作品ID:1798
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
二章 瑠璃 十
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昨日と同じ時間に汽車が到着して、折り返し和宮に戻る列車の窓越しに、わたしはホタルと話をした。
約束だよと繰り返すホタルの手をにぎって、わたしはどうしようか迷ってからホタルを見た。
「ホタル。ばあやは約束しろと言っていたが、わたしは、お前が必要と思うなら力を使ってもいいと思う。」
あの力は危険なものだ。
けれど、だからこそ、誰かの役に立つこともできるだろう。とても危険なことだけれど、ホタルならきっと大丈夫。
むしろ心配なのは周りのほうだ。力を使えば、周囲に彼の力を認めることになる。
利用しようとする人が出てくる。
ホタルが、誰かに使われてしまう。
背筋に嫌な寒気が走る。それだけは、我慢できない。
「でも、それはいざってときだけだ。それ以外の時は、ずっと、ばあやとの約束を守るんだよ。」
「なんでそんなこと言うの。」
聴いたことのない声だった。
震えていて、お腹の底の小さな音をぎりぎり聞かせるようなか細い声。 それが目の前のホタルの声だと気がつかなかった。
ホタルは泣いていたのだ。
ばあやと向き合っていた時だって、不安そうであっても、目だけはしっかりしていたというのに。
「使うなとか、使えとか。どっちなの。この力がないほうがいいなら、やっぱりぼくは、あっちに行ったほうがよかったの。」
小さい子供のように、わたしの腕を両手でつかんだホタルは、祈るようにうつむいた。持っていた荷物が放り出されて大きな音を立てた。
わたしは、勘違いしていた。大人のフリだったのだ。不安を隠すための隠れ蓑。
「……わからない。こればっかりはわからないよ。ホタルはどっちだと思う?」
ホタルは一瞬、手に力をこめた。そのまま引きずりおろされそうになって、わたしは慌ててふんばった。ホタルはわたしの抵抗に顔をあげた。ひどい顔だった。
「おいおい、そんな顔で友達の前に出るなよ。」
窓越しにハンカチを渡してやる。両手で受け取ったホタルは、自然とわたしの腕から手を離して、鼻をすすりながら言った。
「瑠璃さん。」
「なんだ。」
「ばあやにはああ言ったけれど、もしもぼくの周りで不幸な人がいたら、ぼくはきっと、自分の力を使ってしまうよ。」
まだちょっとひどい顔だけれど、その宣言は立派なものだった。わたしの宿るような宝石に似た目は、ホタルの意思がはっきりしたのを物語っていた。
「それでいいんだよ、ホタル。けっきょく、周りからいろいろ言われても決めるのは自分なんだ。」
「じゃあ、周りの人はなんでいろいろ言うの?」
「困っているやつに、こんな道もあるってことを教えてるのさ。教えるだけだけどな。」
「ひどい話だね。」
「だって他人事だもの。」
無責任だなあ、とホタルは笑う。少し目が赤いけど、いつものホタルに戻ったようだった。
汽車の前のほうで汽笛が鳴った。ホタルが荷物を拾っている間に、車両が動き出す。
「じゃあね、瑠璃さん。また会う日まで!」
「ハンカチ、今度洗って返せよ!」
ホタルは白いハンカチを振ってみせた。なんだかわたしが勝ったみたいだった。
少年の姿はすぐに見えなくなってしまって、わたしは窓を閉めた。相変わらず乗客の少ない車内を見回してから、崩れるように座る。
和宮に帰るのだ。
ホタルの声が頭の中で響いた。穂高の隣に。それがホタルの願いなら、わたしはとうぶんあいつのそばにいられるのだろう。
お願い事がいつでも幸せなものならば、願うほうも、願われたほうも幸せになれるだろうか。ついでにホタルが幸せになってくれれば、穂高の憂い顔も見なくて済むだろう。
これからの事なんて何もわからないのに、想像だけは未来よりも先に走って行ってしまいそうだった。
約束だよと繰り返すホタルの手をにぎって、わたしはどうしようか迷ってからホタルを見た。
「ホタル。ばあやは約束しろと言っていたが、わたしは、お前が必要と思うなら力を使ってもいいと思う。」
あの力は危険なものだ。
けれど、だからこそ、誰かの役に立つこともできるだろう。とても危険なことだけれど、ホタルならきっと大丈夫。
むしろ心配なのは周りのほうだ。力を使えば、周囲に彼の力を認めることになる。
利用しようとする人が出てくる。
ホタルが、誰かに使われてしまう。
背筋に嫌な寒気が走る。それだけは、我慢できない。
「でも、それはいざってときだけだ。それ以外の時は、ずっと、ばあやとの約束を守るんだよ。」
「なんでそんなこと言うの。」
聴いたことのない声だった。
震えていて、お腹の底の小さな音をぎりぎり聞かせるようなか細い声。 それが目の前のホタルの声だと気がつかなかった。
ホタルは泣いていたのだ。
ばあやと向き合っていた時だって、不安そうであっても、目だけはしっかりしていたというのに。
「使うなとか、使えとか。どっちなの。この力がないほうがいいなら、やっぱりぼくは、あっちに行ったほうがよかったの。」
小さい子供のように、わたしの腕を両手でつかんだホタルは、祈るようにうつむいた。持っていた荷物が放り出されて大きな音を立てた。
わたしは、勘違いしていた。大人のフリだったのだ。不安を隠すための隠れ蓑。
「……わからない。こればっかりはわからないよ。ホタルはどっちだと思う?」
ホタルは一瞬、手に力をこめた。そのまま引きずりおろされそうになって、わたしは慌ててふんばった。ホタルはわたしの抵抗に顔をあげた。ひどい顔だった。
「おいおい、そんな顔で友達の前に出るなよ。」
窓越しにハンカチを渡してやる。両手で受け取ったホタルは、自然とわたしの腕から手を離して、鼻をすすりながら言った。
「瑠璃さん。」
「なんだ。」
「ばあやにはああ言ったけれど、もしもぼくの周りで不幸な人がいたら、ぼくはきっと、自分の力を使ってしまうよ。」
まだちょっとひどい顔だけれど、その宣言は立派なものだった。わたしの宿るような宝石に似た目は、ホタルの意思がはっきりしたのを物語っていた。
「それでいいんだよ、ホタル。けっきょく、周りからいろいろ言われても決めるのは自分なんだ。」
「じゃあ、周りの人はなんでいろいろ言うの?」
「困っているやつに、こんな道もあるってことを教えてるのさ。教えるだけだけどな。」
「ひどい話だね。」
「だって他人事だもの。」
無責任だなあ、とホタルは笑う。少し目が赤いけど、いつものホタルに戻ったようだった。
汽車の前のほうで汽笛が鳴った。ホタルが荷物を拾っている間に、車両が動き出す。
「じゃあね、瑠璃さん。また会う日まで!」
「ハンカチ、今度洗って返せよ!」
ホタルは白いハンカチを振ってみせた。なんだかわたしが勝ったみたいだった。
少年の姿はすぐに見えなくなってしまって、わたしは窓を閉めた。相変わらず乗客の少ない車内を見回してから、崩れるように座る。
和宮に帰るのだ。
ホタルの声が頭の中で響いた。穂高の隣に。それがホタルの願いなら、わたしはとうぶんあいつのそばにいられるのだろう。
お願い事がいつでも幸せなものならば、願うほうも、願われたほうも幸せになれるだろうか。ついでにホタルが幸せになってくれれば、穂高の憂い顔も見なくて済むだろう。
これからの事なんて何もわからないのに、想像だけは未来よりも先に走って行ってしまいそうだった。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/13 22:35 更新日:2016/08/13 22:35 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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