作品ID:1804
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
三章 小夜子 六
前の話 | 目次 | 次の話 |
書庫の中には大人の背丈より高い書架が規則正しく並んでいます。学園の書庫のように木の机と椅子はなく、かわりに座り心地のよさそうなソファが低いテーブルを囲んでいます。
おじさまはいつも、ソファではなく、明り取りの大きな窓のところに座っています。
眼鏡教授にならって、いつもおじさまのいる場所の近くで立ち止まり、注意深く音を拾います。
「そうか。和宮には行ったか。」
おじさまの低い声が聞こえました。
「はい。」
その声に答えたのは、間違いありません。ホタル様の声です。
「ではなぜ、君はここにいる。」
ほっとできたのはほんの少しで、すぐに身を乗り出したくなりました。おじさまはなにを言っているのでしょう。
「和宮に行った君ならわかるはずだ。あちらのほうが自分のいるべき場所だと。昨日のようなことがまた起こったとしても、和宮であれば、向こう側ならば許容できただろう。しかし――。」
「わかりません。」
きっぱりとした声に、おじさまの声が止まります。
「ぼくには、和宮がぼくの居場所だとは思えません。初めて行った場所だったし、みんな変な目でぼくを見るし。」
「そんなことで、こちらの世界を危険にさらすと?」
「これはぼくの話で、世界とか、そんな大きな話じゃありません。ぼくは山奥に住んでいて知りあいも少ない、王様とは全然違う、ただの子供ですから。」
……それはどうでしょう。
昨日のあれを見てしまっては、ホタル様がなにか特別な人であることは明白です。
隣を見てみれば、眼鏡教授が必死に笑いをこらえていました。
沈黙を破るように、ため息の音が聞こえます。おじさまが笑っていらっしゃるのでしょう。
「昔、似たようなことを言われたことがあるよ。『ぼくは王様じゃない。ただの先生だ。』ってね。」
「だいぶ違うじゃないですか。」
眼鏡教授が深くうなずいています。
「しかし、君をふつうの子供と呼ぶことはできないな。なにせ言の葉の子というのは。やはり和宮にいたほうがいいのではないかね。」
「いいえ。和宮はぼくの居場所じゃないです。ぼくの居場所は、学園だけですから。」
ああ、セイ様と一緒です。脱走してきたのに帰る気でいるのです、ホタル様も。
「一生山から出ないつもりか。」
「それもいいかもしれません。たとえば、庭師のおじさんになって、ずっとあの庭で花を見るんです。今はノウゼンカズラがきれいだし、秋にはコスモスがいたるところに咲くし、春になればモクレンとか、梅とか、いっぱい咲きますよ。」
おじさまは「それは一回見てみたいものだ。」と言いながら、足音を響かせます。
「こっち来るかも。」
眼鏡教授の言うとおり、書架の向こうにおじさまの姿が見えました。おじさまはこちらをちらりと見ましたが、気がつかなかったように後ろをふり向きました。
「あちらとこちらの関係に影響を及ぼさないのなら、我々の同盟には関係のない話だな。いい庭師になってくれ。」
「はい。」
ホタル様は失礼しますと言って、私たちから見えない場所を通って部屋を出て行かれました。扉の音が響きます。
「これでよかったのか、和宮坂。」
いつの間にか、眼鏡教授の隣におじさまがいらっしゃいました。眼鏡教授は友人にするように、おじさまの肩に手を置きます。
「ありがとう、王様。これであの子は選んだ道を進める。」
「あの子が動かぬかぎり、我々の同盟も揺るがない。」
大人の話には混ぜてもらえそうにありません。眼鏡教授はおじさまと難しい話をされていましたが、話が終わると私に振り返って言われました。
「これからも蛍の友達でいてくれるかい?」
「ええ、もちろん。」
教授は満足したように私の頭をなでて、手を振って出て行かれました。
私は改めて、おじさまにあいさつをしました。
「もうしわけありません、盗み聞きなどして。」
「和宮坂にそそのかされたのならしょうがない。」
困ったように笑うおじさまは、いつものおじさまです。
「小夜子。綾瀬くんの事で、なにか聞きたいことはあるかい?」
「いいえ、なにも。」
ホタル様の事は、ホタル様が話してくれるまで待つのが友達というものです。それに、ホタル様のおっしゃっていた「大きな話」は、私やホタル様とは関係のない話です。もしも知らなくてはいけないときが来たら、その時に教えてもらえばいいのです。
「それよりもおじさま。このごろ面白いご本はありまして?」
私はいつものようにおじさまに尋ねました。おじさまはさっそく本を探しに、書架の間を歩いて行きました。
おじさまはいつも、ソファではなく、明り取りの大きな窓のところに座っています。
眼鏡教授にならって、いつもおじさまのいる場所の近くで立ち止まり、注意深く音を拾います。
「そうか。和宮には行ったか。」
おじさまの低い声が聞こえました。
「はい。」
その声に答えたのは、間違いありません。ホタル様の声です。
「ではなぜ、君はここにいる。」
ほっとできたのはほんの少しで、すぐに身を乗り出したくなりました。おじさまはなにを言っているのでしょう。
「和宮に行った君ならわかるはずだ。あちらのほうが自分のいるべき場所だと。昨日のようなことがまた起こったとしても、和宮であれば、向こう側ならば許容できただろう。しかし――。」
「わかりません。」
きっぱりとした声に、おじさまの声が止まります。
「ぼくには、和宮がぼくの居場所だとは思えません。初めて行った場所だったし、みんな変な目でぼくを見るし。」
「そんなことで、こちらの世界を危険にさらすと?」
「これはぼくの話で、世界とか、そんな大きな話じゃありません。ぼくは山奥に住んでいて知りあいも少ない、王様とは全然違う、ただの子供ですから。」
……それはどうでしょう。
昨日のあれを見てしまっては、ホタル様がなにか特別な人であることは明白です。
隣を見てみれば、眼鏡教授が必死に笑いをこらえていました。
沈黙を破るように、ため息の音が聞こえます。おじさまが笑っていらっしゃるのでしょう。
「昔、似たようなことを言われたことがあるよ。『ぼくは王様じゃない。ただの先生だ。』ってね。」
「だいぶ違うじゃないですか。」
眼鏡教授が深くうなずいています。
「しかし、君をふつうの子供と呼ぶことはできないな。なにせ言の葉の子というのは。やはり和宮にいたほうがいいのではないかね。」
「いいえ。和宮はぼくの居場所じゃないです。ぼくの居場所は、学園だけですから。」
ああ、セイ様と一緒です。脱走してきたのに帰る気でいるのです、ホタル様も。
「一生山から出ないつもりか。」
「それもいいかもしれません。たとえば、庭師のおじさんになって、ずっとあの庭で花を見るんです。今はノウゼンカズラがきれいだし、秋にはコスモスがいたるところに咲くし、春になればモクレンとか、梅とか、いっぱい咲きますよ。」
おじさまは「それは一回見てみたいものだ。」と言いながら、足音を響かせます。
「こっち来るかも。」
眼鏡教授の言うとおり、書架の向こうにおじさまの姿が見えました。おじさまはこちらをちらりと見ましたが、気がつかなかったように後ろをふり向きました。
「あちらとこちらの関係に影響を及ぼさないのなら、我々の同盟には関係のない話だな。いい庭師になってくれ。」
「はい。」
ホタル様は失礼しますと言って、私たちから見えない場所を通って部屋を出て行かれました。扉の音が響きます。
「これでよかったのか、和宮坂。」
いつの間にか、眼鏡教授の隣におじさまがいらっしゃいました。眼鏡教授は友人にするように、おじさまの肩に手を置きます。
「ありがとう、王様。これであの子は選んだ道を進める。」
「あの子が動かぬかぎり、我々の同盟も揺るがない。」
大人の話には混ぜてもらえそうにありません。眼鏡教授はおじさまと難しい話をされていましたが、話が終わると私に振り返って言われました。
「これからも蛍の友達でいてくれるかい?」
「ええ、もちろん。」
教授は満足したように私の頭をなでて、手を振って出て行かれました。
私は改めて、おじさまにあいさつをしました。
「もうしわけありません、盗み聞きなどして。」
「和宮坂にそそのかされたのならしょうがない。」
困ったように笑うおじさまは、いつものおじさまです。
「小夜子。綾瀬くんの事で、なにか聞きたいことはあるかい?」
「いいえ、なにも。」
ホタル様の事は、ホタル様が話してくれるまで待つのが友達というものです。それに、ホタル様のおっしゃっていた「大きな話」は、私やホタル様とは関係のない話です。もしも知らなくてはいけないときが来たら、その時に教えてもらえばいいのです。
「それよりもおじさま。このごろ面白いご本はありまして?」
私はいつものようにおじさまに尋ねました。おじさまはさっそく本を探しに、書架の間を歩いて行きました。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/15 08:15 更新日:2016/08/15 08:15 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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