作品ID:1786
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
一章 セイ 九
前の話 | 目次 | 次の話 |
「でも、寮母さんに見つからないように寮を出るって、結構無茶だよね。」
言いだしっぺのくせに、ホタルはちょっと弱気だ。それもそのはずで、寮母の部屋は入り口のすぐわきにあるのだ。
「入り口がつかえないなら、窓から出ればいいじゃないか。」
自分が提案すると、ホタルはあきれたようにため息をつく。
苦笑いが暗闇の中でも確認できた。
「セイ、ここ二階。」
「一階の窓は?」
「階段の向こうはすぐに入り口だろう? 下りたら寮母さんの目の前さ。」
ホタルの顔は、青白い。見つかるのがそんなに怖いのだろうか。
「ホタル、前にも抜け出そうと思ったことがあるのか?」
がたん、と音がする。
ホタルの持っている荷物が、扉にぶつかったようだ。
「大丈夫か?」
「……いや、昔、夏休み中に肝試しをやってね。怖くて逃げ出して、学園の外に出そうになっちゃったんだけど。」
乾いた笑いが響くホタルの部屋の温度が、急に下がった気がした。
「もういいよ、ホタル……。」
よほど怖いことがあったのだろう。
「じゃあ、こうしよう。どうにかして、窓から脱出する。」
「セイは得意そうだものね、そういうこと。」
ふっと力を抜いたように、ホタルが微笑む。
責任は重大だ。
ホタルが考えているときのように、あごに手を当てようとして、思い出した。
木造の建物だからだろうか。なぜか、廊下の端っこに縄梯子の入った袋が置いてあるのだ。
それを取ってくると、ホタルは実に冷ややかな目をしていた。
かまいはしまい。
自分の部屋に入り、窓を開ける。
「いいか? 俺がまず荷物を持って下りるから、ホタルはゆっくり下りて来い。」
「荷物、持てるのかい?」
心配そうに後ろに立つホタルに、自分は親指をぐっと立て、振り向いて見せた。
さいわい今日は月がまん丸だ。外は昼間のように明るい。間違っても落ちるようなことはないだろう。
「さ、行こう。」
自分は、窓から縄梯子を垂らす。
くるくると広がる縄梯子。まるで、じゅうたんをひいているみたいだった。
そう、これは、外への道。
ホタルが外に出るための道。
荷物は、自分の肩掛け鞄に、ホタルのトランクをくくりつけて、両手が開くようにした。
一歩一歩、縄を確認しながら降りる。
時間はさほどかからなかった。
すとん、と降りて、ホタルに手を振る。
危なっかしい動作で、黒い影が窓の外に出た。
「よし、そのまま。」
がんばれ、と言おうとしたとき、横から声が割りこんできた。
「そのまま、外に出る気?」
右隣に、寮母さんが立っていた。
ホタルの動きが止まる。
「どうして……。」
「あれだけ物音を立てていればわかるわ。」
腕を組んだ寮母さんは、まさに仁王立ちだ。
ここで引いたら、きっとホタルは外に出られない。
「……べ、別にいいじゃないですか。出方はどうであれ、夏休み中はこの学園から出ても問題ないでしょう。」
寮母さんをまっすぐ見て、言い訳を並べる。
こういうときは、目線が大事だ。相手の目をしっかりと見て。
たとえ圧倒的に不利でも、これで大体の相手はひるむものだ。そう、たとえ寮母さんがこちらの目線に微動だにしなくても。
早く下りて来い、ホタル。
思いが通じたのか、縄梯子が揺れる。確かに、揺れるたびに壁にぶつかる縄梯子は、大きな音を響かせていた。
「君は、下田清はそれでもいいかもしれない。でもね、綾瀬蛍はそれではだめなのよ。」
「どうしてですか?」
寮母さんは、目線を自分から離し、ゆっくりと左を指差した。
「あれをみなさい。」
言われるままに、寮の中庭があるほうを向く。
逆光で影絵のようになっている中庭。
そこには、どこからか吹いてくる風に揺れる花が、咲き乱れていた。
はて、こんなに花が咲いていただろうか?
「これは……。」
首をかしげると、寮母さんからではなく、左隣から声が来た。いつの間にか、ホタルがそこに立っていた。
「ノウゼンカズラだ。」
「ノウゼンカズラ?」
お盆に咲くという、あの花?
ホタルの呟きに答えるように、風が勢いを増し、花が不気味に揺れた。
「何で今咲いているんだい。」
ホタルは首を横にふった。寮母さんは答えを知っているのか、こちらを、きっとホタルを見て言った。
「綾瀬蛍は、外に出してはいけない。街中でこんなことをされたら大問題だわ。」
この寮母さんは、何を言っているのだろう。
ホタルが、咲くはずのない花を咲かせたと言っているのだろうか? そんなばかげた話があるか。
言われたことに混乱しているのか、ホタルはうつむいている。声をかけようと手をのばすと、急に、その手をつかまれた。
つかんだ手を離すまいとするように強く握って、ホタルは一歩前へと出た。
「ぼくは、セイと一緒に海に行く。」
「無理よ。あなたは海どころか、駅にだって行けない。」
通せんぼをするように仁王立ちをして、寮母さんが言い聞かせるように言った。
負けじと、ホタルはもう一歩、前に出る。
「どいて、寮母さん。」
自分には、寮母さんが目を見開くのが見えた。ホタルは走り出していた。
寮母さんに当たりに行ったのかと思って、自分は思わず目を閉じた。しかし、その先にいるはずの人は居ずに、ホタルは走っている。
手を引かれるまま、自分は走っている。
ふと、後ろを振り返ると、寮母さんが寮の壁に寄りかかっていた。
大丈夫。消えていない。ただ彼女はどいたのだ。
ホタルの言葉のままに。
「さあ行こう、セイ。」
前を向くと、ホタルが振り向いて、楽しそうに笑っていた。
ぞっとした。
言いだしっぺのくせに、ホタルはちょっと弱気だ。それもそのはずで、寮母の部屋は入り口のすぐわきにあるのだ。
「入り口がつかえないなら、窓から出ればいいじゃないか。」
自分が提案すると、ホタルはあきれたようにため息をつく。
苦笑いが暗闇の中でも確認できた。
「セイ、ここ二階。」
「一階の窓は?」
「階段の向こうはすぐに入り口だろう? 下りたら寮母さんの目の前さ。」
ホタルの顔は、青白い。見つかるのがそんなに怖いのだろうか。
「ホタル、前にも抜け出そうと思ったことがあるのか?」
がたん、と音がする。
ホタルの持っている荷物が、扉にぶつかったようだ。
「大丈夫か?」
「……いや、昔、夏休み中に肝試しをやってね。怖くて逃げ出して、学園の外に出そうになっちゃったんだけど。」
乾いた笑いが響くホタルの部屋の温度が、急に下がった気がした。
「もういいよ、ホタル……。」
よほど怖いことがあったのだろう。
「じゃあ、こうしよう。どうにかして、窓から脱出する。」
「セイは得意そうだものね、そういうこと。」
ふっと力を抜いたように、ホタルが微笑む。
責任は重大だ。
ホタルが考えているときのように、あごに手を当てようとして、思い出した。
木造の建物だからだろうか。なぜか、廊下の端っこに縄梯子の入った袋が置いてあるのだ。
それを取ってくると、ホタルは実に冷ややかな目をしていた。
かまいはしまい。
自分の部屋に入り、窓を開ける。
「いいか? 俺がまず荷物を持って下りるから、ホタルはゆっくり下りて来い。」
「荷物、持てるのかい?」
心配そうに後ろに立つホタルに、自分は親指をぐっと立て、振り向いて見せた。
さいわい今日は月がまん丸だ。外は昼間のように明るい。間違っても落ちるようなことはないだろう。
「さ、行こう。」
自分は、窓から縄梯子を垂らす。
くるくると広がる縄梯子。まるで、じゅうたんをひいているみたいだった。
そう、これは、外への道。
ホタルが外に出るための道。
荷物は、自分の肩掛け鞄に、ホタルのトランクをくくりつけて、両手が開くようにした。
一歩一歩、縄を確認しながら降りる。
時間はさほどかからなかった。
すとん、と降りて、ホタルに手を振る。
危なっかしい動作で、黒い影が窓の外に出た。
「よし、そのまま。」
がんばれ、と言おうとしたとき、横から声が割りこんできた。
「そのまま、外に出る気?」
右隣に、寮母さんが立っていた。
ホタルの動きが止まる。
「どうして……。」
「あれだけ物音を立てていればわかるわ。」
腕を組んだ寮母さんは、まさに仁王立ちだ。
ここで引いたら、きっとホタルは外に出られない。
「……べ、別にいいじゃないですか。出方はどうであれ、夏休み中はこの学園から出ても問題ないでしょう。」
寮母さんをまっすぐ見て、言い訳を並べる。
こういうときは、目線が大事だ。相手の目をしっかりと見て。
たとえ圧倒的に不利でも、これで大体の相手はひるむものだ。そう、たとえ寮母さんがこちらの目線に微動だにしなくても。
早く下りて来い、ホタル。
思いが通じたのか、縄梯子が揺れる。確かに、揺れるたびに壁にぶつかる縄梯子は、大きな音を響かせていた。
「君は、下田清はそれでもいいかもしれない。でもね、綾瀬蛍はそれではだめなのよ。」
「どうしてですか?」
寮母さんは、目線を自分から離し、ゆっくりと左を指差した。
「あれをみなさい。」
言われるままに、寮の中庭があるほうを向く。
逆光で影絵のようになっている中庭。
そこには、どこからか吹いてくる風に揺れる花が、咲き乱れていた。
はて、こんなに花が咲いていただろうか?
「これは……。」
首をかしげると、寮母さんからではなく、左隣から声が来た。いつの間にか、ホタルがそこに立っていた。
「ノウゼンカズラだ。」
「ノウゼンカズラ?」
お盆に咲くという、あの花?
ホタルの呟きに答えるように、風が勢いを増し、花が不気味に揺れた。
「何で今咲いているんだい。」
ホタルは首を横にふった。寮母さんは答えを知っているのか、こちらを、きっとホタルを見て言った。
「綾瀬蛍は、外に出してはいけない。街中でこんなことをされたら大問題だわ。」
この寮母さんは、何を言っているのだろう。
ホタルが、咲くはずのない花を咲かせたと言っているのだろうか? そんなばかげた話があるか。
言われたことに混乱しているのか、ホタルはうつむいている。声をかけようと手をのばすと、急に、その手をつかまれた。
つかんだ手を離すまいとするように強く握って、ホタルは一歩前へと出た。
「ぼくは、セイと一緒に海に行く。」
「無理よ。あなたは海どころか、駅にだって行けない。」
通せんぼをするように仁王立ちをして、寮母さんが言い聞かせるように言った。
負けじと、ホタルはもう一歩、前に出る。
「どいて、寮母さん。」
自分には、寮母さんが目を見開くのが見えた。ホタルは走り出していた。
寮母さんに当たりに行ったのかと思って、自分は思わず目を閉じた。しかし、その先にいるはずの人は居ずに、ホタルは走っている。
手を引かれるまま、自分は走っている。
ふと、後ろを振り返ると、寮母さんが寮の壁に寄りかかっていた。
大丈夫。消えていない。ただ彼女はどいたのだ。
ホタルの言葉のままに。
「さあ行こう、セイ。」
前を向くと、ホタルが振り向いて、楽しそうに笑っていた。
ぞっとした。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/13 22:04 更新日:2016/08/13 22:04 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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