作品ID:1789
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
二章 瑠璃 一
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人に押されたようにふらふらと、少年が汽車の前に来た。
そのまま、きょろきょろと目を泳がせる。
わたしはその背中に声をかけた。
「穂高の弟?」
少年は、驚いたようにふりかえった。
目の前に少年の顔がある。いいや、わたしのほうが少し見下ろしているだろう。
仁王立ちのように立ちふさがるわたしに、少年はおずおずと聞いてきた。
「あの、兄を知っているんですか?」
やはり、この子がホタルなのだ。穂高の言っていた、問題の多い弟。
わたしはほっとして、少年の手をとった。ぐいぐいと引っ張って、汽車のほうへと連れて行く。
「待ってください! 連れが――。」
いるんです、とつなげようとしたのだろうか。まわりを見た少年が体を震わせたのが、つかんだ手から伝わってきた。
わたしは、なにげなくまわりを見る。
そこには、人っ子一人、いなかった。
「うそだ。さっきまでここに。」
「たくさんの人がいた?」
わたしの問いに、ホタルはうなずいた。
「残念ながら、君がいたのは三の中番線。ここは三の上番線なのさ。」
目をぱちくりさせる少年の手をにぎり直し、わたしはホームに止まった汽車に向かって歩いた。少年を迎えに来ただけなので、荷物はそのままになっている。
ホームには、汽車が長々とした体を横たわらせて、走り出す準備をしている。時刻表を見ればわかるのだが、三番線の次の列車は十時発で、まだホームに入って来てもいない。時刻表にない列車に、何の疑いもなく乗りこむわたしを、少年はどんな目で見ているだろう。
きっと、おどおどとしているのだろう。
そう思って、列車のステップをかけ上がると、後ろから歓声が聞こえた。
ふり向くと、ホタルがもの珍しそうに内装の装飾を見ている。
その目はきらきら輝いていて、今にも虫取り網を持って飛び出していってしまいそうなあどけなさがあった。憂いなんてみじんも感じない。
「あんた、穂高とは全然違うんだね。」
こちらの呟きに、ホタルはきょとん、とした目を向けてきた。
穂高が絶対にしない目。
いつも、なんでも見通しているような穂高の目を思い出して、わたしは笑った。
「どうしたんです?」
「君は大物になりそうだね。」
気分がよくなった。
意気揚々と自分のコンパートメントに向かおうとするわたしを、ホタルが慌てて引き止める。
「待ってください。どこに行くんですか。ぼくは、あなたの名前すら知らない。」
「わたしは瑠璃さ。穂高に頼まれて、君を連れて行く。」
安心させるように、ホタルの手を両手で包むようににぎってやる。
「わたしだって、人さらいなんてごめんだよ。でもね、わたしは君のお兄さんに借りがある。逆らうわけにはいかないのさ。」
ごめんよ、と心の中で言って、わたしはホタルの顔を見る。
何か考えこむように黙っているその表情は、穂高とそっくりだった。
手を引いて歩き出しても、今度は引き止められなかった。
そのまま、きょろきょろと目を泳がせる。
わたしはその背中に声をかけた。
「穂高の弟?」
少年は、驚いたようにふりかえった。
目の前に少年の顔がある。いいや、わたしのほうが少し見下ろしているだろう。
仁王立ちのように立ちふさがるわたしに、少年はおずおずと聞いてきた。
「あの、兄を知っているんですか?」
やはり、この子がホタルなのだ。穂高の言っていた、問題の多い弟。
わたしはほっとして、少年の手をとった。ぐいぐいと引っ張って、汽車のほうへと連れて行く。
「待ってください! 連れが――。」
いるんです、とつなげようとしたのだろうか。まわりを見た少年が体を震わせたのが、つかんだ手から伝わってきた。
わたしは、なにげなくまわりを見る。
そこには、人っ子一人、いなかった。
「うそだ。さっきまでここに。」
「たくさんの人がいた?」
わたしの問いに、ホタルはうなずいた。
「残念ながら、君がいたのは三の中番線。ここは三の上番線なのさ。」
目をぱちくりさせる少年の手をにぎり直し、わたしはホームに止まった汽車に向かって歩いた。少年を迎えに来ただけなので、荷物はそのままになっている。
ホームには、汽車が長々とした体を横たわらせて、走り出す準備をしている。時刻表を見ればわかるのだが、三番線の次の列車は十時発で、まだホームに入って来てもいない。時刻表にない列車に、何の疑いもなく乗りこむわたしを、少年はどんな目で見ているだろう。
きっと、おどおどとしているのだろう。
そう思って、列車のステップをかけ上がると、後ろから歓声が聞こえた。
ふり向くと、ホタルがもの珍しそうに内装の装飾を見ている。
その目はきらきら輝いていて、今にも虫取り網を持って飛び出していってしまいそうなあどけなさがあった。憂いなんてみじんも感じない。
「あんた、穂高とは全然違うんだね。」
こちらの呟きに、ホタルはきょとん、とした目を向けてきた。
穂高が絶対にしない目。
いつも、なんでも見通しているような穂高の目を思い出して、わたしは笑った。
「どうしたんです?」
「君は大物になりそうだね。」
気分がよくなった。
意気揚々と自分のコンパートメントに向かおうとするわたしを、ホタルが慌てて引き止める。
「待ってください。どこに行くんですか。ぼくは、あなたの名前すら知らない。」
「わたしは瑠璃さ。穂高に頼まれて、君を連れて行く。」
安心させるように、ホタルの手を両手で包むようににぎってやる。
「わたしだって、人さらいなんてごめんだよ。でもね、わたしは君のお兄さんに借りがある。逆らうわけにはいかないのさ。」
ごめんよ、と心の中で言って、わたしはホタルの顔を見る。
何か考えこむように黙っているその表情は、穂高とそっくりだった。
手を引いて歩き出しても、今度は引き止められなかった。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/13 22:12 更新日:2016/08/13 22:12 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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