入り口に向かって足を動かす。
ホタルはどの本がどこにあるか覚えているらしく、書架の間をすいすいと泳いだ。その間自分は閲覧用の大机に座っていたが、その隣に眼鏡教授がやってきた。
「珍しいやつがいたもんだ。」
「どうしたんですか、先生。ここには子供向けの本しかありませんよ。」
眼鏡教授の読む本は、すべてむつかしい内容だと学園の生徒なら誰しも知っている。しかし、今日の教授は少し違うようだった。持っていた本を黙って自分に見せてきた。それはどうやら童話のようだった。
「王様を惑わせる王子様の話。たまにはこういうのも読むよ。」
「へえ。」
「それから下田少年。残念なことに、先生は今日から学園を出ることとなった。これを返したらすぐに出る。」
驚いた。自分が見上げると、眼鏡教授もさみしそうな顔をしている。
「ちょっと用事ができてね。補習の監督は寮母さんに頼んでおいたから。」
そう言うと、ふらふらと書架の森に消えていく。自分はそのほっそりとした背中が、学園の外に出るのではなく、図書館のどこかに溶けて消えてしまうような気がして、ふとホタルが心配になった。
探しに行こうかと迷ったとき、タイミングよくホタルが反対方向の書棚から現れて、自分は思わず叫び声をあげた。
「どうしたの、セイ。」
「……いや。なんでもない。」
ふと入口を見れば、にやにやしながら眼鏡教授がこちらを見ていた。なんだかくやしい。
目的の本を持って、ホタルと一緒に閲覧用の大机に並んで座ると、植物図鑑をぱらぱらとめくる。
すぐに、鮮やかなオレンジ色をした花の写真が出てきた。
「これがノウゼンカズラさ。」
ユリのようなオレンジ色の花。ホタルたちは、ノウゼンカズラのそばで毎年花火をするという。
こんな花が咲くことを、自分は知らなかった。
なにせ、自分が休暇で外に出て戻ってくる頃には、もう花は咲き、散っているのだから。
夏休み中に学園にいる人にしかわからない、秘密の楽しみだ。
「ホタルは、毎年これを見ているのかい。」
「うん。」
うれしそうなホタルの顔からして、ノウゼンカズラの花に期待をしても、悪いことではないだろうと思った。
「この学園に入ってから、毎年同じ花を見るんだ。」
学園の中にあるどの花よりも、ノウゼンカズラが好きなのだと。
うれしそうに話すホタルの顔を見て、自分は言った。
「早く咲けばいいのにな。」
「どうして?」
きょとんとした顔をするホタルに、素直に理由を言うのが、なんだか恥ずかしくなってしまった。
「もっと早く咲けば、たくさんの人が花を見られるだろう?」
「――そうだね。」
パタン、と図鑑を閉じて、ホタルが立ち上がる。そのまま書架のほうへと歩き出した。自分はまた不安になった。そうではないと分かってはいるが、唐突な行動が、まるで怒っているように見えるのはどんな人でも同じだろう。でも、ホタルは違う。
これはいつものホタル。
唐突に動き出し、自分のペースで生きているホタル。
こちらはおどろかされてばかりだ。
「早く、セイにノウゼンカズラを見せたいなあ。」
つられて立ち上がった自分は、ホタルが振り向いたのを見た。
「セイはついてこなくていいよ? これを返してくるだけだから。」
入り口で待っていて、と、ホタルは歩きながら言った。
ついていくこともできず、自分はそこに立ちつくす。
どうしてだろう? 自分はいつも、ホタルの背中を見ている気がするのだ。
不意に、ホタルについてのうわさを思い出した。
ここにいて、ここにいない。
ここにいたはずなのに、いつの間にか通り過ぎていってしまう。
「……不思議な子。」
自分は、入り口に向かって足を動かす。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/13 21:58 更新日:2016/08/13 21:58 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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