作品ID:1807
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
三章 小夜子 九
前の話 | 目次 | 次の話 |
私たちは、何度も降りる駅を確認して、眠くならないように、さまざまな話をしました。
「おじさまと何の話をなさっていたの?」
「政治の難しい話とか、どんな本が好きかとか、あと、女心は分からないみたいな話もした。」
「まあ。一体どなたの女心で?」
ホタル様はあいまいにはぐらかしてしまわれました。私はとんと検討がつきませんでしたので、むくれました。
それを見て、ホタル様が笑います。
「一つ言わせてもらえば、女心なんてものは、女にもよく分からないときもあるのですわよ。」
「そうなの?」
「はい。自分で自分を抑えられなくなったり、御せなくなってしまったり。それはそれは、複雑なものなのです。」
しばらく語った後で、私は急に自分が恥ずかしくなってしまいました。何を力説しているのでしょう?
「なるほど。自分を御せなくなるね。」
私の顔を見て、ホタル様がまた笑います。
「ホタル様は意地悪です。」
「どこが?」
「人を気まずくさせておいて、自分だけは笑っていらっしゃるだなんて。不公平ですわ。」
「……海を見せてあげるってことで許してくれませんか、お姫様。」
「その態度はもっとダメです! 友達に向かって、他人行儀ではなくって!」
はた、とホタル様が真面目な顔になられました。
「確かにそうだ。」
そう言って、頭を下げます。
「この通りです。許して?」
なぜ疑問形なのでしょう。
けれども、その黒髪がさらりと揺れるのを見たら、怒りがしゅんとおさまってしまいました。
ホタル様は、ホタル様です。自由で、とらえどころがない、波のような方です。
それなのに、その背中には大きなものを背負っている。
……ホタル様は、どこまでご自身のことを分かっているのでしょう?
「許してくれない?」
沈黙に耐えられなくなったのか、ホタル様が顔を上げました。
私は、考えていたことを知られたくなくて、腰に手を当てました。
「男の人を焦らすのも、女心の一つですわよ。」
「本当かなあ。」
「友達を信じてくださらないの?」
「信じるよ。だって小夜子嬢だもの。」
「では、許します。」
二人で静かに笑いあっているうちに、汽車は長いトンネルを抜けて、海ぞいへと出ていました。
「そろそろだよ、小夜子嬢。」
景色を見て、ホタル様が降りる準備を始めました。
私もトランクを持って、ホタル様の後に続きます。
駅のホームに降りると、目の前が海でした。汽車は三十分ほど止まったままのようです。
海を見るのは、これで何度目でしょう。
あいにく空は曇っていて、遠くまでは見渡せません。打ち寄せる波さえ、どこか沈んだ色をしていました。
「海だ……。」
中からおし出されたふうに呟いたホタル様を見上げれば、どこか白々しい顔をなさっていました。
「海は初めてですか?」
「いいや。一度だけ、もぐったことがあるよ。」
「まあ。どこの海ですか?」
ホタル様は、本当に覚えていないのか、かなりあいまいな答えをくれました。
曰く、遠くて近いそうです。
「どうする? 下まで降りる?」
私は首を横に振りました。なんだか満足してしまったのです。
海はこれでいい、と。
「ホタル様こそいいのですか? お兄様と約束されたのでしょう?」
私の言葉に、ホタル様は「もう会ったから。」と言ってきびすを返されました。
もしかして、首都にいる間にお会いになられたのでしょうか? それでは、この旅の目的が失われてしまいます。
もう、帰るだけになってしまいます。
「じゃあ戻ろうか。」
私たちは汽車に戻って、海をながめました。
きっと私が海を見るのは、これで最後になるでしょう。私はあの学園で、もうすぐ――。
そこで私は、ある間違いに気がつきました。
私は、海を見たかったのではないのです。
ただ、ホタル様と共にいる時間を、長くしたかっただけだったのです。
それに気がつくのは、少し遅かったようです。
汽車はほどなくして、汽笛を鳴らしてホームをすべり出しました。海が、遠ざかっていきます。
下まで降りていれば、あと何時間、ホタル様と共にいる時間をひきのばせたでしょうか?
また、涙が出ました。
ホタル様は、ただ黙って、横にいてくれました。
「おじさまと何の話をなさっていたの?」
「政治の難しい話とか、どんな本が好きかとか、あと、女心は分からないみたいな話もした。」
「まあ。一体どなたの女心で?」
ホタル様はあいまいにはぐらかしてしまわれました。私はとんと検討がつきませんでしたので、むくれました。
それを見て、ホタル様が笑います。
「一つ言わせてもらえば、女心なんてものは、女にもよく分からないときもあるのですわよ。」
「そうなの?」
「はい。自分で自分を抑えられなくなったり、御せなくなってしまったり。それはそれは、複雑なものなのです。」
しばらく語った後で、私は急に自分が恥ずかしくなってしまいました。何を力説しているのでしょう?
「なるほど。自分を御せなくなるね。」
私の顔を見て、ホタル様がまた笑います。
「ホタル様は意地悪です。」
「どこが?」
「人を気まずくさせておいて、自分だけは笑っていらっしゃるだなんて。不公平ですわ。」
「……海を見せてあげるってことで許してくれませんか、お姫様。」
「その態度はもっとダメです! 友達に向かって、他人行儀ではなくって!」
はた、とホタル様が真面目な顔になられました。
「確かにそうだ。」
そう言って、頭を下げます。
「この通りです。許して?」
なぜ疑問形なのでしょう。
けれども、その黒髪がさらりと揺れるのを見たら、怒りがしゅんとおさまってしまいました。
ホタル様は、ホタル様です。自由で、とらえどころがない、波のような方です。
それなのに、その背中には大きなものを背負っている。
……ホタル様は、どこまでご自身のことを分かっているのでしょう?
「許してくれない?」
沈黙に耐えられなくなったのか、ホタル様が顔を上げました。
私は、考えていたことを知られたくなくて、腰に手を当てました。
「男の人を焦らすのも、女心の一つですわよ。」
「本当かなあ。」
「友達を信じてくださらないの?」
「信じるよ。だって小夜子嬢だもの。」
「では、許します。」
二人で静かに笑いあっているうちに、汽車は長いトンネルを抜けて、海ぞいへと出ていました。
「そろそろだよ、小夜子嬢。」
景色を見て、ホタル様が降りる準備を始めました。
私もトランクを持って、ホタル様の後に続きます。
駅のホームに降りると、目の前が海でした。汽車は三十分ほど止まったままのようです。
海を見るのは、これで何度目でしょう。
あいにく空は曇っていて、遠くまでは見渡せません。打ち寄せる波さえ、どこか沈んだ色をしていました。
「海だ……。」
中からおし出されたふうに呟いたホタル様を見上げれば、どこか白々しい顔をなさっていました。
「海は初めてですか?」
「いいや。一度だけ、もぐったことがあるよ。」
「まあ。どこの海ですか?」
ホタル様は、本当に覚えていないのか、かなりあいまいな答えをくれました。
曰く、遠くて近いそうです。
「どうする? 下まで降りる?」
私は首を横に振りました。なんだか満足してしまったのです。
海はこれでいい、と。
「ホタル様こそいいのですか? お兄様と約束されたのでしょう?」
私の言葉に、ホタル様は「もう会ったから。」と言ってきびすを返されました。
もしかして、首都にいる間にお会いになられたのでしょうか? それでは、この旅の目的が失われてしまいます。
もう、帰るだけになってしまいます。
「じゃあ戻ろうか。」
私たちは汽車に戻って、海をながめました。
きっと私が海を見るのは、これで最後になるでしょう。私はあの学園で、もうすぐ――。
そこで私は、ある間違いに気がつきました。
私は、海を見たかったのではないのです。
ただ、ホタル様と共にいる時間を、長くしたかっただけだったのです。
それに気がつくのは、少し遅かったようです。
汽車はほどなくして、汽笛を鳴らしてホームをすべり出しました。海が、遠ざかっていきます。
下まで降りていれば、あと何時間、ホタル様と共にいる時間をひきのばせたでしょうか?
また、涙が出ました。
ホタル様は、ただ黙って、横にいてくれました。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/15 08:19 更新日:2016/08/15 08:19 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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