作品ID:1802
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
三章 小夜子 四
前の話 | 目次 | 次の話 |
人の多さがが、あまりにも違いすぎました。
昔はここに住んでいたわけですが、私はまだまだ郊外のほうに住んでいたので、ここまで大きな駅はなかなか見たことがありません。ホタル様にいたっては、
「汽車に乗ったの初めてだったから……。」
と、ほうけています。
汽車に乗らずにあの学園まで行く、というのはなかなか難しいと思いますが、もしかしたらホタル様は地元の方なのでしょうか?
そう聞いてみると、ホタル様は首を横に振られました。
「そういうことじゃなくて。小さいころから学園にいたから、学園に行った記憶がないんだ。」
「学園は、たしか六歳からの入学ですわよね?」
「そうなんだよねえ……。」
それまでの記憶がないというのは、一体どういうことなのでしょう。
私は、それ以上の事を聞くことはありませんでした。ふみこみがたい事情が見えた気がしたのです。
「で、どうする?」
人ごみを見ながら、私たちは駅の中で壁に張り付くように立っていました。
「ええっと……。」
ホタル様は、ポケットから懐中時計を取り出しました。
その手から、金色の輝きが消えました。
驚きの声を上げる間もなく、前を横切った男の人がかすめ取って行ったのです。
「――えっ。」
やっと声が出て、男を目で追ってみると、優々と人ごみの中を歩いていくところでした。
「お待ちなさい!」
私はそう言って走り出そうとしましたが、人の壁にはばまれて、なかなか動けません。もとより私の声が小さかったのか、誰もが私たちの前を素通りしてゆきます。
半ば泣きそうになりながら振り向けば、ホタル様の姿はどこかへと消えうせていました。
「ホタル様?」
いつの間にか、ホタル様はあんなに嫌っていた人ごみに単身のりこんでいたのです。
すいすいと歩くホタル様は、誰ともぶつかりません。そこに道があるわけでもないのに、うまく歩けているのです。
まるで都会の人でした。
覚えていないくらい昔から、山奥の学園に引きこもっていた人には思えません。
やがてホタル様のお姿が見えなくなって、仕方なく、私は荷物番をすることにしました。
これで置き引きにでもあったら面目しだいもございません。
大人しく荷物を抱えて立っていると、遠くのほうで誰かの叫ぶ声が聞こえました。人の波が揺れます。
今だ、と思いました。
ぱっと人ごみに飛び出すと、野次馬になりに行くらしい群集と共に、逃げてくる人の波に逆らって歩きました。皆さん、猛獣でも逃げ出したかのような慌てぶりでした。
私は運よく、騒ぎの中心まで来られたようです。
ちょうどそこに立っていたお嬢さんに当たってしまって、私は「ごめんなさい。」とお嬢さんを見上げました。
お嬢さんは、彫像のように止まっていました。
「もし……?」
声をかけても、反応はありません。
周りの人も気がついたのでしょう。人の輪が、止まった人の周りに、少し距離を置いてできました。
そう、止まっていたのはお嬢さんだけではなかったのです。
りっぱな紳士や学生、私より小さな女の子。
百人を下らない方々が、彫像のように止まっていました。
私は、「お嬢さん、お嬢さん。」と声をかけましたが、まったく反応がありません。開かれた目が乾いていそうで心配です。一体何がどうなってこうなったのか、私は野次馬と同じようにきょろきょろと辺りを見回しました。
人が増えてきたように思います。
彫像の間に、私は動いている人影を発見しました。手にきらりと光る何かを持った少年――ホタル様です。
「ホタル様!」
私に気が付いて、ホタル様がこちらへと歩いてきます。
その顔が、悲しそうに歪んでいました。視線は私の後ろへと注がれています。
私は振り向きました。
いつの間にか、後ろにいた野次馬の方々が二、三歩後ろへと後退していました。ホタル様が近づくにつれて、後ろへと下がっていくのです。
「ホタル様、一体どうされたのですか?」
しばらくホタル様は困ったように口をぱくぱくとさせていらっしゃいましたが、ほとんど聞こえない声で呟かれました
「……一人で、逃げたほうがいい……。」
「はい?」
突然の提案に、私は納得できずに食い下がりました。
「どうしてです? ここまでご一緒したではありませんか。」
それに、逃げるとはどういうことでしょう。
ホタル様は、静かに首を横にふります。
私は、ホタル様と、周りの方々を交互に見比べて、はっと気がつきました。
「……これは、ホタル様がやったのですか?」
ホタル様は、首を縦にふりました。
私には冗談のように聞こえます。しかし、ホタル様は真剣そのものの顔をなさっていました。
明らかに口数が少なくなってしまったホタル様は、何か思いつめたように、私を見ました。
その視線がなんだか怖くなって、ふっと視線をそらしました。これでは、私が負けたようで悔しいのですが、こればっかりはみていられませんでした。
私は気を取り直して、ホタル様の手に懐中時計を見つけました。
「取り戻されたのですか?」
ホタル様が静かにうなずきます。
時計を開けると、針は止まっていました。
「まあ、どうしましょう。」
おろおろとする私の横で、ホタル様は懐中時計に向かってささやきかけました。
「永遠に止まるな。」
針が動きました。同時に、止まっていた人々も動き弾めます。
一体、何が起きているのでしょうか。
なおも意見を口にしようとすると、野次馬をかき分けて駅員さんがお出ましになりました。野次馬と同じように辺りを見回して、不自然に野次馬が歪んでいるこちらへとやってきます。野次馬の視線で、ホタル様が怪しいとふんだらしいです。
私はホタル様を見上げました。ホタル様は、黙ったまま悲しそうにこちらを見下ろしていました。
「ホタル様……?」
とん、とホタル様が肩を叩かれました。
私はよろけて、野次馬の中に入ってしまいました。もう一度ホタル様のお姿を見ようと背伸びをして見ますが、人の腰が見えるだけです。
「ホタル様!」
やがて、人の波が引いていきました。
私は、近くを通りかかった人に「もし、」と尋ねました。
「先ほどの少年、どこへ行ったか分かりますか。」
「少年?」
その人は怪訝そうにこちらを振り返りました。
「なんのことかしら?」
紛れもなく、その人はさきほどのお嬢さんでした。
昔はここに住んでいたわけですが、私はまだまだ郊外のほうに住んでいたので、ここまで大きな駅はなかなか見たことがありません。ホタル様にいたっては、
「汽車に乗ったの初めてだったから……。」
と、ほうけています。
汽車に乗らずにあの学園まで行く、というのはなかなか難しいと思いますが、もしかしたらホタル様は地元の方なのでしょうか?
そう聞いてみると、ホタル様は首を横に振られました。
「そういうことじゃなくて。小さいころから学園にいたから、学園に行った記憶がないんだ。」
「学園は、たしか六歳からの入学ですわよね?」
「そうなんだよねえ……。」
それまでの記憶がないというのは、一体どういうことなのでしょう。
私は、それ以上の事を聞くことはありませんでした。ふみこみがたい事情が見えた気がしたのです。
「で、どうする?」
人ごみを見ながら、私たちは駅の中で壁に張り付くように立っていました。
「ええっと……。」
ホタル様は、ポケットから懐中時計を取り出しました。
その手から、金色の輝きが消えました。
驚きの声を上げる間もなく、前を横切った男の人がかすめ取って行ったのです。
「――えっ。」
やっと声が出て、男を目で追ってみると、優々と人ごみの中を歩いていくところでした。
「お待ちなさい!」
私はそう言って走り出そうとしましたが、人の壁にはばまれて、なかなか動けません。もとより私の声が小さかったのか、誰もが私たちの前を素通りしてゆきます。
半ば泣きそうになりながら振り向けば、ホタル様の姿はどこかへと消えうせていました。
「ホタル様?」
いつの間にか、ホタル様はあんなに嫌っていた人ごみに単身のりこんでいたのです。
すいすいと歩くホタル様は、誰ともぶつかりません。そこに道があるわけでもないのに、うまく歩けているのです。
まるで都会の人でした。
覚えていないくらい昔から、山奥の学園に引きこもっていた人には思えません。
やがてホタル様のお姿が見えなくなって、仕方なく、私は荷物番をすることにしました。
これで置き引きにでもあったら面目しだいもございません。
大人しく荷物を抱えて立っていると、遠くのほうで誰かの叫ぶ声が聞こえました。人の波が揺れます。
今だ、と思いました。
ぱっと人ごみに飛び出すと、野次馬になりに行くらしい群集と共に、逃げてくる人の波に逆らって歩きました。皆さん、猛獣でも逃げ出したかのような慌てぶりでした。
私は運よく、騒ぎの中心まで来られたようです。
ちょうどそこに立っていたお嬢さんに当たってしまって、私は「ごめんなさい。」とお嬢さんを見上げました。
お嬢さんは、彫像のように止まっていました。
「もし……?」
声をかけても、反応はありません。
周りの人も気がついたのでしょう。人の輪が、止まった人の周りに、少し距離を置いてできました。
そう、止まっていたのはお嬢さんだけではなかったのです。
りっぱな紳士や学生、私より小さな女の子。
百人を下らない方々が、彫像のように止まっていました。
私は、「お嬢さん、お嬢さん。」と声をかけましたが、まったく反応がありません。開かれた目が乾いていそうで心配です。一体何がどうなってこうなったのか、私は野次馬と同じようにきょろきょろと辺りを見回しました。
人が増えてきたように思います。
彫像の間に、私は動いている人影を発見しました。手にきらりと光る何かを持った少年――ホタル様です。
「ホタル様!」
私に気が付いて、ホタル様がこちらへと歩いてきます。
その顔が、悲しそうに歪んでいました。視線は私の後ろへと注がれています。
私は振り向きました。
いつの間にか、後ろにいた野次馬の方々が二、三歩後ろへと後退していました。ホタル様が近づくにつれて、後ろへと下がっていくのです。
「ホタル様、一体どうされたのですか?」
しばらくホタル様は困ったように口をぱくぱくとさせていらっしゃいましたが、ほとんど聞こえない声で呟かれました
「……一人で、逃げたほうがいい……。」
「はい?」
突然の提案に、私は納得できずに食い下がりました。
「どうしてです? ここまでご一緒したではありませんか。」
それに、逃げるとはどういうことでしょう。
ホタル様は、静かに首を横にふります。
私は、ホタル様と、周りの方々を交互に見比べて、はっと気がつきました。
「……これは、ホタル様がやったのですか?」
ホタル様は、首を縦にふりました。
私には冗談のように聞こえます。しかし、ホタル様は真剣そのものの顔をなさっていました。
明らかに口数が少なくなってしまったホタル様は、何か思いつめたように、私を見ました。
その視線がなんだか怖くなって、ふっと視線をそらしました。これでは、私が負けたようで悔しいのですが、こればっかりはみていられませんでした。
私は気を取り直して、ホタル様の手に懐中時計を見つけました。
「取り戻されたのですか?」
ホタル様が静かにうなずきます。
時計を開けると、針は止まっていました。
「まあ、どうしましょう。」
おろおろとする私の横で、ホタル様は懐中時計に向かってささやきかけました。
「永遠に止まるな。」
針が動きました。同時に、止まっていた人々も動き弾めます。
一体、何が起きているのでしょうか。
なおも意見を口にしようとすると、野次馬をかき分けて駅員さんがお出ましになりました。野次馬と同じように辺りを見回して、不自然に野次馬が歪んでいるこちらへとやってきます。野次馬の視線で、ホタル様が怪しいとふんだらしいです。
私はホタル様を見上げました。ホタル様は、黙ったまま悲しそうにこちらを見下ろしていました。
「ホタル様……?」
とん、とホタル様が肩を叩かれました。
私はよろけて、野次馬の中に入ってしまいました。もう一度ホタル様のお姿を見ようと背伸びをして見ますが、人の腰が見えるだけです。
「ホタル様!」
やがて、人の波が引いていきました。
私は、近くを通りかかった人に「もし、」と尋ねました。
「先ほどの少年、どこへ行ったか分かりますか。」
「少年?」
その人は怪訝そうにこちらを振り返りました。
「なんのことかしら?」
紛れもなく、その人はさきほどのお嬢さんでした。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/15 08:09 更新日:2016/08/15 08:09 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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