作品ID:1912
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大樟家の人達
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
年の暮れ
前の話 | 目次 |
私は、この家が嫌いだ。
毎年毎年、何故こんな田舎の辺境まで来なくてはならないのか、大人に成るにつれて私は気付き始めてしまった。
こんな自分が、私は嫌いだ。
クリスマスという、私には縁の無いイベントが終わりを告げると街の雰囲気はがらりと変わり、門松や鏡餅等、お正月を迎える準備に入っていく。こんなに頻繁に移り変わっていく街に、嫌気すらも覚えていた。どうしてこうも、私は否定的なのだろう。
後何日か過ぎたら、又してもあの家に行かなければならないのか。そう思うだけで、溜め息が出る。その溜め息は、目に見える白い色をしていた。
12月30日、私は今年の夏にも来たこの無駄にでかい家に着いた。無論、自分一人で来た訳ではない。車の免許を取れる年齢ではない私は、半ば無理矢理親の運転する車に乗せられ、ここに来たのだ。いつ見ても、何も無いところである。
「お母さん、帰ったわよ」
母親が玄関を開ける、それに続いて父、遥香(はるか)、明希(あき)、そして私の順番に入っていく。相変わらず父は、この家に来る度に怯えている。この年になって分かってきたことだが、父はこの家族に飲まれてしまうのだ。それも仕方がない。父は、大樟(おこのぎ)家の人ではないのだから。
父は、祖母に挨拶を済ますと、奥の部屋にある仏壇に向かった。私たち三人も、父と同じ行動をする。
線香が四本あがった仏壇に、四人で手を合わせる。
少しすると、色々な家族が集合してきた。こうなると、この家は、私にとっては居心地の悪いものになってくる。
毎年見る親戚の顔を、つまらない顔しながら見つめる。大樟家の伯父と父が挨拶を交わしている。どうしても、父は腰が低くなる。
昔は少しだけ、ここが好きだった。ここと言っても、この家じゃない。家の周りの自然だ。
三家の従兄弟同士、毎年外に出ては、川に行ったり、山に行ったりしていた。ほんの数年前の記憶なのに、どうも遠い昔に思えて仕方ない。
だけど、今思えば、そんなに外で遊ぶことはあの頃から好きではなかった。付き合わされているという感覚があった。
どうして、私は素直になれないだろう。
皆が車から荷物を下ろしている。その中に明希の姿も見える。遥香は、菊川家のお嬢さんとお喋りをしている。どうして私だけ、この家に溶け込めないんだろうか。私が何かをしたのだろうか。いや、恐らく何もしてないからこそ、なのかもしれない。どうしても、ここの大人たちの雰囲気が好きになれない。どうして、そんなにどうでもいい事を長々と話せるの。他に話す事は無いの。年に二回もあってるんだから、別にいいじゃない。教えて、何が楽しいの。
私は気付くと、マフラーとコートを着て、玄関を出ていた。
寒い。それもそうだ。私は昔よく遊んだ河原にまで来ていた。
ここが好きという訳でもないのに、自然とここに来ていた。けれども、ここにはもう一人、先客がいた。
「何をしてるの、純君」
私の声によほど驚いたのか、彼の背中は面白い位に反応した。
「何だ、比奈(ひな)姉か…。びっくりさせないでよ」
何処か期待を込めた顔でこちらに向き直ったのに、私の顔を見るなり、失望にも似た顔になった。理由くらい分かる。
「まだ探してるの、れいかちゃんって子」
ばつの悪い顔をしながら、彼は口を開いた。
「比奈姉には言ってたっけ。そうだよ。もしかしたら、あの子が又ここに、来てるんじゃないかと思ってね」
「でも、もう来ないって言ったんでしょ」
私は、この従兄弟である純平から、不思議な話を聞いていた。
私たちが小学生位の頃、いつもは見ない同い年位の女の子を、この田舎の辺境で見たというのだ。私は何度も彼に確認している。夢なんじゃないのかと。けれども、彼は頑なに、あれは現実だと言う。しかし、いくら彼が熱弁したところで、見たこと無いものを、信じる気にはなれなかった。
「あれ以来、一度もここに来てないんだ。どうして、来てくれないのかな」
はっきり言って、私にはどうでもよかった。何せ、私には関係の無い話なのだから。
「探すのはいいけど、ちゃんと夜には帰ってきてね」
私は彼にそう告げると、興が覚めたのか、家に戻ることにした。
彼の探している女の子が、後でこの家族に波紋を呼ぶ事を私はまだ知らなかった。
翌日の夜になると、ほぼ全員が集合していた。祖父の兄弟の親戚までもが、ここの家に集う。その為、物凄い数の人が一つの広間に集まるものだから、さながら旅館の宴会会場である。
私はこれが嫌いなのだ。
親戚に軽い挨拶をしながら、私はさっさと食事を済ませて、別室に移った。そこには、炬燵もあれば、テレビもある。基本的には誰も使わない部屋なので静かに過ごせる。
けれど、私の束の間の一人は、部屋の扉が開く音で打ち消された。
「あれっ、比奈ちゃんもこっちに来てたの?」
「あ…、紳(しん)叔父さん。紳叔父さんもこっちに来ちゃったんですか」
「まあね、俺酒飲めないし、大樹(たいき)たちの雰囲気についていけなくなるからさ」
そう笑いなが言うと、私の入っている炬燵に入ってきた。
「温けえな。比奈ちゃん、みかん食う」
「あ、貰います」
言われるがままに、私は炬燵の上のみかんを咀嚼した。
紳叔父さんは、母の従兄弟にあたる親戚である。そのわりには、三十代前半というかなり若い男の人である。若さを持ちながらも、しっかりと大人びていてなかなかに魅力的な人だ。
「比奈ちゃんも、もう中学生だっけ」
「高校生です。そろそろ覚えて下さいよ。去年も言いましたよ」
「あれ、そうだっけ。俺、夏は来れないからさ、忘れちゃうんだよね」
みかんを片手に、笑いながら言っている。その顔は、子供みたいで、もし私にお兄ちゃんがいたらこんな人だったのかなと、そう思えるほどだった。
「そうか、高校生か…。じゃあ、もうお年玉はいらないか」
「それは、ずるいです」
「はは、ごめんごめん。ちゃんと用意してあるから」
「当然です」
「はは、可愛いげがないな。そうだ、比奈ちゃんはもう彼氏とかいるの」
「何でそういう話になるですか。てか、いないです」
「ふーん、そうなんだ。勿体無いな」
そう言った叔父さんの表情に、どきりとした。さっきまでお兄ちゃんであったのに、突然男の人になった、そんな気がしたのだ。
「でも、比奈ちゃんなら直ぐ見つかるんじゃない。だって、俺から見ても素敵な女の子だもんね」
叔父さんは、既にお兄ちゃんに戻っていた。さっきの表情は何だったのだろう。
年が開けると、一層人が増えた。昨日来れなかった親戚の人が朝になって到着したのだ。家は更に賑やかになっていく。
私はこの日ばかりは、色んな人に挨拶をする。中には名前も知らない人もいるが、お年玉という報酬には、そんなことはどうでもいい。
「はい、比奈ちゃん。しかし、美人になったね。蕾(つぼみ)はそんなでもないのに…」
「何だって」
兄妹の会話を愛想笑いで受け流す。
「それはそうと、比奈ちゃん。うちの馬鹿息子と最近会った」
馬鹿息子とは、兄弟の兄の事だろう。昔からやらかしてくれる子であった。
「いや、最近は全く見てないですね。そう言えば、今日も来てませんけど、どうかしたんですか」
「いやいや、大したことじゃないよ。気にしなくて大丈夫」
そんな事を言ってるにも関わらず、伯父さんの顔は不安げであった。
一通り貰った後で、私は昨日の部屋に逃げ込んだ。そう言えば、紳叔父さんから貰っていない。まさか、逃げたか。そう思ったが、そう言う事をしでかせる人ではないと分かっていた。
「うわ、遂にばれたか」
叔父さんは既に、炬燵で暖をとっていた。いったい、いつからこの部屋にいるんだ。
「はい、約束通りお年玉。他の人に比べれば、少ないけどね」
金額よりも、この年になってまだ貰えることが、純粋に嬉しかった。確かに、金額は他よりは劣っていた。
「じゃ、俺は用も済んだし帰るとするか」
突然そんな事を言って、炬燵から出ようとした。
「えっ、もう帰っちゃうんですか。他の人は三日までいるのに」
「うーん、仕事とかあるし。俺、別に独り身だし自由に生きたいじゃん」
そう言うと、叔父さんは炬燵から完全に出てしまった。
「そうだ、比奈ちゃん」
突然名前を呼ばれて、私はきょとんとしてしまった。
「建(けん)の奴の話、何か聞いた」
建とは、確か純平のお父さんだ。
「いや、何も…」
いきなり何の話をするんだろうと思ったが、
「そっか、ならいいや。じゃあね比奈ちゃん。また来年」
そう言うと、伯父さんは突然私に口付けをしてきた。とても甘い唇だった。
その後、黙って笑うと部屋を出ていった。
私は、この家が嫌いだ。
けれども、毎年こうして親の車に同席して、田舎の辺境にある祖父の家に訪れている。
毎年毎年、何故こんな田舎の辺境まで来なくてはならないのか、大人に成るにつれて私は気付き始めてしまった。
こんな自分が、私は嫌いだ。
クリスマスという、私には縁の無いイベントが終わりを告げると街の雰囲気はがらりと変わり、門松や鏡餅等、お正月を迎える準備に入っていく。こんなに頻繁に移り変わっていく街に、嫌気すらも覚えていた。どうしてこうも、私は否定的なのだろう。
後何日か過ぎたら、又してもあの家に行かなければならないのか。そう思うだけで、溜め息が出る。その溜め息は、目に見える白い色をしていた。
12月30日、私は今年の夏にも来たこの無駄にでかい家に着いた。無論、自分一人で来た訳ではない。車の免許を取れる年齢ではない私は、半ば無理矢理親の運転する車に乗せられ、ここに来たのだ。いつ見ても、何も無いところである。
「お母さん、帰ったわよ」
母親が玄関を開ける、それに続いて父、遥香(はるか)、明希(あき)、そして私の順番に入っていく。相変わらず父は、この家に来る度に怯えている。この年になって分かってきたことだが、父はこの家族に飲まれてしまうのだ。それも仕方がない。父は、大樟(おこのぎ)家の人ではないのだから。
父は、祖母に挨拶を済ますと、奥の部屋にある仏壇に向かった。私たち三人も、父と同じ行動をする。
線香が四本あがった仏壇に、四人で手を合わせる。
少しすると、色々な家族が集合してきた。こうなると、この家は、私にとっては居心地の悪いものになってくる。
毎年見る親戚の顔を、つまらない顔しながら見つめる。大樟家の伯父と父が挨拶を交わしている。どうしても、父は腰が低くなる。
昔は少しだけ、ここが好きだった。ここと言っても、この家じゃない。家の周りの自然だ。
三家の従兄弟同士、毎年外に出ては、川に行ったり、山に行ったりしていた。ほんの数年前の記憶なのに、どうも遠い昔に思えて仕方ない。
だけど、今思えば、そんなに外で遊ぶことはあの頃から好きではなかった。付き合わされているという感覚があった。
どうして、私は素直になれないだろう。
皆が車から荷物を下ろしている。その中に明希の姿も見える。遥香は、菊川家のお嬢さんとお喋りをしている。どうして私だけ、この家に溶け込めないんだろうか。私が何かをしたのだろうか。いや、恐らく何もしてないからこそ、なのかもしれない。どうしても、ここの大人たちの雰囲気が好きになれない。どうして、そんなにどうでもいい事を長々と話せるの。他に話す事は無いの。年に二回もあってるんだから、別にいいじゃない。教えて、何が楽しいの。
私は気付くと、マフラーとコートを着て、玄関を出ていた。
寒い。それもそうだ。私は昔よく遊んだ河原にまで来ていた。
ここが好きという訳でもないのに、自然とここに来ていた。けれども、ここにはもう一人、先客がいた。
「何をしてるの、純君」
私の声によほど驚いたのか、彼の背中は面白い位に反応した。
「何だ、比奈(ひな)姉か…。びっくりさせないでよ」
何処か期待を込めた顔でこちらに向き直ったのに、私の顔を見るなり、失望にも似た顔になった。理由くらい分かる。
「まだ探してるの、れいかちゃんって子」
ばつの悪い顔をしながら、彼は口を開いた。
「比奈姉には言ってたっけ。そうだよ。もしかしたら、あの子が又ここに、来てるんじゃないかと思ってね」
「でも、もう来ないって言ったんでしょ」
私は、この従兄弟である純平から、不思議な話を聞いていた。
私たちが小学生位の頃、いつもは見ない同い年位の女の子を、この田舎の辺境で見たというのだ。私は何度も彼に確認している。夢なんじゃないのかと。けれども、彼は頑なに、あれは現実だと言う。しかし、いくら彼が熱弁したところで、見たこと無いものを、信じる気にはなれなかった。
「あれ以来、一度もここに来てないんだ。どうして、来てくれないのかな」
はっきり言って、私にはどうでもよかった。何せ、私には関係の無い話なのだから。
「探すのはいいけど、ちゃんと夜には帰ってきてね」
私は彼にそう告げると、興が覚めたのか、家に戻ることにした。
彼の探している女の子が、後でこの家族に波紋を呼ぶ事を私はまだ知らなかった。
翌日の夜になると、ほぼ全員が集合していた。祖父の兄弟の親戚までもが、ここの家に集う。その為、物凄い数の人が一つの広間に集まるものだから、さながら旅館の宴会会場である。
私はこれが嫌いなのだ。
親戚に軽い挨拶をしながら、私はさっさと食事を済ませて、別室に移った。そこには、炬燵もあれば、テレビもある。基本的には誰も使わない部屋なので静かに過ごせる。
けれど、私の束の間の一人は、部屋の扉が開く音で打ち消された。
「あれっ、比奈ちゃんもこっちに来てたの?」
「あ…、紳(しん)叔父さん。紳叔父さんもこっちに来ちゃったんですか」
「まあね、俺酒飲めないし、大樹(たいき)たちの雰囲気についていけなくなるからさ」
そう笑いなが言うと、私の入っている炬燵に入ってきた。
「温けえな。比奈ちゃん、みかん食う」
「あ、貰います」
言われるがままに、私は炬燵の上のみかんを咀嚼した。
紳叔父さんは、母の従兄弟にあたる親戚である。そのわりには、三十代前半というかなり若い男の人である。若さを持ちながらも、しっかりと大人びていてなかなかに魅力的な人だ。
「比奈ちゃんも、もう中学生だっけ」
「高校生です。そろそろ覚えて下さいよ。去年も言いましたよ」
「あれ、そうだっけ。俺、夏は来れないからさ、忘れちゃうんだよね」
みかんを片手に、笑いながら言っている。その顔は、子供みたいで、もし私にお兄ちゃんがいたらこんな人だったのかなと、そう思えるほどだった。
「そうか、高校生か…。じゃあ、もうお年玉はいらないか」
「それは、ずるいです」
「はは、ごめんごめん。ちゃんと用意してあるから」
「当然です」
「はは、可愛いげがないな。そうだ、比奈ちゃんはもう彼氏とかいるの」
「何でそういう話になるですか。てか、いないです」
「ふーん、そうなんだ。勿体無いな」
そう言った叔父さんの表情に、どきりとした。さっきまでお兄ちゃんであったのに、突然男の人になった、そんな気がしたのだ。
「でも、比奈ちゃんなら直ぐ見つかるんじゃない。だって、俺から見ても素敵な女の子だもんね」
叔父さんは、既にお兄ちゃんに戻っていた。さっきの表情は何だったのだろう。
年が開けると、一層人が増えた。昨日来れなかった親戚の人が朝になって到着したのだ。家は更に賑やかになっていく。
私はこの日ばかりは、色んな人に挨拶をする。中には名前も知らない人もいるが、お年玉という報酬には、そんなことはどうでもいい。
「はい、比奈ちゃん。しかし、美人になったね。蕾(つぼみ)はそんなでもないのに…」
「何だって」
兄妹の会話を愛想笑いで受け流す。
「それはそうと、比奈ちゃん。うちの馬鹿息子と最近会った」
馬鹿息子とは、兄弟の兄の事だろう。昔からやらかしてくれる子であった。
「いや、最近は全く見てないですね。そう言えば、今日も来てませんけど、どうかしたんですか」
「いやいや、大したことじゃないよ。気にしなくて大丈夫」
そんな事を言ってるにも関わらず、伯父さんの顔は不安げであった。
一通り貰った後で、私は昨日の部屋に逃げ込んだ。そう言えば、紳叔父さんから貰っていない。まさか、逃げたか。そう思ったが、そう言う事をしでかせる人ではないと分かっていた。
「うわ、遂にばれたか」
叔父さんは既に、炬燵で暖をとっていた。いったい、いつからこの部屋にいるんだ。
「はい、約束通りお年玉。他の人に比べれば、少ないけどね」
金額よりも、この年になってまだ貰えることが、純粋に嬉しかった。確かに、金額は他よりは劣っていた。
「じゃ、俺は用も済んだし帰るとするか」
突然そんな事を言って、炬燵から出ようとした。
「えっ、もう帰っちゃうんですか。他の人は三日までいるのに」
「うーん、仕事とかあるし。俺、別に独り身だし自由に生きたいじゃん」
そう言うと、叔父さんは炬燵から完全に出てしまった。
「そうだ、比奈ちゃん」
突然名前を呼ばれて、私はきょとんとしてしまった。
「建(けん)の奴の話、何か聞いた」
建とは、確か純平のお父さんだ。
「いや、何も…」
いきなり何の話をするんだろうと思ったが、
「そっか、ならいいや。じゃあね比奈ちゃん。また来年」
そう言うと、伯父さんは突然私に口付けをしてきた。とても甘い唇だった。
その後、黙って笑うと部屋を出ていった。
私は、この家が嫌いだ。
けれども、毎年こうして親の車に同席して、田舎の辺境にある祖父の家に訪れている。
後書き
作者:さち |
投稿日:2017/01/17 01:20 更新日:2017/01/17 01:20 『大樟家の人達』の著作権は、すべて作者 さち様に属します。 |
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