作品ID:290
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「アルバイト軍師!」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(263)・読中(0)・読止(2)・一般PV数(811)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
アルバイト軍師!
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第九話 信とは人の価値の一つである……と思います
前の話 | 目次 |
第九話 信とは人の価値の一つである……と思います
「え? 見つかった?」
悠斗の元に新たな日本人が見つかったという報告が唐突に届いたのは、シンヴェリルに帰還してから丁度一週間後であった。
ちょうどその時、悠斗は北方に関する情報の整理を行っている最中であった。そして、報告を届けたのはヒエンである。
「ああ、つい先程屋敷を訪ねてきた。お前の名前を知って保護を求めて来たそうだぞ」
「俺の名前を? どうやって……」
「ノートリアムの撤退戦。エーベルン国中に広まっているのを知らないのか?」
「え? そんなに広まっているの?」
「……知らぬは本人だけか」
ヒエンは少し呆れて悠斗を見つめる。
しかし、ヒエンは今でもアレが夢では無く、現実の出来事であると納得できなかった。
自分はリューネの補佐役を何年も務めていながら、ノートリアムでは何一つ手助けを出来なかった。
新参の悠斗に全てを委ねてしまった。
ヒエン自身、悠斗の才覚は認めざるを得なかった。あの五万の味方を意図も簡単に打ち破った敵将エイシア将軍を手玉にとり、一兵も失わずに見事撤退を成功させた。
人によっては、ただ逃げただけでは無いか! と、悪態を吐く者も実際に複数存在した。
しかし、悠斗自身がそれを事実として笑いながらその通りだと答えていた。
だが、同じ事が自分に可能なのか?
ヒエンはそう思い返す。
敵中へ侵攻して、地図だけが頼りの深い山岳と森に囲まれた場所。
敵軍は勝利の余韻により、勢いは絶大。
味方の兵は何時逃亡兵が現れ、全軍崩壊しても仕方が無い状況。
その悪条件の中、敵地でありながら地形を敵よりも上手く使い、敵の勢いを利用した欺瞞工作を実行し、敵を罠に陥れて強制的に撤退するしかない状況に追い込む。
ヒエンの答えは否である。
自分ならば、まず伏兵にて敵に一撃を与え、全力で後退。敵の追撃を阻止する殿部隊を編成して、彼等が全滅する事を覚悟で撤退する。
どれほどの兵が戦死するだろうか? だが、悠斗は一兵たりとも失わなかった。全ての兵を家族の元へ帰した。
だからこそ空恐ろしさを感じる。もし、この男が敵となった時、この国にどれほどの災厄をもたらす事になるだろうか?
文字通り、エーベルン王国の滅亡の立役者に成り得るのではないか?
しかし、そのような事が有り得るだろうか?
悠斗の反逆。
想像する事すら難しい。何しろ、いつもニコニコ……いや、ニヤニヤ薄笑いを浮かべながら話しかけてくる男だ。
だが、その笑顔を見ると、なぜか安心する。
それは、悠斗ならば良い智恵を出してくれるという、まったく根拠の無い安堵感があるからなのだろうか?
「ヒエン? どったの?」
呆然と立ち尽くすヒエンを見て、悠斗が尋ねた。
「ん? あ、いや……何でもない。今、バルバロッサ様と謁見している。お前も会いたいであろう?」
「……ああ」
「リューネ様と私も立ち会う。あと信繁殿にも知らせた方が良かろう」
「うん。その方が良いだろうね」
悠斗は返事をすると同時に、机の上にある様々な書類を片付け始めた。
暫くして、リューネ、ヒエン、悠斗、信繁の四人はバルバロッサと新たな日本人が面談している謁見の間に集った。
「父上、宜しいでしょうか?」
扉を開けたリューネに対し、バルバロッサはゆっくりと頷いた。そして、バルバロッサと面談していた男がゆっくりと後ろを振り向いた。
少し痩せた男で、白髪交じりの髪。年齢は六十に近いだろう。顔には左目の上から斜めに刀傷がある。だが、その傷よりも印象的なのは、鋭い眼光。
「……ご息女でございますかな?」
笑みを浮かべてその男は呟いた。
「お初にお目にかかる。私はリューネ=アートルと言う。この者達は私の部下達だ」
「リューネ様ですか。今後、お世話になり申す」
男は恭しく頭を下げた。
「貴殿の名を聞こうか」
リューネが尋ねると、男はゆっくりと下げた頭を上げた。
「ワシは松永久秀と申す。小銭を稼いで日々を食い繋ぐ商人でございます」
男が名乗った瞬間だった。
「…………嘘は大きく吐くものだが、息を吐くように吐く人間は余り居ない。それも、真実の中に嘘を吐くのでは無く、真実を語り、結果を嘘にする」
悠斗は言いながら、男の目の前に立ち塞がった。
「そうでしょう? 弾正殿」
悠斗が弾正という単語を言った時、男の眼が鋭く悠斗を貫いた。
「ほほう。貴殿が……如月悠斗……か。まさかこれほど若いとは……」
両者は鋭く睨み合った。まるで積年の仇でもあるかのように。
「……お、おい。悠斗、どうした?」
普段見ない悠斗の表情に加え、余りの悠斗の対応にヒエンが悠斗の腕を掴んだ。
「松永弾正久秀。謀略の限りを尽くした屈指の梟雄」
「梟雄……だと?」
ヒエンが言うと、悠斗は言葉を続ける。
「是非お聞きしたい。一体今まで何人暗殺した? 何人謀略で破滅に追い込んだ? それはどのような気分なのだ?」
「…………さて」
久秀は一つ溜息を吐いた後、眼を閉じた。そして、改めて眼を開けたが、その眼光、その笑みはまさに梟雄と呼ばれるに相応しい、薄笑いを浮かべた表情だった。
「何人ほど殺したなどと……。いちいち覚えては居られんな。そもそも、油断するのが悪い」
「……なるほど。信用と信頼からは完全に離縁した存在である貴方ですが。自らの領地では善政を敷いた名君でもある。良くも悪くも傑物と評価しなければならない」
「ほう? 名君とな? そのような呼ばれ方はされた事が無いのだが……。そういう貴殿は何者だ? まるで、ワシの過去を……そう。まるで、歴史の資料で知っているかのような言い方であるが……」
悠斗は顔には出さなかったが、実はかなり動揺した。話術というべきか? それだけで有る程度の推測を立てやがった。しかも、正解だ。
「だったらどうするのです?」
「さて? どうしようも無いな。ただ、そう感じただけだ」
『………………』
再び両者は睨み合った。
「……悠斗殿。今、この場で斬りますか?」
信繁が刀の柄に手を添えて尋ねた。しかし、久秀は表情一つ変えずに悠斗に睨んだままだった。
自分の命が危機であろうと、まったく動じないこの胆力。
脅威と言うしかない。
コイツの心臓は鋼鉄で出来ているに違いない。
「悠斗殿、信繁殿、少し宜しいか?」
事の推移を見守っていたバルバロッサが口を開いた。
「何でしょう?」
悠斗は答えつつも、久秀から眼を離さなかった。
「この者は私を頼ってきた。悠斗殿の事を噂で知ってな。私は頼ってきた人物を殺すつもりは無い」
「…………では、この危険極まる人物をリューネの傍に置くと?」
「それは過去の事であろう。それに、リューネにも良い経験になるであろう。油断できぬ、気を許せぬ者が近くにいる……。よくある事だ」
「………………」
悠斗は言葉に詰まったかのように、無言となった。そして、一つ溜息を吐くと、久秀から視線を外した。
「分かりました。バルバロッサ様の意思を尊重致します」
「……宜しいので? 必ずこの者は我らに何れ害を及ぼしますぞ」
信繁も信用できない人物と知っているのか、まだ刀の柄に手を添えたままだ。
「武田信玄の弟、武田信繁殿か。貴殿が有能である事、そして清廉な人柄をワシは高く評価している。だが、組織の中には必ずその逆の存在が必要であろう?」
「汚れ役、憎まれ役を……貴殿が、その役を請け負う……。そう申すか?」
「然り。そして、この弾正。如月殿の腹心となりましょうぞ」
「何? 俺の?」
意外な提案だった。だが、次の言葉が続く。
「ええ。…………ただ、無能者に使われるほど、この弾正安くは無い。僅かでも劣ると感じたら……殺す」
それは、最大級の脅しであった。たぶん、本気でこの男は言っている。悠斗は背中に汗が流れていくの感じた。
「そうですか。分かりました。その智略、存分に発揮して頂きましょう。……………ただ。もし、謀反の虫が疼いたり、此方に利が無い事をすれば……簡単に死ねると思うなよ」
悠斗は笑みを浮かべながら言い放つ。
「ほうほう。それは楽しみだ。実に愉快。張り合う者が居なければ、人生これほどつまらぬ物は無い」
久秀は笑う。それに釣られたように悠斗も笑う。
傍から見れば、余りにも不気味すぎる光景であり、さぞ滑稽に見えるだろう。しかし、本人達は本気である。
「ヒサヒデだったな」
リューネがゆっくりと久秀に近づいた。
「……はっ」
「…………今からお前は私の部下だ。だから、私はお前を部下にする。だが、私はお前を信頼はしない」
「はははははははは! これは一本獲られましたな。信頼はしない……か。なるほど、なるほど。これは、面白い。実に面白い新たな主君だ。そのような言葉がこの歳で聞けるとは思いもせなんだ」
久秀は痛快に笑った。
「小娘。生半可な言葉は口にしない事だ」
ピタリと笑いを止めると、久秀はリューネに迫った。
「己以上の相手に脅しが出来ると思うな。脅しとは、己より実力が低い者、もしくは絶望的な状況に追い込んだ相手に実行してこそ、効果がある。それ以外は挑戦となると覚えておけ」
「なっ! 貴様!」
「この程度で腹を立てる。若いのぉ。しかし、若さはある意味諸刃の刃。勢いはあるが、慎重が足らん。勢いである程度ごまかす事はできても、我ら智恵を刃とする者にとっては最良の相手だ」
「…………俺は実力が低い人間?」
リューネが怒りの声を挙げると同時に悠斗が言うと、久秀は首を傾げる。
「さて。どうであろうか。貴殿の噂を聞く限りでは……貴殿は戦略、軍略に通じている様だ。一方でワシは政略、謀略の方が得意だ」
あご髭を撫でながら、久秀は言葉を続ける。
「同じく智恵で生き抜く者ではあるが、お主とワシでは方向性が違う。故に、実力が低いとは言えないな。ワシの方が僅かに有利だ。ただ、今すぐ何をするかと問われると、何もするつもりが無い。とりあえず食い扶持を稼ぐ必要性があるようだからな。今しばらくは貴殿の傍で働くとしよう」
「で? 時が来たら、俺の寝首を狙うか?」
「弱者は裏切られる。そして、それは当然至極の事。裏切られたくないならば強くあれば良い」
「……真理だな」
「で、あろう? ワシはそれを今まで生きた人生の中で実践し続けたに過ぎない。一介の商人であるワシが、権力者の右筆となり、重臣となり、軍を率いる立場になったのも、単にそれよ」
「実に重みのある言葉だ」
こういう所は勝てないな。と、悠斗は思う。
実際にそれを実行し、実際にそれを良しとし、実際に死地を何度も潜り抜けた。それがどれほどの事なのか……。考える必要は無い。
「失礼します! 至急、バルバロッサ様へ伝令!」
謁見の間の扉を開け、一人の兵士が慌てた様子で駆け込んだ。
「騒ぐな! 冷静確実に内容を伝える。それが伝令兵の役目だ」
「はっ、はい! 失礼しました!」
信繁が一喝すると、兵士は落ち着きを取り戻したのか、大きく深呼吸してバルバロッサの前で膝を付いた。
「伝令、北方ゼノン砦より。北方のバルダム族の族長と名乗る者が、負傷した状態で助けを求めて来ております。また、その者の言に寄りますれば、近くエーベルンへ北方の民が攻め込むと……」
「な、なんだと!」
ヒエンが言うと、リューネはバルバロッサに向かって頭を下げた。
「父上。すぐに軍を編成し、如何なる事態にも対応できる様に致します」
「………………待て」
バルバロッサはぽつりと呟くと、悠斗を見つめた。
「……問う。これは想定された事か、否か?」
「………………」
悠斗は一瞬だけ久秀を見つめた後、バルバロッサの前に進み出て膝を付いた。
「それは数多ある中で可能性が高い二つです。一つ、親エーベルン派と反エーベルン派による内戦が長期化。二つ、親エーベルン派が敗れ、反エーベルン派による独立国家を目指したエーベルン侵攻。ま、後者でした……と。北方はどうせ平定するつもりでしたから、その時が来た……だけですね。慌てる必要も、恐れる必要も無い」
「で? 対応は?」
「幾つかありますが、まずは情報の整理からです。えと、ゼノン砦でしたっけ? すぐさま伝令を遣し、可能な限りその者を連れて全力で逃げろと指示して下さい。その者が信用できるかどうかは別ですけどね。で、信用できる場合と、出来ない場合の二つを準備するのですが、前提、信用しない……という方向で行きたいと考えておりますれば、シンヴェリル全軍を持って迎撃すべしと、愚考します。但し、援軍を呼びます。援軍を呼ぶのはルットリア、ギリアス、ホーチスの三領主のみ。本国へは本国の防備を固めて頂く……という形で報告して下さい」
「……本国の連中に邪魔させない為か?」
「いいえ。本国の連中を強制的に巻き込む為です」
「ん?」
リューネが首を傾げた。ヒエンも同様だ。
「待て、悠斗。防備を固めさせるのに、なんで巻き込まれるのだ?」
「………………ほほう。なるほどな」
リューネが尋ねると、一人久秀は理解したのか。頷いた。その様子を見て、悠斗は久秀を睨み付けた。
「…………情報収集はできているようですね」
「お主……ワシがこのエーベルンの状況を何処まで把握しているのか……試したか?」
「ま、それもあれば、バルバロッサ様に対する回答でもある」
「……どういう戦略かね?」
バルバロッサも理解しかねるようで、悠斗に尋ねた。
「三領主と我ら。さて、ノートリアムでは無傷でした。そして、侵攻計画を立案した者達は大損害を受けました。さて、ここで本国の連中に三つの選択が生まれます。一つ、我らに防備を固めるように通達し、自分達で迎撃してノートリアムの敗戦をチャラにする。二つ、我らの動きを逐一敵に教えて大損害を与える。三つ、本当に防備を固める」
「選ぶのはどれかね?」
「全部でしょう」
悠斗は軽快に笑いながら答えた。
「まず、第一の選択を行い、勝てないとなれば第二、第三の選択を行う。即ち、自分達は殻に閉じこもって、我らに迎撃させる。それも、敵に逐一我らの情報を教えて。そうして生まれる選択は、彼等との外交交渉。まぁ、多分に譲歩しつつ、この程度なら奴等も納得するだろう……という皮算用でしょうがね」
「……下手をすれば……国が滅びるぞ……」
バルバロッサが愕然としながら言うと、悠斗は大きく溜息を吐いた。
「彼等自身の身分が保障されるのならば、問題ないのでは? 国名の変更ぐらい」
「!?」
想像を超えた悠斗の発言に、バルバロッサも、リューネも、ヒエンも驚きを隠せなかった。
「こ、国王陛下を見捨てると言うのか!?」
たまらずリューネが叫ぶ。
「国王は飾りに近い。と、言うのも。前回ノートリアムへの侵攻計画。アレは、たった一人の大貴族が計画した物。となれば、実際に権力を握っているのは彼等貴族達であって、国王陛下では無い。……と、言える。本当に忠誠を誓っているならば、正直言えば尚の事、厄介極まる。大人しく欲に塗れていれば良いものを、それを陛下に対する忠誠心の表れなどと、トンチンカンな方向であれば、どれほどの人間が巻き込まれる事か。そもそも彼等の頭の中に、国家が滅亡するという単語があるかどうかもあやしい。私としては、全ての選択をして欲しい所です。そうすれば、ある程度敵の戦力、及び戦術を目で見る事ができますから」
「ま、まて! そのような事をすれば大勢の死者が……」
ヒエンが叫ぶと、悠斗は文字通り悪い笑みを浮かべた。それこそが目的であるかのように。
「…………悠斗殿の上奏を受ける。すぐさま本国へ伝えよう」
バルバロッサが言うと、リューネ、ヒエン、信繁が頷いた。ただ一人、久秀だけは頷かなかった。
悠斗の私室。
ここに、悠斗と久秀が謁見の間で一同が解散した後、二人は机で対面した。
「さて、話の核心部分を聞こうか」
久秀が言うと、悠斗は微笑みを浮かべた。
「敵の対応など、些細な事だ。それよりも問題なのは、『何故この時期を見計らって攻めて来たのか?』であろう?」
「……ノートリアムでの敗戦。それがきっかけ……であると、考えるでしょうね。普通は」
悠斗は腕組みをして溜息を吐いた。
「で? 貴殿の考えは?」
久秀が先を促した。
「…………確信は無い。ただ……上手く出来すぎている感がある。もし、この推測が正解な場合、エーベルンは危機的状況にある。と、言える」
「上手く出来すぎている?」
「つまり、エーベルンのノートリアム侵攻は……誰かに唆されて実行した謀略では無いか? そして、エーベルンが負ける事を見越して、反エーベルン派である部族に物資を供与したのではないか?」
「そう考える根拠は?」
「まず、ノートリアム侵攻の侵攻原因が余りにもお粗末過ぎる。次に、北方の状況だが。ノートリアムへ侵攻を開始した時点。その時点では、内戦どころか、まだ水面下では闘争も有るだろうが、表面化していなかった。だが、ノートリアムへ侵攻した直後に内戦が発生。いきなり親エーベルン派であるバルダム族の長が負傷して此方に逃げてくる。急過ぎません?」
悠斗はそこで言葉を区切ると、北方に関する偵察からの資料を久秀に手渡した。
「……拝見」
久秀は暫くそれに眼を通すと、一度深く頷いた。それは、悠斗の言葉に納得した様子でもあった。
「……確かに。都合が良過ぎるな」
「となると、誰かが裏で操作していないか? と、考えるのです」
「操作をしているのは……東国。ドゴールか?」
「そう考えるのが自然でしょう。……でも」
悠斗はそこで言葉を濁した。
「……対応が早すぎる……か」
久秀が答えを言うと、悠斗は深く頷いた。
「そう。……我々がこの屋敷に戻って来たのが……一週間前。そして、この迅速すぎる対応速度。明らかに勝利報告この屋敷に届いてからという事になる。一般の人間はその情報手に入れるのが、我々が帰還した時ですから……」
「……身内に……密偵、もしくは裏切り者がいる」
「是」
淡々に一言で悠斗はそれを認めた。
「誰だ?」
「ある程度……絞り込んでいますが……」
「気付いたのは?」
「密偵の可能性はここに世話になった段階から。裏切り者の存在を考えたのは、ノートリアムへ出撃する前」
「確信したのは?」
「今回の一件」
溜息を吐く様に、スラスラと悠斗は久秀からの質問を答えた。
久秀の待ち望んだ回答。とは、言えないが、久秀自身は及第点どころか、脅威を感じていた。
軍務に就く。その時点で味方の中に密偵がいる……と考える人間。それがどれほど居るだろうか?
深慮遠謀という言葉はあるが、それを実行できる人間は、まさしく天から授かった才能を開花した者。文字通り選ばれた人間。
如月悠斗はそれに該当するかもしれない。
久秀としては、同じ種類の人間を見たこと、そして会って話した事がある。
その男は三人いる。第六天魔王と呼ばれた織田信長、羽柴秀吉……後の豊臣秀吉、その軍師、竹中半兵衛、の三人である。
「で、この話をワシにだけしたのは?」
「これを利用する……のは、たった一度だけ使います。と、申しあげておきたかった」
「……ほう?」
「つまり、敵は常に我々の状況、戦略を入手できる状態である……と、『今は』思わせておきます」
「では……それ即ち」
「ドゴールとの決戦。その戦いで決定的な一撃を与える策の為」
「なるほど。それまでは泳がせ、偽情報は掴ませないか」
「ええ。軍師としては遣り甲斐のある状況に成ってきました。……久秀殿のような策謀家にとってもね」
「……お主、楽しんでおるな?」
「………………少し」
悪い笑みを悠斗は浮かべた。
人の命、民の生活。それが左右される事態。それを知っていて楽しいと感じる。……うん、かなりの悪党だな、自分も。
「ワシに何をして欲しい?」
「北方の民は俺が軍略にて打ち崩す。久秀殿にはエーベルン国内の権威と権力で自分達は絶対だと思っている阿呆を、此方の都合が良い時機になるまで足止め」
「……バルバロッサに言っていた釣り出しか」
「まぁ、こんな大規模な釣りも無いですがね。そもそも味方も敵というのは面倒この上無い」
「味方? 敵の誤りであろう?」
「んー。まぁ、役に立たない上に、我々の背中をどうやって刺そうか考えている友軍。でしょうかねぇ……」
「友軍か。なるほど……」
久秀は膝を叩くと、悠斗を見つめた。
「一人、紹介したい人物がいる」
「……?」
突然の久秀の言葉に、悠斗は首を傾げた。
「お前の後ろに居る男。お前の直属の部下にすると良い。本人が承諾すれば……の話だがな」
「……っ!」
悠斗は思わず声を出しそうになって、喉元でなんとか堪えた。
悠斗の背後。ゆっくりと振り返ったそこには、一人の男が立ち尽くしていた。悠斗はまったく気付かなかった。気配すら感じなかった。
紺色の忍装束。顔も覆面でまったく分からない。ただ、辛うじて恐らく男手あろうと、判断できた。だが、年齢までは不明だ。
その忍は、恐らく悠斗の首筋に刃を突きつけた状態で立っていたと思われる。
「…………久秀殿が強気でいる理由はコレですか」
改めて悠斗は久秀が油断できぬ存在だと痛感した。
「切り札とは、こう使うのだよ」
久秀は薄笑いを浮かべた。
「………………名前を尋ねても?」
悠斗が言うと、忍はゆっくりと刃を下げた。
「楯岡道順」
「…………なるほど。達人級ですか」
悠斗は納得した表情を浮かべた。
通称、楯岡ノ道順。正式には、伊賀崎道順。
伊賀忍軍の一人で、身分は中忍。城攻めを得意とした忍の中でも達人と讃えられ、『伊賀崎入れば落ちにけるかな』と、詩で詠まれた程である。
その存在は確認されているが、実像については限りなく透明であり、まったく掴めていない。ただ、相当という言葉を遥かに超える超一流である事だけ伝えられている。
「ほほう。お主の知識には忍もいるか」
久秀は薄笑いを浮かべた。同時に、悠斗の知識の底が何処まであるのか、読めない。
「道順殿。申し訳ないが、一つ頼まれて欲しい」
「…………」
道順が沈黙を保つと、悠斗は言葉を続けた。
「まず、敵軍の戦力、その行軍経路。そして、敵総指揮官がどのような人物であるか。それをちょっと調べて」
「……ちょっと……か?」
久秀が言うと、悠斗はにっこり微笑んだ。
「ええ。ちょっと。……で? 出来る? 出来ない?」
「………………了」
一言だけ答え、道順はその場から姿を消した。文字通り、霞の如く。
「……引き受けてくれた……と、解釈すればいいのですか?」
「いいと思うぞ」
久秀が答えると、一つ大きく溜息を吐いて、悠斗は懐から一枚の書類を取り出した。
「……これを見てください」
「ふむ、何かな?」
久秀は悠斗から書類を受け取り、それを黙読した。
「……ほう。これは……。なるほど」
一人、久秀は頷き、書類を悠斗へ返した。
「なるほど、これがお主の基本方針か」
「という訳で、これに沿ったやり方で久秀殿には動いて頂きたい。制約を設けるようで申し訳ないが、これから外れてしまうと、修正が大変なのです」
「良かろう。問題は無い」
「では、次に……」
如月悠斗、松永久秀。この二人の密談は深夜遅くまで続いた。
この密室での話し合いが、エーベルンの国運を左右するモノであるという事は、当人達以外誰一人として知る良しも無かった……。
「え? 見つかった?」
悠斗の元に新たな日本人が見つかったという報告が唐突に届いたのは、シンヴェリルに帰還してから丁度一週間後であった。
ちょうどその時、悠斗は北方に関する情報の整理を行っている最中であった。そして、報告を届けたのはヒエンである。
「ああ、つい先程屋敷を訪ねてきた。お前の名前を知って保護を求めて来たそうだぞ」
「俺の名前を? どうやって……」
「ノートリアムの撤退戦。エーベルン国中に広まっているのを知らないのか?」
「え? そんなに広まっているの?」
「……知らぬは本人だけか」
ヒエンは少し呆れて悠斗を見つめる。
しかし、ヒエンは今でもアレが夢では無く、現実の出来事であると納得できなかった。
自分はリューネの補佐役を何年も務めていながら、ノートリアムでは何一つ手助けを出来なかった。
新参の悠斗に全てを委ねてしまった。
ヒエン自身、悠斗の才覚は認めざるを得なかった。あの五万の味方を意図も簡単に打ち破った敵将エイシア将軍を手玉にとり、一兵も失わずに見事撤退を成功させた。
人によっては、ただ逃げただけでは無いか! と、悪態を吐く者も実際に複数存在した。
しかし、悠斗自身がそれを事実として笑いながらその通りだと答えていた。
だが、同じ事が自分に可能なのか?
ヒエンはそう思い返す。
敵中へ侵攻して、地図だけが頼りの深い山岳と森に囲まれた場所。
敵軍は勝利の余韻により、勢いは絶大。
味方の兵は何時逃亡兵が現れ、全軍崩壊しても仕方が無い状況。
その悪条件の中、敵地でありながら地形を敵よりも上手く使い、敵の勢いを利用した欺瞞工作を実行し、敵を罠に陥れて強制的に撤退するしかない状況に追い込む。
ヒエンの答えは否である。
自分ならば、まず伏兵にて敵に一撃を与え、全力で後退。敵の追撃を阻止する殿部隊を編成して、彼等が全滅する事を覚悟で撤退する。
どれほどの兵が戦死するだろうか? だが、悠斗は一兵たりとも失わなかった。全ての兵を家族の元へ帰した。
だからこそ空恐ろしさを感じる。もし、この男が敵となった時、この国にどれほどの災厄をもたらす事になるだろうか?
文字通り、エーベルン王国の滅亡の立役者に成り得るのではないか?
しかし、そのような事が有り得るだろうか?
悠斗の反逆。
想像する事すら難しい。何しろ、いつもニコニコ……いや、ニヤニヤ薄笑いを浮かべながら話しかけてくる男だ。
だが、その笑顔を見ると、なぜか安心する。
それは、悠斗ならば良い智恵を出してくれるという、まったく根拠の無い安堵感があるからなのだろうか?
「ヒエン? どったの?」
呆然と立ち尽くすヒエンを見て、悠斗が尋ねた。
「ん? あ、いや……何でもない。今、バルバロッサ様と謁見している。お前も会いたいであろう?」
「……ああ」
「リューネ様と私も立ち会う。あと信繁殿にも知らせた方が良かろう」
「うん。その方が良いだろうね」
悠斗は返事をすると同時に、机の上にある様々な書類を片付け始めた。
暫くして、リューネ、ヒエン、悠斗、信繁の四人はバルバロッサと新たな日本人が面談している謁見の間に集った。
「父上、宜しいでしょうか?」
扉を開けたリューネに対し、バルバロッサはゆっくりと頷いた。そして、バルバロッサと面談していた男がゆっくりと後ろを振り向いた。
少し痩せた男で、白髪交じりの髪。年齢は六十に近いだろう。顔には左目の上から斜めに刀傷がある。だが、その傷よりも印象的なのは、鋭い眼光。
「……ご息女でございますかな?」
笑みを浮かべてその男は呟いた。
「お初にお目にかかる。私はリューネ=アートルと言う。この者達は私の部下達だ」
「リューネ様ですか。今後、お世話になり申す」
男は恭しく頭を下げた。
「貴殿の名を聞こうか」
リューネが尋ねると、男はゆっくりと下げた頭を上げた。
「ワシは松永久秀と申す。小銭を稼いで日々を食い繋ぐ商人でございます」
男が名乗った瞬間だった。
「…………嘘は大きく吐くものだが、息を吐くように吐く人間は余り居ない。それも、真実の中に嘘を吐くのでは無く、真実を語り、結果を嘘にする」
悠斗は言いながら、男の目の前に立ち塞がった。
「そうでしょう? 弾正殿」
悠斗が弾正という単語を言った時、男の眼が鋭く悠斗を貫いた。
「ほほう。貴殿が……如月悠斗……か。まさかこれほど若いとは……」
両者は鋭く睨み合った。まるで積年の仇でもあるかのように。
「……お、おい。悠斗、どうした?」
普段見ない悠斗の表情に加え、余りの悠斗の対応にヒエンが悠斗の腕を掴んだ。
「松永弾正久秀。謀略の限りを尽くした屈指の梟雄」
「梟雄……だと?」
ヒエンが言うと、悠斗は言葉を続ける。
「是非お聞きしたい。一体今まで何人暗殺した? 何人謀略で破滅に追い込んだ? それはどのような気分なのだ?」
「…………さて」
久秀は一つ溜息を吐いた後、眼を閉じた。そして、改めて眼を開けたが、その眼光、その笑みはまさに梟雄と呼ばれるに相応しい、薄笑いを浮かべた表情だった。
「何人ほど殺したなどと……。いちいち覚えては居られんな。そもそも、油断するのが悪い」
「……なるほど。信用と信頼からは完全に離縁した存在である貴方ですが。自らの領地では善政を敷いた名君でもある。良くも悪くも傑物と評価しなければならない」
「ほう? 名君とな? そのような呼ばれ方はされた事が無いのだが……。そういう貴殿は何者だ? まるで、ワシの過去を……そう。まるで、歴史の資料で知っているかのような言い方であるが……」
悠斗は顔には出さなかったが、実はかなり動揺した。話術というべきか? それだけで有る程度の推測を立てやがった。しかも、正解だ。
「だったらどうするのです?」
「さて? どうしようも無いな。ただ、そう感じただけだ」
『………………』
再び両者は睨み合った。
「……悠斗殿。今、この場で斬りますか?」
信繁が刀の柄に手を添えて尋ねた。しかし、久秀は表情一つ変えずに悠斗に睨んだままだった。
自分の命が危機であろうと、まったく動じないこの胆力。
脅威と言うしかない。
コイツの心臓は鋼鉄で出来ているに違いない。
「悠斗殿、信繁殿、少し宜しいか?」
事の推移を見守っていたバルバロッサが口を開いた。
「何でしょう?」
悠斗は答えつつも、久秀から眼を離さなかった。
「この者は私を頼ってきた。悠斗殿の事を噂で知ってな。私は頼ってきた人物を殺すつもりは無い」
「…………では、この危険極まる人物をリューネの傍に置くと?」
「それは過去の事であろう。それに、リューネにも良い経験になるであろう。油断できぬ、気を許せぬ者が近くにいる……。よくある事だ」
「………………」
悠斗は言葉に詰まったかのように、無言となった。そして、一つ溜息を吐くと、久秀から視線を外した。
「分かりました。バルバロッサ様の意思を尊重致します」
「……宜しいので? 必ずこの者は我らに何れ害を及ぼしますぞ」
信繁も信用できない人物と知っているのか、まだ刀の柄に手を添えたままだ。
「武田信玄の弟、武田信繁殿か。貴殿が有能である事、そして清廉な人柄をワシは高く評価している。だが、組織の中には必ずその逆の存在が必要であろう?」
「汚れ役、憎まれ役を……貴殿が、その役を請け負う……。そう申すか?」
「然り。そして、この弾正。如月殿の腹心となりましょうぞ」
「何? 俺の?」
意外な提案だった。だが、次の言葉が続く。
「ええ。…………ただ、無能者に使われるほど、この弾正安くは無い。僅かでも劣ると感じたら……殺す」
それは、最大級の脅しであった。たぶん、本気でこの男は言っている。悠斗は背中に汗が流れていくの感じた。
「そうですか。分かりました。その智略、存分に発揮して頂きましょう。……………ただ。もし、謀反の虫が疼いたり、此方に利が無い事をすれば……簡単に死ねると思うなよ」
悠斗は笑みを浮かべながら言い放つ。
「ほうほう。それは楽しみだ。実に愉快。張り合う者が居なければ、人生これほどつまらぬ物は無い」
久秀は笑う。それに釣られたように悠斗も笑う。
傍から見れば、余りにも不気味すぎる光景であり、さぞ滑稽に見えるだろう。しかし、本人達は本気である。
「ヒサヒデだったな」
リューネがゆっくりと久秀に近づいた。
「……はっ」
「…………今からお前は私の部下だ。だから、私はお前を部下にする。だが、私はお前を信頼はしない」
「はははははははは! これは一本獲られましたな。信頼はしない……か。なるほど、なるほど。これは、面白い。実に面白い新たな主君だ。そのような言葉がこの歳で聞けるとは思いもせなんだ」
久秀は痛快に笑った。
「小娘。生半可な言葉は口にしない事だ」
ピタリと笑いを止めると、久秀はリューネに迫った。
「己以上の相手に脅しが出来ると思うな。脅しとは、己より実力が低い者、もしくは絶望的な状況に追い込んだ相手に実行してこそ、効果がある。それ以外は挑戦となると覚えておけ」
「なっ! 貴様!」
「この程度で腹を立てる。若いのぉ。しかし、若さはある意味諸刃の刃。勢いはあるが、慎重が足らん。勢いである程度ごまかす事はできても、我ら智恵を刃とする者にとっては最良の相手だ」
「…………俺は実力が低い人間?」
リューネが怒りの声を挙げると同時に悠斗が言うと、久秀は首を傾げる。
「さて。どうであろうか。貴殿の噂を聞く限りでは……貴殿は戦略、軍略に通じている様だ。一方でワシは政略、謀略の方が得意だ」
あご髭を撫でながら、久秀は言葉を続ける。
「同じく智恵で生き抜く者ではあるが、お主とワシでは方向性が違う。故に、実力が低いとは言えないな。ワシの方が僅かに有利だ。ただ、今すぐ何をするかと問われると、何もするつもりが無い。とりあえず食い扶持を稼ぐ必要性があるようだからな。今しばらくは貴殿の傍で働くとしよう」
「で? 時が来たら、俺の寝首を狙うか?」
「弱者は裏切られる。そして、それは当然至極の事。裏切られたくないならば強くあれば良い」
「……真理だな」
「で、あろう? ワシはそれを今まで生きた人生の中で実践し続けたに過ぎない。一介の商人であるワシが、権力者の右筆となり、重臣となり、軍を率いる立場になったのも、単にそれよ」
「実に重みのある言葉だ」
こういう所は勝てないな。と、悠斗は思う。
実際にそれを実行し、実際にそれを良しとし、実際に死地を何度も潜り抜けた。それがどれほどの事なのか……。考える必要は無い。
「失礼します! 至急、バルバロッサ様へ伝令!」
謁見の間の扉を開け、一人の兵士が慌てた様子で駆け込んだ。
「騒ぐな! 冷静確実に内容を伝える。それが伝令兵の役目だ」
「はっ、はい! 失礼しました!」
信繁が一喝すると、兵士は落ち着きを取り戻したのか、大きく深呼吸してバルバロッサの前で膝を付いた。
「伝令、北方ゼノン砦より。北方のバルダム族の族長と名乗る者が、負傷した状態で助けを求めて来ております。また、その者の言に寄りますれば、近くエーベルンへ北方の民が攻め込むと……」
「な、なんだと!」
ヒエンが言うと、リューネはバルバロッサに向かって頭を下げた。
「父上。すぐに軍を編成し、如何なる事態にも対応できる様に致します」
「………………待て」
バルバロッサはぽつりと呟くと、悠斗を見つめた。
「……問う。これは想定された事か、否か?」
「………………」
悠斗は一瞬だけ久秀を見つめた後、バルバロッサの前に進み出て膝を付いた。
「それは数多ある中で可能性が高い二つです。一つ、親エーベルン派と反エーベルン派による内戦が長期化。二つ、親エーベルン派が敗れ、反エーベルン派による独立国家を目指したエーベルン侵攻。ま、後者でした……と。北方はどうせ平定するつもりでしたから、その時が来た……だけですね。慌てる必要も、恐れる必要も無い」
「で? 対応は?」
「幾つかありますが、まずは情報の整理からです。えと、ゼノン砦でしたっけ? すぐさま伝令を遣し、可能な限りその者を連れて全力で逃げろと指示して下さい。その者が信用できるかどうかは別ですけどね。で、信用できる場合と、出来ない場合の二つを準備するのですが、前提、信用しない……という方向で行きたいと考えておりますれば、シンヴェリル全軍を持って迎撃すべしと、愚考します。但し、援軍を呼びます。援軍を呼ぶのはルットリア、ギリアス、ホーチスの三領主のみ。本国へは本国の防備を固めて頂く……という形で報告して下さい」
「……本国の連中に邪魔させない為か?」
「いいえ。本国の連中を強制的に巻き込む為です」
「ん?」
リューネが首を傾げた。ヒエンも同様だ。
「待て、悠斗。防備を固めさせるのに、なんで巻き込まれるのだ?」
「………………ほほう。なるほどな」
リューネが尋ねると、一人久秀は理解したのか。頷いた。その様子を見て、悠斗は久秀を睨み付けた。
「…………情報収集はできているようですね」
「お主……ワシがこのエーベルンの状況を何処まで把握しているのか……試したか?」
「ま、それもあれば、バルバロッサ様に対する回答でもある」
「……どういう戦略かね?」
バルバロッサも理解しかねるようで、悠斗に尋ねた。
「三領主と我ら。さて、ノートリアムでは無傷でした。そして、侵攻計画を立案した者達は大損害を受けました。さて、ここで本国の連中に三つの選択が生まれます。一つ、我らに防備を固めるように通達し、自分達で迎撃してノートリアムの敗戦をチャラにする。二つ、我らの動きを逐一敵に教えて大損害を与える。三つ、本当に防備を固める」
「選ぶのはどれかね?」
「全部でしょう」
悠斗は軽快に笑いながら答えた。
「まず、第一の選択を行い、勝てないとなれば第二、第三の選択を行う。即ち、自分達は殻に閉じこもって、我らに迎撃させる。それも、敵に逐一我らの情報を教えて。そうして生まれる選択は、彼等との外交交渉。まぁ、多分に譲歩しつつ、この程度なら奴等も納得するだろう……という皮算用でしょうがね」
「……下手をすれば……国が滅びるぞ……」
バルバロッサが愕然としながら言うと、悠斗は大きく溜息を吐いた。
「彼等自身の身分が保障されるのならば、問題ないのでは? 国名の変更ぐらい」
「!?」
想像を超えた悠斗の発言に、バルバロッサも、リューネも、ヒエンも驚きを隠せなかった。
「こ、国王陛下を見捨てると言うのか!?」
たまらずリューネが叫ぶ。
「国王は飾りに近い。と、言うのも。前回ノートリアムへの侵攻計画。アレは、たった一人の大貴族が計画した物。となれば、実際に権力を握っているのは彼等貴族達であって、国王陛下では無い。……と、言える。本当に忠誠を誓っているならば、正直言えば尚の事、厄介極まる。大人しく欲に塗れていれば良いものを、それを陛下に対する忠誠心の表れなどと、トンチンカンな方向であれば、どれほどの人間が巻き込まれる事か。そもそも彼等の頭の中に、国家が滅亡するという単語があるかどうかもあやしい。私としては、全ての選択をして欲しい所です。そうすれば、ある程度敵の戦力、及び戦術を目で見る事ができますから」
「ま、まて! そのような事をすれば大勢の死者が……」
ヒエンが叫ぶと、悠斗は文字通り悪い笑みを浮かべた。それこそが目的であるかのように。
「…………悠斗殿の上奏を受ける。すぐさま本国へ伝えよう」
バルバロッサが言うと、リューネ、ヒエン、信繁が頷いた。ただ一人、久秀だけは頷かなかった。
悠斗の私室。
ここに、悠斗と久秀が謁見の間で一同が解散した後、二人は机で対面した。
「さて、話の核心部分を聞こうか」
久秀が言うと、悠斗は微笑みを浮かべた。
「敵の対応など、些細な事だ。それよりも問題なのは、『何故この時期を見計らって攻めて来たのか?』であろう?」
「……ノートリアムでの敗戦。それがきっかけ……であると、考えるでしょうね。普通は」
悠斗は腕組みをして溜息を吐いた。
「で? 貴殿の考えは?」
久秀が先を促した。
「…………確信は無い。ただ……上手く出来すぎている感がある。もし、この推測が正解な場合、エーベルンは危機的状況にある。と、言える」
「上手く出来すぎている?」
「つまり、エーベルンのノートリアム侵攻は……誰かに唆されて実行した謀略では無いか? そして、エーベルンが負ける事を見越して、反エーベルン派である部族に物資を供与したのではないか?」
「そう考える根拠は?」
「まず、ノートリアム侵攻の侵攻原因が余りにもお粗末過ぎる。次に、北方の状況だが。ノートリアムへ侵攻を開始した時点。その時点では、内戦どころか、まだ水面下では闘争も有るだろうが、表面化していなかった。だが、ノートリアムへ侵攻した直後に内戦が発生。いきなり親エーベルン派であるバルダム族の長が負傷して此方に逃げてくる。急過ぎません?」
悠斗はそこで言葉を区切ると、北方に関する偵察からの資料を久秀に手渡した。
「……拝見」
久秀は暫くそれに眼を通すと、一度深く頷いた。それは、悠斗の言葉に納得した様子でもあった。
「……確かに。都合が良過ぎるな」
「となると、誰かが裏で操作していないか? と、考えるのです」
「操作をしているのは……東国。ドゴールか?」
「そう考えるのが自然でしょう。……でも」
悠斗はそこで言葉を濁した。
「……対応が早すぎる……か」
久秀が答えを言うと、悠斗は深く頷いた。
「そう。……我々がこの屋敷に戻って来たのが……一週間前。そして、この迅速すぎる対応速度。明らかに勝利報告この屋敷に届いてからという事になる。一般の人間はその情報手に入れるのが、我々が帰還した時ですから……」
「……身内に……密偵、もしくは裏切り者がいる」
「是」
淡々に一言で悠斗はそれを認めた。
「誰だ?」
「ある程度……絞り込んでいますが……」
「気付いたのは?」
「密偵の可能性はここに世話になった段階から。裏切り者の存在を考えたのは、ノートリアムへ出撃する前」
「確信したのは?」
「今回の一件」
溜息を吐く様に、スラスラと悠斗は久秀からの質問を答えた。
久秀の待ち望んだ回答。とは、言えないが、久秀自身は及第点どころか、脅威を感じていた。
軍務に就く。その時点で味方の中に密偵がいる……と考える人間。それがどれほど居るだろうか?
深慮遠謀という言葉はあるが、それを実行できる人間は、まさしく天から授かった才能を開花した者。文字通り選ばれた人間。
如月悠斗はそれに該当するかもしれない。
久秀としては、同じ種類の人間を見たこと、そして会って話した事がある。
その男は三人いる。第六天魔王と呼ばれた織田信長、羽柴秀吉……後の豊臣秀吉、その軍師、竹中半兵衛、の三人である。
「で、この話をワシにだけしたのは?」
「これを利用する……のは、たった一度だけ使います。と、申しあげておきたかった」
「……ほう?」
「つまり、敵は常に我々の状況、戦略を入手できる状態である……と、『今は』思わせておきます」
「では……それ即ち」
「ドゴールとの決戦。その戦いで決定的な一撃を与える策の為」
「なるほど。それまでは泳がせ、偽情報は掴ませないか」
「ええ。軍師としては遣り甲斐のある状況に成ってきました。……久秀殿のような策謀家にとってもね」
「……お主、楽しんでおるな?」
「………………少し」
悪い笑みを悠斗は浮かべた。
人の命、民の生活。それが左右される事態。それを知っていて楽しいと感じる。……うん、かなりの悪党だな、自分も。
「ワシに何をして欲しい?」
「北方の民は俺が軍略にて打ち崩す。久秀殿にはエーベルン国内の権威と権力で自分達は絶対だと思っている阿呆を、此方の都合が良い時機になるまで足止め」
「……バルバロッサに言っていた釣り出しか」
「まぁ、こんな大規模な釣りも無いですがね。そもそも味方も敵というのは面倒この上無い」
「味方? 敵の誤りであろう?」
「んー。まぁ、役に立たない上に、我々の背中をどうやって刺そうか考えている友軍。でしょうかねぇ……」
「友軍か。なるほど……」
久秀は膝を叩くと、悠斗を見つめた。
「一人、紹介したい人物がいる」
「……?」
突然の久秀の言葉に、悠斗は首を傾げた。
「お前の後ろに居る男。お前の直属の部下にすると良い。本人が承諾すれば……の話だがな」
「……っ!」
悠斗は思わず声を出しそうになって、喉元でなんとか堪えた。
悠斗の背後。ゆっくりと振り返ったそこには、一人の男が立ち尽くしていた。悠斗はまったく気付かなかった。気配すら感じなかった。
紺色の忍装束。顔も覆面でまったく分からない。ただ、辛うじて恐らく男手あろうと、判断できた。だが、年齢までは不明だ。
その忍は、恐らく悠斗の首筋に刃を突きつけた状態で立っていたと思われる。
「…………久秀殿が強気でいる理由はコレですか」
改めて悠斗は久秀が油断できぬ存在だと痛感した。
「切り札とは、こう使うのだよ」
久秀は薄笑いを浮かべた。
「………………名前を尋ねても?」
悠斗が言うと、忍はゆっくりと刃を下げた。
「楯岡道順」
「…………なるほど。達人級ですか」
悠斗は納得した表情を浮かべた。
通称、楯岡ノ道順。正式には、伊賀崎道順。
伊賀忍軍の一人で、身分は中忍。城攻めを得意とした忍の中でも達人と讃えられ、『伊賀崎入れば落ちにけるかな』と、詩で詠まれた程である。
その存在は確認されているが、実像については限りなく透明であり、まったく掴めていない。ただ、相当という言葉を遥かに超える超一流である事だけ伝えられている。
「ほほう。お主の知識には忍もいるか」
久秀は薄笑いを浮かべた。同時に、悠斗の知識の底が何処まであるのか、読めない。
「道順殿。申し訳ないが、一つ頼まれて欲しい」
「…………」
道順が沈黙を保つと、悠斗は言葉を続けた。
「まず、敵軍の戦力、その行軍経路。そして、敵総指揮官がどのような人物であるか。それをちょっと調べて」
「……ちょっと……か?」
久秀が言うと、悠斗はにっこり微笑んだ。
「ええ。ちょっと。……で? 出来る? 出来ない?」
「………………了」
一言だけ答え、道順はその場から姿を消した。文字通り、霞の如く。
「……引き受けてくれた……と、解釈すればいいのですか?」
「いいと思うぞ」
久秀が答えると、一つ大きく溜息を吐いて、悠斗は懐から一枚の書類を取り出した。
「……これを見てください」
「ふむ、何かな?」
久秀は悠斗から書類を受け取り、それを黙読した。
「……ほう。これは……。なるほど」
一人、久秀は頷き、書類を悠斗へ返した。
「なるほど、これがお主の基本方針か」
「という訳で、これに沿ったやり方で久秀殿には動いて頂きたい。制約を設けるようで申し訳ないが、これから外れてしまうと、修正が大変なのです」
「良かろう。問題は無い」
「では、次に……」
如月悠斗、松永久秀。この二人の密談は深夜遅くまで続いた。
この密室での話し合いが、エーベルンの国運を左右するモノであるという事は、当人達以外誰一人として知る良しも無かった……。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2010/08/19 09:01 更新日:2010/08/19 09:01 『アルバイト軍師!』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
前の話 | 目次 |
読了ボタン