作品ID:197
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ラグナロク
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
《旅への誘い》 ―2―
前の話 | 目次 |
イース王女から厳命を受けて六日。
馬車での三日間連続長距離移動という、普通の人間ならそろそろ振動や雑音のせいで疲労がピークに達しているであろう状況の中、普段から彼女のおかげで旅慣れしている俺とシリアはさほど苦もなく移動日程最終日を迎えていた。
「アー君ってさ」
「ん?」
背嚢を枕代わりにして馬車の荷台に寝そべっていると、しばらく外の景色を眺めていたシリアが不意に声をかけてきた。
「なんだよ」
「髪、そろそろ切らないの? もう大分長くなってるよね」
「髪?」
言われて、日を浴びて荒れた黒い前髪を軽く摘み上げる。
たしかに、男にしてはだいぶ長いかもしれない。後ろ髪なんて、もう肩にとどく長さになっているくらいだ。
はて、最後に散髪したのはいったいどれくらい前のことだったろうか。もう思い出せないほど昔なのはたしかだが。
「別に似合ってるから、文句言うつもりはないんだけどね。でも、そんなに長いんだったら切っちゃえばいいんじゃない? 正直、邪魔でしょ?」
「まあ、長いのは認めるけどよ」
俺にはあまり堂々と外を出歩けない事情がある。それをシリアも判ってるはずなんだが。
・・・・・・自分で言うのもなんだが、どうして俺は「外を堂々と出歩けない」などとほざきながら探偵なんて人と関わる商売をしているのだろうか。いや、無論それには深?い事情があるのだけど。
「たしかにアー君があんまり外を出歩きたくないのは判るけど、邪魔なものはない方がいざって時にいいと思わない? 少なくとも、邪魔にはならないわけだし」
「その内検討してやるよ。別に邪魔だと思ったこともないしな」
「短いのも似合うと思うんだけどな?。それに、街中で不審者みたいに思われることも少なくなると思うよ?」
「ホントにあれは困るよな・・・・・・。お前を連れて歩いても声かけられるし」
自慢じゃないが、俺は商店街に行こうと家から出て数十歩で警察に職務質問されたことがある。しかも、それなりの回数を。
どうやらシリアは、その理由を俺の髪型のせいだと踏んでいるらしい。
「そう言えばさ、一回だけ警察官の人に『この子とはどういったご関係ですか? ご兄妹?』って訊かれたことあったよね? あれって私が誘拐された子だとでも思ったのかな?」
「かもな。単純に俺をロリコンと勘違いしやがった可能性も無きにしも非ずだが」
何気なく言ったこの言葉に、何故かシリアは黙り込むと、
「・・・・・・・・・違う、よね?」
「なんで疑問系なんだよ! 違うに決まってるだろ! そこで悩むな!」
「いや、それこそアー君がロリコンである可能性も無きにしも非ずかな、って・・・・・・」
「どうしてそうなる、どうして! ありえるわけねぇだろうが、そんな可能性!」
「ホントに??」
「なんで半眼なんだよお前! 少しは俺を信用しろって言っただろうが!」
下らないことを言い合いながら、ふと辺りを見回す。馬車と擦れ違う人々の数が半刻ほど前に比べてかなり増えてきた。そろそろ目的地が近づいてきたらしい。
「にしても、まさか王都から三日もかかる東の街にわざわざ出向くことになるなんてな。今までは王都周辺の街に遣わされてたぐらいだったのに」
王都とはその名の通り王族の住まう居城を中心に発展している都市のことで、この国の首都だ。ちなみに俺達の家はその王都の郊外から更に少し外れた、都会のはずなのに田舎っぽい、静かな街の一角にある。
「たしかに、ちょっと遠いよね。でも、観光にやってきたとでも思えばいいんじゃない? 王都の方じゃなかなか見れないものがあると思うけど」
「どうせ暮らしてるのは同じ人間さ。目に見える物がそんなに変わるわけじゃねえよ」
そこで、シリアは俺に向かって呆れたように溜息を吐く。
「アー君って変なところで枯れてるよね・・・・・・。まだ若い男としてどうなの? 今年でいくつになるんだっけ?」
「・・・・・・二十歳だ」
「え、何、今の間? まさか、咄嗟に自分の歳がでてこなかったんじゃ――」
「お、街が近い証拠だな。街道が綺麗に整備されてるぞ」
「それは随分と前からだよ! しかも、さっき同じこと言ってたよね! まさか本格的にボケ始めてる!?」
シリアのツッコミを無視して、俺は再び背嚢を枕にして荷台に横になる。
初春の風は暖かく、心地よい。毛布を出さなくても全く問題はなさそうだ。そう判断し、街に到着するまでの貴重な時間は惰眠を貪ることに決める。
だが眠りに堕ちるまであと数秒、と言ったところでシリアが「ねぇ、アー君」と外套の袖を引っ張ってきた。思わず心中で舌打ちをしながら、顔だけ動かしてそちらを見やる。
「なんだ?」
「ごめんね、寝ようとしてる最中に。でも、アレ」
シリアが馬車の進行方向を指差す。寝転がったままでは何を指しているのか判らないので、俺はゆっくりと半身を起こしてそちらに目を向けた。
「げっ」
そして、顔をしかめる。
「どうする? 隠れられる場所ないけど。あ、荷台の底に張り付く?」
「アホ言ってんじゃねえ、この緊急事態に。ったく・・・・・・どうしてあの王女様はもっと気を回してくれないんだ?」
「アー君が言ってた通り、独断で動いてるからでしょ」
「・・・・・・それを言ったらお終いなんだけどな」
やるせなくシリアに言葉を返しながら、俺は人差指と中指を揃えて素早く振るう。
『古より受け継がれし世の理よ、我が意に従え』
詠唱と同時に俺の周囲にソウルの光が集まってきたことを確認して、更にもう一振り。
「我が姿を隠せ!」
小さく叫ぶのと同時に、パッと太陽のそれとは違う光が周囲を照らす。一拍遅れて、視線の先で検問を行っていた彼等もこちらに気が付いたようだった。
「そこの馬車、止まれ」
幾人かの中から、三人がこちらに小走りに寄ってくる。
イース王女様が遣わしてくれた馬車の操者は、彼女から『俺達のことは気にするな』とでも言われているのか、何の躊躇も無く馬の歩みを止めさせた。
「なんでしょうか?」
「荷台を見せてもらうぞ」
操者の問い掛けにつれなく返すと、下級術師の証である白い法衣を纏った大柄の男一人が、こちらに回り込んでくる。
「・・・・・・・・・・・・」
彼はしばらくじっと俺達のことを凝視すると、やがて操者の所へと戻り、
「荷物は少女一人に背嚢二つ、これだけか?」
と言った。
その言葉に、俺は爆笑しそうになるのを腹に手を当てて必死に堪える。シリアも笑いを堪えきれないようで、クスクス笑いながら口元に手を当てていた。
――流石は世界を統べる『教会』様だな。ずいぶんと寛容でいらっしゃる。
『教会』
それは、もはや一つの国・・・・・・いや、世界そのものとでも言うべき組織の俗称だ。
本当は別に名前があるらしいのだが、彼等の行動が傍から見て宗教然としているせいで、いつの間にかこちらの呼び名が定着してしまっていた。
ちなみにその行動と言うのは、ソウルの業を『天が人に与えし大いなる力である』云々と謳い、世界で最も初めに業の存在を発見した賢者共々それを深く敬い、世間に広く布教するというものだ。
初めは誰にも受け入れられない、小さな集まりだったらしいのだが、時代の流れと共にソウルの業の有用性が認められていったことで、組織は徐々に信者の数を伸ばしていき、挙句の果てには術を自在に行使することで強力な力を持った軍隊まで保有するようになった。
それに伴って世界への影響力も強くなっていき、今やその指導者的役割を担っている。これに賛同していないのはマジェンタ王国などの中立国や、一部の強国ぐらいなものだ。
――にしても、わざわざ仲の悪い中立国まで出張ってるのは、どういうことだ?
俺は男に気付かれないようにそっと息をついて、思考を巡らせる。
恐らく彼等の狙いは最近噂の化け物を調査すること。
つまり、検問を布いて犯人と思しき不審者や協力者らしき者を片端からひっ捕らえることなのだろうが、わざわざ?教会?がこんな所にきてまでするものとは思えない。
それこそ、問題の解決なんてこの国に一任するのが普通だろう。
――もしかして、王女が独断で動いてるのもこれに関係してるのか?
だとするならば、王家の介入を抑えてまで彼等は一体何をしようとしているのか。
――厄介なことにならなきゃいいが。
「よし、行っていいぞ」
操者と二、三応答した法衣の男は、さして偉くもないだろうに高圧的な様子で顎をしゃくる。
すれ違いざまに彼はこちらを熱心に見つめていたが、結局俺を見つけることはできなかったようだった。
「――あの馬車はどうだった?」
少女一人に背嚢二つを乗せた馬車を見送った青年は、背後からの問い掛けに「異常在りませんでした」と答えながらそちらに体を向けた。
「ふむ・・・・・・」
視線の先では、同年代の男連中の中でも一番背が高いと言われている彼よりも頭一つ分高い初老の男が小さく唸りながら顎に手を当てている。
彼の名はライヒス・フェルスト。豪腕の二つ名を持ち、『教会』内では幹部の地位を授かっている者だった。
「やはり、こうも見え透いた罠にはかからんか。簡単に捕まるとも思っていないが」
一人でブツブツと呟いているライヒスに向かって、この任務を言い渡された時からずっと懸念に思っていたことを青年は思いきって口に出してみる。
「・・・・・・我々にヤツを見つけ出すことが出来るのでしょうか? 術を使い、我々の目を欺くことも考えられます」
「いや、それはない」
だが、ライヒスはなんの根拠があってか彼の意見をきっぱりと否定して、癖なのか再び顎に手を当てる。
「ですが、奴は魔導書の一冊を所持しているのでしょう? 賢者が記したとされるあの宝具に、いかなる術が書いてあるか判りません」
「確かにそうだ。だが、お前はソウルの業の本質を忘れてはいないか?」
年老いても衰えない鋭い眼光を向けられて、青年は咄嗟に返事をすることが出来なかった。それを意に介さず、ライヒスは言葉を続ける。
「ソウルの業は人を傷つけ、騙し、見下すための力ではない。人を癒し、正し、繁栄させるための術だ。ゆえに、人の目を欺く術やそれに準ずる術などは存在しない」
言われて、青年は納得した。ソウルの業は御伽噺に出てくるような魔法とは全くの別物なのだ。そう都合よく、状況にあった術があるはずもない。
――でも、本当に?
青年の心に、一抹の不安がよぎる。
――確かに、今我々が確認している限りはそうかもしれない。でも、ならばどうしてそういった術について記されているはずの魔導書にあのような不吉な名前がついているのだ?
彼の不安にも気付かずに、ライヒスはオーベルトの街を見据えた。
「・・・・・・絶対に逃がしはせん。人類の汚点は我等が拭う」
昔々、あまりにもひ弱な人間は強くなろうと思いました。強欲な彼等は、力をつけることで世界を統べようと思ったのです。
彼等は道具を作りました。殺しが楽になりました。
彼等は火を使うようになりました。もっと殺しが楽になりました。
彼等は馬を調教しました。素早く殺せるようになりました。
こうして、人は人を統べる力をつけました。
しかし、まだ足りません。
彼等が望むのは、世界を統べる力なのですから。
皆がそのことに頭を悩ませている中、とある賢者は気付きました。
万物の内に流れる力の存在に。
それは、自分達の望む力を授けてくれることに。
ところが、誰も彼の言うことを信じてはくれません。愚かな人々は、目に見えない力以外を信用してはいなかったのです。
気の触れた者として扱われ大陸から追放された彼は、そこで考えました。
自らの知る知識を後世に残そうと。いずれ自分と同じく世界の真理に気付くであろう者の手助けをしようと。
彼はその未知の力の源を、人が持つ『魂』と同義と考え『ソウル』と名づけました。
そして、その『ソウル』を使い世の理を曲げる術を『ソウルの業』と呼ぶことに決めました。
体系化されたそれらを記した本は、やがて『古の魔導書』と呼ばれる人類至高の宝具と扱われるようになります。
ですが無知な先人達の行いにより、数多あるそれらの書はいずれもようとして行方が知れなくなってしまったのです。
『先人の足跡第一巻 序章』
後書き
作者:綺羅 |
投稿日:2010/05/04 21:21 更新日:2010/05/04 21:23 『ラグナロク』の著作権は、すべて作者 綺羅様に属します。 |
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