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少女領主と官吏の憂鬱
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
余談、とある教育官の不安
前の話 | 目次 | 次の話 |
謁見の間の隣にある控室にて待っているのは、二十とそこそこに見える細身の女性。一目で学士と分かる落ち着いた紺の衣服をまとい、視力を矯正する器具を身に着けている姿からは、若いながらも聡明さと落ち着き払った印象を与えることだろう。
しかしそんな見た目とは裏腹に、教育官シャーリーは、さほど広くない控室の中を既に何周したか分からないほど、焦りと不安で穏やかではなかった。
朝食後、歴史の座学が始まるや否や、「叔父上に話すことがある」と突然立ち上がったのは、主であり、教え子であるチャンドラ・バラクゲシオ・バラシオン13世。シャーリーが止める間もなく従士に命じ、法務監察官上長サーンキヤを謁見の間に呼び寄せた。
息つく間も無いほど忙しいであろうサーンキヤ上長は、突然の招集によって、遠目に見るシャーリーからも、機嫌は氷点下を割っているようだった。
齢は三十半ばと噂聞くが、その顔つきは未だ精悍で、決して大柄ではないが、引き締まったその肢体からは若い力が漲っている。男性に対しては不適切のようだが、美しい彫刻を思わせる芸術を感じさせた。
立ち振る舞いは公明正大。浮ついた話もついぞ聞いたことがない。更に、芯が通った低音により紡がれるその声は、誰に対しても忌憚ない言葉となって飛び出していく。
シャーリーは、そのサーンキヤに憧れを抱いていたが、同時に恐ろしくもあった。
本来座学の時間であるにも関わらず、チャンドラを止められず、このような事態になってしまったことに、正直なところ、貧血など起こして倒れてしまいたかった。
いや実際問題、「世界を滅ぼそうと思ってる」と口火を切ったチャンドラによって、シャーリーはへなへなと力なくその場に座り込むこととなった。
それが気付くと、どうにもおかしなことになっている。
シャーリーの予想通り、冷たく不機嫌を露わにしていたサーンキヤ上長であったが、次第にその声には温かみが帯びていった。
ついには、「領主様と二人で話しをする」とのことで、サーンキヤ上長の副官と共に、謁見の間の外に出されてしまった。
重厚な扉は、その存在を主張するかのような重苦しい音を響かせ閉まった。
女性一人では開けるのも難しいほどの扉は、有事の際逃げ出すのに甚だ不適切のようであるが、他国の使者を招いた外交にも使用されるため、敢えて荘厳な印象を醸すように造られている。それにそもそも、謁見の間に踏み込まれるような事態に陥った時点で、国の命運は尽きたような状況であろう。
そんな大げさに重い扉を、サーンキヤ副官のフライアは、一人で簡単に開け放った。
シャーリーは、この女傑のことを苦手であった。何か理由があるわけではない。強いて言えば、できすぎていることだ。
柳眉と整った小顔。女性にしては短く無造作に切り揃えられた髪は、むしろ鋭く切れ長な眦に良く似合っている。胸や肘など要所に身に着けられた甲冑により、法務官に合わない武官タイプかと思いきや、頭も相当に切れるときく。
シャーリー自身、若くして教育官という役職に就けたことを誇りに思っていたが、歳も近く同性で、容姿も力も、そして唯一の特技である学士としての能力すら脅かす存在が、身近にいるというのは……、どうにも良い気分にはなれなかった。
「チャンドラ様も、サーンキヤ様も、いったいどうしちゃったのでしょうか……」
そんなシャーリーであったが、今日は特別、不安か、焦りからか、思いがけず自分からフライアに声をかけていた。
「わかりかねます。ただ、チャンドラ様にも、何かお考えがあるように見受けられました」
フライアの方は、話しかけられたことで歩みを止めるが、特に気にした様子もなく答えた。
「え、……えっと、そ、そうですよね! まさか単なる思い付きでこんな大それたこと、やらかしませんよねッ!」
そのまさか本当に単なる思い付きであったのだが、それよりも、フライアが思いのほか真面目に相手をしてくれたことに、シャーリーは驚いていた。
表情を変えず、冷静を顔に張り付けたようなフライアのことを、しばしシャーリーは見詰めていた。これまで、あいさつ程度のやりとりこそあれ、まともに会話をしたのはこれが初めてかもしれない。
実際、自分が避けていただけで、本当はもっと仲良くなれていたのかもしれない。
ああ、きれいな顔だなぁ……。羨ましいなぁ。これで強くて頭も良くて、それでいて性格もいいなんて、ほんと、やんなっちゃうなぁ……。
「ではシャーリー。私はサーンキヤ様からの任があるため、これで失礼する」
「あ、う、うん! 頑張ってね!」
妄想モードに入り込んでいたが、フライアの言葉で現実に戻ってくる。一人残されたシャーリーは、控室においてチャンドラを待つことにした。
控室の中を周り続け、そろそろ目が回り始めたころ、再び、重苦しい扉が開く音が聞こえた。
よほどのことがない限り、会議中の謁見の間に、扉の前に立つ衛兵が他の人を入れることは無い。チャンドラとサーンキヤの話しが終わったのだ。
シャーリーは控室をすぐさま飛び出した。
鏡のように磨かれた廊下へと、威風たる壮年の男と、その半分にも満たない背丈の少女が歩み出てきた。
「チャンドラ様! サーンキヤ様! お、お話しは終わられたのですか?」
「おおシャーリー、待たせたな。座学も途中で、すまなかったな」
何故か今日の朝からの、幾ばくか違和感を覚える話し方はそのままであったが、今朝の思い詰めたような表情は少し緩んでいるように見られた。
「教育官」「――は、ハイッ!!」
そして次の瞬間、低く力のこもった声に思わず、胸の前に左手で右拳を包み込む敬礼をしていた。
「古今東西、祭典にまつわる文献をあたり、チャンドラ様にご教示せよ。最優先で構わん」
「は、はい……っと、祭典、ですか?」
「おお! シャーリーも祭典を知らなかったのか? いいか、祭典とはな、人がたくさん集まって、わーっとやって、綺麗でにぎやかで、お金もたくさん集まるものなのじゃ! 異国語では羽阿手居(ぱあてぃ)とか、婦絵洲(ふぇす)とか言うのじゃぞ!」
「は、はい?」
シャーリーは怪訝な顔をして、失礼とは思いながらサーンキヤの方を見る。
サーンキヤは咳ばらいを一つ。
「教育官。他者に新しい物事を教えるというのは非常に難儀なことである」
「え? ええ、まぁ、恐れ入りますが、それがゆえに我々教育官という役職があると認識しております」
「うむ。では、任せたぞ」
そう言い残し、サーンキヤは、回廊の端へと消えていった。
ええと、その、つまり、チャンドラ様に祭典についてお教えすればよいのだろうか?
「シャーリー、いいか、力とは、腕っぷしだけじゃないのだ。人の心の、しちゅう……を作るというのも大きな大切な力なのじゃぞ!」
まぁ、何だかよく分からないが、チャンドラ様が元気になってくれたみたいだから、よいことにしよう。
シャーリーはあまり深くは考えず、チャンドラと一緒に書庫に向かうことにしたのだった。
しかしそんな見た目とは裏腹に、教育官シャーリーは、さほど広くない控室の中を既に何周したか分からないほど、焦りと不安で穏やかではなかった。
朝食後、歴史の座学が始まるや否や、「叔父上に話すことがある」と突然立ち上がったのは、主であり、教え子であるチャンドラ・バラクゲシオ・バラシオン13世。シャーリーが止める間もなく従士に命じ、法務監察官上長サーンキヤを謁見の間に呼び寄せた。
息つく間も無いほど忙しいであろうサーンキヤ上長は、突然の招集によって、遠目に見るシャーリーからも、機嫌は氷点下を割っているようだった。
齢は三十半ばと噂聞くが、その顔つきは未だ精悍で、決して大柄ではないが、引き締まったその肢体からは若い力が漲っている。男性に対しては不適切のようだが、美しい彫刻を思わせる芸術を感じさせた。
立ち振る舞いは公明正大。浮ついた話もついぞ聞いたことがない。更に、芯が通った低音により紡がれるその声は、誰に対しても忌憚ない言葉となって飛び出していく。
シャーリーは、そのサーンキヤに憧れを抱いていたが、同時に恐ろしくもあった。
本来座学の時間であるにも関わらず、チャンドラを止められず、このような事態になってしまったことに、正直なところ、貧血など起こして倒れてしまいたかった。
いや実際問題、「世界を滅ぼそうと思ってる」と口火を切ったチャンドラによって、シャーリーはへなへなと力なくその場に座り込むこととなった。
それが気付くと、どうにもおかしなことになっている。
シャーリーの予想通り、冷たく不機嫌を露わにしていたサーンキヤ上長であったが、次第にその声には温かみが帯びていった。
ついには、「領主様と二人で話しをする」とのことで、サーンキヤ上長の副官と共に、謁見の間の外に出されてしまった。
重厚な扉は、その存在を主張するかのような重苦しい音を響かせ閉まった。
女性一人では開けるのも難しいほどの扉は、有事の際逃げ出すのに甚だ不適切のようであるが、他国の使者を招いた外交にも使用されるため、敢えて荘厳な印象を醸すように造られている。それにそもそも、謁見の間に踏み込まれるような事態に陥った時点で、国の命運は尽きたような状況であろう。
そんな大げさに重い扉を、サーンキヤ副官のフライアは、一人で簡単に開け放った。
シャーリーは、この女傑のことを苦手であった。何か理由があるわけではない。強いて言えば、できすぎていることだ。
柳眉と整った小顔。女性にしては短く無造作に切り揃えられた髪は、むしろ鋭く切れ長な眦に良く似合っている。胸や肘など要所に身に着けられた甲冑により、法務官に合わない武官タイプかと思いきや、頭も相当に切れるときく。
シャーリー自身、若くして教育官という役職に就けたことを誇りに思っていたが、歳も近く同性で、容姿も力も、そして唯一の特技である学士としての能力すら脅かす存在が、身近にいるというのは……、どうにも良い気分にはなれなかった。
「チャンドラ様も、サーンキヤ様も、いったいどうしちゃったのでしょうか……」
そんなシャーリーであったが、今日は特別、不安か、焦りからか、思いがけず自分からフライアに声をかけていた。
「わかりかねます。ただ、チャンドラ様にも、何かお考えがあるように見受けられました」
フライアの方は、話しかけられたことで歩みを止めるが、特に気にした様子もなく答えた。
「え、……えっと、そ、そうですよね! まさか単なる思い付きでこんな大それたこと、やらかしませんよねッ!」
そのまさか本当に単なる思い付きであったのだが、それよりも、フライアが思いのほか真面目に相手をしてくれたことに、シャーリーは驚いていた。
表情を変えず、冷静を顔に張り付けたようなフライアのことを、しばしシャーリーは見詰めていた。これまで、あいさつ程度のやりとりこそあれ、まともに会話をしたのはこれが初めてかもしれない。
実際、自分が避けていただけで、本当はもっと仲良くなれていたのかもしれない。
ああ、きれいな顔だなぁ……。羨ましいなぁ。これで強くて頭も良くて、それでいて性格もいいなんて、ほんと、やんなっちゃうなぁ……。
「ではシャーリー。私はサーンキヤ様からの任があるため、これで失礼する」
「あ、う、うん! 頑張ってね!」
妄想モードに入り込んでいたが、フライアの言葉で現実に戻ってくる。一人残されたシャーリーは、控室においてチャンドラを待つことにした。
控室の中を周り続け、そろそろ目が回り始めたころ、再び、重苦しい扉が開く音が聞こえた。
よほどのことがない限り、会議中の謁見の間に、扉の前に立つ衛兵が他の人を入れることは無い。チャンドラとサーンキヤの話しが終わったのだ。
シャーリーは控室をすぐさま飛び出した。
鏡のように磨かれた廊下へと、威風たる壮年の男と、その半分にも満たない背丈の少女が歩み出てきた。
「チャンドラ様! サーンキヤ様! お、お話しは終わられたのですか?」
「おおシャーリー、待たせたな。座学も途中で、すまなかったな」
何故か今日の朝からの、幾ばくか違和感を覚える話し方はそのままであったが、今朝の思い詰めたような表情は少し緩んでいるように見られた。
「教育官」「――は、ハイッ!!」
そして次の瞬間、低く力のこもった声に思わず、胸の前に左手で右拳を包み込む敬礼をしていた。
「古今東西、祭典にまつわる文献をあたり、チャンドラ様にご教示せよ。最優先で構わん」
「は、はい……っと、祭典、ですか?」
「おお! シャーリーも祭典を知らなかったのか? いいか、祭典とはな、人がたくさん集まって、わーっとやって、綺麗でにぎやかで、お金もたくさん集まるものなのじゃ! 異国語では羽阿手居(ぱあてぃ)とか、婦絵洲(ふぇす)とか言うのじゃぞ!」
「は、はい?」
シャーリーは怪訝な顔をして、失礼とは思いながらサーンキヤの方を見る。
サーンキヤは咳ばらいを一つ。
「教育官。他者に新しい物事を教えるというのは非常に難儀なことである」
「え? ええ、まぁ、恐れ入りますが、それがゆえに我々教育官という役職があると認識しております」
「うむ。では、任せたぞ」
そう言い残し、サーンキヤは、回廊の端へと消えていった。
ええと、その、つまり、チャンドラ様に祭典についてお教えすればよいのだろうか?
「シャーリー、いいか、力とは、腕っぷしだけじゃないのだ。人の心の、しちゅう……を作るというのも大きな大切な力なのじゃぞ!」
まぁ、何だかよく分からないが、チャンドラ様が元気になってくれたみたいだから、よいことにしよう。
シャーリーはあまり深くは考えず、チャンドラと一緒に書庫に向かうことにしたのだった。
後書き
作者:遠藤敬之 |
投稿日:2016/11/25 00:36 更新日:2016/11/25 00:43 『少女領主と官吏の憂鬱』の著作権は、すべて作者 遠藤敬之様に属します。 |
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